2017年05月24日

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こちらは、5月21日に都電荒川線(東京さくらトラム)の早稲田電停で撮影した7000形の7022号車で、6月上旬の完全引退が近づいてきたことから、5月20日の運用からヘッドマークがありがとう7000形バージョンに変わっていました。

反対側(この日は三ノ輪橋寄りに来ていた)は、4月末まで7001号車に取り付けられていたヘッドマークであり、今回7022号車にも取り付けられたのであります。

1978(昭和53)年にローレル賞が受賞された時には、現在の7022号車と同じ塗装が当たり前で、このようなヘッドマークが取り付けられていたので、ローレル賞受賞当時を彷彿とさせる姿となっていました。

7022号車は、2005(平成17)年6月11日にワンマン改造当時の旧塗装に戻されて以来12年間この塗装が守られていたことは素晴らしいことだと思っています。

7022号車が旧塗装に復元された2005年6月11日は、ハロプロ系のアイドルグループである℃-ute(キュート)が結成された時であり、あれから12年後の今年6月12日に、℃-uteがさいたまスーパーアリーナ(さいたま新都心)でのライブをもって解散してしまうので、7022号車の引退と同じ時期に最後の時を迎えることになります。

℃-uteのワンマンライブのほうは、2007(平成19)年10月21日にZepp Tokyoで行われていた公演だけ参戦していたけど、握手会のある公演が優先という主義に変わったことから、あの時以降の参戦もなく、一昨年(2015(平成27)年)1月4日をもってハロプロ系の有料ライブの参戦から完全に撤退(同年3月末にはハロプロのファンクラブ(FC)を退会)した為に、2007年10月21日が最初で最後となってしまいました。

自分(しゃもじ)がハロプロ系の有料ライブから完全撤退した時は、上野と青森の間を羽越線(日本海)経由で結んでいた寝台特急あけぼの号が完全に廃止されていた時であったし。

8502号車には、さようなら7000形のラッピング電車に使われており、同じヘッドマークが取り付けられています。

これまで当たり前のように存在していた都電の吊り掛けモーター車が無くなることで寂しさを感じました。

7000形更新車は、7001号車から7031号車までの31両あったけど、4両が豊橋鉄道市内線(愛知県)に譲渡され、7005,7007,7010,7015,7018,7024,7026,7031号車が7700形に改造されていました。

7700形は、7000形のうちの状態の良い上記の8両の車体が流用された車両であり、8900形に準じたVVVFインバータ車に改造されています。

当初は、7000形の全てが8900形に置き換えられる予定だったけど、そのうちの8両が7700形となったことにより7000形更新車由来の車体が残されることになったので、完全に見納めとなることは無かったです。

7022号車と言えば、昨年2月7日に、鉄道アイドルステーション♪の貸切ライブに使われていた車両であり、自分(しゃもじ)もそれに乗っていたので、思い出のシーンとなりました。

前年の2015年10月10日には、9002号車(都電ハロウィン号)によるステーション♪の都電貸切オフ会が行われていたけど、ステーション♪を卒業したばかりの初代あいりんこと神野愛莉氏(現在は百々瀬愛莉名義により平成琴姫(琴姫あいりん)として活躍中)がスペシャルゲストとして乗務(出演)していたけど、初代あいりんと共に卒業していた当時の1推しメンバーだったきなりんこと石川きなり氏がいなかったことで残念に思っていました。

当時1推しになったばかりのほののんこと安田帆花氏(現在は黄金時代のメンバーである)がいたから楽しかったし、ほののんが1推しになったことを発表したオフ会だったのであります。

昨年2月7日の7022号車による都電貸切ライブの時もほののん1推しであったし。

同年3月12日のステーション♪による銚子電鉄の貸切オフ会(緑色の2001Fで行われていた)には、土曜出勤により行かれなかったのが残念であります。

当時はステーション♪のメンバーが房総ビューエクスプレスこと255系によるしおさい号で銚子入りしていたので、久しぶりに255系に乗りたいと思っていたけど、同年11月26日の幕張車両センターでのイベントであるマリフェス2016の帰りに千葉から東京まで255系に乗ることが出来たのであります。

7022号車のLED表示は、最後まで残されていた初期更新の大文字タイプであり、都電貸切ライブの時には、貸切車の大きな文字が表示となっていたことを思い出しました。

一昨年10月11日には、都電ファンによる7023号車の貸切乗車会に参加していたけど、こちらも初期LED更新車で、貸切車の大きな文字が表示されていたし。

7023号車は、同年12月に7019号車と共に廃車となった為に思い出の車両となっています。

7000形のLED改造車で、初期改造の大文字バージョンなのは(だったのは)、7005,7007,7008,7013,7019,7020,7022,7023,7025,7026,7027号車の11両

後期改造の小文字バージョン(8500形以降と同じ書体)だったのは、7001,7002,7003,7004,7010,7015,7016,7018,7024,7029,7030,7031号車の12両であり、7001号車の運用離脱により見納めとなってしまいました。

7700形の行先表示は、8800形の8802号車と同じ書体であるし。

7000形のさよなら運転の撮影で、危険な行為をしないなどマナーを守ってもらいたいと思っています。

このように、都電荒川線の早稲田電停で、ヘッドマークが変わったばかりの7022号車を撮影することが出来て良かったです。






よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 11:43│コメント(0)トラックバック(0)都電 | 鉄道乗車記

2017年05月23日

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5月16日は、春日部から大宮まで、東武鉄道の500系リバティの505+507Fによる、特急アーバンパークライナー1号に乗りました。

こちらは、平日限定列車で、浅草駅を20時30分に発車し、途中、とうきょうスカイツリー、北千住、せんげん台、春日部、八木崎、豊春、東岩槻、岩槻に停車してから大宮へと向かう東武アーバンパークライン(野田線)直通の特急列車であり、せんげん台駅より先は、特急券不要のフリー乗車区間となります。

春日部から乗っても特急料金が掛からなかったし、大宮まで行ってもちょうど良い時間に帰れることから、先発のアーバンパークライナー1号で大宮まで行ったのであります。

アーバンパークライナーは、1号(全区間6両編成)が、浅草 20時30分発→とうきょうスカイツリー 20時33分発→北千住 20時43分発→せんげん台 21時ちょうど着→春日部 21時06分着、21時09分発→岩槻 21時18分着→大宮 21時28分着

3号(春日部まで6両編成で、春日部から大宮行きと野田市行きに分かれる)が、浅草 21時30分発→とうきょうスカイツリー 21時33分発→北千住 21時43分発→せんげん台 22時ちょうど着→春日部 22時06分着(春日部駅で分割)

前の3両(1〜3号車、大宮行き)は、春日部 22時12分発→岩槻 22時21分着→大宮 22時31分着

後ろの3両(4〜6号車、野田市行き)は、春日部 22時14分発→(この区間は各駅に停車)→野田市 22時35分着

2号(全区間3両編成)が、大宮 22時43分発→春日部 22時57分着→(この区間は各駅に停車)→運河 23時28分着

2号は、大宮→春日部間が有料の座席指定区間(310円)で、春日部より先が特急券不要のフリー乗車区間となります。

土休日には、浅草→春日部間でアーバンパークライナーの代わりに、スカイツリーライナー7号と9号が運転されることになるし。

アーバンパークライナー1号の前は、5月11日に乗車した、浅草 18時30分発→春日部 19時06分着のスカイツリーライナー3号(リバティけごん40号とリバティ会津140号の折り返し)に入っていたけど、その後に浅草まで回送で戻っていたのであります。

アーバンパークライナー1号が大宮に到着した後、再び浅草まで回送され、浅草 22時50分発→新栃木 0時05分着のリバティけごん257号で新栃木へと向かっていました。

リバティけごん257号は、途中、とうきょうスカイツリー、北千住、春日部、杉戸高野台、栃木に停車する新栃木行きの下り最終特急であるけど、東武宇都宮行きの最終には接続しないので注意が必要であります。

杉戸高野台では、南栗橋行き(南栗橋で、最終の新栃木行き普通列車に接続)に乗り継ぎ可能であるし。

東武宇都宮行きの最終に接続する特急は、浅草 22時ちょうど発→新栃木 23時16分着のけごん255号(100系スペーシアで運転)となります。

リバティけごん257号は、翌朝の新栃木 6時03分発→浅草 7時33分着のリバティけごん208号に使われることになるし。

この日のアーバンパークライナー1号は、前が505F、後ろが507Fで、春日部から乗った時でも号車、座席指定が行われていなかったので、507F側の4号車(507-3号車)に乗ったのであります。

505Fは、5月11日にスカイツリーライナー3号で乗った時に当たった車両だったので、507F側を選んだのもそのはずであるし。

507Fの507-3号車は、4月29日に友人のイェイイェイ氏が春日部から浅草まで、東武日光からのリバティけごん32号で初めて乗っていた車両であったので、このことに拘りました。

自分(しゃもじ)が初めて500系リバティに乗った時に505Fに当たっていたので、自分(しゃもじ)と友人のイェイイェイ氏の初乗車編成である編成同士の組み合わせのことで感慨深いなと思いました。

5月16日は、北千住から大宮まで、イェイイェイ氏が後続のアーバンパークライナー3号の大宮編成(この日は506Fが使われていた)に乗っていたことを聞いたので、一緒に乗ることが出来なかったことで残念に思いました。

アーバンパークライナー3号で大宮へと向かい、ここからJR線で帰った時に遅くなるし、列車の遅延対策もあるので、自分(しゃもじ)がそれよりも早いアーバンパークライナー1号に乗ったのもそのはずであるし。

イェイイェイ氏は、春日部から北千住まで雅塗装のスペーシアに乗っていたので、4月20日にイェイイェイ氏が春日部から浅草まで100系スペーシアに乗り、浅草から春日部まで300系により運転されていたきりふり283号の名残乗車を楽しんでいたことを思い出しました。

アーバンパークライナー3号では、春日部駅で分割シーンを見られるので、アーバンパークライナー1号にはない春日部駅での楽しみがあります。

自分(しゃもじ)はその代わりに、東武動物公園駅で、リバティりょうもう43号と、リバティけごん47号の分割シーンを見れたことで満足しているし。

イェイイェイ氏がアーバンパークライナーで再び500系 リバティに乗っていたことで、500系リバティの乗り心地に魅了されていたことが分かります。

イェイイェイ氏は、100系スペーシアも良かったと言っていたので、自分(しゃもじ)と同様に有料特急好きであり、ハロプロ系、マボカレ(マボロシ可憐GeNE)、CoverGirls(カバガ)などのお気に入りのアイドルの現場に参戦して高まった後に乗る有料特急は最高であることも言っていました。

4月9日には、イェイイェイ氏が長野県長野市のホクト文化ホールで行われたモーニング娘。'17の公演に参戦する為に往復北陸新幹線で日帰り遠征していたけど、それに参戦して高まった後に長野から大宮まで乗った北陸新幹線も最高だったことも語っていたし。

自分(しゃもじ)はハロプロ関連での遠征をハロプロ系の有料ライブ参戦と共に取り止めたので過去の出来事となっています。

春日部駅では4番線から発車。アーバンパークライナーは、春日部から列車番号が1049から1802Aとなったけど、Aは、アーバンパークライン(野田線)の列車番号の証となっています。

春日部を出た後、八木崎、豊春、東岩槻、岩槻の各駅に停車し、岩槻からノンストップで大宮へと向かっていました。

アーバンパークラインの急行は、大宮〜春日部間で、途中、岩槻駅のみ停車するのに対し、アーバンパークライナー1,3号は、八木崎、豊春、東岩槻の各駅にも停車するという特徴があります。

大宮駅では東武2番線に到着。

折り返しは、前述のリバティけごん257号の送り込みの回送となりました。

後続のアーバンパークライナー3号も、大宮駅の東武2番線に到着するけど、折り返しは運河行きのアーバンパークライナー2号となります。

アーバンパークライナー2号は、大宮から春日部まで座席指定のノンストップ区間であり、岩槻駅で先発の春日部行きの普通列車を追い越すことになるし。

この日にイェイイェイ氏が北千住からアーバンパークライナー3号で北千住から大宮まで乗った時に、春日部まで501Fによる野田市行きが連結されていたので、4月29日にイェイイェイ氏が乗っていた507Fによるリバティけごん32号の前に、501Fによるリバティ会津132号が連結されていたことで、偶然の出来事であるけど、イェイイェイ氏がリバティに乗った時に2回連続501Fが連結されていたことが分かりました。

今回は500系リバティで大宮まで行ったので新鮮な感じがしました。

このように、春日部から大宮まで、東武500系リバティに乗ることが出来て良かったです。


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2017年05月22日

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5月6日は、東京メトロ半蔵門線の九段下駅で、東武鉄道50050系(地下鉄半蔵門線、東急田園都市線直通専用車)の51060Fによる東京スカイツリータウン5周年記念ヘッドマーク付きの急行久喜行きを撮影することが出来ました。

東京スカイツリータウンは、634mの電波塔(下町のランドマーク)である東京スカイツリーを含めた複合施設であり、2012(平成24)年5月22日にグランドオープンされてから早5年経ちました。

東京スカイツリータウンのある場所は、東武鉄道の旧本社や、業平橋(なりひらばし)駅(当時)の貨物駅→地平ホームから転用されているので、2003(平成15)年3月19日の半蔵門線直通開始までの間に朝ラッシュ時に10両編成の列車が業平橋駅の地平ホームに乗り入れていたこともありました。

業平橋駅のうち、浅草駅と繋がっている高架ホームがリニューアルされてとうきょうスカイツリー駅となり、東京スカイツリータウンの事業主体である東武鉄道によるアクセス駅へと進化しています。

押上駅は、京成押上線、都営浅草線、東京メトロ半蔵門線、東武スカイツリーライン(伊勢崎線)が乗り入れる地下駅であり、スカイツリー前という副駅名があります。

地下鉄半蔵門線と東武スカイツリーラインの押上駅は、東武鉄道の駅で唯一の地下駅となっているけど、駅の管理が東京メトロに委託されているので、東武鉄道管理の地下駅が存在しないことになっています。

東上線の和光市駅は、地下鉄有楽町線と副都心線の始発駅であるけど、東武鉄道管理による地上駅となっているし。

京成押上線と都営浅草線の押上駅は、最も浅い場所にある地下駅であり、京成電鉄による管理となっているし。

押上〜曳舟間は、東武鉄道によって建設された連絡線(東武スカイツリーラインの押上支線)であり、東武鉄道で唯一の地下線となっています。

2003年3月19日の半蔵門線の水天宮前〜押上間(当時は営団地下鉄の時代だった)の開業と共に東武線との直通運転が開始された当時は、南栗橋または東武動物公園発着がメインであり、東武では30000系が当たり前となっていました。

当時の半蔵門線直通の種別は、区間準急(現、準急)と通勤準急(現、急行)となっていたし。

2006(平成18)年3月18日には、半蔵門線と東武線の直通列車の増発により久喜発着も加わり、50050系もデビューしていました。

種別が区間準急から準急、通勤準急が急行となっていたし。

2013(平成25)年3月16日には、日比谷線直通列車の一部の南栗橋への延長により、東武動物公園駅で、久喜発着の半蔵門線直通列車に接続されるようになっています。

今回撮影した列車は土休日の68T運用で、東急田園都市線の中央林間駅(神奈川県大和市)を15時22分に発車し、押上までの各駅に停車してから急行で久喜へと向かう列車であり、東武動物公園駅で、日比谷線からの南栗橋行き(15T、20000系列による運転)に接続しています。

50050系は、2005(平成17)年から2009(平成21)年に掛けて18編成が半蔵門線直通列車の増発用または30000系の置き換え用として製造されていたけど、2007(平成19)年にこの51060Fが導入されてからは、副都心線、有楽町線直通用の50070系の導入が優先されていた為に、2009年まで50050系の導入が中断されていました。

2009年に後期型の50050系が導入されてからは、30000系の地上線への転用により、8000系が浅草〜館林間及び東武動物公園〜南栗橋間の定期運用から撤退していました。

50050系の導入により地上線運用に戻されていた30000系は、6+4の10両固定編成扱いの上で東上線の池袋〜小川町間に転用されていたけど、30000系の第6編成と第9編成は、現在でも地下鉄半蔵門線乗り入れに使われています。

これらの編成は、中間運転台部分が通り抜けが出来ることにより地下鉄乗り入れの条件を満たしているけど、中間に運転台がある為に東急田園都市線のラッシュには対応しきれないという問題があるし。

東武30000系が6+4で導入されていたのは、地上線での運用が考慮されていたことに加え、当時の西新井工場で10両固定編成を入れることが出来なかったからであり、2004(平成16)年4月1日に西新井工場と杉戸工場の統合により南栗橋車両管区の南栗橋工場が新設されてからはこのような問題が解決されていました。

10両固定編成である為に浅草駅に乗り入れることが出来ないので、半蔵門線直通専用車として扱われています。

この日は、日本武道館で行われた武道館アイドル博(お目当てはほののんこと安田帆花氏率いる黄金時代だった)に行った後、都営新宿線で新宿まで向かう時に5番線で列車を待っていたら、半蔵門線乗り場の4番線に51060Fによるスカイツリータウン5周年記念ヘッドマーク付き電車が入ってきたので、そのついでに撮影出来たのであります。

九段下駅は、1964(昭和39)年12月23日に、営団地下鉄(当時)東西線の高田馬場〜九段下間の開業と共に開設された駅であり、1980(昭和55)年3月16日に都営新宿線の新宿〜岩本町間の開業により、乗換駅となっていました。

1989(平成元)年1月26日に半蔵門線の半蔵門〜三越前間が開業し、半蔵門線も九段下駅に乗り入れるようになったけど、当時は都営新宿線と同じレベルにあるのにも関わらず、壁で仕切られていました。

都営新宿線の九段下駅の開業から33年経った2013年3月16日には、東京メトロと都営地下鉄の連携強化により、バカの壁と呼ばれていた4番線と5番線を仕切る壁が撤去されて、半蔵門線⇔都営新宿線間の乗り換えが場合によって同じホームで行うことが可能となっていました。

これにより、半蔵門線と都営新宿線の九段下駅で、東京メトロ、東急電鉄、東武鉄道、東京都交通局(都営地下鉄)、京王電鉄の4社1局の電車を一同に見ることが出来るようになっています。

都営新宿線の列車を待っていた時に東武51060Fによる東京スカイツリータウン5周年記念ヘッドマーク付き電車を撮影することが出来たのはこのことのお陰であるし。

都営新宿線の急行は九段下駅には止まらないので注意が必要であります。

東西線の九段下駅は、地下2階部分にあり、半蔵門線と都営新宿線のホームや改札と繋がっていないので、改札外での乗り換えとなります。

東西線のホームの発車メロディーは、周辺に日本武道館があることに因んで、爆風スランプの「大きな玉ねぎの下で〜はるかなる想い」が使われています。

日本武道館は、1964年10月に開催された東京オリンピック1964の柔道の会場として開設され、あの時以来柔道などの武道関連の試合のほか、大物アーティストのコンサートや24時間テレビなどのイベントにも使われているし。

大きな玉ねぎとは、日本武道館の屋根にある擬宝珠のことであり、それが玉ねぎの形のように見えることから大きな玉ねぎの下でというタイトルとなり、その名の通り日本武道館がイメージされた曲となっています。

自分(しゃもじ)は、以前24時間テレビの募金やモーニング娘。のコンサートで日本武道館の中に入ったことがあったけど、今回の武道館アイドル博の2部で、久しぶりに日本武道館の中に入ったのであります。

友人のイェイイェイ氏は、マボカレことマボロシ可憐GeNEが目当てで1部に入っていたけど、久しぶりに日本武道館に入ることが出来て満足していました。

イェイイェイ氏は自分(しゃもじ)とは違ってハロプロ系の有料ライブに行くことを継続しているけど、近年ハロプロ系の日本武道館などのアリーナクラスの公演が平日にしか行われない傾向となったことにより落胆していたのでそのはずであります。

モーニング娘。’17の春ツアーの日本武道館公演は、5月26日と6月23日と、2公演連続で平日(金曜日)に行われるし。

アンジュルムの日本武道館公演も5月15日(先週の月曜日)とまた平日に行われていたので困ったもんです。

24時間テレビの募金の時は募金が終わったらすぐに撤収ということになるけど、武道館アイドル博では、久しぶりに日本武道館に長く滞在することが出来ました。

マボカレと言えば、今日(5月22日)の代官山SPACE ODDでの公演で、新メンバーが初お披露目される予定となっているし。

日本武道館は、単なる武道館と呼ばれることが多いけど、足立区綾瀬にある東京武道館と区別する為に日本武道館と呼んでいます。

このように、日本武道館に行った後に東武51060Fによる東京スカイツリータウン5周年記念ヘッドマーク付き電車を撮影することが出来て良かったです。

東京スカイツリータウン開業5周年おめでとうございます。

よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 13:10│コメント(0)トラックバック(0)大手私鉄 │
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