2014年11月

2014年11月30日

5e98eb2f.jpg
9b7c0688.jpg
bbfe491b.jpg
今月(11月)18日は、上野松坂屋前(上野御徒町)から早稲田まで、都営バス早稲田自動車営業所所属のT-S665(練馬200か21-13)号車、日産ディーゼルスペースランナーRA(PKG-RA274KAN)による上58系統に乗りました。

この車両は、一昨年(2012(平成24)年)春からtobus.jp(パソコン、スマートフォン、携帯電話用の都営バス運行情報サービス)の都電荒川線との共通化によって施されたラッピングで、オレンジ色の都電8809号車と同じ塗装にみんくる(都営バスのマスコットキャラクター)ととあらん(都電のマスコットキャラクター)が描かれています。

この車両は、2008(平成20)年に、S-S665(足立200か18-70)号車として深川自動車営業所に配置され、翌年の2009(平成21)年には深川自動車営業所への日野ハイブリッドバス(ブルーリボンシティハイブリッド)の大量導入により、S666,S667号車と共に早稲田自動車営業所に転属し、現在のナンバーとなっています。

北自動車営業所のN-S659(練馬200か20-13)号車も、みんくる&とあらんのラッピングバスとなっているけど、ローズピンク色の都電8801〜8805号車と同じ塗装となっているし。

このS665号車は、一昨年6月10日の路面電車の日イベントで、8809号車とのコラボレーションで展示される予定となっていたけど、諸事情により中止となってしまったのが残念でした。

同年9月22日の晴海埠頭でのバスイベントでこのS665号車が展示されていたけど、関西に行っていた為に行かれなかったことで残念に思っています。

2008(平成20)年9月20日(バスの日当日)に晴海埠頭で行われたバスイベントの帰りに、晴海埠頭から東京駅丸の内南口まで、深川自動車営業所に所属していた頃のS665号車(都05系統、グリーンアローズ)に乗ったことを思い出しました。当時はラッピングされていない状態だったし。

当時は深川所属時代のS666号車(当時は足立200か18-71号車だった)もバスイベントで展示されていたけど、現在は早稲田自動車営業所所属の練馬200か21-15号車となっています。

今回あの時以来の乗車となったとは思っていませんでした。

都営バスのS代車(2008(平成20)年度導入車)は、上期が日産ディーゼル(現、UDトラックス)のスペースランナーRA、下期が日野ブルーリボンシティハイブリッドと日野レインボー2(青梅支所に配置され、現在は品川自動車営業所の市01系統専用車となっている)が導入されていたけど、日産ディーゼル車に関しては、かつて指定営業所だった北、江東の両営業所と練馬支所を含めて最後の導入となっていました。

このタイプは、日産ディーゼル工業からUDトラックスに社名変更された2010(平成22)年まで製造されていたけど、車体メーカーの西日本車体工業(西工)が解散した為に製造が打ち切られ、三菱ふそうエアロスターのOEM供給車であるスペースランナーAに移行されていたし。

翌年の2011(平成23)年4月には、三菱ふそうとの提携打ち切りにより販売が終了し、UDトラックスが国内のバス事業から撤退していました。

かつて日産自動車の系列だった日産ディーゼル工業→UDトラックスは、スウェーデンのボルボ社の系列であり、今年3月19日にはボルボグループの手によりインドでバス事業に再参入するという発表がありました。

東武博物館にある日産180型キャブオーバーバスは、NISSANのロゴがあるので、日産ディーゼル(UDブランド)のバスのルーツともなっていました。

現在日産自動車には、シビリアンというマイクロバスがあるけど、いすゞ自動車にジャーニーとしてOEM供給されているし。

こちらはトヨタ自動車のマイクロバスであるコースターと、子会社の日野自動車のリエッセ2の関係に準じています。

トヨタコースターと言えば、かつて都営バスで官庁街めぐりのミニバス(東01系統)として使われていたこともありました。

ここで乗車レポート。上野松坂屋前からバスに乗り込み、中央通りを北上し、
上野公園前交差点を左折し、上野公園へ。

その後池之端一丁目交差点を右折し、池之端一丁目バス停へ。

上野松坂屋行きの場合は、池之端一丁目を出た後、地下鉄千代田線の湯島駅方面へと向かい、天神下交差点(春日通りとの交差部分)を直進し、その後左折してから黒門小学校前の道路を通って、中央通りに入ったところで左折してから上野松坂屋前バス停に到着するので、上58系統独自のルートとなっています。

上野松坂屋は、日本橋三越と同様に、江戸時代から同じ場所で営業が行われている老舗百貨店であるけど、現在南館が改築工事中であります。

池之端一丁目からは護国寺正門前まで不忍通りを通るけど、池之端一丁目付近に都電荒川線で活躍していた7506号車が静態保存されている池之端児童遊園、本駒込四丁目バス停付近に、都電6063号車と乙2号車が静態保存されている神明町車庫跡公園があるので、かつて都電が走っていたことを物語っています。

上野公園〜根津駅間は、上58系統のほか、今年9月7日に乗車した池袋駅東口、大塚駅前〜上野公園間の上60系統、亀戸駅〜上野公園間の上26系統が出ており、根津駅で分かれていくことになります。

その先にある根津神社は、春にはツツジの名所として賑わっています。

団子坂下から道灌山下までは、草63系統と同じルートを通るので、9月7日に都電色のバス(P-M190、練馬200か12-61号車)に乗った時を思い出しました。

上58系統は、1971(昭和46)年3月17日に廃止された都電20系統(江戸川橋〜神田須田町間)の流れを受け継ぐ路線であり、転換当時は戸山支所所属の520系統として、早稲田〜須田町間を結んでいました。

現在の早稲田自動車営業所が、戸山支所の移転、昇格により開設されたのは、1971(昭和46)年12月1日のことで、都電の早稲田電車営業所から転用されていたし。

都電20系統は、神明町車庫前と銀座七丁目を結んでいた都電40系統(1967(昭和42)年12月9日に一足先に廃止されていた路線)と共に、神明町車庫所属の路線であり、どちらも池之端七軒町〜上野公園間で専用軌道を通っていました。

上58系統の須田町乗り入れが廃止されたのは、1976(昭和51)年のことで、早稲田〜駒込駅間の支線も廃止されていました。

1997(平成9)年7月から2003(平成15)年1月まで、上69系統と共に、区画整理により平日の日中に上野駅に乗り入れていたこともありました。

その途中にある文京グリーンコートは、科研製薬の工場の跡地に建設された複合施設であり、科研製薬の本社もここにあります。

護国寺正門で左折し、音羽通りを通って江戸川橋方面へ。

現在不忍通りは、目白通りとの分岐点(目白台二丁目交差点)までしか行かれないけど、都電荒川線の面影橋電停(甘泉園公園)付近まで延長される工事が行われています。

これが完成すれば、西早稲田交差点まで行かれるようになります。

江戸川橋は、神田川に掛かる橋の名であり、地下鉄有楽町線の駅名でもあるけど、練馬車庫(一部練馬駅前)と新宿駅西口を高頻度で結んでいる白61系統も出てきます。

江戸川橋からは上69、飯64系統と合流し、新目白通りを通って早稲田へ。早稲田電停は、早稲田自動車営業所の最寄りだけでなく、リーガロイヤルホテルの最寄りバス停でもあります。

早稲田バス停に到着した後、一旦入庫し、暫くした後に再び上野松坂屋前へと向かっていました。

このバスは、池86系統の学習院下バス停付近、早77系統の早稲田→甘泉園公園間で都電の横を通るけど、回送で早稲田〜高戸橋交差点間の都電の線路沿いを通るシーンも見られています。

tobus.jpでは、このようなラッピングバスやリバイバルカラーの検索も可能となっているので、そのお陰で乗ることや撮影することが出来て良かったです。

画像は上野松坂屋前と早稲田車庫(敷地外)で撮影したものです。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 23:54│コメント(0)トラックバック(0)都営バスなどの公営バス | バス乗車記 |

2014年11月29日

758cb723.jpg
28882f11.jpg
ad1183a9.jpg
こちらは、今月(11月)18日に、新宿駅の7番線で撮影した、JR東日本E257系500番台(幕張車両センター所属)のマリNB12編成(クハE257-512F)によるホームライナー千葉3号です。

ホームライナー千葉号は、平日の夜間に東京、新宿→千葉間で運転されている通勤ライナーで、このホームライナー千葉3号は、しおさい16号(銚子発新宿行き、新宿しおさい)の折り返しである為に唯一新宿発となっています。

2008(平成20)年3月9日までは、土休日にもホームライナー津田沼号として運転されていたけど、当時はしおさい16号と共に255系(房総ビュー型車両)で運転されていました。

2008年の改正で平日のみの運転となり、土休日は回送に変更されたけど、その翌年の2009(平成21)年には、しおさい16号と共にE257系500番台に置き換えられていました。

この列車は、21時07分に新宿駅を出た後、秋葉原駅で乗車扱いが行われ、津田沼、稲毛の両駅で降車扱いが行われた後、千葉駅へと向かうことになっています。
千葉に到着した後、東京まで回送され、ホームライナー千葉7号として再び千葉に向かうことになるし。

ホームライナー千葉1号と5号は、255系が使われているけど、グリーン車も普通車扱いとなっています。

ホームライナーは、座席定員制で、乗車するには、ライナー券(510円)が必要となります。

このNB12編成は、2005(平成17)年に、しおさい、あやめ号で残っていた183系の置き換え用として導入された9編成のうちの1編成で、NB11,13,14編成と同様に東急車輛(現、総合車両製作所横浜事業所)で製造されていました。

E257系500番台の初期型車であるNB01〜10編成は、2004(平成16)年10月16日に、わかしお号とさざなみ号の183系の置き換え用として導入されてから10年経ったけど、当時は一部の車両が喫煙席となっていました。

NB11編成以降は、全席禁煙席仕様で導入されていたので、改正前のフライング導入ではなく、2005(平成17)年12月10日の房総特急の全席禁煙化と共に一斉に営業運転入りしていました。

E257系500番台は、東京→逗子間のホームライナー逗子号(大船→逗子間はフリー乗車の快速扱い)やおはようライナー逗子号(逗子→東京間、どちらも平日のみ運転)にも使われているので、逗子ライナーで横須賀線を走る姿も見られています。

この画像を撮影した新宿駅の7番線は、以前中央線特急のホームだった場所であります。

ホームライナー千葉号は、183系が当たり前だった国鉄時代の1984(昭和59)年7月23日に、国鉄で2番目のホームライナーとして、東京→津田沼間のホームライナー津田沼号で運転開始されたのが始まりであり、翌年の1985(昭和60)年3月14日には、新宿発も新設されていました。

千葉まで延長されてホームライナー千葉となったのは、1988(昭和63)年7月6日のことで、現在は全てホームライナー千葉号となっています。

因みに国鉄で一番最初に登場したホームライナーは、1984(昭和59)年6月1日に登場したホームライナー大宮号(上野発大宮行き)で、当時は旧あさま号の車両が使われていました。

1988(昭和63)年7月6日には、一部が東北本線(宇都宮線)の古河駅や高崎線の鴻巣駅まで延長されてホームライナー古河号またはホームライナー鴻巣号となっていました。後に大宮号が廃止されて古河号、鴻巣号へ。

今年3月15日の改正でホームライナー鴻巣号がスワローあかぎ号に格上げされ、古河号が廃止されていました。

どちらも末期は185系が使われていたけど、一時期急行能登号で活躍していた489系や485系も使われていたこともありました。

E257系500番台と言えば、今年の5月3日〜5日(ゴールデンウィーク)に、千葉〜河口湖間の臨時快速山梨富士号に使われ、富士急行線にも入ったということで話題になっています。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 15:03│コメント(0)トラックバック(0)JR  |

2014年11月28日

595e0610.jpg
7313eaa6.jpg
6e169d41.jpg
続いては、今月(11月)18日に、JR東日本の新宿駅6番線で撮影した、185系のA6編成(クハ185-11F、斜めストライプ塗装)による、特急スワローあかぎ13号(新宿発前橋行き)の前照灯の点灯シーンと反対側の様子です。

新宿駅の5,6番線は、成田エクスプレス、日光・きぬがわ号、踊り子号、スーパービュー踊り子号、あかぎ(スワローあかぎ)号の発着ホームであり、2003(平成15)年2月2日から2007(平成19)年11月24日まで、甲州街道(新宿駅南口)の跨線橋掛け替え工事により暫定的に中央線特急(スーパーあずさ号、あずさ号、かいじ号)のホームとして使われていたこともありました。

1991(平成3)年3月19日に成田エクスプレスが開業した時には、3,4番線が新設されていたけど、現在は埼京線と湘南新宿ラインの北行きホームとなり、2007(平成19)年11月25日の中央線特急ホームの9,10番線への移設(本設化)により、翌年の2008(平成20)年3月15日から、5,6番線が成田エクスプレス等のホームに転用されていました。

このように分離されたのは良いけど、南側(代々木駅寄り)にずれた為に北側からの乗り換えに時間が掛かるという問題が発生しています。

1,2番線は、1986(昭和61)年3月3日の埼京線の新宿延長の時から使われているホームで、当時は、池袋駅の3,4番線と同様に埼京線専用(10両までしか入れなかった)となっていました。

改良工事前の中央線特急ホームは、東側の5,6番線(現在の7,8番線)となっていたけど、改良工事により、中央快速線のホームの中間の9,10番線に入るようになっています。

新南口は、1991(平成3)年3月19日に新設された改札口で、当初は東側に改札口があり、1〜4番線側しか行かれなかったです。

2006(平成18)年4月16日にはサザンテラス口が開設され、新南口が全てのホームに直結されるようになっています。

現在は、改良工事の進捗により、新南口、サザンテラス口共に中央部分に移設されているし。

185系の斜めストライプ塗装化は、全編成を対象に行われることが予想されるので、斜めストライプ塗装以外の編成の撮影はお早めにということになります。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 13:19│コメント(0)トラックバック(0)JR  |
a228ba8c.jpg
cbf84491.jpg
d6563ebf.jpg
今月(11月)18日は、JR東日本の新宿駅6番線で、185系のA6編成(クハ185-11F、斜めストライプ塗装)による、特急スワローあかぎ13号(新宿発前橋行き)を撮影しました。

この列車は、新宿を出た後、池袋、大宮、上尾、桶川、熊谷、深谷、本庄、新町、高崎、新前橋に停車し、前橋へと向かい、翌朝のスワローあかぎ2号(土曜日及び祝日はあかぎ8号)で新宿に戻ることになります。

スワローあかぎとして運転されるのは平日のみであり、土休日の場合は、あかぎ13号(スワローあかぎ13号と同時刻)、あかぎ8号(平日のスワローあかぎ2号よりも遅い前橋 9時08分、高崎 9時21分発となる、いずれも自由席あり)で運転されます。

新宿発着のスワローあかぎ号は、651系による上野発着のスワローあかぎ号とは異なり、赤羽と浦和に止まらないので注意が必要となるし。

185系によるスワローあかぎは、グリーン車2両付きの10両編成(新宿寄りが1号車、高崎・前橋寄りが10号車)で、そのトレインマーク(前面表示)は、特急あかぎのマークにスワローの文字を加えたものとなっています。

A6編成は、今年9月に斜めストライプ塗装に変更されていたので、10両編成のA編成としては、2011(平成23)年に踊り子号30周年記念として斜めストライプ塗装に変更されたA8編成(クハ185-15F)に続く2本目となっています。

このように、5両付属編成のほか、10両基本編成の斜めストライプ塗装化が本格的に行われたことで嬉しく思っています。

1995(平成7)年1月6日から3月27日まで、新前橋電車区(現、高崎車両センター)に所属していた185系のS201+202(後のOM01)編成とS201+202(後のOM01)編成の2編成が、シュプール号の10周年記念として特別塗装のフルフル号となり、グリーン車抜きの6両編成として、シュプール上越3号、2号(大船〜小出間)、シュプール草津・万座号(大船〜万座・鹿沢口間)で限定運用されていました。

現在シュプール号は運転されていない状態であり、これを聞いて懐かしいと思っています。

東武鉄道によるスノーパル23:55(浅草23時55分発、会津高原尾瀬口行き、300系の6両編成による運転、後部の6号車は女性専用車両)は、シュプール号の流れが組まれています。

A6編成は、A編成で唯一、中央東線の狭小トンネルに対応したPS24形パンタグラフが採用されているのが特徴であります。

185系によるスワローあかぎを撮影したのは今回が初めてだったけど、いきなり斜めストライプ塗装に変更されたばかりのA6編成に当たってくれて良かったと思っています。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 10:59│コメント(0)トラックバック(0)JR  |

2014年11月27日

6f971aae.jpg
9ed00611.jpg
e46532c1.jpg
今月(11月)24日は、横浜から南越谷まで、JR東日本185系のOM03編成(クハ185-206F)によるホリデー快速鎌倉号に乗りました。

この時に乗った185系のOM03編成は、元新前橋電車区→高崎車両センター所属で、草津、水上、あかぎ号などに使われ、2010(平成22)年10月から昨年春まで、かつての80系急行型電車がイメージされた湘南色を纏っていました。

昨年3月16日に田町車両センターの廃止に伴う185系の大宮総合車両センター(東大宮センター)への集中配置化により、余剰となったこのOM03編成が、グリーン車抜きの6両編成(団臨用)となり、元田町車と同じ踊り子色に変更されていたし。

パンタグラフがシングルアームに交換されているということも特徴であり、今年1月から2月に掛けてシーハイル上越号(大宮〜石打間)に使われていました。

塗装は、新幹線リレー色(緑帯)→モントレー色→復刻湘南色→踊り子色に変化していたし。

他のOM編成の7連は、今年3月15日の改正で、上野発着の草津、あかぎ号が元スーパーひたち号の651系に置き換えられたことで上野発着の定期運用から撤退し、一部の編成が廃車となった他、波動用として残されています。

一昨年(2012(平成24)年)11月10日に尾久車両センターで行われていたふれあい鉄道フェスティバル2012で、湘南色時代のOM03編成が休憩用車両として展示されていたことがあったけど、そのグリーン車(サロ185-206号車)も開放されていたので、グリーン車の座席に座ったことは貴重でした。

現在はこの湘南色を含めて編成から外された185系のグリーン車の一部が廃車解体されていたのでそのはずだし。

185系による快速は、前述のシーハイル上越号を含めて臨時快速の表示に統一されているので、今年7月にムーンライトながら号に乗った時を思い出しました。

OM編成のうち、7連で残っているのは、OM04,08,09編成で、そのうちのOM08編成は、あまぎ色となっています。

横浜駅では、東海道線の7番線から発車。このホームも来年3月14日からは上野東京ラインの表示となるので撮影はお早めにということになります。

上野東京ラインと言えば、試運転が盛んに行われており、E233系や185系OM編成が試運転用として使われているし。

8月2日には、モントレー色のまま10連化されたOM07編成も使われていたのを某ブログで確認したし。

ホリデー快速鎌倉号は、115系時代に乗ったことがあるけど、特急型車両(185系)に変わってからは初めてでした。

このことで、2006(平成18)年6月3日に、小山から平塚まで、189系彩野編成による快速那須散策号に乗ったことを思い出しました。

快速那須散策号は、当時平塚〜黒磯間で運転されていた列車であり、ホリデー快速鎌倉号と同様に武蔵野貨物線を経由していました。

あの時は当然ホリデーパス(現、休日おでかけパス)を使っていたし。

189系の彩野編成は、2003(平成15)年のリニューアル当時赤系の塗装だったけど、2006(平成18)年3月18日に新宿〜東武日光・鬼怒川温泉間の直通運転が開始されたことにより、当時専用車両だった485系の予備車に転用され、485系に準じた塗装に変更されていました。

2011(平成23)年6月4日には、253系の後期型(200番台)から改造された1000番台(元成田エクスプレス用)に置き換えられ、485系は仙台車両センターに戻り、189系彩野編成は廃車となっていました。

日光・きぬがわ塗装時代の彩野編成に乗ったのは那須散策号の時が最初で最後となっていたし。

今回乗ったホリデー快速鎌倉号は、6両編成で、後ろ2両が指定席、前4両が自由席であることを乗車位置と共に駅の案内放送で教えてくれたので助かっています。

横浜からは座れないということが懸念されていたけど、何とか座ることが出来て良かったです。

鶴見駅で乗務員交代の為に運転停車し、武蔵野南線(貨物線)へ。こちらは、普段貨物列車しか通らない区間なので、ホリデー快速鎌倉号は、一般乗客も貨物線を通ることの出来る貴重な列車であります。それだけでなく、武蔵野線方面から横浜、大船、鎌倉方面へのショートカットでもあるし。

小杉トンネルと生田トンネル(武蔵野貨物線で最も長いトンネル)の間には、梶ヶ谷貨物ターミナルがあるけど、この時にコンテナ車を見ることが出来ました。

平日には、梶ヶ谷貨物ターミナルから、神奈川臨海鉄道浮島線の末広町駅(川崎区浮島町)まで、クリーンかわさき号という生活廃棄物(家庭ゴミ)専用の運搬列車が1往復運転されています。

こちらは従来のトラックによる輸送と比べ、渋滞知らずで環境に優しいということで重宝されているし。

武蔵野貨物線が開業したのは、1976(昭和51)年3月1日のことで、梶ヶ谷貨物ターミナルも同時に開設されていました。

生田トンネルは、川崎市と稲城市の間をワープする10359mの長大トンネル(武蔵野線で最も長いトンネル)であり、東急田園都市線の宮崎台駅の西側と、小田急小田原線の生田駅の西側を地下で交差しています。

宮崎台駅は、東側に電車とバスの博物館があります。

生田トンネルを出た後、短いトンネルを抜け、京王相模原線との交差部分や稲城駅が見えた時、今年9月21日にアリオ橋本のタワーレコードで行われたステーション♪のイベントに行った時を思い出しました。

ステーション♪乗務員(メンバー)のまみたんこと小池真実氏は、京王線が好きだと言っていたので、移動の時に京王線に乗れることを楽しみにしていたし。

自分も橋本への移動で京王線を使ったのでそのはずであります。

多摩川を渡る手前では、南武線の205系を見ることが出来たけど、こちらもやがてE233系に置き換えられていくことになります。

南武線のE233系は、これまでN9編成まで、総合車両製作所新津事業所(旧、新津車両製作所)から配給輸送されており、全て営業運転入りしていました。

ホリデー快速鎌倉号が登場したのは、1990(平成2)年のことで、115系によって小山〜鎌倉間で運転されていました。

後は183系のほか、新前橋電車区(現、高崎車両センター)の165系モントレー色や、三鷹電車区(現、三鷹車両センター)の169系(三鷹色)も使われていたこともあったし。

府中本町駅は、南武線への乗り換え駅及び武蔵野線の一般旅客列車の始発駅だけど、配線の関係によりホリデー快速鎌倉号は通過していました。

横浜を出て最初の停車駅は北府中駅。

こちらは以前下河原線(国分寺と東京競馬場前)を結んでいた中央線の支線の中間駅となっていたけど、1973(昭和48)年4月1日に武蔵野線の府中本町〜新松戸間の開業と入れ替わりに下河原線が廃止され、武蔵野線の駅に転用されていました。

北府中駅は、西側に電気機関車が製造されている東芝府中事業所、東側に京王バス中央の府中営業所があるけど、今年5月には、京王バス中央を含めた京王電鉄バスグループ各社の本社が、府中駅付近から府中営業所に隣接する京王府中晴見町ビルに移転されていました。

北府中を出た後、通常の列車と同じルートを通り、西国分寺、新秋津、東所沢、新座、北朝霞、武蔵浦和、南浦和の各駅に停車し、南越谷へ。

この区間では、通常の武蔵野線利用客も多かったです。


東所沢駅では、205系によるむさしの号(大宮発八王子行き)を見ることが出来ました。

こちらは新小平駅(二大トンネル区間の中間の駅)から分岐する列車で、西浦和駅だけがやはり配線の関係で通過扱いとなっているし。

むさしの号で、国立、日野、豊田の各駅にも止まるようになったのは、今年3月15日の改正からであり、かつて臨時快速だったことを物語っています。

むさしの号が現在の体制となったのは2010(平成22)年12月4日のことで、大宮〜海浜幕張間のしもうさ号も同時に新設されていたし。

北朝霞駅は、東武東上線の朝霞台駅への乗り換え駅であるけど、乗り換え通路に屋根があるので雨の日の乗り換えに便利な駅となっています。

南越谷駅は、東武スカイツリーラインの新越谷駅への乗り換え駅であり、1974(昭和49)年7月23日の新越谷駅の開業当時は、武蔵野線が上、東武線が下(地平部分)にあり、後者は普通列車しか止まらない駅となっていました。

東武の新越谷駅が高架化されてからは、武蔵野線よりも高い位置と逆転現象となっています。

このように、185系によるホリデー快速鎌倉号に乗ることが出来て良かったです。

画像は、横浜駅と南越谷駅で撮影。

よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 12:11│コメント(0)トラックバック(0)JR | 鉄道乗車記 |
月別アーカイブ
記事検索