2017年04月24日

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4月18日は、春日部からとうきょうスカイツリーまで、東武鉄道の100系の106F(日光詣スペーシア)による特急きぬ140号(現、150号)に乗りました。

こちらは、鬼怒川温泉駅を19時25分に発車し、途中 新高徳、下今市、新鹿沼、栃木、春日部、北千住、とうきょうスカイツリーの各駅に停車してから浅草へと向かう列車であり、鬼怒川方面からの上りの最終の特急列車であります。

当時は、きぬ140号だったけど、4月21日の500系リバティの登場及びリバティ会津号の新設により、リバティ会津140号に譲られた為にきぬ150号となっています。

500系リバティの登場によって東武日光発着のけごん号が、平日5本、土休日9本増発され、100系スペーシアによるけごん号も増えていました。

東武日光発着のけごん号が増発されたのは、やはり日光東照宮の陽明門の修復完成によるものであり、日光には、日光東照宮のほか、霧降高原、華厳(けごん)の滝などの名所も豊富であることが分かります。

東武100系は、1990(平成2)年から1991(平成3)年に掛けて6連9本54両が、1700系や1720系(デラックスロマンスカー、DRC)の置き換え用としてアルナ工機と東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)で製造され、1991年度のブルーリボン賞が受賞されていました。

登場当時はオレンジ色と赤色の帯が入った塗装であったし。

106Fは、1991年にアルナ工機(現、アルナ車両)で製造された編成であり、2006(平成18)年3月18日には、107,108Fと共に、新宿〜鬼怒川温泉間のJR線直通特急であるスペーシアきぬがわ号がにも使われるようになっています。

これらの3編成には、JR線乗り入れの為に、ATS-PやJR線の列車無線装置等が取り付けられ、JR線でグリーン車扱いとなる個室車両にグリーン車マークが取り付けられているし。

100系スペーシアのうち、東急車輛製造製は、102,107,109Fで、他は全てアルナ工機製であります。

2011(平成23)年12月から2012(平成24)年9月に掛けて9編成全てが塗装の変更や内装のモケット交換と言った内容でリニューアルされ、101,108,109Fが粋(隅田川の水がイメージされた淡いブルー塗装)、102,105,107Fが雅(優雅で気品ある江戸紫塗装)、103,104,106Fがサニーコーラルオレンジ(日光・鬼怒川方面の優等列車のイメージカラーであるオレンジ色でオリジナルに近い塗装)となっていました。

粋塗装と雅塗装は、東京スカイツリーのレギュラーのライトアップがイメージされているし。

側面のSPACIAのロゴマークは、Iの部分が東京スカイツリーの塔体が、AとCの上にある3つの星は、浅草、東京スカイツリータウン、日光が表されています。

内装のほうは、座席のモケットの交換(グレー系から青色(個室は茶色)への変更)、壁紙、カーペットの交換により変化していたけど、トイレや化粧室はそのまま(和式トイレと洋式トイレが1ヶ所ずつ)で、200系りょうもう号のようにバリアフリー化されていないという不満があります。

スペーシアの名は、スズキの軽自動車(軽トールワゴン)にも使われているけど、こちらはスペルがSpaciaとなっています。

東武鉄道のスペーシア(SPACIA)は、登録商標となっているので、他の鉄道会社に使うことは出来ないし。

一昨年の4月18日には、日光東照宮での四百年式年大祭が行われたことを記念して、103F(東武線内専用編成)に日光二社一寺の建造物がイメージされた金色、オレンジ、黒塗装の日光詣スペーシアとなり、初日には、浅草→東武日光間での団臨に使われていました。

同年7月には、JR線乗り入れ対応の106Fにも日光詣塗装が施され、7月18日の臨時スペーシアきぬがわ11号でデビューしていました。

こうなったのはやはり、日光詣スペーシアをJR線直通スペーシアにも入れて欲しいという要望が高まっていた為であり、106Fの個室(グリーン個室)は金色の壁紙が使われた個室(金の個室)に変わっています。

これにより、サニーコーラルオレンジ編成が、104F(東武線内専用編成)だけとなっています。

スペーシアのJR乗り入れ運用は、1編成使用、2編成予備であり、臨時のスペーシア日光、スペーシアきぬがわ号のほか、浅草発着(東武線内)のけごん・きぬ・スカイツリーライナー号にも使われることもあります。

今年6月24日(土)には、本物の出会い栃木キャンペーンのプレDCにより東武100系スペーシアによる臨時特急スペーシア那須野号が大宮〜那須塩原間で運転される予定となっており、普段走ることのない栗橋〜那須塩原間を走るシーンを見ることが出来ます。

時刻は、大宮 8時32分発→那須塩原 10時22分着、16時51分発→大宮 18時50分着であり、途中、久喜、小山、宇都宮、宝積寺の各駅に止まることになり、大宮駅では出発式も行われる予定であるし。

この時にどの編成が使われるのか気になります。

昨年5月28日には、大宮総合車両センターでのイベント(鉄道のまち大宮 鉄道ふれあいフェア2016)で、東武106F(日光詣スペーシア)が借入られた上での試乗会が行われていたけど、整理券が手に入らずに試乗出来なかった為に、今回の春日部からとうきょうスカイツリーまでの乗車でリベンジすることが出来たのであります。

この日(4月18日)は、日光詣スペーシアのデビュー記念日であったし。

今年の大宮総合車両センターでのイベント(鉄道のまち大宮 鉄道ふれあいフェア2017)は、5月27日に行われる予定となっています。

新高徳駅は、4月20日まで、100系スペーシアによるきぬ号も停車していたけど、4月21日から全列車通過となり、定期の特急停車は500系リバティによるリバティきぬ、リバティ会津号だけとなっています。

新高徳駅からは、1959(昭和34)年6月30日まで、東武矢板線(新高徳〜矢板間)が出ていたこともあったけど、こちらは東武鬼怒川線と国鉄東北本線(現在のJR宇都宮線)を結んでいた路線で、最後まで蒸気機関車に(SL)よる運転となっていました。

鬼怒川線(下今市〜鬼怒川温泉間)では、今年8月10日に蒸気機関車(SL)が復活することで、今年創業120周年を迎える東武鉄道のもう一つの話題となっています。

今回乗ったきぬ140号は、ビュッフェのある3号車の3A(旧席番は312)であり、夜割により310円の追加で乗ることが出来たのであります。

ビュッフェのほうは営業されていなかったし。

100系スペーシアによるきぬ号では、下り2本あった鬼怒川公園行きが廃止され、鬼怒川温泉行きに統一されていたし。

きぬ112号とリバティきぬ114号は新藤原始発だけど、逆に新藤原行きはない状態であります。

リバティには、午後割や夜割がされず、土休日のスペーシアと同じ料金となるし。

500系リバティには、昨日(4月23日)、とうきょうスカイツリーから浅草までの特急券の不要区間で試乗したので、後程お伝えする予定でいます。

上りの特急は、とうきょうスカイツリー→浅草間で、特急券なしで乗ることも出来るけど、スペーシアの個室には乗ることが不可能となっています。

自分(しゃもじ)が東武100系スペーシアに初めて乗ったのは、1999(平成11)年7月4日の北千住→鬼怒川温泉間のことであり、当時は座席にスピーカーが付いていました。

デビュー当時のスペーシアは、1720系DRCの時と同様に特急料金がJR並みに高かったので、気軽に乗ることが出来ず、自分(しゃもじ)にとって憧れの列車でありました。

2003(平成15)年3月19日に特急料金が値下げされたことで気軽に乗れるようになっているし。

日光詣スペーシアの運転予定については、200系のプユマりょうもう号と同様に、東武鉄道のHPで調べることも出来ます。

このように、春日部からとうきょうスカイツリーまで、106Fによる日光詣スペーシアによるきぬ140号に乗ることが出来て良かったです。


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2017年04月23日

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3月26日は、南栗橋車両管区での撮影会イベントに行く前に、東武動物公園から南栗橋まで、東京メトロ日比谷線(中目黒)から来た03系の5ドア車である03-109Fによる南栗橋行きに乗りました。

北千住から東武動物公園まで200系の205Fによるりょうもう11号に乗った時にせんげん台駅で03-109Fによる南栗橋行きを追い抜いていたので東武動物公園からそれに乗れるんだな!と思っていました。

北千住駅で、東京メトロ8000系による中央林間発急行久喜行きに乗り遅れたので、特急料金を払ってりょうもう11号に乗ったところ、越谷駅でそれを追い抜いていたことにより、間に合ったのであります。

東武動物公園駅で日比谷線から来た03-109Fによる南栗橋行きに接続していたからそのはずであったし。

それに乗れなかったら20分待つことになっていたところでした。

りょうもう号自体に乗ったのは、2013(平成25)年11月4日に、東武動物公園から浅草まで209Fに乗った時以来だったし。

03系は、営団地下鉄の時代の1988(昭和63)年7月1日にデビューし、1994(平成6)年までの間に、非冷房車だった3000系(初代日比谷線用車両)の置き換え用として、8連42本336両導入されていました。

1990(平成2)年9月には、1,2,7,8号車を5ドアにした03-109Fが試験的に導入され、翌年の1991(平成3)年の03-110Fから1993(平成5)年の03-128Fまで5ドア仕様で導入されていました。

03-126FからはVVVF車となり、03-129Fからはオール3ドア車に戻されていたし。

03系のうち、初期に導入された25編成は、高周波分巻子チョッパ車であり、そのうちのオール3ドア車の03-101〜108Fに関しては、VVVF化されています。

行先表示は、初期の15編成が幕式であり、1992(平成4)年に導入された03-116F以降がLED式となっているので、営団地下鉄の他の路線の車両でもこうなっています。

今年3月10日まで銀座線で活躍していた01系のほうも、1991年以前が幕式、1992年以降がLED式となっていたし。

東武鉄道の20000系は、1988年3月25日に初期の2編成が営業運転入りしていたので、03系よりも先にデビューしていたことが分かります。

東急1000系が、旧7000系に代わる日比谷線乗り入れ用車両としてデビューしたのは、1988年12月26日のことであり、当時は東武、営団、東急で第二世代の車両が出揃っていたし。

日比谷線直通列車の南栗橋への乗り入れは、2003(平成15)年3月19日から朝の上りの1本で行われているけど、2013(平成25)年3月16日に東急東横線から日比谷線への直通列車が副都心線直通列車と入れ替わる形で廃止されてからは、大幅に増発され、中目黒発南栗橋行きの列車も新設されています。

東急線からの日比谷線直通列車(北千住〜菊名間で運転されていた)が無くなったことにより、メトロ車と東武車による運転に纏められたことで運用に余裕が出来たからこうなったのであるし。

日比谷線直通で活躍していた東急1000系は、1500番台(3両編成)化された上で東急多摩川線、池上線に転用されたほか、一畑電車(島根県)などの地方私鉄に譲渡されています。

今年3月25日に13000系(4ドア7両の新型車両)が本格的にデビューしたことに伴い、2月1日に、5ドア車連結のチョッパ車だった03-114Fを皮切りに廃車となり、竹ノ塚(千住検車区竹ノ塚分室)から北館林荷扱所(渡瀬北留置線、キタニ)まで自力による廃車回送が行われて、その場で解体されていました。

3月3日には03-116F(LED車)が、4月4日には03-113Fがそれぞれ廃車回送されていたので、5ドアのチョッパ車から廃車が行われていることが分かります。

最近になってからは、13000系の13103Fと13104Fが近畿車輌から熊谷貨物ターミナルまで甲種回送されていたので、これらの編成が営業運転入りしたら03系がまた1編成廃車となっていくことになるし。

今回乗った03-109Fも、5ドアのチョッパ車である為に廃車となることが予想されています。

いずれにしても、03系独特のチョッパ音が聴けなくなる時も近づいてきているし。

日比谷線の5ドア車は、当初東武線で京阪5000系(元祖5ドア車)と同様に2枚目と4枚目のドアが締め切られた上での3ドア扱いとなっていたこともあったけど、のちに東武線での5ドア全開が解禁されていました。

1992年12月には東武20000系の5ドア、VVVFバージョンである20050系が導入されたのも、その一環であり、翌年の1993年までに、残りの2000系の置き換えにより8編成製造されていました。

1997(平成9)年3月25日には、越谷までの複々線化に伴う増発用として20070系(20050系のオール3ドアバージョン)が3編成導入されていたし。

1988年7月1日に03系がデビューした当時の編成は、川崎重工業製の03-101Fと、日本車輌製造製の03-102Fで、どちらも、13000系の44編成導入予定のうちの2編成と同様に、増発用として導入されていました。

1989(平成元)年に03-103Fが導入されてからは、3000系の置き換えが進められるようになったし。

因みに、03-103F以降の編成は、近畿車輛と東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)で製造されていたけど、この03-109Fは、1990年に近畿車輛で製造されていました。

3000系は、一部が長野電鉄(長野県)に3500系または3600系として丸ごと譲渡されていたけど、現在も一部の編成が未だ現役であります。

長野電鉄の長野地下線(長野〜善光寺下間)では、元東急の8500系と同様に地下鉄気分を味わうことが出来ます。

来年からは、東急田園都市線に新型の2020系(モデルチェンジ車)が導入され、8500系が置き換えられていくことになるし。

東急8500系が地下トンネル区間を通る時に、独特のモーター音がトンネル内に響くことになるけど、長野電鉄の長野地下区間でもそれを味わうことが出来ます。

03系から13000系への置き換えは、2019年度までに進められることになるので、2020年の東京オリンピックの時期には、日比谷線の車両がメトロ13000系または東武70000系に統一されることになります。

東武70000系のデビューは、今年の6月にずれ込んでしまったし。

4月4日の03-113Fの廃車回送の時に、館林駅で試運転中の71703Fと顔を合わせていたことを聞いたので、日比谷線を走る車両の新旧交代のシーンとなっていました。

東武70000系は、営業運転で館林に入ることはないし。

群馬県の館林と言えば、つつじの名所としても有名であり、GW中には賑わうことになります。

東武日光線の東武動物公園〜南栗橋間は、4月21日の改正で、南栗橋駅を通過する日光・鬼怒川・南会津特急を除いて南栗橋駅で完全に系統分割されたので、東武南栗橋線または東武スカイツリーラインの延長部分というイメージが強くなっています。

5ドア車では、始発の中目黒駅などでは、2枚目と4枚目のドアが締め切り扱いとなるので、この風景も見納めとなっていくし。

日比谷線の車両の定期検査は、2004(平成16)年2月まで、千住検車区に隣接されていた千住工場(現、メトロ車両千住事業所)で行われていたけど、現在は、半蔵門線と共用の鷺沼工場(東急田園都市線の鷺沼駅の南側にある鷺沼検車区に隣接)で行われるようになっています。

2013年3月16日に東急東横線〜日比谷線間の直通列車が廃止された後も東急線を走る03系が見られるのはその為であり、13000系も東急線を走ることが可能となっています。

3000系の時代には、東武線乗り入れ対応編成、東急線乗り入れ対応編成、東武線・東急線の両方の乗り入れ対応編成に分かれていたこともあったけど、現在綾瀬検車区(北綾瀬)で動態保存されている3001F(長野電鉄に譲渡され、里帰りしてきた編成)は、東急線乗り入れ対応編成となっていました。

03系は、全て東武線・東急線の両方の乗り入れ対応編成となっていたし。

いずれにしても、03系の5ドアのチョッパ車の乗車・撮影はお早めにということになります。

このように、南栗橋でのイベントの前に、日比谷線から来た03系の03-109Fに乗ることが出来て良かったです。


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2017年04月22日

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3月26日は、北千住から東武動物公園まで、東武鉄道の200系の205Fによる特急りょうもう11号に乗りました。

こちらは、浅草駅を10時50分に発車し、途中とうきょうスカイツリー、北千住、東武動物公園、館林、足利市、太田、藪塚、新桐生、相老の各駅に停車してから赤城へと向かう列車であり、昨日(4月21日)の改正からは久喜駅にも停車するようになっています。

りょうもう号の停車駅

浅草〜とうきょうスカイツリー〜北千住〜東武動物公園〜久喜〜(加須)〜(羽生)〜館林〜足利市〜太田〜藪塚〜新桐生〜相老〜赤城

加須駅と羽生駅は夕方以降の下りと、朝と夕方以降の上りのみ停車

伊勢崎発着(41,10号)は、太田〜伊勢崎間で途中、木崎、境町、新伊勢崎の各駅に、葛生発着(47,12号)は、館林〜葛生間(佐野線)で途中、佐野市、佐野、田沼駅にも停車することになっています。

りょうもう号では、4月21日の改正で、全列車のとうきょうスカイツリー、久喜の両駅への停車化、土休日運転だったりょうもう1号(浅草 7時ちょうど発赤城行き)の毎日運転化(浅草 6時50分発)、下りの葛生行きと伊勢崎行きの入れ替え(浅草 19時40分発の41号は葛生行き→伊勢崎行き、浅草 20時40分発の45→47号は伊勢崎行き→葛生行き)、浅草 21時10分発の47号→49号の太田から赤城への延長(赤城への最終りょうもう号の1時間繰り下げ)、浅草 20時ちょうど発館林行きのリバティりょうもう43号(500系リバティによる運転で、浅草→東武動物公園間は、東武日光行きのリバティけごん47号と併結) の新設などにより変化しています。

リバティりょうもう号の途中停車駅 とうきょうスカイツリー、北千住、春日部、東武動物公園、久喜、加須、羽生

相老駅は、わたらせ渓谷鐵道線、赤城駅は上毛電気鉄道線への乗換駅でもあるので、それらのローカル線めぐりのアクセスにもりょうもう号が使われています。

りょうもう号の200系は、1991(平成3)年2月1日にデビューし、1998(平成10)年3月までの間に10編成導入されていました。

201〜209Fは、日光・鬼怒川特急に使われていた1720系デラックスロマンスカー(DRC)の足回り品が流用されているけど、1998年に導入された250系(200系250番台)の251Fだけは、30000系に準じたVVVFインバータ車となっています。

こちらは、西武鉄道の10000系ニューレッドアロー(NRA)で、1993(平成5)年から1996(平成8)年に掛けて導入された10101〜10111Fが、101系や5000系(初代レッドアロー)からの足回り品流用車、2003(平成15)年に増発用として導入された10112FだけがVVVFインバータ車となっていることに準じているし。

東武200系りょうもうと西武10000系ニューレッドアローの共通点は、車内の雰囲気、ビジネス主体で観光輸送にも使われていることであります。

200系りょうもうに乗った時に西武10000系に似てるなと思ったのもそのはずであります。

東武6050系(2ドアセミクロスシートのトイレ付き車両)が西武4000系に酷似していることも有名であり、西武4000系のほうも、101系の足回り品が使われています。

東武6050系には、西武4000系にはない折り畳み式のテーブルがあるし。

東武200系の203,204,205,206Fは、1720系DRCの足回り品だけでなく、座席も流用されていたけど、現在は航空機タイプの背面テーブル付きの座席に交換されています。

今回乗った205Fは、1992(平成4)年に、1700系の1701Fから更新された編成(車体はアルナ工機(現、アルナ車両)製)であり、側面表示が幕式となっています。

種車は以下の通りです。

201F=1741F、202F=1731F、203F=1751F、204F=1711F、205F=1701F、206F=1761F、207F=1781F、208F=1721F、209F=1771F

いずれも足回り品が製造されてから40〜50年以上経っており、208F(プユマりょうもう編成)の足回り品が1960(昭和35)年製と最も古いです。

東武1700系は、1956(昭和31)年から1957(昭和32)年に掛けて2両6編成12両製造された貫通型の特急型車両であり、1957年に導入された1710番台の2編成には、外国人観光客対策により洋式トイレも追加されていました。

1971(昭和46)年から1972(昭和47)年には、1720系と同じ車体に載せ替えられ、のちに台車やモーターが1720系と同じものに交換されていたし。

200系のうち204Fと205Fが、1700系の足回り品が流用されている訳であるけど、1700系から更新されたことは外観上では分からない状態となっています。

1700系と言えば、昨年12月に鉄コレとして製品化されていたし。

1700系が貫通型となっていたのは、分割・併合運転が考慮されていた為であり、それが実現せずに1720系と同様の車体に載せ替えられた為に幻となっていました。

東武の貫通型特急は、4月21日にデビューした500系リバティで復活していたけど、1700系で実現出来なかった分割・併合も行われています。

1720系DRC(デラックスロマンスカー)は、1991(平成3)年8月31日に100系スペーシアに全面的に置き換えられるまで活躍していたボンネットタイプ(こだま型)であり、当時は春日部駅に停車せず、特急料金が1000円(1K)以上と高かったので、現在の100系スペーシアや500系リバティのように気軽に乗ることが出来ない列車でありました。

こちらは、昔飛行機の運賃が高かったということと同様であるし。

自分(しゃもじ)は、1720系DRC(デラックスロマンスカー)に乗れずじまいとなってしまったのはその為であり、ロマンスカーには小田急しか乗ったことがない状態となっています。

ロマンスカーといえばやはり小田急というイメージが強い状態であるし、自分(しゃもじ)のように、小田急ロマンスカーに乗ったことがあっても、東武のロマンスカーに乗ったことがない人は大勢いると思います。

むしろ東武にもロマンスカーがあったことを知らない人も多いという状態でもあるし。

東向島駅前にある東武博物館や、さいたま市岩槻区にある岩槻城址公園には、1721Fの先頭車が展示されており、その車内に入ることが出来るので、1720系に乗ったような雰囲気を味わうことが出来ます。

昔東武のロマンスカーのCMで東武ロマンスカーの歌が出てきて、♪走る走る東武〜乗ろうよ東武のロマンスカーと歌われていたけど、現在は乗ろうよ東武のスペーシアまたは、乗ろうよ東武のリバティにと化しています。

1961(昭和36)年に登場した小田急ロマンスカーの初代CMソングである小田急ピポーの電車は、こちらは旧3000形SE車で流れていたミュージックホーンであるピーポー音がイメージされています。

現在の小田急ロマンスカーのCMソングは、葛谷葉子氏によるロマンスをもう一度であり、10年前の2007(平成19)年にCD化されていました。

今年は小田急線開業90周年と共に旧SE車が登場してから60周年(還暦)を迎えるという節目の年を迎えることになるし。

りょうもう号が特急化されたのは、1999(平成11)年3月16日のことであり、1720系の足回り品を生かして110Km/h運転も行われるようになっています。

1800系の時代は105Km/hが限度であったし。

りょうもう号が東武動物公園駅にも停車となったのは、2003(平成15)年3月19日のことであり、日光・鬼怒川特急の春日部駅と同様に、乗車口が2号車と5号車に限定されています。

りょうもう号のトイレと自動販売機は、1,3,6号車にあり、1,6号車は和式、3号車は車椅子対応の洋式(誰でもトイレ)となっています。

3号車のトイレが車椅子スペースの設置と共に洋式化されたのは、1997(平成9)年に導入された207Fからであり、201〜206Fの3号車のトイレも和式から洋式に変更されていました。

200系の4号車は、ドアのない車両として有名であり、隣の車両からでないと乗り降りが出来ないです。

今回はその4号車の15Aに当たっていたし。

りょうもう号の由来は、りょうもう号が走る東武伊勢崎線沿線の両毛エリア(栃木県南西部から群馬県南東部に跨がる一帯)から来ており、JR両毛線もそれに近い両毛エリアを走っています。

200系は普通鋼製で、車体が20年、足回り品が40〜50年以上経っているので、今後の動向が気になります。

このように、南栗橋でのイベントに行く前に、久しぶりに200系りょうもう号に乗ることが出来て良かったです。


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