鉄道乗車記

2018年05月26日

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4月30日は、府中から京王八王子まで、京王電鉄新5000系の5734Fによる、京王ライナー1号に乗りました。

土休日の京王ライナー1号は、新宿 17時ちょうど発と、平日よりも早い状態であり、この時期なら明るい状態で撮影することが出来ます。

府中または京王永山より先の区間は、料金不要のフリー乗車区間であり、側面には、指定券無しでご乗車できます。の表示が出てくるのが特徴なので、乗車前に撮影しました。

この日は、府中競馬が開催されていない土休日だったので、府中から京王ライナー1号に乗る前に、5733Fによる京王ライナー5号の送り込み回送を撮影することが出来たのであります。

府中を出た後、分倍河原、聖蹟桜ヶ丘、高幡不動、北野に停車してから京王八王子へと向かうことになるので、京王線の特急や準特急と同様の扱いとなります。

このことで、東武鉄道東上本線(東武東上線)のTJライナーの川越→小川町間(快速急行と同じ停車駅)を思い出しました。

府中より先のフリー乗車区間では、車内BGMの披露は無かったけど、ライナー仕様のクロスシートや照明の状態で乗ることが出来たことは大サービスでありました。

今年度は、残念ながら新5000系の増備がない予定で、新造車ゼロの状態に戻されているけど、将来的に増発されたとしたら、増備が必要となってくると思われます。

その代わりに、8000系(10連2編成20両)や初期型1000系(井の頭線、5連3編成15両)のリニューアルが継続される予定であり、VVVFインバータ装置の更新により、新5000系と同等の省エネ性能を有するようになります。

それよりも、京王新5000系がブルーリボン賞やローレル賞が受賞出来なかったという残念な面もあります。

京王線の高尾山口駅前にある日帰り温泉施設である「京王高尾山温泉/極楽湯」では、5月24日に来館者数100万人達成したという朗報がありました。

こちらは、京王と極楽湯のコラボにより、2015(平成27)年10月27日に開設されて以来大好評であり、高尾山口駅から電車に乗って帰る前に、高尾山の余韻に浸れることや、登山で疲れた体を癒すことが出来ます。

このことで、今年1月13日に、新宿から高尾山口まで新5000系の5735Fで移動し、その後に京王高尾山温泉/極楽湯に入ったことを思い出しました。

八王子市狭間にあった「高尾の湯 ふろッぴィ」は、残念なことに今年3月10日をもって閉店されてしまいました。

このことで、高尾山温泉に敗れたことも言うまでもない状態であります。

多摩センターのサンリオピューロランドの近くには、天然温泉付きの極楽湯多摩センター店があるけど、こちらは極楽湯による直営となっています。

京王ライナーは、大好評であり、新宿駅の座席指定券券売機に並んでいる風景を見た時には嬉しく思いました。

このように、府中から京王八王子まで、京王新5000系による京王ライナー1号に乗ることが出来て良かったです。










よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 17:07│コメント(0)

2018年05月13日

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5月10日は、藤沢から新宿まで、小田急電鉄の70000形ロマンスカーGSEによる、えのしま2号に乗りました。

こちらは、ホームウェイ81号の折り返しにより、片瀬江ノ島から来た列車であり、藤沢駅では、方向転換により約4分間停車していました。

前回の4月12日に、片瀬江ノ島から新宿まで乗った時に5号車の8D(山側)に当たっていたけど、今回は、3号車の7A(海側)に当たっていたのであります。

小田急線の藤沢駅は、片瀬江ノ島駅と同様の2面3線の駅であり、1番線が10両編成対応のホーム(片瀬江ノ島方面、10両編成の相模大野、新宿方面)、2番線が片瀬江ノ島方面または特急ロマンスカーえのしま号の新宿行き、3番線と4番線が6両編成の相模大野方面の列車に使われており、2番線と3番線の線路が共通となっています。

片瀬江ノ島駅の場合は、藤沢駅とは異なり、3番線が降車専用扱いとなっているので、終着駅らしさを感じました。

えのしま2号は、藤沢駅2番線からの発車であり、7両編成が収まっていました。

小田急線の藤沢駅で、スイッチバック方式(片瀬江ノ島行きまたは片瀬江ノ島からの列車で進行方向が変わる)となっているのは、以前江ノ電の藤沢駅が小田急線の東側にあったことにより干渉を防ぐ為だったからであり、1974(昭和49)年6月7日に江ノ電の藤沢〜石上間が高架化され、江ノ電百貨店→小田急百貨店藤沢店の2階部分に移転された後もその名残があります。

小田急線から江ノ電への乗り換えは、高架化される前は同じフロアで出来ていたけど、高架化されてからは、階段を上がらなければならなくなっています。

小田急線江ノ島線からJRの東海道線(上野東京ライン、湘南新宿ライン)への乗り換え(またはその逆)は、ホームの中程にある跨線橋を使うことになります。

小田急百貨店藤沢店は、来年春の開業を目処に大規模改装(専門店中心化)される予定であり、6月から改装工事が開始されます。

片瀬江ノ島行きの列車は、藤沢駅で進行方向が変わるので、展望席付きのロマンスカーが使われる平日のホームウェイ81号とえのしま2号では、藤沢〜片瀬江ノ島間で、強制的に前展望→後展望、或いはその逆となるのが特徴であります。

大まかな乗車レポートは、4月12日に乗ったので割愛するけど、再び乗れたことの幸せを感じました。

今日(5月13日)は、5月の第二日曜日であり、母の日でもあります。

ロマンスカーのえのしま号は、鎌倉の母方の実家に行く時によく乗っていたけど、当時は展望席付きの3100形NSEや7000形LSEが主に使われ、車内販売の営業も行われてていました。

1989(平成元)年頃までは、初代3000形SSE車(ロマンスカーシリーズの元祖であり、晩年あさぎり号(現、ふじさん号)に使われていた展望席なしの車両)もえのしま号に使われていたことを覚えています。

現在のえのしま号は、展望席なしの30000形EXE(EXEα)または60000形がメインで使われているので、時代は変わったなと思いました。

5月15日は、7000形LSEによるホームウェイ81号とえのしま2号が運転されるけど、仕事で行かれないのが残念です。

6月までの間、今後片瀬江ノ島発着のホームウェイ81号とえのしま2号(平日のみ運転)にGSEが使われる日は、5月14,16,18,22,23,24,29,30,31日、6月5,6,8,11,12,13,14,18,19,20,21,25,26,27,28日であります。

今回GSEに乗った時に撮影した動画をアップしました。

https://youtu.be/ku55atIShEE

https://youtu.be/35btNnpW8kc

代々木上原駅付近を通過した時から、ムーンライト・セレナーデのBGMが流れていました。

このように、小田急70000形GSEに乗り、動画を撮影することが出来て良かったです。

画像は、藤沢駅で撮影したものです。















よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 23:09│コメント(0)

2018年05月11日

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続いては、4月15日に、京成高砂駅と青砥駅で撮影した、京浜急行電鉄(京急)600形の606F(ブルースカイトレイン)による、コリラックマ&チャイロイコグマ がおがお号による三崎口行き(京急線では快特運転)で、京成高砂から押上まで移動したところ、青砥駅で京成上野方面の列車との待ち合わせの為に停車していたので、撮影することが出来ました。

京成電鉄の青砥駅は、京急蒲田駅と同様の二層式の高架駅であり、2階に上り列車、1番線は、押上線(押上(スカイツリー前)、都営浅草線、京急線方面)、2番線は、京成本線(日暮里、京成上野方面)

3階に下り列車(京成本線の京成高砂、京成船橋、成田空港、京成千葉方面、成田スカイアクセス線の成田空港方面、北総線(印旛日本医大方面))、3番線は押上、都営浅草線、京急線からの列車、4番線は京成上野からの列車がそれぞれ発着しています。

京成線からの京急直通列車は、青砥駅は下、京急蒲田駅は上(京急線から京成線へはその逆)を通ることになります。

青砥駅は、1928(昭和3)年11月1日に、京成上野方面への分岐に備えて出来た駅であり、講談の太平記に出てくる青砥藤綱に因んで青砥と名付けられています。

1931(昭和6)年12月19日に、日暮里〜青砥間の開業により、押上線が本線から支線にシフトされていたけど、当時は地上駅で、平面交差となっていました。

京成線が日暮里からの延長により、上野公園の地下に乗り入れるようになったのは、1933(昭和8)年12月10日のことであり、当時は上野公園駅で、中間に博物館動物園、寛永寺坂駅がありました。

1953(昭和28)年5月1日に、京成上野駅となり、幾度の改良工事が行われていたことで、上野公園駅の面影が薄れてきています。

博物館動物園駅は、1997(平成9)年3月末に営業休止→2004(平成16)年4月に正式に廃止された地下に眠る廃駅であり、1933年の開業当時の面影が色濃く残されていました。

こちらは地上の駅舎を含めて撤去されずに残されているので、今年4月19日には、その駅舎が鉄道施設としては初めて、東京都選定歴史的建造物に選定されていたのであります。

博物館動物園駅が営業されていた頃は、4両編成の列車しか停車せず、6両編成の列車は全て通過していました。

現在博物館動物園駅に停車していた頃の面影が残る車両は、3500形だけとなっています。

青砥駅が現在のような高架駅となったのは、1985(昭和60)年のことであり、高架化工事中には、京成高砂寄りにあった仮駅に移転されていました。

これにより、京成線によって支障されていた為に途切れていた環七通り(環状七号線)が、京成線の高架化により繋がり(青戸八丁目交差点〜青砥橋〜奥戸間が開通し)、環七通りが全通していたのであります。

青砥折返しの列車は、京成高砂寄りの二層線を繋ぐ折返し線に入ることになるけど、折返しを前提に設計されていたので、このような折返しが出来るのであります。

京急蒲田駅では、雑色駅寄りに青砥駅にはない待避線(2番線と5番線)があり、主に品川〜京急蒲田間の区間運転列車に使われているけど、直接折り返すことが不可能である為に、京急川崎駅の多摩川橋梁寄りにある引込み線での折返しとなり、そこには4両編成までしか入れない為に、4両編成の電車が使われているのであります。

こちらは、地下二層式となっている京王電鉄京王線と相模原線の調布駅でも言えることであり、地上時代にあった調布駅での直接折返しが不可能となった為につつじヶ丘駅での折返し(つつじヶ丘→調布間は回送扱い)が行われています。

青砥駅付近には、リカちゃん人形やチョロQなどでお馴染みの玩具メーカーだったタカラの本社(現在はタカラトミーの青戸オフィスとして使われている)があった場所で有名であります。

タカラは、2006(平成18)年3月1日に、同じ葛飾区(立石)に本社のあるトミーと合併されてタカラトミーとなり、トミーが継承会社となった為に本社が立石にあります。

タカラとトミーが合併されてタカラトミーとなったのは、葛飾区に本社のある玩具メーカー同士の縁もあることが分かります。

タカラ→タカラトミーのボードゲームのロングセラーである「人生ゲーム」は、1960年にアメリカで発売された「The Game of life」の日本版であり、1968(昭和43)年9月に日本版(人生ゲーム)が発売されてから50周年を迎えます。

今年秋には、日本版発売50周年として、タカラの本社があった葛飾区青戸などの6ヶ所の商店街が舞台の「まちあそび人生ゲームin葛飾」が行われる予定となっています。

タカラでは、ミニモニ。とタイアップした玩具も売り出されていたこともあり、2002(平成14)年には、ミニモニ。人生ゲームだぴょん!も発売されていました。

自分(しゃもじ)は、モーニング娘。のファンだったので、このことも知っています。

鉄道おもちゃ(鉄道模型のキッズ版)であるプラレール(トミー時代からのロングセラー)や、話題の新幹線変型ロボ シンカリオンの玩具もタカラトミーから発売されています。

青砥駅の北東部には、東京慈恵会医科大学葛飾医療センター(大学病院)があり、青砥駅から徒歩で行けるほか、青砥駅から京成バスの青01系統(青砥駅〜東京慈恵会医科大学葛飾医療センター間)でも行けるので、通院やお見舞い客にも配慮されています。

今日(5月11日)は地獄の金曜日であり、明日も仕事の金土連勤となってしまったけど、今日、明日と晴れてしまうので、またしても自分(しゃもじ)の土曜出勤(休日EXE)の日に晴れるということで落胆しています。

13日の日曜日には、曇りで夜には雨になってしまうことで、土曜出勤の日に晴れた後、土曜出勤明けの日曜日に雨になってしまうという悪循環となってしまいます。

金曜日に1日中快晴になってしまうことは、土休日に終日雨になってしまうことと同様に非常に多い状態であり、今日も残念ながらこうなってしまいました。

このことで、以前放送されていた、UCCのブラック無糖のCMで、「原材料、コーヒー、以上。」と言うところを、「金曜日の天気、晴れ、以上。」と言いたくなってしまいます。

やはり金曜日と土曜出勤日の晴天と、土休日の雨天は自分(しゃもじ)にとって鬼門であり、金曜日の快晴と土休日の終日雨は、大凶であります。

自分(しゃもじ)が土曜出勤に当たった時に晴れた場合には、都電荒川線(東京さくらトラム)の追っ掛けを自粛しています。

その理由は、昨年6月に最後の吊り掛けモーター車だった7000形の定期運用が終了したことや、土曜出勤日に晴れてばかりいることで嫌気がさしているからであります。

都営浅草線の新車である5500形は、今年春に営業運転開始予定となっているけど、誘導障害がネックで営業運転に入れない為に、営業運転開始が大幅に遅れています。

こちらは、同じ素子が使われている新1000形の最新増備車の8連や、更新車でも言えることであり、都営浅草線への乗り入れが行われておらず、今年3月まで活躍していた2000形と同様に、羽田空港国内線ターミナル(羽田空港)〜新逗子間のエアポート快特中心の運用となっています。

このことを、自分(しゃもじ)が昨年3月以来宿泊とは無縁で、日帰りばかりの状態が続いていることに例えたくなります。

5月20日の京急ファミリー鉄道フェスタで、どの車両が展示されるのか気になります。

リラックマシリーズの電車は、明後日(5月13日)まで運転される予定となっているので、がおがお号を撮影し、制覇することが出来て良かったです。












よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 13:56│コメント(0)

2018年05月10日

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4月15日は、京成高砂から押上(スカイツリー前)まで、京浜急行電鉄(京急)の600形606F(ブルースカイトレイン)による、コリラックマ&チャイロイコグマ がおがお号(三崎口行き)に乗りました。

その前には、がおがお号が京成高砂駅止まりの列車として3番線に到着し、京成線の高砂車両基地(高砂検車区)で折返し作業が行われていたので、編成全体を撮影することも出来ました。

京成高砂駅は、京成電気軌道の時代の1912(大正元)年11月3日の押上〜柴又、伊予田(現、江戸川)間の開業と共に出来た駅であり、開業当初は、曲金駅と呼ばれていました。

翌年の1913(大正2)年6月26日には高砂駅、1931(昭和6)年11月18日には、京成高砂駅にそれぞれ変更されていたので、曲金駅の時代は長く続かなかったことが分かります。

京成押上線は、京成金町線と共に出来た京成電鉄の発祥路線であり、1960(昭和35)年12月4日に都営地下鉄1号線(現、浅草線)の押上〜浅草橋間が開業してからは、都営地下鉄と京成本線を繋ぐ路線に変わったのであります。

このことは、阪神西大阪線(西九条〜阪神尼崎間)が、2009(平成21)年3月20日に、阪神なんば線に変更された上で大阪難波まで延長されて、近鉄線と結ばれるようになったことに似ています。

京急の電車が都営地下鉄1号線→浅草線や京成線に乗り入れるようになったのは、1968(昭和43)年6月21日の泉岳寺〜品川間の開業の時のことであり、今年で50周年を迎えることになります。

5月20日に京急久里浜で行われるイベントである京急ファミリー鉄道フェスタ2018では、京急の地下鉄乗り入れ50周年記念として、当時活躍していた初代1000形(旧1000形、保存車)が、花電車仕様で展示されることになります。

この日は、東武鉄道1800系1819F(同じ赤い電車)のさよなら運転と被っているけど、自分(しゃもじ)は混乱を避ける為に回避し、京急のイベントに専念することにします。

この1819Fに最後に乗ったのは、昨年5月7日の北千住→浅草間のことであり、6050系の浅草乗り入れも昨年のGW以来ない状態となっています。

京急では、今年度中に、新1000形が6連7本42両導入される予定であり、今後羽田空港国際線ターミナル駅以外の駅にも導入される予定のホームドアに対応出来ない800形(最後の4ドア車)の置き換えが進められることになります。

初期型新1000形8両の更新も行われる予定であり、ドレミファインバータ音を奏でる編成がまた1つ消えていくことになるので、寂しさを感じています。

今年3月に全廃された2000形(元快特用)は、ツートンの2011Fが最後まで残されていたので、800形では、ツートンカラーの823Fが最後まで残されることが予想されています。

京急600形の606Fは、1995(平成7)年6月に東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)で製造され、2005(平成17)年3月14日には、座席のロングシート化と共に現在の青色塗装のブルースカイトレインとなり、2011(平成23)年4月には、ブルースカイトレインのまま車体更新されていました。

一方の2100形のブルースカイトレイン塗装は、2005年当時は、2157Fに施されていたけど、2015(平成27)年3月には、車体更新により、2133Fにバトンタッチされていたのであります。

京成高砂行きの表示は、京急の車両を含めて、高砂と表示されるけど、京成佐倉行きに入った場合には、佐倉と表示されます。

このことで、スカイミュージック→ユニバーサルキャスト(昨年末に解散した黄金時代のメンバーが所属していた事務所)所属の佐倉苺花(まいか)氏を思い出しました。

佐倉苺花氏とは、黄金時代を通じて知り合ったけど、電車が好きなことを知ったので、2月19日の誕生日(2005年生まれ)の時に京成新3000形による京成佐倉(佐倉)行きの画像を付けてリプしたら、喜ばれたのであります。

佐倉苺花氏は、自分(しゃもじ)のツイートの影響により、箱根への家族旅行の時に小田急ロマンスカーの70000形GSEに初めて乗ったと言っていたので、嬉しく思っています。

昨日(5月9日)のアイスクリームの日には、佐倉苺花氏にアイスクリームの日だよとリプした時に、アイスクリームの日であることを思い付き、風呂上がりにアイスクリームを食べていたと言っていたので、こちらも良い効果でありました。

京急も、日本のアイスクリーム発祥の地である横浜に乗り入れており、来年秋には、京急の本社が泉岳寺から横浜みなとみらい地区に移転される予定となっています。

リラックマシリーズの3色の電車の撮影は、4月15日に制覇していたけど、諸事情により投稿が遅れたので、最終日の5月13日に間に合うように(賞味期限が切れないうちに)投稿したのであります。

このように、京成高砂駅で、 600形606F(ブルースカイトレイン)による、コリラックマ&チャイロイコグマ がおがお号を良い感じで撮影することが出来て良かったです。















よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 11:50│コメント(0)

2018年05月09日

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5月3日は、中央林間に到着した後、東京急行電鉄(東急電鉄)田園都市線の2020系による各駅停車押上行きに乗り、長津田まで戻りました。

長津田駅は、JR横浜線、東急田園都市線、こどもの国線が乗り入れる橋上駅舎方式の駅であり、田園都市線は、下り(中央林間方面)が3,4番線、上り(渋谷、押上、久喜、南栗橋、大井町方面)が5,6番線、こどもの国線(恩田、こどもの国方面)が7番線と、JR横浜線との続番となっており、急行や準急の待ち合わせも行われています。

急行と準急は、原則として下りは3番線、上りは5番線発着となるので、今回2020系による各駅停車押上行きは、6番線側で待避していました。

1966(昭和41)年4月1日に、田園都市線の溝の口〜長津田間が開業した当時は、長津田駅が1面1線で、大井町から直通の初代7000系などの3ドア18m車による4両編成(日中は、鷺沼〜長津田間が2両編成)となっていたので、4ドア20mの10両編成の電車が頻繁に行き交っている現在と比べて想像出来ない状態となっていました。

開業当時は何も無かったけど、多摩田園都市の開発が急速に進められたことで利用客が急増し、港北ニュータウンの乗客も加わったことで、混雑が深刻化されたのであります。

田園都市線では、朝ラッシュ時だけでなく、夕方以降の帰宅ラッシュ時(特に急行)の混雑も激しいので、混雑緩和対策が課題となっています。

2009(平成21)年7月11日に、二子玉川園→二子玉川折返しとなっていた大井町線を、二子玉川〜溝の口間の複々線化により、溝の口まで延長させてバイパス路線として活用させていたことも、田園都市線並びに二子玉川駅の混雑緩和の一環であることが分かります。

地下鉄銀座線は、渋谷から二子玉川園まで東急新玉川線に直通させ、二子玉川園で折り返す計画があったけど、車両が小型の16mであることや、1435mmの第三軌条方式により、田園都市線と直通運転が出来ないことがネックとなっていたことにより、半蔵門線直通に切り替えられたことで幻となっています。

もしも銀座線と東急新玉川線の直通運転が実現していたら、二子玉川駅を中心に、混雑がより激しくなっていたところでした。

表参道駅で、銀座線と半蔵門線(新玉川線→田園都市線直通)が対面乗換え出来ることは、銀座線と新玉川線直通計画中止の穴埋めとなっています。

1989(平成元)年1月26日に、半蔵門線の半蔵門〜三越前間が開業した時は、銀座線の混雑が緩和されたことはもちろんのこと、銀座線が不通となった時の代替ルートが確保されるようになっていました。

渋谷駅線路切換工事の時には、そのお陰により、半蔵門線を代替ルートとして使うことが出来たのであります。

東急田園都市線は、1968(昭和43)年4月1日につくし野駅、1972(昭和47)年4月1日にすずかけ台駅、1976(昭和51)年10月15日につきみ野駅、1984(昭和59)年4月9日に中央林間駅までそれぞれ延長され、2000(平成12)年8月6日に新玉川線が田園都市線に編入されて現在に至っています。

東急新玉川線が田園都市線に編入された理由は、二子玉川園→二子玉川駅を境に路線名が変わるということで分かりにくいという意見があったことや、東横線と並ぶ東急電鉄の幹線らしく、東急線のターミナル駅である渋谷駅から田園都市線の路線名を使ったほうが良いと言われたこともあります。

新玉川線と田園都市線に分かれていた時代は、田玉線の略称が使われていたけど、現在は田都線が略称となっています。

長津田駅の田奈寄りには、田奈1号踏切という田園都市線で唯一の踏切(横浜線と共用)があったけど、1989年12月に道路の地下化により廃止されたので、踏切ゼロの路線となっています。

このことは、京王電鉄相模原線で、2012(平成24)年8月19日の調布駅付近の地下化により、踏切ゼロの路線となったことと同様であります。

東急田園都市線の路線

(東京メトロ半蔵門線、東武スカイツリーラインへ直通運転)←渋谷〜池尻大橋〜三軒茶屋〜駒沢大学〜桜新町〜用賀〜二子玉川〜二子新地〜高津〜溝の口〜梶が谷〜宮崎台〜宮前平〜鷺沼〜たまプラーザ〜あざみ野〜江田〜市が尾〜藤が丘〜青葉台〜田奈〜長津田〜つくし野〜すずかけ台〜南町田〜つきみ野〜中央林間

準急の停車駅

渋谷〜池尻大橋〜三軒茶屋〜駒沢大学〜桜新町〜用賀〜二子玉川〜溝の口〜鷺沼〜たまプラーザ〜あざみ野〜青葉台〜長津田〜南町田〜中央林間

急行の停車駅

渋谷〜三軒茶屋〜二子玉川〜溝の口〜鷺沼〜たまプラーザ〜あざみ野〜青葉台〜長津田〜(南町田)〜中央林間

土休日の急行は、南町田駅にも停車。

大井町線直通急行は、二子玉川〜長津田間(土休日は、中央林間→二子玉川間を含む)で、田園都市線の急行と同じ停車駅となります。

乗換駅

渋谷 東横線(一部を除き副都心線へ直通運転)、東京メトロ(副都心線、半蔵門線(一部を除き直通運転)、銀座線への乗り換えは表参道駅が便利です。)、JR(山手線、埼京線、湘南新宿ライン(横須賀線⇔宇都宮線、東海道線⇔高崎線))、京王井の頭線

三軒茶屋 世田谷線(地上乗換)

二子玉川 大井町線

溝の口 大井町線、JR南武線(武蔵溝ノ口駅)

あざみ野 横浜市営地下鉄ブルーライン

長津田 こどもの国線、JR横浜線

中央林間 小田急江ノ島線

南町田駅に準急や土休日の急行が停車している理由は、昨年2月12日に再開発の為に一旦閉鎖されたグランベリーモールとの絡みであり、来年秋にグランベリーパークとして再開されるまでの間、空白地帯となっています。

溝の口〜鷺沼間は、複々線化される計画があるけど、途中にトンネルがあり、用地確保が困難であることから、大井町線の等々力駅の地下化と同様に工事に着手されていない状態であります。

二子玉川〜溝の口間は、東横線と目黒線の新丸子駅と同様に、既存の高架線を改良した方式だったから、複々線化が実現していました。

大井町線が複々線化により溝の口に乗り入れたことにより、二子玉川駅の混雑が緩和されたことはもちろんのこと、溝の口駅で南武線に乗り換えられるというメリットがあります。

今日(5月9日)は、アイスクリームの日であり、1964(昭和39)年に記念日制定されています。

こちらは今から149年前の1869(明治2)年に横浜馬車道の氷水屋で、日本初のアイスクリームである「あいすくりん」が製造販売が行われていたことが由来となっています。

横浜は、アイスクリームだけでなく、ガス灯、ビール、牛鍋、食パン、電話、写真、日刊新聞などの発祥の地でもあり、鉄道もそれに含まれています。

アイスクリーム発祥の地の碑は、馬車道通りにある太陽の母子像であり、周辺で当時のレシピが生かされた(卵、牛乳、砂糖のみで作られた)横濱馬車道あいすを味わうことも出来ます。

神奈川県のご当地ラーメンであるサンマーメン(生馬麺)は、横浜中華街の聘珍樓(へいちんろう)が発祥であり、モヤシなどの野菜を炒めたあんを掛けたラーメンのことであり、その名前からサンマ(秋刀魚)が入ったラーメンと間違えられることもあります。

サンマーメンのサンマーとは、生馬麺の広東(カントン)語の読み方で、新鮮でシャキシャキした食感のサン(生)に、上に載せるのマー(馬)を掛けた言葉であるので、その謎を解くことが出来ました。

この画像を撮影した長津田駅は、横浜市緑区にあるので、このことを話題にしたのであります。

2020系の各駅停車の表示は、東急新5000系と同様に、東急田園都市線では各停、東京メトロ半蔵門線では各駅停車となるので、ややこしい点があります。

東京メトロ半蔵門線の九段下駅では、2013(平成25)年3月のバカの壁の撤去により都営新宿線の電車も見えるようになったので、都営新宿線に乗り入れている京王電鉄の新5000系(京王ライナーの車両)と、東急新5000系の新5000系同士の組み合わせのほか、京王新5000系と東急2020系の組み合わせも見れるようになっています。

このように、長津田駅でも東急2020系を良い感じで撮影することが出来て良かったです。


















よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 15:26│コメント(0)
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