2013年01月

2013年01月31日

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こちらは今月14日の大雪の時に撮影した、都電沿線のあらかわ遊園で保存されている6000形の6152号車です。

都電6000形は、1947(昭和22)年から1952(昭和27)年に掛けて290両製造され、狭軌の杉並線(14系統)を除いた全路線で活躍していました。

1972(昭和47)年11月に現在の荒川線部分以外の路線が全廃となってからは、荒川車庫所属の車両が、1978(昭和53)年4月1日の全車両ワンマン化まで活躍していました。

この6152号車は、1978(昭和53)年4月1日以降も応急車として残され、1987(昭和62)年に黄色に赤帯塗装のままイベント用として復活していました。

1988(昭和63)年には、車体改修、1950年代の緑色とクリーム色塗装に変更され、ギャラリー号として完全復活し、後に毎月第1・第3日曜日に荒川車庫前→早稲田→三ノ輪橋→王子駅前→荒川車庫前のルート、決められた時刻で定期運用されるようになっていました。

1993(平成5)年3月には、照明の丸型化、塗装が明るいものに変更され、2000(平成12)年12月まで活躍していました。

2000(平成12)年12月に運行停止された理由は、同年12月17日に福井県の京福電気鉄道(福井鉄道部)越前本線(現、えちぜん鉄道勝山永平寺線)の東古市(現、永平寺口)駅で発生した正面衝突事故(半年後の2001(平成13)年6月24日にも保田〜発坂間で発生していた)の影響により、事故車のブレーキ系統が6000形と同様に1系統しかなかったことで、この6152号車も運行停止を余儀なくされていました。

ブレーキの多重化の改修には、約3000万円と莫大な予算が必要となっていた為に、都の財政難により断念され、翌年の2001(平成13)年12月に7500形で唯一原型で残されていた7504号車と共に廃車となり、2002(平成14)年に2回、今から10年前の2003(平成15)年1月25日に荒川車庫で最後の撮影会が行われていたけど、当時の自分は都電から離れていた為に行かなかったのが惜しまれます。

このまま荒川車庫で保存されたとしたら5000万円掛かるということで、荒川車庫構内での保存が断念されていたけど、解体せずに保存して欲しいという声が高まっていたので、保存先がインターネットで募集された結果、荒川区に譲渡され、同年4月からは、あらかわ遊園で静態保存されるようになりました。

この6152号車は、今から20年前の1993(平成5)年5月29日(8500形の最終増備車である8505号車を初めて見た時)から1998(平成10)年4月5日まで続いた第一次都電熱狂期の時によく乗りに行っていたのであの頃が懐かしいです。

当時は現在のように都電に寄り道することが多かったし。

約5年間続いた第一次都電熱狂期には、幕式時代の7000形25両(豊橋鉄道に譲渡された7017号車と7021号車や事故廃車となった7020号車を含む)と8500形5両のほか、一昨年3月に全廃となった7500形もバリバリ活躍していました。

当時の7022号車は、現在のリバイバルカラーではなく、現行の塗装でした。

自分が最後に6152号車に乗りに行ったのは、第一次都電熱狂期終了から2年半後の2000(平成12)年10月1日のことで、荒川線の日のヘッドマークが付いていました。

6152号車の運行休止→廃車により、第1・第3日曜日に都電に乗る楽しみが半減していたという衝撃的な出来事だったということは言うまでもなく、自分が一時期に都電から離れていたきっかけでもありました。

6152号車が担っていたレトロ調のイベント車両の座は、2007(平成19)年に登場した9000形によって埋められています。

時は流れて第一次都電熱狂期が終了してから11年経った2009(平成21)年4月5日に現在の第二次都電熱狂期がスタート(4月26日の8800形のデビューから本格始動)し、高戸橋へも頻繁に通うようになりました。

6152号車と雪の組み合わせで、現役時代に除雪車として活躍していたことを思い出します。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 15:08│コメント(0)トラックバック(0)保存車両 | 都電 |

2013年01月30日

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こちらは今月18日に雪が残っていた大塚駅前と三ノ輪橋で撮影した都電8502号車によるとでんギャラリー号です。

昨年12月21日から、この8502号車による絵画ギャラリー号が運転されているけど、当初はヘッドマークが取り付けられていない状態でした。今月10日辺りからは、とでんギャラリー号のヘッドマークが取り付けられるようになり、ギャラリー電車らしくなっていました。

このとでんギャラリー号のヘッドマークは、過去に8501号車を含めた8500形で使われていたのと同じものとなっています。

絵画ギャラリーの展示は、明日(1月31日)までとなっているので撮影することが出来て良かったです。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 14:28│コメント(0)トラックバック(0)鉄道車両・路線 | 都電 |
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こちらは今月18日に雪が残っていた大塚駅前と三ノ輪橋で撮影した幸せの黄色い都電8810号車です。

大塚駅前から三ノ輪橋までこれに乗り、記念撮影することが出来て良かったです。

自分は都電に乗る度に都電のマスコットキャラクターであるとあらんのぬいぐるみと一緒に記念撮影しています。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 09:03│コメント(0)トラックバック(0)都電  |

2013年01月27日

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昨日(1月26日)は、川越から西船橋まで、スカ色の115系M40編成(クモハ115-318F)による臨時快速おさんぽ川越号に乗りました。

こちらは新習志野〜川越間を京葉線、武蔵野線、東北貨物線、川越線経由で1往復していた列車で、川越を出た後、南古谷、大宮、武蔵浦和、南浦和、東川口、南越谷、吉川、南流山、新松戸、新八柱、東松戸、西船橋、南船橋、新習志野の各駅に停車していました。

大宮〜日進間では、埼京線地下ホームではなく、地上ホーム(高崎線のホーム)から(へ)転線していたので、普段とは違った風景を見ることが出来ました。このことで、かつて川越線が非電化だった頃を彷彿とさせる風景となっていたし。

武蔵野線の東半分(西船橋〜南浦和間)と大宮を結ぶ列車は、205系または209系500番台によるしもうさ号があるけど、おさんぽ川越号は、しもうさ号の役割に加え武蔵野線の東半分と川越を乗り換え無しで結ぶことがターゲットとなっています。

川越線の大宮〜南古谷〜川越間は、普段埼京線、りんかい線直通のJR205系と東京臨海高速鉄道の70-000形しか運転されていないけど、このような臨時列車で通った時は新鮮な感じがしました。

撮影名所である指扇〜南古谷間の荒川橋梁では賑わっていました。

画像は川越で撮影。臨時の表示にヘッドマークが付いていなかったけど、撮り応えがありました。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 09:24│コメント(0)トラックバック(0)JR  |

2013年01月26日

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こちらは今月18日に雪が残っていた三ノ輪橋で撮影した幸せの黄色い都電8810号車です。

こちらを東京オリンピックの招致PR号であるうちに三ノ輪橋で撮影して見たかったので、今回雪を入れて撮影することが出来て良かったです。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 10:20│コメント(0)トラックバック(0)都電  |
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