2017年07月

2017年07月31日

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7月17日は、人形町から中目黒まで、東京メトロ日比谷線の13000系13107Fによる中目黒行きに乗りました。

この編成は、6月3日から4日に掛けて、近畿車輛(徳庵)から熊谷貨物ターミナルまで甲種輸送され、7月7日に、東武70000系の71701Fと共に営業運転入りしていました。

昨年落成された13101Fと13102Fは、徳庵から越谷貨物ターミナルまで甲種輸送され、千住検車区までトレーラーで陸送されていたけど、13103Fからは、東武70000系と同様の徳庵〜熊谷貨物ターミナル間に変更され、秩父鉄道、東武線経由で千住検車区に送り込まれています。

13107Fが東武71701Fと同じ日に営業運転入りしていたことは、7への拘りがあるということが分かります。

この日は渋谷から水天宮前まで半蔵門線で行き、ここから歩いて人形町駅まで行ったけど、こちらも乗換駅として認められていない状態となっています。

将来的には、築地⇔新富町(有楽町線)間と同様に乗換駅として認められることになるし。

2020年の東京オリンピックの時に霞ケ関〜神谷町間に出来る予定の新駅は、虎ノ門ヒルズやバスターミナルと直結されることはもちろんのこと、銀座線の虎ノ門駅とも結ばれる予定となっています。

その周辺には、フジサンケイグループのレコード会社のポニーキャニオンの本社、イベントスペースがあり、2010(平成22)年から2011(平成23)年に掛けて自分(しゃもじ)がスマイレージ(現、アンジュルム)の握手会やチェキ会イベントで行ったので、当時のことを思い出しました。

自分(しゃもじ)が最後にハロプロ系の握手会に参戦したのは、昨年の7月31日の昭島モリタウン(昭島市)でのこぶしファクトリーのことであり、あの時をもってハロプロの握手会参戦を取り止め、事実上ハロヲタから撤退していたのであります。

あれから早いもんで今日で1年経ったし。

スマイレージのイベントに行った時には道路が整備される前だったけど、久しぶりにポニーキャニオンの本社前に行った時に道路が出来ていたことで驚きました。

その道路とは、環状二号線(外堀通りのバイパス路線)のことであり、2014(平成26)年3月29日に新橋〜虎ノ門(特許庁前)間が開通していました。

同年6月11日に開業した虎ノ門ヒルズでは、その真下の地下トンネル区間を通っているし。

周辺にある虎の門病院は、国家公務員共済組合連合会(KKR)による病院であり、その前に道路が整備されたことにより、救急車等の出入りがしやすくなっています。

虎の門病院の病棟は、現在周辺に移転された国立印刷局跡地に新病棟が建設され、2019年に新病棟に移転される予定となっています。

水天宮前駅前にある東京シティエアターミナル(T-CAT、首都高の箱崎ジャンクション)は、1972(昭和47)年7月1日に、東京国際空港(羽田空港)へのリムジンバスのターミナルとして開業していました。

T-CATが開業した1972年7月1日は、最長片道切符の旅でお馴染みの関口知宏氏の生誕の日でもあります。

1978(昭和53)年5月20日に成田空港こと新東京国際空港(現、成田国際空港)が開港してからは、成田空港へのリムジンバスの発着も行われるようになっています。

当時は日本航空(JAL)、ユナイテッド航空(アメリカ)、エールフランス(フランス)などの一部の航空会社に限り、1階で搭乗手続き(チェックイン)を行い、3階で出国審査をし、リムジンバスで成田空港へと向かい、成田空港で特設ゲートを通っていたけど、アメリカ連邦航空局(FAA)からの通達やセキュリティ強化の影響により、2002(平成14)年7月15日にT-CATでの出国審査が、同年12月31日に搭乗手続き業務がそれぞれ廃止されていたので、単なるリムジンバスの発着ターミナルと化していました。

リムジンバスでは、道路渋滞による遅延のリスクがあるので、このこともT-CATでの搭乗手続きや出国審査が廃止された理由の一つであるし。

現在搭乗手続きや出国審査は羽田空港または成田空港まで行かないと出来ないことになっているし。

現在でも成田空港行きのリムジンバスが3階から発着しているのは、当時の名残であります。

半蔵門線の水天宮前駅が開業したのは、1990(平成2)年11月28日(三越前駅から延長)のことであり、水天宮前駅と東京シティエアターミナルが動く歩道で結ばれていることや、搭乗手続きや出国審査が可能だったことから、成田空港から海外に行く時に便利な地下鉄として話題になっていました。

水天宮前駅が出来る前は、東京駅からバスまたは、人形町駅や茅場町駅から徒歩で行くことになっていたし。

東京駅と東京シティエアターミナルを結ぶバスは、2008(平成20)年9月11日をもって廃止されたけど、東京駅と東京シティエアターミナルのみでの利用が可能となっていました。

東京シティエアターミナルは、ロイヤルパークホテルと隣接されているので、水天宮前駅前の便利なホテルでもあります。

水天宮前駅の建設当時の仮称は、日本橋蛎殻町(かきがらちょう)にあることから蛎殻町となっていたけど、難しい字であることや、水天宮があることにより、水天宮前駅となったのであります。

日本橋(東京都中央区)の水天宮は、福岡県の久留米水天宮の分社であり、昨年4月8日に改築されていました。

改築工事中は、明治座近くにあった仮宮に移されていたし。

水天宮では、戌の日を中心に、安産祈願で定評があると言われています。

来月(8月)の戌の日は、3日,15日,27日であり、3日と15日が大安吉日と重なっているし。

明治座と言えば、2003(平成15)年5月から6月に掛けてモーニング娘。主演の江戸っ娘。忠臣蔵というミュージカルが行われていたけど、自分(しゃもじ)も行っていました。

こちらも自分(しゃもじ)のハロヲタ時代の思い出となってしまったし。

当時のしゃもじは、現在のようなしゃもじスタイルを披露する前の時代でありました。

明治座へは、都営新宿線の浜町駅からのほうが近いです。

半蔵門線が水天宮前から押上まで延長され、東武線と結ばれるようになったのは江戸っ娘。忠臣蔵が行われる前の2003年3月19日のことでありました。

人形町にある玉ひでは、親子丼発祥の地の老舗であり、行列が出来るほど美味しいと言われています。

親子丼は、その名の通り、鶏肉と鶏卵が使われている親子のようなイメージであるけど、明治20年頃に軍鶏(しゃも)鍋の残りの割下に卵をとじたことがその起こりであると言われているし。

それにご飯が加えられたことで親子丼となったのであります。

玉ひでの親子丼は、東京軍鶏の肉や卵が使われているので江戸の味そのものであり、東京都の多摩地域で飼育されていることから、地産地消で都産都消でもあります。

しゃもじと言えば軍鶏(しゃも)に似ている状態だけど、このことで、元ステーション♪でハイスピ(HIGHSPIRITS)のさやぽんこと葉月沙耶氏に、しゃもぽんと呼ばれていることを思い出しました。

ステーション♪から始まった自分(しゃもじ)の地下アイドルとの握手会やチェキ会参戦では、ハロプロ系とは違い、会話がゆっくりで、しゃもじやしゃもじさんetcと呼ばれることが当たり前となっているし。

この日の13107Fは、土休日12S運用に使われ、中目黒駅からの折り返しは、東武スカイツリーライン直通の北越谷行きとなっていました。

この時に、中目黒駅で、03系の03-136F(後期型のオール3ドア車)との並びで撮影することが出来ました。

13000系は、03系と同様に前面のグレーの帯が引き締まっていて良い感じであるし。

中目黒駅から発車する日比谷線で、0時台に発車する3本(0時01,14,28分発)は平日、土休日共にメトロ車による広尾行き(ローマ字表示はHiro-o)であり、六本木〜広尾間にある留置線で停泊することになります。

中目黒駅からの北千住方面(六本木→北千住間)の終電は、23時53分発の北越谷行き(土休日は23時48分発の竹ノ塚行き)で、どちらも東武車が使われているし。

平日の朝ラッシュ時には、北千住方面からの六本木行きが5本(うち東武線からの直通(北越谷発)2本)あり、六本木到着後留置線まで回送されます。

このように、7のつく日にメトロ13000系の13107Fに乗ることが出来て良かったです。

よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 15:05│コメント(0)大手私鉄 | 鉄道乗車記 |

2017年07月30日

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7月27日は、都電荒川線(東京さくらトラム)の高戸橋の撮影ポイント(面影橋〜学習院下間)で、8502号車による東京さくらトラムのラッピング電車を撮影することが出来ました。

こちらは、6月までさよなら7000形のラッピング電車となっていたけど、ラッピングはそのままに、さよなら7000形の文字が東京さくらトラムの文字に変わっています。

ヘッドマークのほうは、黄色い8907号車に取り付けられたものが流用されているし。

8907号車がヘッドマークなしとなっているのはその為であるし。

黄色い8907号車と8908号車がデビューしてから明後日(8月1日)で1年経つので早いもんだなと思いました。

都電8502号車は、1992(平成4)年5月に8503号車と共にアルナ工機(現、アルナ車両)で製造されてから25年経っています。

デビュー当初は前面が幕式で補助席もあったし。

8500形のうち、8501号車と8504号車のVVVFインバータ装置が未だ交換されていないけど、どちらも近いうちに交換される予定となっています。

現在アルナ車両の路面電車は、大阪府摂津市の阪急電鉄(親会社)の正雀工場の横で製造されているけど、以前は阪急や東武鉄道などの普通鉄道規格の車両と共に、兵庫県尼崎市で製造されていました。

7000形や7500形の更新の時には、尼崎から貨車で甲種輸送ならぬ乙種輸送が行われていたことで有名であるし。

8500形の場合は、尼崎から荒川車庫までトレーラーで直接輸送されていたけど、アルナ車両(摂津市)で製造された9000形、8800形、8900形にも受け継がれていました。

1992年のアルナ工機製ということで、東武の10030系や20050系と同期の車両であるけど、今年3月26日に北千住から東武動物公園まで乗った200系りょうもうの205Fも同期であります。

都電8501号車は、1990(平成2)年にアルナ工機で製造されたので、東武100系スペーシア(日光・鬼怒川特急)と同期であるし。

都電8502号車のラッピングが東京さくらトラムのラッピングに変わってからは撮影していない状態だったので、この機会に撮影することが出来て良かったです。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 09:54│コメント(0)都電  |

2017年07月29日

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6月24日は、所沢から池袋まで、西武鉄道の10000系の10105F(レッドアロークラシック)による特急むさし54号に乗りました。

土休日の特急むさし54号は、飯能駅を21時35分に発車し、入間市、所沢に停車してから池袋へとむかう列車であり、池袋 20時ちょうど発のむさし37号の後運用であります。

池袋からの折り返しは、22時30分発のむさし47号となっていました。

むさし47号は、金曜日には、秩父金よる旅の一環として西武秩父まで延長されるし。

池袋駅の特急専用ホームは、7番線の奥にあり、以前は乗車専用改札と降車専用改札に分かれていました。

降車専用改札があった頃は、強制的に改札外に出されていたので、正面を撮影することが不可能だったけど、現在は可能となっているし。

2014(平成26)年7月19日に自分(しゃもじ)が所沢→池袋間でレッドアロークラシックに初めて乗った時には、池袋駅に降車専用改札があった時代だったので、所沢駅で正面を撮影していました。

所沢から池袋までは、ノンストップであり、複々線区間を中心に飛ばしていたけど、M車の3号車の12Aに当たっていた為に、101系から流用された足回りの音を堪能することが出来ました。

自動放送のチャイムは、小田急電鉄のロマンスカーの30000形EXE(EXEα)や60000形MSEと同じであります。

西武10000系は、1993(平成5)年12月6日に、10101,10102Fの2編成が西武新宿線の特急小江戸号(西武秩父〜本川越間)でデビューし、1994(平成6)年と1995(平成7)年に5000系初代レッドアローの置き換え用として3編成ずつ、1996(平成8)年には、新宿線の特急小江戸号の増発により3編成導入されていました。

これらの編成は、101系、5000系、3代目501系(701系の先頭車を電装化させた2両編成だった車両)の足回り品が流用されているので、東武鉄道の200系りょうもうで、1720系デラックスロマンスカー(DRC、かつての日光・鬼怒川特急)の足回り品が流用されていることに似通った点があります。

2003(平成15)年には、10112Fが増発用として導入されていたけど、こちらは唯一のVVVFインバータ、LED表示などで異彩を放っています。

こちらは、東武鉄道の250系(200系250番台)に酷似した点があるし。

10112Fは、導入当初は西武秩父線に乗り入れることが不可能で、新宿線専用として扱われていたけど、2007(平成19)年12月に西武秩父線の変電所の改良に伴う回生ブレーキ車の乗り入れ解禁により、池袋線にも使えるようになっています。

10000系で足回り品流用車で製造されていたのは、その為であったし。

10105Fは、1994年に5000系のトップナンバーだった5501F(そのうちの3両が16010形として富山地方鉄道(富山県)に譲渡されている)の置き換え用として導入され、2011(平成23)年11月27日には、5000系初代レッドアローがイメージされた塗装(アイボリーに赤帯)となり、レッドアロークラシックとして親しまれるようになっています。

前面の銀色の飾り帯も再現されているので、まさにレッドアロークラシックと言った感じであり、10000系に似合っているんだな!と思いました。

こちらは小田急電鉄の7000形LSE(ロマンスカー)で旧塗装が復元されたことに準じており、リバイバルカラーを見る度に似合っていることを実感してしまうのであります。

レッドアロークラシックが西武鉄道による秩父のCM(現在はちちんぶいぶい秩父バージョン)の最初と最後に出てきていることは、小田急ロマンスカーのCMで、50000形VSEが出てくることと同様であり、レッドアロークラシックが秩父へのフラッグシップ編成として扱われていることが分かります。

特急レッドアロー号が入間市駅にも停車するようになったのは、1993年12月6日のことであり、入間市通過のちちぶ号はおくちちぶ号と呼ばれていました。

おくちちぶ号は、1993年12月5日までの休日に、5000系により西武新宿〜西武秩父間で運転されていた列車に使われていた愛称名であり、その前の所沢発西武新宿行きと西武新宿発本川越行きは、小江戸号ではなく、むさし号でありました。

むさし号は、武蔵の国が由来となっているので、小田急ロマンスカーのさがみ号(相模の国が由来)に準じています。

むさし号は、所沢発着もあったけど、現在は朝と夕方以降の池袋〜飯能間に統一されているし。

10000系は、12編成全てが日立製作所で製造されていたので、5000系の初期の3編成の流れが組まれています。

今年4月6日に豊洲から所沢まで40101FによるS-TRAIN101号に乗った後に、10000系と比較乗車をするはずだったけど、40102Fによるロングシートモードでの一般運用での乗車を優先させていたので、見送っていました。

その時にレッドアロークラシックを見たので、自分(しゃもじ)がS-TRAINに乗った時にレッドアロークラシックと出会うという法則通りとなっていました。

6月24日に元町・中華街から所沢まで、S-TRAIN5号に乗った後、10000系による特急と比較乗車しようとした時に、例の運用目撃サイトでむさし37号→54号にレッドアロークラシックが使われていたことが判明していたので、西武秩父から来た所沢 21時12分発のちちぶ52号(10103Fによるプラチナエクスプレス秩父Ver)を見送り、レッドアロークラシックによるむさし54号で池袋へと向かったのであります。

所沢からだとはゆえ、ちちぶ号よりも飯能からのむさし号のほうが比較的空いているのでそのはずであるし。

7月25日に、平日のS-TRAINの逆方向の試乗により、所沢から豊洲まで、40102FによるS-TRAIN106号に乗った時に、石神井公園駅で、レッドアロークラシック(西武秩父発池袋行きの特急ちちぶ40号)に追い抜かれていたので、その法則が当たっていたし。

2019年春には、新型特急が8両7編成56両導入される予定で、そのデザイン等が発表されていたけど、どうなるのか気になります。

6月3日に、所沢から武蔵丘車両検修場まで、30000系の30104Fによる立川真司氏のパフォーマンス列車に乗った時に、小手指車両基地の横を通過中にレッドアロークラシックとすれ違ったけど、その時に立川真司氏から、クラシック乗りたい人拍手して下さい!と言われたので、その縁で乗れたと思っています。

レッドアロークラシックと言っても内装は従来の10000系と変わらないし。

レッドアロークラシックはいつ見てもよいなと思っています。

このように、話の種により、西武10000系の10105F(レッドアロークラシック)に乗ることが出来て良かったです。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 11:19│コメント(0)大手私鉄 | 鉄道乗車記 |

2017年07月28日

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続いては、7月9日に、地下鉄日比谷線の中目黒駅で撮影した、東武鉄道70000系(3代目の地下鉄日比谷線乗り入れ用の新型車両)の71701Fによる折り返しの南栗橋行きです。

こちらは土休日29T運用のうちの中目黒 21時21分発の列車であり、この日最後の日比谷線(中目黒駅)からの南栗橋行きとなっています。

平日の場合は、中目黒 19時53分発の南栗橋行き(31T運用)が最後の日比谷線からの南栗橋行きとなるし。

東京メトロ13000系や東武70000系の行先表示には、銀座線の1000系と同様の駅ナンバリングの表示もあり、南栗橋行きの場合は、東武日光線の一部ということで、TN03と表示されています。

東武日光線では、4月21日から特急を除いて南栗橋で系統分割されていたので、東武動物公園〜南栗橋間が東武スカイツリーラインの延長部分と言ってもよい状態となっているし。

この列車は、北千住より先の東武線区間で、100系スペーシアによるけごん255号(新栃木行き)と200系によるりょうもう53号(館林行き)に追い抜かれることになります。

東武70000系の丸みを帯びたデザインと、赤色と黒の帯との組み合わせが最高なので、見て楽しい列車でもあることが分かります。

中目黒駅は、1927(昭和2)年8月28日に東急電鉄の前身である東京横浜電鉄によって、渋谷〜丸子多摩川(現、多摩川)間が開業した時に出来た駅であり、開業当初は2面2線の高架駅となっていました。

1964(昭和39)年7月22日には日比谷線の恵比寿〜中目黒間の開業と共に現在の2面4線の駅に改良され、当初から折返線が3線設けられています。

日比谷線の霞ケ関〜恵比寿間は、1964年3月25日に先行開業した区間であり、当時千住検車区と繋がっていなかった為に、広尾駅にある留置線(3編成留置可能)が暫定的な車両基地として使われていました。

現在も広尾行きの列車があるのはその為であるし。

1964年8月29日には、東銀座〜霞ケ関間の開業と共に全線が繋がり、東急東横線との直通運転が行われるようになっていました。

東急東横線の急行の中目黒駅停車や東武の車両が中目黒駅にやってきたのは、日比谷線の全線開業の時のことであったし。

広尾駅ということで、民営化直前の1987(昭和62)年2月2日に廃止された国鉄広尾線(北海道の帯広駅と広尾駅を結んでいた路線)の終着駅だった広尾駅を思い出します。

北海道の広尾駅は、最長片道切符の起終点であったことでも有名であり、1978(昭和53)年に、時刻表2万キロ(国鉄全線完乗)で有名な鉄道紀行作家であった、故・宮脇俊三氏によって行われた最長片道切符の旅の始発駅となっていました。

故・宮脇俊三氏による最長片道切符の旅は、1978(昭和53)年10月から12月に掛けて、北海道の広尾駅から鹿児島県の枕崎駅(指宿枕崎線)へと向かっていた旅であり、翌年の1979(昭和54)年に新潮社から刊行されていました。

広尾線は、JR北海道に継承されずに廃止されてしまったけど、その途中にある幸福駅跡は現在でも観光地として生かされています。

2004(平成16)年5月6日から6月23日まで、鉄道の旅が趣味であるタレント・俳優の関口知宏氏によって行われ、NHK BShiで生中継されていた「列島縦断 鉄道12000キロの旅〜最長片道切符でゆく42日〜」は、北海道の稚内駅(日本最北端の駅)から九州(佐賀県)の肥前山口駅(長崎本線と佐世保線の分岐駅)までの間で、関口知宏氏が一筆書きで同じ駅を2度通らずに旅をしていたことで有名であり、最長片道切符の旅がより世間に広まっていました。

肥前山口駅前(北口)には、その記念碑があります。

こちらは鉄道に乗るだけでなく、現地の様子も紹介されていたし。

翌年の2005(平成17)年には、続編として、列島縦断 鉄道乗りつくしの旅〜JR20000Km全線走破〜が関口知宏氏によって行われ、春編は枕崎駅から福井県の九頭竜湖駅(越美北線(九頭竜線))へ、秋編は九頭竜湖駅から北海道の根室駅(根室本線(花咲線))へと向かっていたことで、関口知宏氏にとってのJR全線制覇が実現していました。

自分(しゃもじ)はこの日に日比谷線の広尾駅を通ったので、広尾駅繋がりでこのことを話題にしたのであります。

現在広尾駅はここだけであるし。

日比谷線が全線開業した後の1964年10月10日には、東京オリンピック1964が開幕していたので、オリンピック輸送を支えた地下鉄と言われていました。

当時日比谷線で活躍していた3000系は、一部が長野電鉄(長野県)に譲渡され、1998(平成10)年に行われていた長野オリンピック輸送で活躍していたので、2回オリンピック輸送を支えたことになったし。

長野電鉄を追われ、綾瀬検車区で保存されている3001Fも東京と長野のオリンピック輸送で活躍していたことが分かります。

2020年の東京オリンピックの時には、13000系または東武70000系に統一され、霞ケ関〜神谷町間に出来る新駅を通じてオリンピック輸送が行われることになるし。

秋葉原駅の発車メロディーは、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」が使われているけど、日比谷線の銀座駅では、「銀座の恋の物語」が使われています。

銀座線では、「銀座カンカン娘」が、丸ノ内線では「明日の扉」と「小鳥の行進」が使われているので、銀座駅では全て発車メロディーが使われていることになります。

中目黒駅では、20050系(5ドア連結)の21851Fとの並びも撮影することが出来ました。

中目黒駅に乗り入れてくる東武の電車は、日比谷線直通列車だけだったけど、2013(平成25)年3月16日からは東上線の車両(9000系列または50070系)も加わっています。

西武の車両と日比谷線の車両が顔を合わせる駅は中目黒駅だけであるし。

今年の東武鉄道は、4月21日の500系リバティ、7月7日の70000系のデビュー、7月22日の東武ワールドスクウェア駅の開業、8月10日のSL大樹号の運転開始予定などで話題が続いているけど、今年11月1日には創業120周年を迎えることになります。

このように、話題の東武70000系を中目黒駅でも撮影することが出来て良かったです。


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2017年07月27日

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7月9日は、北千住から中目黒まで、東武鉄道70000系(3代目の地下鉄日比谷線乗り入れ用の新型車両)の71701Fに乗りました。

東武70000系は、7に因んで、7のつく日である今年7月7日の北越谷 10時04分発の中目黒行き(平日21T運用)から営業運転入りし、当日は出発式が行われていました。

70000系で7両編成であり、北千住・南栗橋寄りの先頭車(1号車に当たる車両)が77701号車と、ラッキーセブンということにも関係していることが分かります。

今回乗った7月9日(営業運転開始3日目)は、土休日の29T運用に入っていたので、北千住 20時26分発の中目黒行きで中目黒へと向かったのであります。

こちらは、東武スカイツリーライン(伊勢崎線)の北越谷から来た列車で、北千住駅の7番線(東武線からの日比谷線ホーム)に5分停車していたので、北千住駅でも撮影することが出来たのであります。

70000系が営業運転で初めて発着していた北千住駅のホームも7番線であり、自分(しゃもじ)も北千住駅の7番線から初めて東武70000系に乗り込んだことになりました。

この日は、秋葉原のオオカゼ寫眞館で行われたステーション♪といたずらマイクのツーマンライブに行っていたので、秋葉原から乗っても良かったけど、北千住から乗りたいということで、秋葉原から北千住まで、東京メトロ03系の03-138Fで移動し、北千住から中目黒まで、東武71701Fに乗ることが出来たのであります。

日比谷線の1号車(北千住、南栗橋寄りの先頭車)は、平日の朝ラッシュ時の中目黒方面行き列車(北千住駅に7時30分〜9時に到着する列車)で、東武スカイツリーラインの東武動物公園→北千住間を含めて女性専用車となるので、77701号車を含めて女性専用車のステッカーが付いています。

同じ北千住駅発着の地下鉄千代田線の女性専用車(こちらも平日の朝ラッシュ時のみ設定)は、代々木上原寄りと逆になるし。

東京の7チャンネルのテレビ局であるテレビ東京(テレ東、TX系)は、昨年8月に神谷町駅付近から東京メトロ南北線の六本木一丁目駅付近に移転され、これまでの本社(12チャンネル時代から親しまれていた場所)が神谷町スタジオとなっていました。

テレビ東京の新本社は、六本木駅や神谷町駅からも徒歩で行くことも出来るし。

7ということでこのことも話題にしました。

東武70000系の71701Fは、2月25日から26日に掛けて近畿車輛のある徳庵駅(大阪府東大阪市)から熊谷貨物ターミナルまで甲種輸送され、翌日の2月27日には、南栗橋車両管区(南栗橋工場)に送り込まれていました。

当初は6月の営業運転開始予定と言われていたけど、6月17日に池袋の東武百貨店で行われた鉄道フェスタでの東武博物館の名誉館長である花上嘉成氏によるトークショーで、7に因んだ日にデビューすると仰っていたことにより判明していたのであります。

こちらは正確な情報だったので助かっているし。

昨年度の導入本数は3編成で、71702Fが11日に営業運転開始されて早々ドア故障を起こした為に運用離脱されており、7月21日には71703Fが営業運転入りしていました。

今年度には7編成導入される予定となっているし。

六本木には、六本木ヒルズにテレビ朝日(5チャンネル)の本社があるので、六本木に2つのテレビ局があることが分かります。

六本木ヒルズもちょうど日比谷線の沿線であるし。

東京メトロ13000系の13107Fも、71701Fと同じ7月7日に営業運転入りしていたので、7への拘りがあると思います。

東京メトロでは、7月25日に13000系の13108Fが営業運転入りし、入れ替わりに03系の03-118F(5ドアのチョッパ車)が廃車となり、北館林まで自力で廃車回送されていました。

これまで、03系の113〜121Fの9編成が廃車となっているので、5ドアのチョッパ車が優先的に置き換えられていることが分かります。

東武20000系で廃車となった車両は、運用離脱されていた21809Fの5両と21813Fの3両であり、北館林で解体されていました。

他の20000系列の今後の動向が気になります。

東京メトロ13000系と東武70000系は、近畿車輛製の兄弟車両と言われており、正面スタイルや内装の面などで違いがあります。

ドアエンジンは、メトロ13000系が空気式、東武70000系が電気式となっており、違いを比べることも出来るし。

13000系はラインカラーに合わせて帯や座席がグレー系であり、前面スタイルもシルバーとグレーが際立っています。

東武70000系の帯の色は赤色と黒であり、13000系よりも丸みを帯びた前面スタイルがお気に入りの点であります。

座席は茶系となっているし。

このことは、東武流にアレンジされた点であり、千代田線に乗り入れているJR東日本のE233系2000番台と小田急電鉄の2代目4000形の関係に準じています。

小田急4000形は、E233系ベースで前面スタイルや内装が小田急流にアレンジされているし。

日比谷線では、2013(平成25)年3月15日まで東急東横線との直通運転が行われていたことで有名であり、東急1000系が北千住まで乗り入れていました。

2013年3月16日の副都心線との直通運転開始と入れ替わりに東横線と日比谷線との直通運転が廃止されたことにより、東京メトロと東武鉄道の車両に纏められていたことで、20mの7両編成への置き換えを期に、車両の共通設計化が実現していたのであります。

東急電鉄の車両は、全て東急車輛製造→総合車両製作所横浜事業所製で、2代目5000系からJR東日本の通勤型車両がベースとなっているので、未だ東急の車両が日比谷線に乗り入れていたら仕様が揃わなくなっていたところでした。

東急大井町線の急行(2代目6000系が使われ、一部田園都市線にも乗り入れている)では、今年度中に7両化されるので、日比谷線直通で果たせなかった東急車の20m7両編成が実現することになるし。

日比谷線の北千住駅は、東武鉄道による管理で、1996(平成8)年7月23日に、日比谷線及び日比谷線からの下り普通列車の乗り場が1階部分の内側から3階部分に移設されていました。

こちらは北千住駅の混雑緩和に伴うものであり、これまでの日比谷線乗り場が浅草方面乗り場に転用されているし。

かつて日比谷線で3000系、東武2000系、東急初代7000系が活躍していた頃の北千住駅は、地上1階発着の時代でありました。

今日(7月27日)は、7の付く日で、70000系が営業運転入りしてから20日経った日でもあるので、この記事を書く日に拘ったのであります。

この日はステーション♪の現在の1推しであるうぶちゃんこと桜田初姫氏(2004(平成16)年生まれ)の13回目の誕生日であるし。

東武70000系に初めて乗った7月9日は、ステーション♪のまーりんこと土屋真凛氏の15回目の誕生日でもありました。

北千住駅が足立区にあるということで、ステーション♪のみはねんこと足立未羽氏を思い出しました。

足立未羽氏は、2004年3月25日生まれであり、その誕生日である今年3月25日は、西武40000系のS-TRAINのデビュー記念日に加え、メトロ13000系が本格的な営業運転に入った日でもあるし。

ステーション♪の2代目あいりんこと北川愛莉氏は、2004年3月28日生まれで、誕生日が自分(しゃもじ)と同じであります。

3月28日は、1961(昭和36)年に南千住〜仲御徒町間で開業した記念日でもあるし。

このように、北千住から中目黒まで、東武70000系に初めて乗ることが出来て良かったです。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 14:33│コメント(0)大手私鉄 | 鉄道乗車記 |
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