2015年04月

2015年04月30日

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4月26日は、北総線の千葉ニュータウン中央駅と、京成線の青砥駅で、北総鉄道の7300形7318F(京成電鉄3700形の北総バージョン)による、ほくそう春まつりヘッドマーク付き列車(どちらも羽田空港行き)を撮影しました。

北総鉄道の7300形は、1991(平成3)年3月31日の京成高砂〜新鎌ヶ谷間の開業及び、それに伴う京成線、都営浅草線、京急線との直通運転開始の時に、北総開発鉄道によって導入された車両であり、当時は、8両編成2本16両(7308Fと7318F)が導入されていました。

ベースとなった京成3700形は、1991(平成3)年3月19日の成田空港への新線の開業の時に8両3編成24両(3708〜3728F)が導入され、最後のめくり式表示及び非冷房車だった旧3000形が置き換えられていました。

7308Fは東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)製、7318Fは日本車輌製であり、京成3700形のリース車である7300形7800番台や千葉ニュータウン鉄道所有車両は全て日本車輌製であります。

デビュー当時は、京成3700形と共に、方向幕式でスカートが付いていなかったけど、現在はフルカラーLED表示となり、スカートが取り付けられています。

7808Fは、1997(平成9)年に京成3808Fとして導入された編成で、2003(平成15)年2月に京成3001Fの導入により余剰となったことにより北総鉄道にリースされ、7050形(3150形のリース車だった車両)の2編成の1編成が置き換えられていました。

7050形の残りの1編成は、同年12月に、7250形(京成3200形のリース車)に置き換えられ、2006(平成18)年の7260形(京成3300形のリース車)との交代を経て、今年3月に、京成3029Fの導入による玉突きで、3748F(1995(平成7)年に導入された2次車)が7818Fとして北総にリースされて、7260形が置き換えられていたのであります。

3030Fは、本家京成電鉄で最後まで残っていた赤電系統の車両だった3300形の置き換え用として導入された編成なので、今年3月に3300形及びそのリース車だった北総7260形が置き換えられていたし。

京成3500形の3532+3536Fは、最後まで残った8両編成で、都営浅草線や京急線に乗り入れていたけど、4両編成に分割されていたので、地下鉄乗り入れが見られなくなっています。

京成金町線では、4両編成までしか入れないので、3300形の全廃により3500形に統一されたけど、そのうちの未更新車が、今年度中に置き換えられる確率が高いです。

1999(平成11)年まで北総車が新逗子まで乗り入れていたことは、1991(平成3)年から1995(平成7
)年まで京成車が三崎口まで乗り入れていたことと同じことであるけど、現在はどちらも多摩川を越えて神奈川県に入る運用はなく、京急での乗り入れ範囲は羽田空港までとなっています。

7300形は、新京成線の松戸まで乗り入れていたこともあったし。

北総車の運用は、印旛日本医大と羽田空港または西馬込の間を行ったり来たりすることがメインなので、比較的狙いやすいです。

このように、ほくそう春まつりヘッドマーク付きの7318Fを撮影することが出来て良かったと思っています。




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2015年04月29日

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こちらは、4月26日に、京成高砂駅で撮影した、千葉ニュータウン鉄道(旧、住宅・都市整備公団→都市基盤整備公団)の9000形9108F(旧、2000形2002F)による、ほくそう春まつりヘッドマーク付き列車です。

この時には、京急ブルースカイトレインの606Fによる京成高砂発三崎口行きの並びを撮影することが出来ました。

千葉ニュータウン鉄道の9000形は、1984(昭和59)年3月19日の小室〜千葉ニュータウン中央間の開業の時に、住宅・都市整備公団(住都公団)によって導入された車両であり、当時は2000形で、6両編成2本(北総開発鉄道の7000形と共通運用)となっていました。

当時の北総・公団線は、松戸〜千葉ニュータウン中央間での新京成電鉄線との相互直通運転が行われていたので、北初富〜新鎌ヶ谷信号所(後の新鎌ヶ谷駅)間の連絡線を通っていました。

その連絡線には、踏切が1ヶ所あったけど、新京成線の北初富〜初富間の高架化により、遺構が失われつつあります。

1991(平成3)年3月31日の京成高砂への延長及びそれに伴う京成線、都営浅草線、京急線との4社局との相互直通運転開始に伴い、北総7000形と共に8両化され、京急乗り入れの条件である先頭車の電動化も行われていました。

北総7000形は、1979(昭和54)年のデビュー当初は吊革のない電車となっていたし。

新京成線と北総線との直通運転は、京成高砂延長の後も継続され、7300形も使われていたけど、翌年の1992(平成4)年7月8日に、新京成線の新鎌ヶ谷駅の新設により廃止されていました。

当時は、北総7150形(京急旧1000形の初期形が譲り受けられていた車両)も2編成あったけど、新京成線の松戸まで乗り入れていなかったです。そのうちの1編成にカラードアが採用されていたことを覚えています。

かつて京成電鉄で、京急旧1000形のリース車が活躍していたこともあったけど、2編成のうちの1編成は、晩年青色塗装で千葉急行電鉄にもリースされていました。

千葉急行電鉄は、京成千原線の前身であり、1992(平成4)年4月1日に千葉中央〜大森台間が、その3年後の1995(平成7)年4月1日(印西牧の原への延長開業と同じ日)に大森台〜ちはら台間が開業し、1998(平成10)年10月1日に京成電鉄に譲渡されて京成千原線となったのであります。

京成電鉄では、1992年から1995年まで、4年連続で4月1日にダイヤ改正が行われていたし。

京急線との直通運転が開始されてからは、当時2ドアクロスシートの快特で活躍していた京急2000形と重複していたので、1994(平成6)年に9000形に改番され、9008,9018Fを名乗るようになっていました。

京急2000形は、2011Fから始まっているけど、それでも公団2000形と被っていたので改番せざるを得なかったのは言うまでもないです。

公団2000形の千葉ニュータウン中央寄りの先頭車は、2101,2102号車だったので、1998(平成10)年3月に導入された京急2100形2101Fと被っていたところでした。

1995(平成7)年4月1日の印西牧の原への延長の時に導入されたCフライヤーが9100形となったのはその為だし。

住宅・都市整備公団の時代には、前面と側面にそのロゴマークがあったけど、1999(平成11)年10月に都市基盤整備公団に改組されてからは、前面の住都公団のロゴマークが撤去され、側面のロゴマークがUDCマークに変わっていました。

2004(平成16)年7月1日には、千葉ニュータウン鉄道に譲渡されてからは、北総鉄道の表示に変わっています。

一昨年3月には、千葉ニュータウン鉄道の9200形の導入により、9008Fが廃車となり、9000形がこの9018Fだけとなっています。

9000形には、新京成のSRアンテナが残されているので、2005(平成17)年に、新京成のN800形のN818Fが導入された時に、印旛車両基地からくぬぎ山車両基地までの牽引に9008Fが使われていました。

2000形から9000形への改番も、くぬぎ山車両工場で行われていたし。

千葉ニュータウン鉄道の車両のうち、黄緑色とオレンジ色の帯は、9000形だけであるけど、先月加入していたステーション♪の4代目見習い乗務員であるほののんこと安田帆花氏とかなちゃこと山下花奈氏のメンバーカラーなので注目しています。前者は黄緑色、後者はオレンジ色だし。

北総9000形が北総春まつり号に使われたのは、2010(平成22)年と2013(平成25
)年の2回であり、2010年は、京成上野→千葉ニュータウン中央間、2013年は京成成田→京成高砂→千葉ニュータウン中央間で運転されていました。

9200形の増備車である9202Fが何時入ってくるのか分からない状態であり、9018Fにとって最後のほくそう春まつりとなる確率が高いので、ほくそう春まつりヘッドマーク付きの9018Fを撮影することが
出来て良かったと思っています。




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今から3年前の2012(平成24)年4月28日は、当時大宮駅東口のロフトにあったHMVで行われていた、ステーション♪の記念日に逢いましょうの発売記念のイベントに初乗車(参戦)し、しゃもじがステッシャーデビューしていたけど、あれから昨日で3年経ちました。

イベントに行く前から、スマイレージ(現、アンジュルム)関連で知り合った友人であるにゃんたむさんがステッシャーをやっていることを聞いて気になっていたので、この日に行こうと考えていました。

当時のメンバーは、あーやん、いっちー、なる、ねねち、ななちゃ(当時は見習い乗務員だった)で、最初にななちゃと握手した時に、とあらんのぬいぐるみを自慢したことを覚えています。

同年暮れになるが、翌年の6月2日にあーやん、いっちー、ななちゃが卒業してからは、初期メンバーがねねちだけとなっているし。

しゃもじの格好に関しては、当初から行っているけど、大好評であります。

昨年2月から、ステッシャーを本格的にやるようになってからは、参戦数が大幅に増え、現在は有名なステッシャーへと成長していました。

同年8月31日のきなりんの生誕祭の後、ステーション♪がアイドルグループ1推しとなっていたし。

ステッシャーの友人も増えているけど、そのうちの松戸市在住の藤次郎氏に関しては、一昨年6月16日にあらかわ遊園で行われていたの路面電車の日のイベントで知り合ったけど、一緒にステーション♪を応援するステッシャー仲間であることを知ったので、ステーション♪の原場で再会したのであります。

ステッシャー4年目も応援していきたいと思っています。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 09:57│コメント(0)トラックバック(0)鉄道アイドルステーション♪  |

2015年04月28日

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こちらは、4月26日に、千葉ニュータウン鉄道(北総線)の千葉ニュータウン中央駅で撮影した、北総鉄道7500形の7503Fによる、ほくそう春まつり号です。

千葉ニュータウン中央駅は、1984(昭和59)年3月19日に、住宅・都市整備公団(当時)によって開業した1面2線の駅であり、開業当初は住都公団のロゴがありました。

1999(平成11)年10月1日には、都市基盤整備公団(都市公団)に改組されてUDCロゴとなり、2004(平成16)年7月1日に、都市基盤整備公団が独立行政法人都市再生機構に移管されたことに伴い、千葉ニュータウン鉄道に譲渡されて現在に至っています。

千葉ニュータウン鉄道に移管されてからは、UDCのロゴが撤去されて北総線の表示となり、9000形や9100形に北総鉄道の表示が入るようになっていました。

1995(平成7)年4月1日に印西牧の原まで延長された時は、住都公団の時代であり、千葉ニュータウン中央駅と共に、住都公団→都市公団→千葉ニュータウン鉄道の3つの時代を経験した駅となっています。

2000(平成12)年7月22日に、印旛日本医大まで延長された時は、都市基盤整備公団の時代でありました。

千葉ニュータウン中央駅は、その名の通り千葉ニュータウンの中央にある駅であり、駅周辺には、イオンモール千葉ニュータウンやアルカサール、アクロスプラザ千葉ニュータウンがあります。

ほくそう春まつりで行動を共にしていた友人のM氏と一緒にイオンモールの中にあるマクドナルド(マック)に立ち寄ったけど、自分のAndroid携帯(ガラホ、AQUOS K)で、Google Playが非対応である為にクーポンをダウンロード出来ないので、残念に思っています。

ガラホに機種変更していた京都府の友人であるメタルダー氏もその被害者であるし。

最近になってからは、iPhone版のマクドナルドのアプリ(App Storeからダウンロード)がリニューアルされたけど、Android版は近日公開となっています。

友人のM氏は1月25日にAndroidのauスマホ(Volte対応)に機種変更したと言っていました。

千葉ニュータウンのイオンは、2000(平成12)年9月に開店した当時は、ジャスコと呼ばれていたけど、2011(平成23)年3月1日に、マイカルの吸収合併、サティやポスフール(旧、マイカル北海道)との統合によりイオンとなっていたし。

千葉ニュータウン中央駅のある印西市は、1996(平成8)年4月1日に、市制施行された市であり、これまでは印西町と呼ばれていました。

印旛日本医大駅のある場所は、開業当時は印旛村だったけど、2010(平成22)年3月23日に、本埜村と共に印西市に編入されていたし。

印西市にあるJR成田線(我孫子支線)の駅は、木下(きおろし)駅と小林駅で、木下駅は、印西市役所の最寄り駅となっています。

因みに、西白井駅と白井駅のある白井市は、2001(平成13)年4月1日に市制施行された市であり、これまでは白井町と呼ばれていました。

千葉ニュータウン中央駅の北側に空き地が広がっているのは、国鉄時代に工事が行われ、建設が中止となった成田新幹線(幻の新幹線)の千葉ニュータウン駅が設けられる予定であったことの名残であります。

成田新幹線は、東京から越中島まで現在の京葉線のルート、越中島から原木中山まで、営団地下鉄→東京メトロ東西線と併走、原木中山から千葉ニュータウンまで、単独の新線、千葉ニュータウンから成田空港まで、成田スカイアクセス線と同じルートを通る予定で、東京〜成田空港間30分、千葉ニュータウン停車列車は35分で結ばれるはずでした。

現在京成のAE形によるスカイライナーで、日暮里〜空港第2ビル間最短で36分で結ばれていることは、成田新幹線に匹敵しているけど、160Km/hの高速運転が行われているからこそ出来ると思っています。

もしも成田新幹線が予定通りに開業していたら、大幅な赤字に苦しめられていたところだったことに加え、京葉線の東京乗り入れ、JR在来線や京成線の成田空港への直接乗り入れが無くなっていたところでした。

京成線の東成田駅(旧、成田空港駅)がターミナルビルから離れた場所にあることも、成田新幹線計画の名残であります。

成田新幹線が建設中止となった理由は、国鉄の財政難に加え、沿線自治体や住民からの反対があったからであるけど、運用効率が悪いという問題もあったと思っています。

国鉄(日本国有鉄道、JNR)は、1964(昭和39)年10月1日の東海道新幹線の開業の時に赤字に転落し、末期には赤字額が37兆円に膨れ上がっていたのでそのはずであるし。

成田空港と言えば、国際線が当たり前だったけど、バニラエア、ジェットスター・ジャパン、春秋航空日本などのLCC(格安航空会社)の充実により、国内線も盛んに運航されるようになっています。

アクセス特急が、千葉ニュータウン中央駅に停まることは、利用客が多いだけでなく、成田新幹線の千葉ニュータウン駅停車列車の計画中止による受け皿でもあると思われます。

2010(平成22)年7月17日に成田スカイアクセス線が開業してからは、ほくそう春まつりが、東日本大震災や悪天候の影響により2年連続で中止となってしまったので、一昨年4月21日が、成田スカイアクセス線開業後初めてのほくそう春まつりとなっていました。

当時は、9000形9011Fによるほくそう春まつり号が京成成田→京成高砂→千葉ニュータウン中央間の通勤特急扱いで運転されていたし。

この日は、北総線(京成高砂〜印旛日本医大間)が1000円で乗り放題の1日乗車券が売られていたので助かっていました。

自分がほくそう春まつりに行ったのは、2007(平成19)年4月14日以来だったけど、8年ぶりに行くことが出来て良かったと思っています。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 12:27│コメント(0)トラックバック(0)その他の私鉄、第三セクター  |

2015年04月27日

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4月26日は、京成高砂から千葉ニュータウン中央まで、北総鉄道7500形の7503Fによる、ほくそう春まつり号に乗りました。

こちらは、この日に千葉ニュータウン中央駅前で行われた、毎年恒例のイベントであるほくそう春まつりに合わせて運転された列車であり、今年は京成線からの直通ではなく、京成高砂から運転されていました。

京成高砂では、上り線側の2番線から発車。

千葉ニュータウン中央行きの列車は、1995(平成7)年4月1日に印西牧の原まで延長された後も、2000(平成12)年7月22日に印旛日本医大まで延長されるまで見られていたけど、現在はほくそう春まつり号の時しか見られない行き先となっています。

京成高砂始発の北総線方面の列車は、京成車による平日 22時44分、土休日 22時41分発の印西牧の原行きだけなので、北総車による運用は貴重でした。

北総7500形は、2006(平成18)年から2007(平成19)年に掛けて、ゲンコツ電車として親しまれていた7000形の置き換え用として導入されていた、京成3000形の北総バージョンであり、7501Fが、東急車輛(現、総合車両製作所横浜事業所)、7502Fと7503Fが、日本車輌で製造されていました。

営業運転が開始されたのは、2006(平成18)年2月20日のことでした。

7503Fは、2007年に7004Fの置き換え用として導入された編成であるし。

青帯は、北総鉄道所有車両(7000番台)の証であり、羽田と成田の両空港を結ぶ路線であることから、先頭車に飛行機の翼がデザインされた帯も入っています。

北総車は、羽田空港駅に乗り入れているけど、京成車や京急車のようにアクセス特急で成田空港まで乗り入れることはないけど、一昨年11月2日に馬込車両検修場で行われていた都営フェスタで、7503Fが普段使われることはないアクセス特急空港第2ビル行きの表示が披露されていたことを思い出しました。

7300形(京成3700形の北総バージョン及びそのリース車両)のほうも、同様の帯となっているし。

京成高砂駅を出た後、いつもと同じルートで新柴又へ。新柴又駅は、柴又駅と京成小岩駅の中間にある2面2線の高架駅であり、
江戸川の土手に近いので、柴又駅と共に葛飾納涼花火大会の最寄り駅となっています。

江戸川を渡った後、栗山トンネルに入り、その中の地下駅である矢切駅へ。

この駅では、7501Fによる普通印旛日本医大行きの待避の為に停車していたので、普通列車が急行列車を追い抜くという前代未聞のシーンも見られていました。

この時には、ほくそう春まつりにも出演していたフリーアナウンサーである久野知美氏によるトークショーが行われていたので、最後部の車両に人が集まっていました。

それだけではなく、車両の撮影タイムとなっていたので、もちろん撮影も行いました。

北総線の急行は、普段平日の夜に、西馬込→印旛日本医大間に4本、羽田空港→印旛日本医大間に1本運転されているもので、北総線では、途中、新柴又、矢切、東松戸、新鎌ヶ谷と、新鎌ヶ谷より先の各駅に停車することになっています。

このように、北総線の急行が日曜日にも見られていたのは、イベント列車ならではであります。

平日の朝には、印旛日本医大発西馬込行きの特急が5本運転されるけど、北総線での途中停車駅は、新鎌ヶ谷までの各駅と東松戸となっているし。

矢切を出た後、JR武蔵野線への乗換駅である東松戸駅へ。

武蔵野線の東松戸駅は、1998(平成10)年3月14日に新設されていたけど、当時は北総線の急行が止まらなかったです。

北総線の急行や特急が東松戸駅にも止まるようになったのは、2009(平成21)年2月14日の改正のことで、翌年の2010(平成22)年7月17日に新設されたアクセス特急の停車駅にもなっています。

東松戸の次は新鎌ヶ谷。この時に新京成電鉄のくぬぎ山車両基地が見えたので、ピンクの新塗装の電車を初めて生で見ることが出来ました。

新京成線の新鎌ヶ谷駅は、北初富駅、初富駅と同様に高架化される予定となっているけど、工事が大幅に遅れています。

北初富〜新鎌ヶ谷間には、1992(平成4)年7月8日の新京成線の新鎌ヶ谷駅開業まで、新京成線と北総線を結ぶ連絡線路があり、松戸〜千葉ニュータウン中央間の直通運転が行われていました。

北総線の車両では、既に全廃となった7000形や、公団2000形(後の9000形)のほか、7300形の7308Fと7318Fも松戸に乗り入れていたこともありました。

新京成では、1990(平成2)年に全廃となった元京成の200形も吊り掛けモーター音を唸らせながら北総線に乗り入れていたこともあったし。

新京成で最後まで残った200形のうちのモハ204号車は、古巣の京成電鉄の宗吾車両基地で静態保存されています。

新鎌ヶ谷からは各駅に停車し、かつて車両基地のあった西白井駅へ。ここには7000形の7001号車(ローレル賞受賞車)がカバーが掛けられている状態で置かれていたのを確認しました。

北総線の新鎌ヶ谷信号所〜小室間は、1979(昭和54)年3月9日に開業した区間であり、当初は7000形の6連が使われていました。

京成高砂〜新鎌ヶ谷間が開業したのは、1991(平成3)年3月31日のことで、京成線、都営浅草線、京急線との4社局との直通運転開始により賑やかになっていたし。

新鎌ヶ谷駅を出た後に、記念乗車証が配られていました。

西白井からは、堀割区間で北千葉道路と併走し、白井駅へ。

小室駅は、北総線で唯一船橋市にある駅で、開業当時は、1面2線の島式ホームとなっていました。

2008(平成20)年には、線形の改良により2面2線の相対式ホームとなっています。

小室〜千葉ニュータウン中央間は、1984(昭和59)年3月19日に開業した区間で、住宅・都市整備公団(後の都市基盤整備公団→独立行政法人都市再生機構(UR都市機構))によって建設された区間である為に北総・公団線と呼ばれていました。

同時に登場した公団2000形(後の9000形)が住宅都市整備公団所有だったのはその為でありました。

2004(平成16)年7月1日に、都市基盤整備公団が都市再生機構に改組されたことに伴い、新たに設立された京成電鉄の子会社である千葉ニュータウン鉄道に譲渡され、北総・公団線から現在の北総線となったのであります。

同時に北総開発鉄道から北総鉄道に社名変更されていたし。

千葉ニュータウン中央駅に到着後、印旛車両基地まで回送されていたけど、撮影者たちで賑わっていました。

ほくそう春まつり号は、2009(平成21)年3月に、北総線開業30周年記念記念として、9100形Cフライヤーによって京成上野→千葉ニュータウン中央間で運転されたのが最初であり、大好評であったことから毎年運転されています。

このように、ほくそう春まつり号に初めて乗ることが出来て良かったと思っています。

画像は矢切駅で撮影したものです。


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