2017年11月

2017年11月30日

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こちらは、11月23日に、東京駅の新幹線ホームの21番線で撮影した、E5系(はやぶさ型車両)の最新増備車であるU37編成+E6系(こまち型車両)のZ18編成による回送列車で、新青森発のはやぶさ58号の折返しだと思われます。

はやぶさ58号は、仙台 15時57分発東京行き(途中、大宮、上野駅に停車)の仙台はやぶさであり、時期によって新青森発となる場合があります。

E6系が連結されているはやぶさ号でもあり、はやぶさ58号が臨時に新青森始発となった場合は、E6系(秋田始発のこまち58号となる場合あり)が盛岡から増結されることになります。

この日は、新青森始発(仙台までは、途中、七戸十和田、八戸、二戸、盛岡駅に停車)となっていたので、E6系もはやぶさ58号という違和感のある状態でありました。

E6系によるはやぶさ号は、E3系によるはやて号が運転されていた時と同様に違和感があるし。

E6系によるはやぶさ号(E5系と併結)は、はやぶさ51,101,105,58,102,108号が該当するけど、101,105,102,108号に関しては、東京〜盛岡間の運転(盛岡はやぶさ、仙台〜盛岡間各駅に停車)となります。

仙台〜盛岡間各駅に停車のはやぶさ号でも、E2系による盛岡発着のはやて号(盛岡はやて)と同様に、全車指定席(全席指定)となるので、仙台〜盛岡間で自由席に乗るなら、盛岡発着のやまびこ号(盛岡やまびこ)に乗ることになるし。

E657系による常磐線特急(ひたち、ときわ号)がスワローサービスにより全席指定化されたように、JR東日本が自由席よりも指定席重視の会社となっていることが分かります。

中央線特急で、12月23日にデビュー予定のE353系に統一された暁には、常磐線特急のように全席指定化されることが予想されているし。

2002(平成14)年12月1日に、東北新幹線が八戸まで延長され、はやて号(速達やまびこ号から変更)とこまち号が全席指定化されていた時から指定席重視の方針が打ち出されていました。

あれから明日(12月1日)で15年経つので、早いもんだなと思いました。

自分(しゃもじ)は、八戸〜新青森間には未だ乗ったことがない状態であるけど、北海道新幹線と同様に、乗れる機会がないのが残念であります。

今から15年前の今日(11月30日)は、上野駅で寝台特急はくつる号(上野〜青森間を東北本線経由で結んでいた列車)の最後を見届けていました。

上野と青森を結ぶ寝台特急は、羽越本線、奥羽本線経由のあけぼの号もあったけど、2014(平成26)年3月15日に臨時列車に格下げされ、翌年の2015(平成27)年1月4日の上野発をもって完全に廃止されていたので思い出となってしまいました。

E5系のU37編成は、今年9月に川崎重工業(Kawasaki)で製造された編成であり、これが導入されたことによって、E2系のJ74編成が上越新幹線に回され、玉突きでE4系MaxのP4編成が置き換えられていました。

こちらは、10月21日に新幹線総合車両センター(宮城県宮城郡利府町)で行われていた、新幹線車両基地まつり2017で、E2系のJ70編成、E4系MaxのP7編成と共に展示されていたし。

E2系のうち、J70番台の6編成は、2010(平成22)年12月4日の新青森開業に伴う増備車として導入された車両であり、フルカラー式の大型の側面案内表示の採用、座席へのコンセントの取付け等により変化しています。

当時新青森開業用の増備車がE5系ではなくE2系となった理由は、E5系の営業運転開始前で試運転ね段階であったからであるし。

新青森開業の時はE2系によるはやて号が当たり前となっていたけど、翌年の2011(平成23)年3月5日からは、E5系によるはやぶさ号に順次置き換えられ、2013(平成25)年3月16日には、新青森駅に乗り入れる定期列車がE5系によるはやぶさ号に統一されていました。

現在でもE2系が臨時はやて号として新青森に乗り入れてくることもあります。

E2系で最も若いJ70番台の編成のうち、J71,74,75編成が新潟新幹線車両センター(上越新幹線)に回されていたけど、他のJ70番台の編成も上越新幹線に回されると思われます。

現在廃車が進められている初期型E2系(0番台)のJ8,11〜15編成(8両編成並びに長野新幹線に乗り入れていた時の面影のある編成)も新潟新幹線車両センター(上越新幹線)所属であり、こちらもE4系Maxと同様に撮影しておく必要があります。

E5系やH5系は、在来線との共用区間である青函トンネルでの下り勾配対策により、抑速ブレーキが取り付けられている状態であり、E5系のU29編成以降とH5系は新製時から、U28編成以前は後から追加で取り付けられています。

E5系はやぶさ号の最高速度は、2011年3月5日当時は山陽新幹線(新大阪〜博多間)と同様の300Km/hであったけど、2013年3月16日には、はやぶさ号の単独列車の一部で320Km/hに引き上げられていました。

翌年の2014年3月15日には、E6系こまち号を含めた全てのはやぶさ号が320Km/h運転となったことで現在に至っています。

1987(昭和62)年4月1日に国鉄からJR東日本となった当時は、200系による240Km/hが最高だったけど、現在はそれよりも80Km/h速い320Km/h運転となったことで時代の流れを感じています。

東北新幹線で240Km/h運転が行われるようになったのは、1985(昭和60)年3月14日の上野までの開業の時からであるけど、上越新幹線での240Km/h運転開始は、JRグループ初のダイヤ改正であった1988(昭和63)年3月13日(青函トンネルの開業日と同じ日)のことであります。

それ以前は、初期の頃の東海道・山陽新幹線と同様に210Km/h運転となっていたし。

1999(平成11)年4月まで活躍していた200系のG編成(8両編成)は、240Km/h対応に改造されていなかった為に210Km/hのままとなっていました。

E5系は、2012(平成24)年に、東北・上越新幹線系統の車両として初めてのブルーリボン賞受賞車であり、それが北陸新幹線用で、上越新幹線にも導入される予定のE7系にも受け継がれています。

E5系のクリーム色系の内装もお気にいりのポイントであり、北海道へと向かう列車にも適していると思います。

このように、東京駅の新幹線ホームで、E5系のU37編成を良い感じで撮影することが出来て良かったです。

よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 16:30│コメント(0)JR  |

2017年11月29日

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こちらは、11月23日に、東京駅の新幹線ホームで撮影した、JR北海道のH5系(E5系のJR北海道バージョン)のH4編成によるはやぶさ29号(新函館北斗行き)で、盛岡まで、JR東日本のE6系のZ4編成によるこまち29号(秋田新幹線の秋田行き)と連結されていました。

はやぶさ29号は、東京駅の22番線を17時20分に発車し、途中、上野、大宮、仙台、盛岡、いわて沼宮内、二戸、八戸、七戸十和田、新青森、奥津軽いまべつ、木古内に停車してから新函館北斗へと向かう列車であり、H5系所定列車で唯一の東京発新函館北斗行きであり、新函館北斗 12時44分発のはやぶさ22号(盛岡からは、秋田から来たこまち22号と併結)の折返しでもあります。

H5系は、1日目 新函館北斗→(はやぶさ10号)→東京→(はやぶさ17号)→新青森→(はやぶさ32号)→東京→(やまびこ223号)→仙台(停泊)

2日目 仙台→(はやぶさ95号)→新函館北斗→(はやぶさ22号)→東京→(はやぶさ29号)→新函館北斗であり、このはやぶさ29号が2日間の運用のラストを飾ることになります。

H1編成からH4編成までの4編成あり、2編成運用2編成予備となっているので、臨時列車にも使われる可能性があるし。

これらの列車では、希にE5系での代走が行われることもあるので、注意が必要であります。

このことは、北陸新幹線でのE7系とW7系(E7系のJR西日本バージョン)でも言えることであり、W7系所定運用でもE7系による代走が行われることもあるし。

H5系の内装は、乗った時から北海道を連想させるものとなっているのに、通常時に東京から新函館北斗まで直通するH5系の下りはやぶさ号が、はやぶさ29号しかないのが残念であります。

E5系のほうは、それに準じた落ち着いた感じの内装なので、問題はないと思います。

普段新青森発着となっているはやぶさ7号と28号(E5系で運転)は、年末年始(12月29日から31日までと1月2日から8日)と2月10日と12日は、臨時列車として新函館北斗まで延長されることになります。

臨時はやぶさ号の運転に合わせ、新函館北斗〜函館間の臨時はこだてライナー(快速)も運転されるし。

はやぶさ29号ももちろん、新函館北斗駅で、函館行きのはこだてライナーに接続しています。

新函館北斗駅は、昨年3月26日の北海道新幹線の開業まで、渡島大野駅と呼ばれていた駅であり、かつての新青森駅と同様に、駅周辺には何もありませんでした。

新幹線が出来てからは、駅周辺の開発が進められるようになっています。

函館と札幌を結ぶ高速バスである高速はこだて号(北海道中央バス、道南バス、北都交通による運行)と、函館特急ニュースター号(北海道バス(東京バスグループのバス会社)による運行)も、夜行便を含めて新函館北斗駅前に止まるようになっているけど、5時35分〜23時50分の間しか新函館北斗駅の駅舎に入ることが出来ず、夜行便の場合は、時間外に屋外で待つことになるので、注意が必要であります。

これらの夜行バスは、青森〜札幌間で運転されていた夜行急行はまなす号の代わりになっているけど、2002(平成14)年まで函館〜札幌間で夜行の臨時快速ミッドナイト号が運転されていたことを思い出しました。

快速ミッドナイト号は、56系気動車(キハ58系の北海道バージョン)で運転されていた列車であり、2000(平成12)年から廃止されるまでキハ183系で運転されていたけど、18きっぷでも乗れる夜行列車として重宝されていました。

18きっぷで北海道新幹線に乗るなら、北海道新幹線オプション券(2300円)が必要であり、奥津軽いまべつ〜木古内間に限り、普通車の立席(空席がある場合は空いている座席)を使うことになります。

道南いさりび鉄道線(木古内〜五稜郭間)では、通過利用のみ有効となるし。

北海道&東日本パスで北海道新幹線に乗る場合は、新青森〜新函館北斗間に限り、特定特急券をプラスすれば、普通車(立席または空席利用)に乗ることが出来ます。

奥羽本線の新青森〜青森間と、石勝線の新夕張〜新得間(特急列車しか走らない区間)では、18きっぷ、北海道&東日本パス共に普通車自由席に限り、特例で特急列車に乗ることが出来るので、乗り得列車に乗ったような得した気分を味わうことが出来るし。

この日は、29日なので、はやぶさ29号を話題にしました。

11月29日は、いい肉の日なので、北海道の十勝地方が有名な肉の産地であることを思い出しました。

北海道の十勝地方の十勝牛や十勝豚丼が有名だけど、十勝の雄大な大自然の中で育てられた良質な肉と言われています。

東北の有名な食肉は、岩手県奥州市前沢区の前沢牛や宮城県の仙台牛、仙台黒毛和牛、山形県の米沢牛、秋田県の美味豚や比内地鶏などが挙げられているし。

新青森駅は、国鉄最後のダイヤ改正である1986(昭和61)年11月1日に奥羽本線の駅として開業した駅であり、当時は1面1線の無人駅でありました。

2010(平成22)年12月4日には、東北新幹線の新青森延長(全線開業)と共に新幹線が乗り入れる駅に昇格し、駅周辺の開発が進められるようになったので、新幹線開業前と比較して、想像出来ないほど変化しています。

このように、東京駅でH5系を良い感じで撮影することが出来て良かったです。

よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 17:13│コメント(0)JR  |

2017年11月28日

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続いては、11月25日に京王れーるランドで撮影した、2010系のデハ2015号車で、高尾線開業記念の復刻装飾電車である先代5000系のクハ5723号車との並びでも撮影することも出来ました。

このような組み合わせは、1967(昭和42)年10月1日の京王高尾線(北野〜高尾山口間)の開業の時に実際に見られていたものであり、当時は初代5000系が優等列車中心、緑色の2000系列(京王グリーン車)が各駅停車で活躍していました。

1963(昭和38)年8月4日から1996(平成8)年12月1日まで活躍していた初代5000系は、高尾線開業の時にフラッグシップ車両としてアピールされていたので、現在の京王新5000系にも言えることであります。

京王2010系は、1959(昭和34)年に、2000系の改良バージョンとして導入された車両であり、そのうちのデハ2015号車は、1961(昭和36)年に日立製作所(HITACHI)で製造されていました。

京王帝都電鉄(現、京王電鉄)の日立製作所製(車両自体)の車両の導入は、1974(昭和49)年製の6712Fのデハ6012号車まで行われていました。

1975(昭和50)年以降京王の車両の製造は、乗り入れ先の都営新宿線の本八幡駅(京成八幡駅)で接続する京成電鉄の車両と同様に、日本車輌製造と東急車輛製造→総合車両製作所横浜事業所の2社で行われるようになっています。

ウィンク顔で有名だった京王6000系の先頭車は、全て東急車輛製造、現在都営新宿線に乗り入れている9000系の30番台(10両固定編成)は、全て日本車輌製造で製造されていたけど、新5000系に関しては、全て総合車両製作所横浜事業所で製造される予定となっています。

井の頭線の1000系の後期型である20番台は、2011(平成23)年11月まで活躍していた3000系と同様に、全て東急車輛製造で製造されていました。

東急電鉄の車両は、東急車輛製造→総合車両製作所横浜事業所製が当たり前となっているけど、普通鋼製の時代には、川崎造船所→川崎車輛(現、川崎重工業)、日本車輌製造、日立製作所でも取引が行われていました。

京成電鉄でも、1973(昭和54)年に導入された3500形の3576Fまで川崎重工業との取引が行われていたし。

京王2010系は、1984(昭和59)年11月の引退の時まで先頭に立っていた編成であり、引退後には、京王資料館に移されるまで、若葉台検車区で保存されていました。

1996年12月1日に若葉台検車区で行われた初代5000系の撮影会に行った時に、2015号車が多摩動物公園の表示で静態保存されていたことを覚えています。

井の頭線から緑色の電車である初代1000系列(2000系列の井の頭線バージョン)が引退したのは、奇しくも同じ1984年のことでありました。

京王れーるランドの2015号車は、初代5000系と同様の絵入りの行先表示であり、状況に応じて変えられているけど、この日は、若葉台検車区で静態保存されていた頃と同様に、多摩動物公園のライオンがイメージされた多摩動物公園の表示となっていました。

このことは、1991(平成3)年3月まで活躍していた京成の初代3000形(3000系列)で使われていた、めくり式の行先表示で、様々な模様があったことに似ています。

めくり式の行先表示は、宗吾車両基地(宗吾参道)にある車両展示場で、初代3000形の3004号車や、同じくめくり式の行先表示が使われていた200形の204号車(青電、晩年新京成電鉄で活躍していた車両)と共に静態保存されているので、めくり式の行先表示の歴史を語り継ぐことが出来ます。

銚子電気鉄道(銚子電鉄、千葉県)で活躍している2000形は、京王時代に2010系のデハ2070+サハ2575号車とデハ2069+サハ2576号車(いずれも1962(昭和37)年製)として活躍していた車両であり、伊予鉄道鉄道線(愛媛県)の800系を経て、銚子電鉄入りしていたので、関東から四国に渡り、関東に戻ってきた車両でもあります。

サハのほうは、伊予鉄道時代に先頭車改造されて700系(京王の初代5000系)もどきの顔付きとなっているし。

伊予鉄道で700系の713F(元をただせば京王初代5000系のデハ5103+クハ5854号車)として活躍していた澪つくし塗装の3000形(デハ3001+クハ3501号車)も、同じことが言えます。

銚子電鉄2000形のうち、2001Fは、京王時代の緑色となっているので、京王れーるランドの2015号車を見ているだけで、銚子電鉄を思い出します。

京王れーるランドでの初代5000系と2010系の並びも、銚子電鉄を連想させる組み合わせであるけど、以前伊予鉄道でも実際に見られていました。

銚子電鉄と言えば、今年1月2日に2000形の2001Fに乗りに行ったことを思い出します。

一昨年の2015(平成27)年は、2015に因んで、年頭に2015号車の運転台が公開されていました。

その年の9月25日には、京王線で準特急革命であった大規模な改正が行われていたので、2015号車との縁もあると思っています。

来年春は新5000系によるライナーが登場するので更なる進化となるし。

5723号車の復刻祝賀電車は、スカートの部分を含めて京王れーるランドのスタッフによる手作りだけど、良く出来ているなと思いました。

この復刻祝賀電車は、今日(11月28日)までなので、11月25日に行ったのであります。

このように、京王れーるランドで、2015号車と5723号車を撮影し、話題にすることが出来て良かったです。





















よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 14:41│コメント(0)大手私鉄 | 鉄道の博物館 |

2017年11月27日

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一昨日(11月25日)は、京王れーるランドに行き、高尾線開業50周年記念の装飾が復元された初代5000系のクハ5723号車を撮影しました。

こちらは、今年10月1日に、京王高尾線(北野〜高尾山口間)が開業50周年を迎えたことにより、今から50年前の高尾線の開業の時に実際に初代5000系に施された装飾であり、京王れーるランドだからこそ出来た装飾の復元でありました。

15時以降にヘッドライトの点灯が行われていたことも大サービスであり、ムード満点で撮影する喜びがあったので、京王電鉄並びに京王れーるランドに感謝しています。

京王れーるランドにある5723号車は、1969(昭和44)年に東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)で製造された車両なので、実際に装飾が施された編成と異なっています。

当時の初代5000系は、非冷房車の時代であったし。

5723号車は、1996(平成8)年12月1日にさよなら運転を迎える前は、5722Fとペアが組まれた4+4編成で最後を迎えていたけど、動物園線(高幡不動〜多摩動物公園間)がメインとなっていました。

これらの編成は、8両のうちの6両が、先に運用離脱されていた5721+5771号車(5721Fの先頭車)と共に「ことでん」こと高松琴平電気鉄道琴平線(香川県)に譲渡されたけど、ことでんに譲渡されなかった2両(5723Fの先頭車)のうちの1両が、歴史的価値のある車両として、2410形2410号車と、2010系2015号車と共に、八王子市堀之内にある京王資料館で静態保存され、京王線開業100周年を迎えた2013(平成25)年10月10日の新生京王れーるランド(多摩動物公園駅前)の開館と共に、その車両展示場に移されて現在に至っています。

2410号車に関しては、多摩動物公園駅前で静態保存されていた車両だったので、元の場所に戻されたことになったし。

自分(しゃもじ)が初めて京王れーるランドに行ったのは、2013年11月19日のことでありました。

京王れーるランドでは、京王初代5000系の引退から21年目を迎えることにより、12月1日から4日までの間、初代5000系の5723号車、3000系(井の頭線)の3719号車、6000系の6438号車にそれぞれの惜別ヘッドマークが取り付けられる予定となっています。

15時以降には、初代5000系のヘッドライトの点灯も行われるし。

12月11日から15日までの間、7000系の前頭部の模型から、新5000系の前面部(実物)への入れ換え作業が行われ、それに伴う臨時休館日となります。

この期間中の「私鉄10社スタンプラリー」のオリジナル電車カード(京王電鉄)への引き換えは、11,12,14,15日に行われることになるけど、13日の水曜日は、定例の休館日なので引き換えが行われないことになるので注意が必要となるし。

京王線の1年は、高尾山の初日の出輸送である迎光号から始まると言われており、来年1月2日には、京王れーるランドの新春イベントとして、迎光号のヘッドマークが取り付けられることが予想されます。

今年は5723号車に迎光、6438号車に高尾のヘッドマークが取り付けられていたので、読み取ることが出来ます。

来年は新5000系がデビューしてから初の年越しを迎えることになるけど、ヘッドマーク受けがないので、迎光号に使われるかどうかは微妙であります。

京王れーるランドは、入館料が250円(3歳以上)であり、屋内施設と車両展示場の間の行き来の時にもチケットが必要となります。

休館日は、毎週水曜日であり、年末年始は12月29日から翌年の1月1日まで休館日となるし。

京王れーるランドの表記は、京王レールランドと間違えられがちだけど、京王れーるランド(れーるの部分がひらがな)のほうが正しいです。

その装飾は、明日(11月28日)まで行われる予定だけど、一昨日の11月25日に行くことが出来ました。

10月1日から展示されているのにも関わらず、京王れーるランドの装飾を見に行ったのがギリギリになったのは、色々な用事があった為であり、今回は、私鉄10社スタンプラリーをやるついでに行くことが出来たのであります。

昨日(11月26日)は、鴬谷のVALLEY×VALLEY×TOKYOで行われていた、いたずらマイクのゆめちこと星川優夢氏(昨年末に解散したパワフル娘でも活躍していたメンバー)の卒業公演に行っていた絡みにより、京王れーるランドに行かれなかったのでそのはずであるし。

最近はお気にいりのアイドルグループのメンバーの卒業や脱退が相次いでおり、今年は早生まれメンバーの卒業や脱退が目立っています。

昨日卒業したゆめちもその一人だったし。

昨日は、秋葉原ZESTで黄金時代の定期ライブがあったけど、ゆめちの卒業公演と被ってしまった為に行かれなかったのが残念でした。

今月22日には、今年末の12月30日をもって、黄金時代が解散してしまうという残念なお知らせがあったけど、26日になってからそれを知りました。

従って、12月6日に発売される「青波グランドジャーニー」が最初で最後のシングルとなってしまいます。

黄金時代のリーダーであり、1推しのメンバーでもあるほののんこと安田帆花氏は、今後も芸能活動を続けると宣言していたので、かぐや姫が月へと帰っていく状態に例えたくなります。

ステーション♪に加入する前にソロで活躍していたさやぽんこと葉月沙耶氏(現在はハイスピことHIGHSPIRITSで活躍中)が昨年10月にステーション♪から追われた時もこのような状態でありました。

10月1日に、京王線に乗って府中フォーリスで行われたハイスピの「ボクラの時代」のリリースイベントに行き、その後に高尾山トレインの8713Fによる記念ヘッドマーク付き電車で高尾山口まで行き、高尾山温泉極楽湯に入ったことを思い出しました。

自分(しゃもじ)が京王れーるランドに行ったのは、今年2月4日以来であり、ららぽーと立飛(多摩モノレールの立飛駅前)にあるタワレコでの黄金時代のイベントの後に寄り道していました。

多摩動物公園へは、京王動物園線だけでなく、多摩モノレールでも行けるし。

5723Fには、開業当時の京王高尾線の写真があったので、それを見て、高尾山が近づいたことで便利になったなと思いました。

このように、京王れーるランドで、今年10月1日に果たせなかった、5723号車の装飾を撮影することが出来て良かったです。





























よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 13:45│コメント(0)大手私鉄 | 鉄道の博物館 |

2017年11月26日

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こちらは、11月23日に、東京駅の21番線側から撮影した、22番線に停車中のE4系のP20編成によるMaxたにがわ407号(越後湯沢行き)です。

Maxたにがわ407号は、E4系Maxの8両単独による運転で、東京駅の22番線を17時52分に発車した後、上野、大宮、熊谷、本庄早稲田、高崎、上毛高原の各駅に停車してから越後湯沢へと向かうことになります。

平日は、普通車で全て自由席となるけど、土休日の場合は7,8号車の1階席(普通車)が指定席となるし。

その前の運用は、新潟 15時33分発のMaxとき330号(途中、燕三条、長岡、浦佐、越後湯沢、高崎、熊谷、大宮、上野駅に停車)であります。

新幹線のたにがわ号は、1997(平成20)年10月1日の長野新幹線(現、北陸新幹線)の長野開業の時に、これまでのとき号の高崎、越後湯沢発着から変更された上で登場した列車(なすの号の上越新幹線版)であり、185系で運転されていた新特急谷川号(のちの水上号)から受け継がれています。

谷川(たにがわ)とは、上越新幹線で最長の大清水トンネルの真上の谷川岳が由来となっているけど、かつて大清水ブランドの清涼飲料水(大清水トンネルの建設中に湧き出た地下水)が売られていた頃が懐かしいなと思っています。

現在大清水ブランドの清涼飲料水は、From AQUAブランドとなっているし。

上毛高原駅は、中山トンネルと月夜野トンネルに挟まれた駅であり、高架下にFrom AQUAの取水基地があります。

大清水トンネルは、22221mであり、月夜野トンネルを出た直後に入るので、月夜野トンネルと一体化されているイメージが強いです。

かつて200系F90番台によって行われていた下りのあさひ号の一部での275Km/h運転は、大清水トンネルの途中から越後湯沢駅を出た後に入る塩沢トンネルまでの長い下り坂で行われていたけど、1997年3月22日に山陽新幹線で500系による300Km/h運転が行われる前は、日本一速い列車となっていました。

現在は、E5系またはH5系によるはやぶさ号やE6系によるこまち号(東京、仙台〜盛岡間ははやぶさ号と併結)の320Km/hが日本一速い列車となっています。

E4系Maxは、240Km/hまでしか出せないので、2012(平成24)年9月をもって東北新幹線から撤退し、上越新幹線専用となっているけど、入れ替わりに全廃されたE1系元祖Maxも上越新幹線で余生を過ごしていました。

E1系元祖Maxのうち、2012年10月のさよなら運転で活躍していたM4編成のE153-104号車(1号車に連結されていた車両)がさいたま市にある鉄道博物館の新館(来年夏に開館予定)での保存前提により、新潟新幹線車両センターで保管されています。

2010(平成22)年4月まで山形新幹線つばさ号で活躍し、さよなら運転で使われていた400系(元祖ミニ新幹線)のL3編成の411-3号車(グリーン車)も、鉄道博物館の新館で保存される予定となっているし。

E4系Maxは、1997年12月20日に東北新幹線で8+8の16両の重連(ダブルマックス)でデビューし、最大の定員を誇る列車(1634名)として話題になっていました。

E1系は、12両編成で定員1235名であったけど、12両編成にしか使うことが出来ず、列車によって輸送力過剰となってしまうなど使い勝手が悪かった為に、6編成で製造が打ち切られ、フレキシブルな運用が可能なE4系が導入されるようになったのであります。

フレキシブルな運用とは、8両単独はもちろんのこと、8+8の16両の重連(ダブルマックス)や、東京〜福島間で山形新幹線つばさ号との併結列車でも使えることであり、1999(平成11)年4月29日から2012年9月28日までの間に実際につばさ号との併結列車(凸凹編成)に使われていたこともありました。

E4系は、1997年には8両3編成24両が先行導入され、2003(平成15)年までの間に26編成208両が川崎重工業(Kawasaki)や日立製作所笠戸事業所(HITACHI)で製造されていました。

2013(平成25)年には、P2編成とP3編成を皮切りに廃車が開始され、昨年4月には、P1編成の廃車により、E4系の初期型が全廃されていました。

P1編成のうち、8号車(16号車)に連結されていたE444-1号車は、200系K47編成(緑の疾風のリバイバル塗装だった編成)の先頭車(221-1510号車)と共に、新潟県新潟市秋葉区(旧、新津市)にある新潟市新津鉄道資料館で展示され、今年7月15日から公開されています。

今年9月には、9日のMaxたにがわ号の2往復(401,411,406,416号)のE2系たにがわ号への置き換えにより、1999年に導入されたP4編成が廃車となっていました。

こちらは東北新幹線のE5系(はやぶさ型車両)の増備の玉突きにより、状態の良いE2系の10両編成(はやて型車両)が上越新幹線に回されたことによるものとなっているし。

E4系のP20編成は、2001(平成13)年7月に日立製作所笠戸事業所で製造された車両であり、デビュー当初は、山吹色となっていました。

E4系の朱鷺色塗装(晩年E1系が纏っていた塗装)への変更は、2014年4月7日のP5へを皮切りに行われ、昨年秋までの間には完了していました。

今日(11月26日)は、ステーション♪のなおたんこと倉沢菜央氏の20回目の誕生日であり、なおたんの好きな車両であるE4系のP20編成を話題にしました。

1997年は、今年と同様の新幹線イヤーだった年であり、3月22日の秋田新幹線こまち号の開業、10月1日の長野新幹線あさま号の開業、12月20日のE4系のデビューにより話題になっていたし。

12月2日には、E4系8両編成で運転されているMaxとき313,317,333,351,310,326,330,480号と、Maxたにがわ407,404号がE2系(とき号またはたにがわ号)に置き換えられるので、東京駅で見られるE4系の8両単独編成も減っていくことになります。

なので、東京駅でMaxたにがわ407号の編成全体を撮影出来て良かったと思っています。












よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 11:35│コメント(0)JR  |
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