2013年11月

2013年11月29日

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続いては、今月23日に常磐線の内原駅付近の留置線で行われていたみと鉄道ふれあいまつりで展示されたE657系(現在の常磐線特急スーパーひたち・フレッシュひたち号)のカツK4編成(クハE657-4F)です。

この編成は、一昨年12月に、日立製作所で製造された車両(日立製のひたち号)で、新鶴見信号所から勝田車両センターまでの間は、前回の記事で紹介したEF510-510号機によって牽引されていました。

E657系は16編成で、初期に落成したK1編成とK2編成は、1号車から5号車までが、近畿車輛、6号車から10号車までが、日立製作所で製造されていたけど、K3編成以降の製造メーカーは以下の通りでした。

K3,5,7,13,14,15,16編成=近畿車輛

K4,6,8,12編成=日立製作所

K9,10,11編成=総合車両製作所(旧、東急車輛製造)

そのうちのK9編成は、昨年8月に、親会社のJR東日本向けの総合車両製作所製第一号車として導入された車両でもあります。

現在総合車両製作所では、埼京線用のE233系が、JR東日本直営の新津車両製作所と交互に製造・導入されているので、早いペースで205系が置き換えられていることが分かります。

E653系やE257系(中央線、房総エリアの特急用車両)も同じメーカー(日立製作所、近畿車輛、東急車輛製造(現、総合車両製作所)の3社)で製造されていたので、その流れが組まれていました。

成田エクスプレス用のE259系と同様に、先頭車とグリーン車には、フルアクティブサスペンション、全車に車体間ダンパが採用されたことにより、乗り心地が良くなっていることも特徴であります。

JR東日本の新幹線では、E2系の先頭車とグリーン車、E3系2000番台(山形新幹線用)の先頭車、E5系、E6系の全車にフルアクティブサスペンションが導入されているけど、再来年に開業予定の北陸新幹線用のE7(W7)系にも採用されることになります。

やはり高速で走る列車には、低騒音・低振動はもちろんのこと、乗り心地の向上も求められているし。

側面の表示には、列車名・行先・座席種別・号車番号のほか、E233系と同様の次の停車駅表示(例、次は柏)も付け加えられているのも特徴となっています。

全て10両編成ということで、これまで一部列車に限り勝田駅で行われていた分割・併合作業が廃止されたことによりスピードアップされています。

この時には、勝田・いわき寄りの10号車で、小学生以下限定による運転台見学会が行われていたので、長蛇の列が出来ていました。

E657系の運転台は、651系やE653系と同様の高運転台方式(ひたち号の伝統)で、視界が確保されています。

グラスコックピットで、マスコンは左手操作式のワンハンドルタイプが採用されていることは、JR東日本のE231系の近郊タイプの後期導入車以降の在来線車両に共通しています。現在運行中の常磐線の近郊型車両であるE531系の運転台もこうなっているし。

JR東日本のE2系やE3系以降の新幹線車両もグラスコクピットが採用されています。

自分は撮影に行かなかったけど、今年10月20日には、日暮里駅の常磐線ホームの拡幅工事に伴う線路切替工事により、上野〜北千住間が17時40分頃まで運休となっていたけど、E657系によるスーパーひたち・フレッシュひたち号も北千住での折り返しとなっていました。

この時に、特急列車が、普段待避線として使われている2番線での折り返しとなっていたので、E231系とE531系による快速が、田端操車場まで回送されていました。

北千住の表示が無かったので、E231系は常磐線、E531系は快速または特別快速の表示で、E657系の特急は、列車名と座席種別の表示のみで、行先表示は空欄となっていました。

それだけでなく、普段止まることのない特別快速(常磐特快)や特急スーパーひたち・フレッシュひたちが北千住駅に止まるという珍しいシーンが見られていたので、行かれなかったことで残念に思っています。

特急ひたち号の北千住停車は、1986(昭和61)年11月1日から1990(平成2)年3月9日までの間に、485系によって行われていたので、23年ぶりに1日限りの復活となっていました。

E657系には、651系や251系(スーパービュー踊り子)から採用されているJR東日本の標準タイプのミュージックホーンが採用されているので、こちらも651系からの伝統となっています。

このミュージックホーンは、上野動物園のモノレール(東京都交通局上野懸垂線)の40形にも採用されているし。

1993(平成5)年に登場した255系(房総ビューエクスプレス)やE351系(スーパーあずさ号)のミュージックホーンは、異なる音となっています。

E657系では、E653系やE257系と同様に、E655系(なごみ(和))の特別車両であるE655-1号車が組み込まれた上でのお召し列車の運用にも対応しており、一昨年9月にK1編成による組み込み試運転が行われていました。

今回展示されていたK4編成にも、ひたち号50周年ステッカーが付いていたので、狙えなかった時の保険にもなっていました。

このステッカーは、11月1日から来年3月31日までの予定で、カツK4,5,10,13,16編成に取り付けられています。

会場を出る時に、普段一般の人が渡ることの出来ない踏切で携帯動画やデジカメ画像を撮影していた時に、K13編成による特急フレッシュひたち33号(勝田行き)が通過していたけど、勝田からの折り返しが、帰りに土浦から上野まで乗ったフレッシュひたち56号となっていました。

その後は、内原駅付近にあるイオンモール水戸内原に立ち寄りました。

会場となった内原電留線は、2006(平成18)年3月18日に、友部〜内原間の内原操車場跡地の空地に新設されたもので、下り線と上り線の間にあることにより、敷地内にある専用の踏切を渡っていく必要があります。

この留置線が新設されるまでの間は、水戸駅の南口に留置線がありました。

この周辺の操車場跡スペースには、JRの野球グラウンドや、日本レストランエンタプライズ(NRE)直営の友部有機リサイクル農園があります。

こちらはNREの店舗等から発生した生ゴミからリサイクルされた肥料によって野菜が栽培されています。

これで、みと鉄道ふれあいまつりの展示車両の個別紹介は以上となるけど、青空の下で、紅葉をバックに485系からE657系までの歴代ひたち号の車両と、EF510のカシ釜が展示されていたという豪華なラインナップであった為にかなり賑わっていました。

今回水戸市内原まで遠征することが出来て良かったと思っています。


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2013年11月28日

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続いては、今月23日に常磐線の内原駅付近の留置線で行われていたみと鉄道ふれあいまつりで展示されたEF510型交直両用電気機関車のカシオペア塗装(カシ釜)であるEF510-510号機です。

EF510型電気機関車は、EF81型の置き換え用として、JR貨物によって開発され、2002(平成14)年に量産先行機の1号機が導入され、新鶴見機関区に配置されていました。

翌年の2003(平成15)年には量産化されて、富山機関区に配置されるようになり、赤い塗装からレッドサンダーと呼ばれるようになっていました。

量産機には、側面のJRFのロゴマークのほか、RED THUNDERのロゴマークも描かれています。

2009(平成21)年から2010(平成22)年に掛けて、北斗星とカシオペア号、常磐線の貨物列車牽引のEF81型機の置き換え用として、JR東日本の田端運転所にも500番台として15機導入されていました。

509号機と510号機の2機は、シルバーメタリック(銀色)に青、紫、赤、オレンジ、黄色の流星帯の入ったカシオペア塗装で、他の13機は、青色に金色の流星帯の北斗星塗装となっています。

2010(平成22)年5月22日に大宮総合車両センターで行われたJRおおみや鉄道ふれあいフェアで、北斗星色の501号機が、JR貨物の1号機と共に展示されていたという出来事がありました。

500番台は、2010(平成22)年6月25日にカシオペア号、7月14日に北斗星号の牽引(どちらも上野〜青森間)でデビューし、同年12月1日から、常磐線の貨物列車の牽引でも活躍するようになっていました。

東日本大震災発生後の2011(平成23)年5月20日に北斗星とカシオペア号が運行再開された時に、復興推進キャンペーンのステッカーが貼られていたし。

昨年6月に常磐線の水戸〜いわき間で、被災地の子供たちを励ます為にJR四国から借り入れられていたアンパンマントロッコが運転された時に、EF510-501号機がその牽引で活躍していました。

今年3月16日には、常磐線の貨物列車牽引が、JR貨物のEH500型機に変更されたことにより、501〜508,511号機(計、9機)が、JR貨物に譲渡されていました。

JR貨物に譲渡された後は、側面の流星マーク、EAST JAPAN RAILWAY COMPANYのロゴが消された程度で、青色に金色の帯塗装のままとなっています。

JR貨物のEF510型機は、全て富山機関区所属で、日本海縦貫線の貨物列車(百済貨物ターミナル・吹田貨物ターミナル・大阪貨物ターミナル〜青森信号所間)の牽引で活躍しています。

EF510-500番台は、一昨年から昨年に掛けて行われていたE657系の甲種輸送で、新鶴見信号所から勝田車両センターまでの牽引でも活躍していたけど、カシオペア塗装でゾロ目として人気がある、このEF510-510号機も使われていました。

一昨年12月に、このイベントで展示されていたE657系カツK4編成の新鶴見→勝田間の甲種輸送の時も、EF510-510号機によって牽引されていたので、その縁もあると思います。

トレインマークが付いていない状態は、常磐線で貨物列車の牽引が行われていたことを思い出します。


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続いては、今月23日に常磐線の内原駅付近の留置線で行われていたみと鉄道ふれあいまつりで展示されたE653系(初代フレッシュひたち)のK353編成(クハE653-103F)です。

この編成は、日立製作所製で、1998(平成10)年12月8日の改正の時に、7両基本のK305〜K308編成や4両付属のK351,352編成と共に、最後まで残った485系を置き換える為に導入されていました。

E653系に4両の付属編成が導入された理由は、7両単独で輸送力が不足することや、7+7の14両編成で輸送力が過剰となる為に651系と同じ11両編成で使える車両が必要だったからであります。

2005(平成17)年2月には、輸送力増強により、E653系の最終増備車であるK354編成(クハE653-104F)が導入されていました。

これらの付属編成は、全てオレンジ色で、袋田の滝と紅葉がテーマとなっているけど、今回のイベントでは、本物の紅葉との組み合わせが見られていました。

8月2日から4日にひたちなか市の国営ひたち海浜公園で行われたROCK IN JAPAN FESTIVAL2013(野外ロック・フェスティバル)の時には、K308+K353の11両編成による臨時列車である急行ロックインジャパン号(上野発勝田行きの往路)と、特急ロックエクスプレス(勝田発上野行きの復路)が全席指定で運転され、3月15日まで運転されていた11連のフレッシュひたち号を彷彿とさせる列車となっていました。

7連の基本編成は、全て1000番台に改造されて羽越線の特急いなほ号に転用される予定となっているけど、付属の4連のほうは、いわき〜仙台間の特急に使われるはずでした。

この計画は、一昨年3月11日に東日本大震災が発生し、大きなダメージを受けてしまったことにより中止となり、出鼻をくじかれた為に、波動用として使われるようになっています。

651系の話題の捕捉で、一昨年3月までは、上野〜いわき間のほか、原ノ町、相馬、仙台へも乗り入れていました。スーパーひたち号のいわき以北への乗り入れは、昨年3月をもって終了するはずだったけど、一昨年3月11日に東日本大震災が発生したことにより、自然消滅していました。

上野〜仙台間のスーパーひたちは、通常付属の4両編成が乗り入れていたけど、スーパーひたち号で行く仙台は、新幹線と比べて新鮮さを感じていたし、茨城県や福島県浜通り地方と仙台を結ぶ足として重宝されていました。

震災前の計画では、昨年3月に、上野〜いわき間はE657系(一部651系)、いわき〜仙台間はE653系で運転され、同年秋にE657系への置き換えが完了する予定となっていました。

東日本大震災発生による計画の見直しで、今年3月15日に651系とE653系が同時に常磐線の定期運用から撤退していたのであります。

E653系もこのように扱われるはずだったけど、広野〜原ノ町間が、東京電力福島第一原子力発電所で発生した福島原発事故の影響により、警戒区域に引っ掛かっている為に未だ復旧の目処が立っていないので、今後の去就が注目されています。この区間は代行バスが通れない状態となっているし。

相馬〜浜吉田間も、震災による不通区間で、2017年度を目処に内陸部への移設による復旧工事が行われているので、一昨年12月21日に先行的に運転が再開された原ノ町〜相馬間が孤立路線で、勝田車両センター籍となった701系1000番台の3編成(K618,620,625)が封じ込められているし。

原ノ町駅構内には、415系1500番台のK534編成や651系K202編成も震災発生後から身動きが取れない状態となって置かれているので、今後の動向が気になります。

被災地に於ける一足早い復興及び復旧を願っています。

勝田車両センターにあった団臨用の485系のK60編成とK40編成が廃車となっていたのはE653系の団臨用への影響もありました。

E653系の7連の団臨での運用は、いなほ号への転用までの暫定的なものとなっているけど、4連のほうは当面勝田車両センター籍での団臨に使われることが予想されます。

E653系は、E501系と同様に交直自動切り替えが可能であるけど、651系とは異なり、デッドセクション通過時での消灯が行われていないので、空調が止まった時にその状態が分かります。E531系やE657系もこのような状態だし。

651系までは、交直切り替えが手動となっていたので、変わったなと思いました。

1961(昭和36)年6月1日に取手〜勝田間が電化された時に、直流ではなく交流で、取手〜藤代間の藤代駅寄りにデッドセクション(交直切り替え地点)が設けられたのは、茨城県石岡市(旧新治郡八郷町)柿岡に気象庁の地磁気観測所がある絡みで、観測に影響を受けないように、半径30Km以内を交流電化区間にしなければならない為であります。

JR水戸線(小山〜小田林間にデッドセクションあり)、つくばエクスプレスの守谷〜つくば間(守谷〜みらい平間にデッドセクションあり)が交流電化区間、関東鉄道線が未だ非電化区間となっているのは同様の理由であるし。

JR宇都宮線(東北本線)で唯一茨城県にある古河駅(古河市)は、地磁気観測所から半径30Km以内の範囲に含まれていないので、常磐線の取手駅やつくばエクスプレスの守谷駅、JR鹿島線の潮来〜鹿島神宮(鹿島サッカースタジアム)間と同様に、茨城県で数少ない直流専用電車が発着出来る駅となっています。
取手〜藤代間のデッドセクション付近には、カップヌードルなどのインスタント麺が製造されている日清食品の関東工場があり、カップヌードル型の煙突があることが特徴となっています。

カップヌードルは、1971(昭和46)年9月18日に発売されたカップ麺のパイオニアでもあるロングセラー商品で、関東工場は、その年にカップヌードル専門工場として新設されていました。

カップヌードルのカップの底には、製造された工場の表示があるので、関東工場製造 Aと書いてあれば、関東工場で製造された商品であることが分かります。

この工場は、カップヌードル型の煙突だけでなく、周辺にデッドセクションがあることの目印となっています。

このイベントで、紅葉をバックにオレンジ色のE653系を撮影することが出来て良かったです。


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2013年11月27日

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続いては、今月23日に常磐線の内原駅付近の留置線で行われていたみと鉄道ふれあいまつりで展示された651系(初代スーパーひたち)のK103編成(クハ651-3F)です。

この編成は、1989(平成元)年3月11日の営業運転開始の時から在籍している7両基本編成で、フレッシュひたちで活躍していた頃に、7両単独で上野に乗り入れていた時もありました。

651系は、1988(昭和63)年から1992(平成4)年までの間に、7+4の11両編成9本の99両全てが川崎重工業で製造され、デビュー当時は、白いタキシードボディー、自由自在に表示可能なLED式の前面表示の採用、上野〜日立間で、JR東日本の在来線特急初となる130Km/h運転が行われるようになったことなどで話題になっていました。

651系が、川崎重工業だけで製造されたのは、JR東日本の在来線特急としては珍しい例となっていたし。

現在川崎重工業でのJR東日本向けの車両の導入は、E5系やE6系と言った新幹線車両が中心で、再来年開業予定の北陸新幹線用のE7系も製造される予定となっています。

デビューしたのは、1989(平成元)年3月11日のダイヤ改正の時で、当時は1日7往復、基本5編成、付属3編成となっていました。

スーパーひたちの愛称名は、公募によって決められたもので、当初はこうなるだろうと予想していました。

JR東日本によって開発された第一号の特急らしく、白いタキシードボディーに相応しいスタイリッシュで斬新な外観だけでなく、グリーン車の2+1列化、普通席のグレードアップ化、読書灯の設置などで内装もこれまでの特急電車の常識を打ち破るように一新されていたので、翌年の1990(平成2)年度のブルーリボン賞の受賞の決め手となっていました。

1,3,4,6,8,10号車にある車内トイレでは、国鉄時代に主流だった和式トイレを廃止し、4号車のグリーン車を含めて全て洋式トイレが採用されていることも話題となっていたし。

2000年代に入ってからは、交通バリアフリー法により、車内にトイレを設ける場合は、洋式トイレの設置が義務付けられているけど、651系のトイレもこのことの先駆けとなり、それ以降に登場した251系(スーパービュー踊り子号)や400系(初代山形新幹線用車両)以降のJR東日本オリジナルの特急用車両も洋式トイレに統一されています。

現在は、JR東日本とは限らず、新型車両の車内の洋式トイレの採用が当たり前となっているし。

当時テレビ東京(テレ東、TX系)で放送されていた「レール7」という朝の鉄道情報番組(JR東日本による提供だった)のオープニングで、1989(平成元)年から1991(平成3)年3月の終了までの間、前面のLED表示に、レール7のロゴが表示されていた651系が出ていたことがありました。

レール7は、1985(昭和60)年4月から1991(平成3)年3月まで放送されていたけど、国鉄時代は、国鉄による提供で、現在の東日本エリア以外も紹介されていました。

火曜日には、JRの列車が紹介されたコーナーがあり、1989(平成元)年7月4日にはこの651系も紹介されていました。

前身はテレビ朝日で放送されていた「みどりの窓口」で、1985(昭和60)年3月に終了した後、レール7としてテレビ東京に移し替えられていたし。

レール7の後継ぎ番組は、翌年の1992(平成4)年3月まで放送されていた「列車でいい旅」で、土曜日に放送されていた内容が受け継がれていました。

これを見たレール7世代の人は、レール7懐かしいですねという声も聞こえると思います。

1990(平成2)年3月10日の改正には、基本3編成、付属5編成が追加導入されて、15往復となり、485系に代わって仙台へも乗り入れるようになっていました。スーパーひたち号の上野00分発が基本となったのはこの時からでありました。

当時グリーン車には、衛星放送による液晶テレビが設けられ、上野〜水戸間で、現在のグリーンアテンダントの先駆けとなっている「スーパーひたちレディ」によるコーヒーのサービスやオーディオイヤホン、ひざ掛け毛布の貸出配布などが行われていました。

1992(平成4)年3月14日の改正には、エアーダム付きの最終増備車の1編成(K109+209編成)の導入により、485系のひたち号の一部が置き換えられ、上野〜勝田間の運用にも使われるようになっていました。

2001(平成13)年頃には、E653系にレベルを合わせる為のリニューアル工事が行われ、普通車、グリーン車共にパープル系の座席に交換されています。

デビュー当時のグリーン車は、仕切りがあり、上野寄りは禁煙席、平(いわき)、仙台寄りは喫煙席となっていたけど、全席禁煙化により撤去され、座席が増設されていました。

この時は、喫煙席から流れ出る煙が禁煙席にも入り込んでくるという問題が生じていたし。

常磐線特急がスーパーひたち、フレッシュひたち共に全車禁煙化されたのは、2007(平成19)年3月のことでした。

昨年3月17日から、E653系と共に、新型のE657系に順次置き換えられ、今年3月15日をもって定期運用から一時的に撤退していたけど、10月1日から、E657系の改修により、再来年3月までの予定で上野〜勝田間のフレッシュひたち61号と4号の1往復で復活しています。

途中停車駅は、61号が、柏、佐貫、牛久、ひたち野うしく、荒川沖、土浦、石岡、友部、水戸

4号が、水戸、赤塚、友部、石岡、神立、土浦、荒川沖、ひたち野うしく、牛久、佐貫

これらの列車は、3月15日まで行われていた前面のLED表示が未使用という味気無い面があります。

651系には、かつての403系や415系と同様に、取手〜藤代間の交直切り替え地点(デッドセクション)を通過する時に室内灯が消灯するシーンが見られています。

3月16日の改正まで見られていた651系によるフレッシュひたちは、フレッシュひたち75号と68号で、どちらも上野〜勝田間の最終となっていました。

運用離脱された651系は、一部がオレンジ帯の追加等の改造を受けて1000番台化され、大宮総合車両センターに転属されているけど、185系に代わって特急草津やあかぎ号に回されることが予想されています。エアーダム付きの元カツK109編成が改造されていたことを確認したし。

今回のイベントでは、通電されていない状態だったので、LED表示の撮影が出来なくて残念だったけど、651系を撮影することが出来て良かったと思っています。


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2013年11月26日

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こちらは、今月23日に常磐線の内原駅付近の留置線で行われていたみと鉄道ふれあいまつりで展示された国鉄特急色の485系(新潟車両センター所属のニイK1編成(クロハ481-1028F))によるリバイバルひたち号です。

リバイバルひたち号は、10月13日に、ひたち号50周年記念ツアーの一環として、ニイK2編成(クロハ481-1030F)によって、いわき→上野間で運転されていたけど、ひたちのマークは、ステッカーによって再現されていました。今回ももちろんステッカーとなっていたし。

ひたち号は、1963(昭和38)年10月に、上野〜平(現、いわき)間の電車準急として登場し、1969(昭和44)年10月に、キハ81系による気動車特急いなほ号(当時は上野〜秋田間(日本海経由)で運転されていた)の間合い運用で特急化されていました。

1972(昭和47)年10月2日の改正で、電車化され、本数も5往復となっていました。

1971(昭和46)年から1973(昭和48)年まで、上りの1本が東京駅まで乗り入れていたけど、再来年3月に予定されている東北縦貫線の開業によりE657系によって復活することが予想されています。

当時は485系が使われ、ボンネットタイプの車両もよく使われていました。

1982(昭和57)年11月15日には、かつてのはつかり号と同様に上野と青森の間を常磐線経由で結んでいた特急みちのく号が廃止されて、仙台発着のひたち号が増えていました。

1985(昭和60)年3月14日には、急行ときわ号が廃止されて、特急ひたち号が下り24本、上り23本に大増発され、当時国鉄在来線特急で運行本数最多の記録を誇っていました。

この年には、筑波の科学万博が行われていたことで話題になっていました。

当時は、牛久〜荒川沖間(現在のひたち野うしく駅のある場所)にあった万博中央臨時駅などからシャトルバスが出ていたし。

1986(昭和61)年11月1日の国鉄最後のダイヤ改正には、26往復となり、485系の9両編成に統一されていました。

ひたち号の一部が柏駅にも止まるようになったのはこの時からであります。

当時は北千住、松戸駅に止まるひたち号も新設されていたけど、現在は、スーパーひたち5号が唯一松戸駅停車のままとなっています。

1989(平成元)年3月11日には、651系によるスーパーひたち号が7往復新設され、485系の一次置き換えが開始されていました。

これによりひたち号の号数表示が100番台となり、485系によるホームライナー土浦号(現在の土浦発着のフレッシュひたちの前身)も新設されていました。

1990(平成2)年3月10日には、スーパーひたち号が15往復に増発されたことにより、485系が平(現、いわき)以北から撤退し、9両からモノクラスの7両に短縮されていました。

同時におはようライナー土浦やホームタウンひたちも新設されていたし。

置き換え前の485系には、それよりも古いタイプの483系(ボンネット車)も含まれていました。

1992(平成4)年7月1日から1993(平成5)年11月30日までの間、上野〜会津若松を結んでいた特急あいづ号の担当が旧つばさ号(上野〜仙山線、奥羽線経由〜秋田間)の廃止により南秋田運転所(現、秋田車両センター)から勝田電車区(現、勝田車両センター)に変更されたことで、出入庫運用にも使われるようになった為に、該当する1往復のみグリーン車が復活していました。

ひたち号の485系の塗装が薄いグレーに緑系の帯のひたち色に変更されたのはこの時で、残されていたボンネット車両もこの色となっていました。

当時の485系は、上野〜勝田間で7+7の14編成(重連)が行われていたけど、後述のE653系にも踏襲されていました。

1997(平成9)年10月1日には、E653系によるフレッシュひたち号が新設されたことにより、485系の置き換えが再開され、翌年の1998(平成10)年12月8日には、485系ひたちが全廃となり、651系とE653系に統一されていました。

そのうちの旧K7編成は、両端ボンネット車で、晩年国鉄色に戻され、絵入りでない昔ながらの(ひたち HITACHI)の表示となっていました。

この時に展示されていたニイK1編成(クロハ481-1028F)は、ニイK2編成と共に、2003(平成15)年3月から、165系の専用編成に代わって、ムーンライトえちご号(新宿〜新潟間の夜行快速)に使われている編成で、T18編成と共に、国鉄色の編成として注目されています。

これらの2編成は、ムーンライトえちご号に転用される前は、青森運転所(現、青森車両センター)所属で、はつかり号(盛岡〜青森間)に使われていたけど、ATCがない代わりにATS-Pが取り付けられていることにより、やまびこ号やひばり号などのリバイバル列車にも使われていました。

当時は、毎日運転となっていたけど、2009(平成21)年3月14日の改正で、ムーンライトながら号(東京〜大垣間)と共に臨時列車に格下げとなり、2010(平成22)年3月13日の改正で、夜行急行能登号(これまで489系のボンネット車が使われていた)の臨時列車化により、夜行急行能登号及び間合いのホームライナーに転用されていました。

これにより、ムーンライトえちご号が、前回のホリデー快速富士山号の記事で紹介した183系のあずさ色(マリM31編成またはM32編成)に一時的に置き換えられていたし。

昨年3月からは、夜行急行能登号の廃止により、ムーンライトえちご号の運用が485系に戻されていました。

165系の時代から、ムーンライトえちご号の間合いには、新宿〜黒磯間で快速フェアーウェイ号が運転されていたことがありました。

フェアーウェイ号ということで、沿線のゴルフ場へと向かうゴルファーがターゲットとなっていた為に、ゴルフ場のある栗橋駅(快速ラビットや湘南新宿ラインの快速が通過する駅)にも停車していました。

こちらは2009(平成21)年11月29日を最後に運転されていない状態で事実上廃止されています。交直両用ということを生かして、郡山や会津若松へも乗り入れていたこともありました。

2008(平成20)年3月29日から3月30日に掛けて、18きっぷを使って新潟から仙台まで移動した時に、新潟から新宿まで、ムーンライトえちご、新宿から黒磯まで、フェアーウェイ号を使っていました。

ムーンライトえちご号は6両編成(全席指定)で、新宿寄りの1号車が半室グリーン車、6号車が女性専用車(レディースカー)となっているけど、6号車の座席が赤系となっているのはその為であります。

485系のK編成は、首都圏乗り入れ対応によりステップが埋められているけど、羽越線の特急いなほ号にE653系が導入されたことに伴うホームのかさ上げにより、いなほ号にも使われるようになっています。

このような国鉄色によるリバイバル運転は、乗る側だけでなく、撮影する側にとっても嬉しい状態でもあります。前面の特急マーク(Tマーク)もあるのが嬉しいし。

10月13日のリバイバルひたち号の撮影に行かれなかったので、今回撮影することが出来て良かったです。

紅葉との組み合わせも良い感じでした。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 11:22│コメント(0)トラックバック(0)JR | 鉄道イベント |
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