2017年06月22日

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6月15日は、新御茶ノ水から代々木上原まで、東京メトロ千代田線の6000系6129Fによる代々木上原行きに乗りました。

今年5月14日には、小田急線の無線装置がデジタル式へと更新されたことにより、全廃間近の東京メトロ6000系への取り付けが見送られた為に小田急線への乗り入れが5月12日をもって終了していました。

5月14日からは、昨年5月まで活躍していた6101Fの時と同様に、小田急線への乗り入れが不可能となり、平日朝と夕方以降の小田急線に乗り入れない運用に限定運用されるようになっています。

平日の31S運用もその一つであり、朝の運用を終えた後に昼寝してから霞ケ関始発の夜の運行に入ることになるけど、6000系が使われるとは限らない状態であります。

これまでは、16000系の5編成(16119,16120,16121,16125,16126F)が小田急線に乗り入れることの出来ないサークルE編成となっていたけど、これらの編成に小田急線のデジタル式無線装置が搭載されてサークルEが解除され、小田急線乗り入れ運用に進出し、入れ替わりに6000系の5編成が小田急線乗り入れから撤退し、サークルEステッカーのない小田急線乗り入れ非対応車となってしまったのであります。

対象となった6000系のうち、6120Fがすぐに運用離脱され、残りの6102,6122,6129,6130Fの4編成が最後の活躍をしています。

そのうちの6102Fは、営団地下鉄の時代の1970(昭和45)年に製造され、翌年の1971(昭和46)年3月20日の大手町〜霞ケ関間の開業の時に営業運転入りしていた6000系の量産車第一号であり、車内に1972(昭和47)年度のローレル賞のプレートが付いています。

最後まで残された初期型の6000系でもあり、客用扉が小窓であること、扇風機が付いていることなどが特徴であるし。

初期型6000系では、かつて山手線や京浜東北線などで活躍していた103系のATC仕様車と同様に、運転台後部の窓が右側の乗務員室扉にしかない為に、前面展望が地上線であっても細長い窓の分しかないです。

これは、貫通扉部分に窓がない為であり、似たようなスタイルである京都市営地下鉄(京都市交通局)烏丸(からすま)線の10系初期型車(1101〜1109F)もこうなっているし。

1988(昭和63)年の竹田までの延長及び近鉄線との直通運転開始の時に導入された1110F以降の編成は貫通扉に窓が取り付けられています。

当時はATC装置が運転台後部に取り付けられていた為に前面展望の妨げとなっていたけど、床下に取り付けられるようになってからは前面展望出来るようになったし。

1974(昭和49)年10月30日の有楽町線(池袋〜銀座一丁目間)の開業の時に導入された7000系からは、運転台の真後ろにも小さい窓が取り付けられ、6000系の後期型(6122F以降)や半蔵門線の8000系にも受け継がれていました。

千代田線と小田急線の直通運転は、1978(昭和53)年3月31日の代々木公園〜代々木上原間の開業と共に開始され、営団は6000系、小田急は9000形が使われていたけど、当時は月曜日から土曜日までの間で本厚木発着の準急列車(当時は全列車経堂駅を通過していた)が当たり前となっていました。

小田急9000形は、1990(平成2)年に1000形に置き換えられる形で乗り入れ運用から撤退し、2006(平成18)年3月17日まで小田急線内の列車に使われていたけど、特殊な部品が使われていたことが仇となり、部品確保が困難となってきたことにより、5000形よりも先に全廃されていました。

2006年5月13日に唐木田の車両基地(唐木田車庫)で行われた9000系のさよなら展示会で6000系と並べられていたことがあったけど、6000系が小田急線乗り入れから撤退してからはどちらも過去のものとなっています。

昨年3月26日には、メトロの車両の本厚木への乗り入れが2003(平成15)年3月29日の改正で一旦廃止されて以来13年ぶりに復活していたけど、6000系の本厚木乗り入れも復活していました。

たった1編成しかなかった06系は、一昨年廃車となった為に、06系の本厚木乗り入れが2003年3月に終了していたし。

千代田線の6000系は、1968(昭和43)年に6000ハイフンと呼ばれる第一次試作車、1969(昭和44)年に量産先行車でもある第二次試作車の6101Fがそれぞれ導入され、1970年から1990(平成2)年に掛けて量産車が34編成340両導入されていました。

1981(昭和56)年に6122〜6128Fが導入されたことにより、1969年12月20日の北千住〜大手町間の開業の時から使われていた5000系が置き換えられ、北綾瀬支線残留の2編成を除いて東西線に転用されていました。

千代田線の開業当時は6101Fが試運転の段階であったので、専ら5000系が使われていたけど、5000系は1978年3月31日以降に小田急線に乗り入れることが出来なかったし。

今回乗った6129Fは、1984(昭和59)年に輸送力増強用として日本車輌で製造された編成であり、車体更新と共に、日立製の2レベル方式のVVVFインバータ装置(5M5T)に交換されています。

新御茶ノ水駅は、JR御茶ノ水駅と都営新宿線の小川町駅の中間にあるシールド駅であり、JR線の御茶ノ水駅聖橋口に近づける為に長いエスカレーターがあるのが特徴であります。

壁は明るい色であり、月の和名と二十四節気のモザイク壁画があるのが特徴であるし。

新御茶ノ水駅付近はかつて日立製作所の本社があったことで有名であり、2006年に日本生命丸の内ビル(丸の内オアゾ)に移転されていました。

その跡地は御茶ノ水ソラシティ(新御茶ノ水駅と直結)となっているし。

千代田線の路線

(JR常磐緩行線、取手まで直通運転)←綾瀬〜北千住(R)〜町屋〜西日暮里〜千駄木〜根津〜湯島〜新御茶ノ水〜大手町(R)〜二重橋前〜日比谷〜霞ケ関(R)〜国会議事堂前〜赤坂〜乃木坂〜表参道(R)〜明治神宮前(原宿)〜代々木公園〜代々木上原→(小田急線へ直通運転)

北綾瀬支線 北綾瀬〜綾瀬

R印は小田急ロマンスカー(60000形MSEによる運転)の停車駅で、メトロ線のみの利用が不可能となっています。

乗換駅

綾瀬 千代田線⇔北綾瀬支線、JR常磐緩行線(我孫子(朝夕は取手)まで直通運転)

北千住 日比谷線、JR常磐快速線(一部は上野東京ラインとして品川まで直通運転)、東武スカイツリーライン(伊勢崎線)、つくばエクスプレス線

町屋 京成本線、都電荒川線(東京さくらトラム、町屋駅前電停)

西日暮里 JR(山手線、京浜東北線(日中は快速運転の為に通過))、日暮里・舎人ライナー

新御茶ノ水 JR(中央快速線、中央・総武緩行線(御茶ノ水駅))、都営新宿線(小川町駅)、丸ノ内線(淡路町駅)

大手町 丸ノ内線、東西線、半蔵門線、都営三田線

日比谷 日比谷線、都営三田線、有楽町線(有楽町駅)

霞ケ関 丸ノ内線、日比谷線

国会議事堂前 丸ノ内線、南北線・銀座線(溜池山王駅)

表参道 銀座線、半蔵門線

明治神宮前 副都心線、JR山手線(原宿駅)

代々木上原 小田急線(唐木田または本厚木まで直通運転)

町屋、西日暮里、千駄木、根津の各駅は、上下二層式となっており、A線(代々木上原、小田急線方面)が上のホーム、B線(綾瀬、JR常磐緩行線方面)が下のホームからの発着となっています。

6000系のうち、VVVF化された編成は、6101,6102,6104,6108,6109,6114,6116,6117,6118,6119,6120,6121,6122,6124,6128,6129,6130,6131,6132Fであり、VVVF化されなかった他の編成は、2012(平成24)年9月までに16000系の初期型に置き換えられていました。

後期型のうち、車体更新されなかった6123,6125,6126,6127,6133,6134,6135Fは幕式のまま最後を迎えていたし。

一昨年9月からは、16000系の導入が再開され、06系の廃車に続いてVVVF化された6000系も順次置き換えられています。

昨年6月20日には、6000系で最後の原型窓(田の字状の2枚窓車)が全廃されていたし。

以前当たり前のように見られていた6000系は、今年度中に16000系に全て置き換えられる予定となっており、全廃までのカウントダウンに入っています。

5月12日まで小田急線へも乗り入れ、毎日運転されていたけど、5月15日からは平日のラッシュ時しか運転されなくなってしまったことで寂しさを感じました。

この日は、秋葉原のAKIBAカルチャーズ劇場で行われたFullfull☆Pocket(フルフルポケット)の平日定期公演に参戦した後、新御茶ノ水駅まで歩いて行き、ここから6000系に乗ることが出来たのであります。

このように、新御茶ノ水から代々木上原まで千代田線の6000系に乗ることが出来て良かったです。

よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 13:26│コメント(0)トラックバック(0)大手私鉄 | 鉄道乗車記

2017年06月21日

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続いては、3月25日に東京駅の新幹線ホームの22番線側でから撮影した、北陸新幹線のE7系F11編成によるかがやき511号(金沢行き)と、東北新幹線のE2系J72編成(やまびこ214号)です。

かがやき511号は、長野発東京行きの折り返しで、16時24分に東京駅の21番線を発車した後、途中、上野、大宮、長野、富山の各駅に停車してから金沢へと向かう列車であり、毎日運転でE7系が使われています。

このF11編成は、2014(平成26)年10月に総合車両製作所横浜事業所(J-TREC横浜)で製造され、翌年の2015(平成27)年3月14日の北陸新幹線の金沢延長までの間は、当時長野新幹線と呼ばれていたあさま号で使われていました。

E7系のうち、総合車両製作所横浜事業所製なのは、F7,8,9,11,12,18編成であり、F18編成は、一昨年10月に北陸新幹線の増発用及びE2系N編成の置き換え用としてW7系のW11編成(日立製作所製)と共に追加導入されていました。

今年になってからは、川崎重工業製のF19編成が導入されたことによりF18編成が一番新しい編成とは言えなくなってしまったし。

W7系には、近畿車輌製もあり、こちらはW7編成とW10編成が該当しています。

E2系のJ72編成は、2010(平成22)年12月4日の東北新幹線の新青森延長に合わせて導入された最終増備車のJ70番台(J70〜75編成)のうちの1編成であり、E3系2000番台と同様のN700系タイプの側面表示、一部座席のコンセントの採用によりマイナーチェンジされています。

これらのグループは、2005(平成17)年のJ69編成以来5年ぶりに導入されたもので、E5系の量産化までの繋ぎとして導入された編成でもあるし。

このJ72編成は、2010年4月に日立製作所で製造されていました。

E2系のうちJ70番台に当たれば当たりということになるし。

初期型のE2系J編成では、2013(平成25)年のJ2編成を皮切りに廃車が開始され、これまでにJ2,3,4,5,6,7,9,10編成が廃車となっています。

そのうちのJ7,9,10編成は、N編成のN5,10,12編成の中間車(2〜6,9号車)がトレードされた編成であったけど、今年4月にN5編成の中間車が組み込まれていたJ7編成が、N5編成の後を追うように廃車となったことにより、E2系のN編成が完全に消滅してしまったのであります。

これらの編成は、N13編成と共に1998(平成10)年2月に開催された長野オリンピック輸送の面影があったし。

長野オリンピックの時には、200系の初代F17編成(12両編成)が50/60Hzの複電圧対応、発電ブレーキの強化等の改造が行われた上でF80編成として長野新幹線あさま号の臨時列車に使われていたことがあったけど、実際に長野に乗り入れていたのは長野オリンピックの時だけであり、2004(平成16)年に廃車になるまで、オリンピック輸送以外で長野に乗り入れたことはなかったです。

こちらは、E4系MaxのP51,52編成によるMaxあさま号(軽井沢発)と共に貴重な列車となっていたし。

F80編成によるあさま号の表示は白幕で異彩を放っていたことを覚えています。

1997(平成9)年10月1日に、高崎〜長野間が長野新幹線として開業した当初から12両編成対応となっているのはその為であり、E7系やW7系にも受け継がれています。

200系F編成には、275Km/h対応に改造されたF90〜93編成もあったけど、1990(平成2)年3月10日から1999(平成11)年12月3日までの間上越新幹線の下り列車の一部の上毛高原→浦佐間(下り勾配区間)で実際に275Km/h運転が行われていたことがありました。

この場合は越後湯沢駅通過となっていたし。

現在の上越新幹線の最高速度は、240Km/hが最高であり、上越新幹線のE2系も240Km/hに抑えられています。

E2系は、1995(平成7)年に、長野新幹線用と東北新幹線用(分割・併合対応編成)が2編成試作され、翌年の1996(平成8)年に量産化、1997年3月22日の秋田新幹線の開業により、当時E3系が使われていた秋田新幹線こまち号との併結列車(東京〜盛岡間、275Km/h運転)のやまびこ号でデビューしていました。

1999年までに導入された初期型のE2系は、小窓で、8両編成の時代は50/60Hz対応を生かして長野新幹線にも使われていました。

2001(平成13)年には、50Hz専用で大窓の1000番台であるJ51編成が8両編成で導入され、翌年の2002(平成14)年12月1日の八戸までの延長開業、はやて号としての全席指定化に合わせて10両編成として本格的に導入されていました。

これによりJ2〜15編成とJ51編成に中間車が2両増結されて10両化され、N編成と同じ赤帯のからピンク帯へと変更されていたし。

J1編成は、8両編成のままN21編成として長野新幹線運転所(現、長野新幹線車両センター)に回されていました。

初期型のE2系は、7,8号車が大窓で他は小窓となっているので見分けることも出来ます。

やまびこ214号は、仙台駅を14時ちょうどに発車してから東京へと向かう列車であり、白石蔵王駅だけ通過することになるし。

日中の白石蔵王駅停車列車は、全てE2系J編成による東京〜福島間でE3系つばさ号と併結運転される列車となっています。

白石蔵王駅には、しろいし情報館(旧、温麺(うーめん)の館)があり、白石温麺(うーめん)やこけしなどに関する資料が展示されています。

白石温麺(うーめん)は宮城県白石市特産の素麺みたいな感じの麺であり、油が使われていないのが特徴であるし。

北陸新幹線でW7系が使われる定期列車は

下り(長野、金沢方面)

かがやき 517,519号

はくたか 555,557,559,561,563,565,573,577,591号

あさま 601,603,617,629号

つるぎ 703,723,729号

上り(富山、東京方面)

かがやき 500,504,506,514,516,518号

はくたか 552,556,568,570,572号

あさま 612,614,628号

つるぎ 718,722,732号

その他のかがやき、はくたか、あさま、つるぎ号の定期列車は、基本的にE7系が使われています。

北陸ロマンのチャイムを聴きたいなら、上記のW7系使用列車を選ぶことになるし。

E7系は、新幹線総合車両センター(宮城県)で定期検査が行われている関係により東北新幹線を走ることもあるけど、八戸までなら乗り入れが可能となっています。

昨年11月7日に仙台→金沢間、11月8日に金沢→仙台間でE7系による東北〜北陸間直通のツアー列車(途中、福島、郡山、黒部宇奈月温泉、富山、新高岡駅にも停車)が運転され大好評でありました。

こちらは線路が繋がっており、大宮駅でのスイッチバックが出来るからこそなせる技でもあるし。

当然JR西日本との協議が必要であり、了解を得たからこそ実現していたのであります。

E4系Maxの話題の補足で、6月24日(土)にはE4系による東北新幹線開業35周年記念号(ツアー列車)が仙台→上野間で運転される予定であり、2012(平成24)年9月に撤退して以来E4系が営業運転で東北新幹線を走ることになります。

時刻は、仙台 9時34分発→白石蔵王 9時49分発→福島 10時04分発→郡山 10時21分発→新白河 10時44分発→大宮 11時26分着→上野 11時46分着

E4系が東北新幹線で活躍していた頃は、東京〜福島間で山形新幹線つばさ号との併結列車にも使われたこともあり、白石蔵王駅にも盛んに停車していました。

E4系Maxのような2階建て新幹線が消え行く運命となっているのは、重量増によりスピードアップのネックとなっていることだけでなく、バリアフリーの問題もあります。

東北新幹線からE4系が撤退していたのは、240Km/hまでしか出せないことであり、2005年12月9日をもって仙台〜盛岡間から先に撤退していたのもそのはずであるし。

かつて東海道・山陽新幹線で活躍していた100系で、最初で最後の2階建て車両となっていたのは、高速化重視により300系以降の車両で2階建て車両が廃止されていたからであります。

2004年3月までの間、東北新幹線で100系もどきの2階建て車両が2両連結された16両固定編成のH編成(H5系とは別)が活躍していたことがあったけど、加速が悪く、16両編成の列車しか使えなかったということで輸送力が過剰となっていた問題もありました。

E2系とE7系の並びは、新旧あさま号の組み合わせはもちろんのこと、将来の上越新幹線を担っていく組み合わせでもあります。

このように、東京駅でE2系とE7系の並びを撮影することが出来て良かったです。


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2017年06月20日

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続いては、3月25日に東京駅の新幹線ホームの22番線側から撮影した、上越新幹線のE4系Max(日本最後の2階建て新幹線)のP5編成(8両編成)によるMaxとき333号(新潟行き)です。

こちらは、16時40分に東京駅の21番線を発車した後、途中、上野、大宮、高崎、上毛高原、越後湯沢、浦佐、長岡、燕三条の各駅に停車してから新潟へと向かう列車であります。

このP5編成は、1999(平成11)年2月に川崎重工業で製造され、東北新幹線の東京〜盛岡間(東京〜福島間での山形新幹線つばさ号との併結列車を含む)で活躍していました。

上越新幹線に移った後の2014(平成26)年4月には、現在の朱鷺色に変更されていたけど、このP5編成が塗装変更第一号となり、同年4月7日に長岡発新潟行きのMaxとき491号(当時)から営業運転が開始されていました。

朱鷺色(ピンク系)は、2012(平成24)年9月まで活躍していたE1系元祖Maxが纏っていた塗装であり、E1系の晩年の頃を思い出します。

側面には、3羽の朱鷺が描かれているので、ムード満点であります。

1982(昭和57)年6月23日の東北新幹線(大宮〜盛岡間)、同年11月15日の上越新幹線(大宮〜新潟間)の開業の時には、国鉄(日本国有鉄道、JNR)の方針により、東北新幹線の速達列車(ひかりタイプ)が、やまびこ号、各駅停車(こだまタイプ)が、あおば号、上越新幹線の速達列車が、あさひ号、各駅停車がとき号と呼ばれていました。

JR東日本となってからは、行先別に愛称を分ける方針となり、1997(平成9)年9月30日にあおば号が、2002(平成14)年11月30日にあさひ号が廃止され、前者はやまびこ号、後者はとき号となっています。

とき号は、1997年9月30日に一旦廃止されて、あさひ号に統合されていたけど、長野新幹線(現、北陸新幹線)のあさま号と紛らわしいということにより、2002年12月1日に、新潟行きのイメージの強いとき号の名が復活していたのであります。

Maxあおば号のほうは、E4系がデビューする前に廃止されていたので、E1系(元祖Max)でしか見られなかったし。

1995(平成7)年12月1日には、あおば号の那須塩原発着がなすの号となったけど、あおばの愛称名は、仙台の青葉城ということから仙台行きというイメージが強かったです。

たにがわ号は、1997(平成9)年10月1日に登場した高崎、越後湯沢発着で、これまでのとき号が受け継がれています。

このように、行先別に愛称名が決められていることは、現在の小田急ロマンスカーと同様であり、箱根に行く列車は、はこね号またはスーパーはこね号、小田原止まり(小田原線完結列車)はさがみ号となっているし。

E4系のうち、8+8の16両編成(重連、ダブルマックス)で運転される定期列車は

Maxとき305,307,309(T),315,321,325,339,341,343(T),347号

300(T),302,308,316(T),320,332,334,336,342,348(T),350号

東京〜新潟間で、T印は東京→越後湯沢、高崎→東京間でMaxたにがわ号と併結で下りの越後湯沢からと上りの高崎までは8両編成

Maxたにがわ403,413,417,475(高),309(T),343号(T)

400,402,408,472(高),474(高、土休日運休),300(T,高),316(T,高)348号(T,高)

T印は東京→越後湯沢、高崎→東京間でMaxとき号(新潟発着)と併結

高印は高崎発着で無印は越後湯沢発着であります。

Maxはグリーン車のみならず、普通車でも2階席からの眺めを楽しむことの出来る新幹線となっているけど、2018年度からはE7系に置き換えられることによりやがて消え行くことになってしまいます。

9月9日からは、E4系の8両編成で運転されているMaxたにがわ401,411,406,416号がE2系に置き換えられることになるし。

6月17日に王子駅付近(東京都北区)にある北とぴあの17階の展望台で新幹線を撮影した時にE4系Maxの重連(ダブルマックス)によるMaxとき・たにがわ316号を撮影することが出来たのであります。

こちらは新潟から高崎まで単独の8両編成(Maxとき316号)で、高崎から空車の8両(Maxたにがわ316号)が連結されて16両となっていたし。

このような重連のダブルマックスは、座席定員が1634名と817名の2倍(ダブル)なので、最大の座席定員を誇っています。

ダブルデッカーがダブルに繋がっていることもダブルマックスの由来でもあるし。

1997(平成9)年12月20日にE4系が東北新幹線の東京〜仙台、盛岡間でデビューした当時は重連のダブルマックスが当たり前となっていました。

当時在籍していたP1〜3編成のうち、P2編成とP3編成は、2013(平成25)年に朱鷺色に変更されることもなく旧塗装の山吹色のまま廃車となったけど、昨年廃車となったP1編成は、朱鷺色に変更されていたので、新津市鉄道資料館で展示される予定のE444-1号車も朱鷺色となります。

上越新幹線に導入される予定のE7系は、北陸新幹線との誤乗を防ぐ為に塗装及び帯の色が変更されることが予想されます。

こちらは当然ダブルではなくシングルとなり、座席定員が924名と大幅に減ってしまうことになるし。

北陸新幹線用のE7系と言えば、今年になってからF19編成(川崎重工業製)が導入され、5月23日に営業運転入りしたことで話題になっています。

こちらは最後まで残されていたE2系の置き換え用であり、金沢まで入線可能なE7系またはW7系に統一されたことで柔軟な運用が組めるようになっているし。

F19編成と言えば、今から10年前の2007(平成19)年まで最後まで残っていた200系で最後のF編成であった旧F19編成を思い出します。こちらは現在のF編成と同じ12両編成で、原色の緑帯塗装に、ビュッフェ付き車両も連結されていたし。

Maxとき333号は、終点の新潟駅で、新潟 19時04分発の特急いなほ11号、酒田行き(E653系による運転)に接続しています。

いなほ号(新潟〜酒田、秋田間)で使われているE653系は、グリーン車付きの7両編成であり、常磐線時代はフレッシュひたち号(現、ときわ号)で使われていました。

このように、東京駅の新幹線ホームで、朱鷺色のE4系Maxを撮影することが出来て良かったです。


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