2013年06月

2013年06月30日

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一昨日(6月29日)は、都電の早稲田電停で、警視庁のラッピングが施されていた7030号車による三ノ輪橋行きの終電を撮影しました。

7000形は以前方向幕で赤色の幕となっていたけど、LED化された時に初期更新車は赤文字、この7030号車を含めた後期更新車は、LED改造後の8500形、8800形、9000形と同様に終電○○と表示されています。

都電では、2004(平成16)年まで、路線バスと同様に終電前に緑色の表示があったけど、初期のLEDで、緑色表示もあったという名残でこうなったと思います。


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2013年06月29日

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こちらは今から5年前の2008(平成20)年6月14日(副都心線開業当日)に小竹向原駅、同年12月7日に池袋駅と和光市駅で撮影した、東京メトロ7000系の黄帯未更新車の7126F(準急小手指行き)と7123F(準急新木場行き、和光市行き)です。

東京メトロ有楽町線の準急は、副都心線が開業した2008(平成20)年6月14日に登場し、和光市〜池袋間で、副都心線の急行と同じ停車駅(途中小竹向原のみ停車)となり、池袋〜新木場間で各駅停車となっていました。

登場当時は、東武線直通や西武線直通もあり、西武線直通準急は、要町と千川の両駅を通過しただけでした。

やはり副都心線の急行と重複し、要町、千川駅で通過電車が被ってしまうという問題があり、評判が悪かったので、同年11月29日の改正で日中の和光市〜新木場間1時間に1本に減便され、翌年の3月6日の改正で廃止されていました。

昨年12月7日は池袋から和光市まで7123Fによる有楽町線の準急に乗ったけど、あの時が最初で最後となっていました。

有楽町線の7000系のうち、7121〜7126Fは、今から30年前の1983(昭和58)年6月24日の営団成増(現、地下鉄成増)〜池袋間の開業の時に導入されたフル編成で、全て副都心線対応改造の対象から外された為に廃車となり、そのうちの7121,7122,7123Fは初期型の7117Fと共にインドネシアに輸出されています。

この開業により、5両編成から現在の10両編成となり、7120F以前の初期型の編成に中間車が増結されていました。これらの編成で窓の形状が異なっているのはその為であります。

画像の7123Fもインドネシアに輸出され、オレンジ色と黄色の塗装で走っています。

準急小手指行きは相互乗り入れ先の西武池袋線でもお馴染みの表示だけど、有楽町線から真っ先に姿を消した表示となっていました。

小竹向原駅は、2面4線の東京メトロ有楽町線、副都心線、西武有楽町線が分岐するジャンクション駅で、ほとんどの列車が相互に接続しています。

内側の2番線は西武線からの列車、3番線は西武線直通に限定されていたけど、現在は和光市発着の一部にも使われています。

1番線、和光市、東武線方面からの有楽町線、副都心線の列車

2番線、西武線(一部和光市、東武線方面)からの有楽町線、副都心線の列車

3番線、西武線(練馬、所沢、飯能方面)、一部の和光市、東武線方面の列車

4番線、有楽町線、副都心線の和光市、東武線方面の列車

小竹向原〜池袋間では、有楽町線が上、副都心線が下で、小竹向原の千川駅寄りが平面交差となっている為に、同時進入、発車が出来ない状態であり、それが引き金となって2008(平成20)年6月16日の副都心線開業後初の平日ダイヤの時にトラブルが発生し、ダイヤが終日乱れていたことがありました。

その為に、今年3月16日の東急東横線との直通運転開始を期に、同時進入、発車出来るように連絡線の新設、立体交差化が行われており、現在は池袋方面で完成し、柔軟な運用に対応出来るようになっていました。

今後は、反対側でも連絡線新設工事が行われる予定となっています。

昨年11月4日に有楽町線が池袋〜新木場間での折り返し運転となっていたのはその工事によるものでした。

有楽町線の駅で最初にホームドアが設けられたのは、小竹向原駅で、ホームドアに対応していない07系や東武9000系の9101Fが副都心線どころか、有楽町線からも追われたのはその為でありました。

副都心線のうち、ワンマン運転が行われているのは、小竹向原〜渋谷間で、和光市〜小竹向原は、有楽町線と同様の車掌乗務(ツーマン運転)となるので、小竹向原駅と渋谷駅で車掌さんが乗り降りするだけの光景も見られています。

小竹向原駅の駅名は、練馬区の小竹町と板橋区の向原に跨がっていることが由来となっているけど、駅の大部分が練馬区にあります。


東武東上線の和光市駅は、1987(昭和62)年8月25日に有楽町線の乗り入れ、東武東上線との相互直通運転が開始された時に、現在のような外側に東上線、内側に地下鉄線となっているけど、それに伴う改良工事が行われる前は、1面2線の島式ホームで、急行が止まらない駅となっていました。

現在和光市駅では、内側の地下鉄部分のみホームドアが設けられています。

有楽町線の豊洲駅では、1988(昭和63)年6月8日に開業した時から、住吉、押上方面への支線の建設を見据えて、中央の2線に線路がない状態となっていたけど、支線建設の見通しが立っていないことから、豊洲駅の改良工事を期に2面4線に改良されて有楽町線に転用されていました。

これにより、平日の朝に豊洲駅終着の列車が復活していたし。

半蔵門線の住吉駅が、上下式の駅で、横浜市営地下鉄ブルーラインの関内駅と同様に反対側のホームが未使用となっていることもその計画を見据えたものであり、未使用部分が留置線として使われています。


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2013年06月28日

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こちらは今から5年前の2008(平成20)年6月8日(副都心線開業前の最後の日曜日)に新線池袋駅(現在の副都心線池袋駅)で撮影した、東京メトロ7000系の黄帯未更新車の7108F(志木行き)と7125F(新線池袋行きの表示)です。

東京メトロ7000系では、8連化された編成と10連の一部で副都心線直通対応に伴う車体更新が行われていたけど、更新前及び更新対象外の車両には、東武9101F(現在は撤去されている)や西武6000系の未更新車(現在は新宿線残留の2本を除いて改良済)と同様に副都心線未対応で有楽町線専用を表すYマークが付いていました。

これらの編成の新線池袋への乗り入れは、副都心線の開業をもって終了していたので、新線池袋行きの表示と共に貴重なシーンとなっています。

現在東西線で活躍している07系も、有楽町線で活躍していた頃、新線池袋にも乗り入れていました。07系は、副都心線のホームドア(現在は有楽町線にも導入されている)に対応しない為に5000系の置き換えや輸送力増強用として東西線に転用されていました。

新線池袋駅の時代は、コンコース部分に何もなく、丸ノ内線と繋がっていなかったので、閑散としていたことが多かったです。

副都心線の渋谷延長により賑やかとなり、東横線との直通運転開始によってさらに利用客が増えていました。

車体更新されなかった7000系は、7117,7121,7122,7123Fの4編成がインドネシアに輸出されたけど、輸出されなかった編成が全て廃車解体されたので、現在見ることが出来ない状態となっています。

Yマークのほうは、2010(平成22)年に見納めとなったけど、インドネシアに輸出された元7117FはYマークが付いたままとなっています。

有楽町線の7000系は、1974(昭和49)年10月30日の池袋〜銀座一丁目間の開業当時は5両編成で黄帯、全て方向幕となっていました。

初期型7000系の車体更新及び西武池袋線乗り入れの時にLED化され、07系などと同様に前面はゴシック体のローマ字なしの表示、側面は明朝体のローマ字入りの表示となっていました。

副都心線開業前は、西武線直通を除いて行先表示しか表示されていなかったけど、現在は各停(東武線では普通)の表示も入るようになっていました。

7000系の10両編成と10000系は、有楽町線と副都心線の兼用車両となっているので、副都心線のラインカラーである茶帯が強調されています。

東武の9000系または50070系、西武6000系は副都心線、東急東横線、みなとみらい線直通と有楽町線直通の両方で使われているのに対し、東急5050系(横浜高速鉄道Y500系を含む)は、8連,10連共に副都心線、東武線、西武線直通系統に限定されています。

直通運転開始前に5050系4000番台の一部が東武または西武に貸し出されていた時に、有楽町線の新木場まで乗り入れていたことがあったけど、現在は代走の時しか見られなくなっています。

やはり東京メトロ7000系のほうは黄帯のほうが良かったと思っています。


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2013年06月27日

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こちらは、今から5年半前の2008(平成20)年1月6日に上野駅で撮影した大宮総合車両センター所属の183系6両編成(OM101編成、クハ183-1529F)によって運転されていた臨時快速エアポート常磐号です。

エアポート常磐号は、2007(平成19)年12月29,30,31日、2008(平成20)1月3,5,6日、4月26,27,29日、7月26,27日、8月30,31日に上野〜成田空港間(常磐線、成田線経由)で運転されていました。

途中停車駅は、北千住、松戸、柏、我孫子、空港第2ビルで、成田駅に方向転換の為に運転停車していました。

往路の成田空港行きは全席指定、復路の上野行きが自由席となっていたし。

常磐線沿線(北千住、松戸、柏、我孫子)から成田空港へと向かう旅行客がターゲットとなっていたけど、あの時を最後に運転されていないのが惜しまれます。

現在は京成上野または日暮里から京成の新型スカイライナーですぐ行けるし。

成田線の我孫子〜成田間(通称我孫子支線)は、普段常磐快速線(上野〜取手間)のE231系(松戸車両センター所属)が当たり前となっていて、成田線よりも常磐快速線の支線というイメージが強いけど、初詣の時期には成田山への団臨が通ることでも有名であります。

エアポート常磐は、成田山初詣の時以外にも我孫子線を通っていた臨時列車としても有名でありました。

我孫子線では、1998(平成10)年3月13日まで、スカ色の113系(一昨年に全廃されていた)も使われていました。あの時に上野直通を含めて常磐快速線の車両(当時は103系が使われていた)に統一されていたし。

エアポート常磐に使われていた183系は、元新前橋電車区(現、高崎車両センター)所属で、2006(平成18)年3月18日に185系と共に大宮総合車両センター(東大宮センター)所属となっており、その前に6号車を除いて房総特急で使われていた幕張電車区(現、幕張車両センター)所属車(特急シンボルマーク付き、中間車はセミハイデッカー車)に差し替えられていました。

特急マークが再び取り付けられていたモトM8編成から転用されていたOM103(旧U1009+1036編成)を除いて大宮、高崎寄りの先頭車に特急シンボルマークが付いていないのはその為であります。

クハ183-1529号車は、上越新幹線の開業前に上野と新潟を結んでいた旧とき号に使われていた車両で、上越新幹線の開業後にATC取り付けの上で房総特急に転用されてクハ183-1029号車から変更された車両であります。

クハ182-101号車は、1986(昭和61)年11月1日(国鉄最後のダイヤ改正)でのあずさ号の増発により、余剰となった485系の付随車(サハ481-117号車)から先頭車改造された車両で、側面の幕が窓の部分にあります。

今年3月16日の改正で、田町車両センターが廃止されたことにより、183,189系が185系(踊り子号など)や251系(スーパービュー踊り子号)と共に大宮総合車両センター入りし、バリエーションが加わっていました。

185系が田町、大宮の分散配置から、大宮の集中配置となり、元新前橋区のモントレー色のOM編成が踊り子号に、逆に元田町車の踊り子色のB編成(7連)が草津、水上、あかぎ号に使われている現象が発生していました。

185系のOM編成では、グリーン車の位置が6号車から4号車に移動していたのはその為で、それだけでなく、湘南色を纏っていたOM03編成が踊り子色に変更されていました。

これにより185系の一部が団臨に転用されていることで、183系や189系と共に今後の動向が注目されています。

7月13日と9月14日に上野〜土合間で運転される予定の快速一山一村号が183系のOM編成から新潟車両センター所属の国鉄色485系(ムーンライトえちご用)に置き換えられる予定なので、廃車となる可能性が高まっています。

OM102編成は、今月22,23日に運転されたリレーしおさい号、佐倉→佐原→銚子間、リレーあやめ号、銚子→佐原→佐倉間に使われていました。

銚子寄りのクハ183-1505号車(特急シンボルマーク付きで、リレーしおさい/リレーあやめ号の半々ステッカー)が取り付けられていたけど、反対側のクハ183-1012号車(特急シンボルマークなし)は団体の表示となっていました。

今月29,30日には、木更津→館山→勝浦間でリレーわかしお号、勝浦→館山→木更津間でリレーさざなみ号が運転される予定となっています。


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2013年06月26日

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今月4日は、埼京線(りんかい線)の大崎駅と新宿駅で、205系のハエ6編成(クハ205-94F)による通勤快速川越行きを撮影しました。

エメラルドグリーン帯が特徴である埼京線・川越線の205系は、1989(平成元)年7月1日にデビューし、翌年の1990(平成2)年12月までの間に山手線から転用されていたうぐいす色の103系の置き換え用として導入されていました。

1996(平成8)年3月16日の恵比寿延長を経て、2002(平成14)年12月1日の大崎延長、りんかい線との直通運転開始の時には、31編成、2004(平成16)年のりんかい線のオール10両化の時には、ハエ32編成(クハ205-54F)も加わって、現在の32編成となっています。これらの編成は、生え抜き編成のほか、中央・総武緩行線、山手線、京浜東北線から転用された編成も含まれています。

当時は方向幕で前面に埼京線の表示が入っていたけど、大崎延長の時には、6ドア組み込み→転用予定のサハを除いて全てLED化されていました。

埼京線に導入された205系のうち、生え抜き車は、ハエ1〜6,8,10〜25編成(クハ205-89〜94,96,98,99,120〜128,140〜144F)、中央・総武緩行線から転用された編成は、ハエ7,9編成(95,97F)、山手線から転用された編成は、ハエ29,30,31,32編成(41,42,17,54F)、京浜東北線から転用された編成は、ハエ26,27,28編成(137,106,107F)から成っており、ハエ26〜32編成を除いて2,3号車に山手線から転用された6ドア車が連結されています。

6ドア車の組み込みが行われたのは、2002(平成13)年8月に余剰となっていたサハ204-902号車が試験的にハエ8編成(クハ204-96F)の2号車に組み込まれたことであり、翌年の2002(平成14)年6月には、山手線のE231系への置き換えで転用されたサハ204-11号車が3号車に組み込まれて現在の編成となっています。

6ドア車の組み込みにより捻出されたT車(サハ205)は、中間車のまま武蔵野線に転用されたほか、先頭車改造されて鶴見線や仙石線に転用されています。

埼京線の通勤快速は、平日の朝と夕方5時以降のみの運転で、赤羽〜大宮間で武蔵浦和駅のみ停車(戸田公園、与野本町駅通過)となり、快速と同様に全て川越発着となります。


今週の日曜日(6月30日)には、E233系7000番台(オール4ドアの幅広車体)が営業運転入りし、205系が順次置き換えられていくことになるけど、早いペースでの置き換えが予想されるので、乗車・撮影はお早めにということになります。

画像のハエ8編成(クハ205-94F)は、6ドア車を除いて、1989(平成元)年に103系の置き換え用として導入されていた生え抜き車となっています。


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