大手私鉄系バス

2016年09月13日

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9月11日は、目黒駅西口から三軒茶屋駅まで、東急バスの新型いすゞエルガミオ(中型車、ミドルバス)であるT1631(世田谷200か・・84)号車(SKG-LR290J2)による黒06系統(東急バス三軒茶屋線)に乗りました。

この車両は、今年度導入分の1600番台(67台導入予定)のうちの1台であり、弦巻営業所には、8月にT1630,1631,1632号車の3台が、東急バス初のエルガミオとして導入されていました。

これらの車両の導入によって、T500番台(元下馬営業所)の日野レインボーHRの一部が置き換えられていたし。

これまで入ってきた1600番台は、弦巻営業所の3台の新型エルガミオのほか、高津営業所の新型エルガの5台(TA1641〜1645号車、高津初導入)、目黒営業所の三菱ふそう新型エアロスターの2台(M1661,1662号車)が挙げられているけど、目黒営業所で2台のいすゞエルガ(元荏原営業所)が除籍されていたのはその為でありました。

弦巻営業所の中型車は、黒06系統(目黒駅〜三軒茶屋駅間、三軒茶屋線)のほか、反11系統(五反田駅〜世田谷区民会館、弦巻営業所間、小山線)、等11系統(等々力操車所〜祖師ヶ谷大蔵駅間、祖師谷線)、渋52系統(世田谷区民会館〜東急百貨店本店前、渋谷駅循環、若林百貨店循環線)がメインで使われており、今回導入されたエルガミオは、座席がラッシュ仕様となっているので、道幅が狭く、車内の混雑が激しい三軒茶屋線で主に使われていることが分かります。

この路線は、目黒駅〜祐天寺駅〜三軒茶屋駅間をショートカットするだけでなく、これらの駅から離れた地域をカバーする路線でもあるので、利用客が多いのもそのはずであるし。

今年6月19日には、渋谷駅から上町駅まで、同じ弦巻営業所の新型エルガ(T1533、世田谷200か・・54号車)による渋21系統(松蔭線)に乗ったので、今回はそれに続いて新型エルガミオに初めて乗ることが出来たのであります。

新型エルガミオは、今年4月5日に、ベースとなった大型路線バスのエルガよりも8ヶ月遅れでモデルチェンジされた中型路線バスであり、同年6月に一畑バス(島根県、一畑電車の系列)に1号車が導入されて以来、山交バス(山形県)や立川バス(小田急バスの子会社)などに導入されています。

同年5月には、日野のレインボー兇モデルチェンジされてレインボーとなっているし。

エンジンは、いすゞ自動車によって開発された直列4気筒の4HK1-TCN型(210PS)であり、高出力かつ低燃費はもちろんのこと、最新の排出ガス規制に適合した最新のディーゼルエンジンであるD-COREシリーズとなっています。

トランスミッションは、新型エルガとは異なり、AMT(自動変速マニュアルトランスミッション)だけであり、従来のAT(オートマ)車と同様に、クラッチペダルによる操作が不要となっています。

こちらはマニュアルモードに切り替えることも出来るし。

車内は、優先席を含めて前向きに配置されていること、左前タイヤ上部に伝い歩き用握り棒付き荷物置台があることにより変化し、バリアフリーも強化されています。

この時には、目黒駅から車椅子利用客による乗降があったので、降車扉にスロープを取り付けてから、車椅子スペース部分の座席を収納させ、車椅子を固定ベルトで固定させることにより、車椅子でも楽に乗り降り出来るようになったんだなと思いました。

この場合は、後部の乗降中の表示に車椅子マークも付くことになります。

ノンステップバスなので、小さなお子様からお年寄りまで誰もが楽に乗り降り出来るし。

車椅子スペースは、ベビーカースペースにもなるので、ベビーカーを折り畳まずに乗ることが出来ます。

都営バスでは、今年度の新車の第一弾であるB代車(都営バス初のいすゞ新型エルガ)が江戸川自動車営業所(旧、葛西自動車営業所)のV-B774,775,776号車の3台を皮切りに導入されたことで話題になっています。

これにより、H代の残りとK代が置き換えられることになるし。

この日は、黒06系統で新型エルガミオが来ることを期待して待っていたら、3本見送ったところで来たので嬉しくて仕方がなかったです。

三軒茶屋駅バス停では、三宅坂から8Km、日本橋から11.8Kmの表示があり、リアの部分(後部)を入れて撮影することも出来ます。

このように、東急バスの新型エルガミオに初めて乗ることが出来て良かったです。



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2016年09月02日

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前回の続きで、8月28日は、林試の森入口から不動尊門前まで歩きし、不動尊門前から五反田駅西口まで、東急バス目黒営業所のM570(品川200か28-08)号車、三菱ふそうエアロミディMK(PA-MK27FH)による渋72系統(不動線)に乗りました。

不動尊門前でも、28日限定の転回によるバスの折り返し作業が行われていました。

目黒不動尊(瀧泉寺)は、目黒区下目黒にある天台宗の寺院であり、江戸三大不動、江戸五色不動の一つでもあります。

江戸五色不動とは、目黒不動、目白不動(豊島区高田、金乗院)、目赤不動(文京区本駒込、南谷寺)、目青不動(世田谷区太子堂、最勝寺教学院)、目黄不動(江戸川区平井、最勝寺など)から成っており、目黒の地名や駅名の由来となっています。

目黒と言えば、明後日(9月4日)にさんま祭りが行われ、焼きたてのさんま(秋刀魚)が振る舞われることになり、毎年行列が出来ます。

目白不動尊(金乗院)は、都電荒川線の学習院下電停付近にあり、目白駅からも歩いて行けるので、目白の地名や駅名の由来となっているし。

JR山手線の目白駅と目黒駅は、不動尊が由来の駅名であることが分かります。

目青不動尊(最勝寺教学院)は、三軒茶屋駅付近にあるけど、東急世田谷線の三軒茶屋駅のほうが近いです。

目黒不動尊の最寄り駅は、その名の通り、東急目黒線の不動前駅だけど、JR山手線や東京メトロ南北線・都営三田線の目黒駅からも歩いて行くことも出来ます。

今回乗った東急バス目黒営業所所属のM570(品川200か28-08)号車の三菱ふそうエアロミディMK(PA-MK27FH)は、6月23日に渋71系統(洗足線)で乗ったM572(品川200か28-50)号車と同様に、2005(平成17)年3月に青葉台営業所に新製配置された車両であり、当初はAO570(横浜200か16-38)号車を名乗っていました。

一昨年8月に、目黒営業所に移った時には、渋72系統(不動線)専用車となっていたけど、今年3月1日に、渋71系統(洗足線)が、下馬営業所から目黒営業所に再移管されてからは、渋71系統にも使われるようになっています。

最近になってからは、弦巻営業所に、新型のいすゞエルガミオのT1630〜1632号車が入ってきており、それに伴い、T538号車(日野レインボーHR)などが除籍されています。

目黒営業所では、M563号車とM564号車の2台(いすゞエルガ、元荏原営業所のPJ-LV234L1)が除籍されていたので、500番台のエアロミディMKも新車に置き換えられる確率が高くなってきています。

行先表示は、縁日の時には、常時縁日五反田駅または縁日渋谷駅東口と表示されていたけど、一昨年の車両更新により、林試の森入口または不動尊門前の表示も出るようになっています。

このように、置き換えが予想されている目黒営業所のエアロミディMKで、不動尊門前から五反田駅まで、縁日ダイヤで乗ることが出来て良かったです。



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2016年09月01日

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8月28日は、渋谷駅東口(渋谷ヒカリエ前)から林試の森入口まで、東急バス目黒営業所のM1400(品川200か27-98)号車、日野レインボー(SKG-KR290J1)による渋72系統(不動線)に乗りました。

毎月28日は、目黒不動尊で縁日が行われる関係により、境内をバスが通ることが出来ない為に、林試の森入口〜目黒不動尊〜不動尊門前間が運休となるので、渋谷駅東口〜林試の森入口間と、不動尊門前〜五反田駅西口間で折り返し運転という縁日特別ダイヤとなります。

林試の森入口〜不動尊門前間は徒歩連絡となり、乗り継ぎ希望者は、運転士さん(サービスプロバイダー)から乗継券を受け取ることになるけど、その裏にはバス停の案内地図が描かれています。

この時に乗ったバス(東急バス目黒営業所所属のM1400(品川200か27-98)号車、日野レインボー(SKG-KR290J1)は、一昨年8月に、SI→M1401号車と共に、下馬営業所に新製配置された車両であり、黒09系統(目黒駅〜中目黒駅〜野沢龍雲寺循環、野沢線)や渋71系統(渋谷駅東口〜洗足駅間、洗足線)を中心に使われていました。

今年3月1日には、渋71系統(洗足線)が目黒営業所に戻されたことにより、1401号車と共に目黒営業所に移されていたけど、前面に標準仕様ノンステップバスのステッカーが付いていることで、生え抜きのレインボー(M1406〜1409号車)と区別することが出来ます。

目黒入りと共に、前面の東急トランセのロゴマークも外されていたし。

こちらは品川ナンバーであることから、ナンバーを変えることもなく転属させることが出来たのであります。

前面の行先表示は、縁日渋72、林試の森入口(五反田駅方面は境内徒歩連絡)と書いてあったので、こちらも月に1度しか見られない表示となっています。

林試の森入口での折り返しでは、狭い道での転回作業が係員の立ち会いにより行われていたので、こちらも28日の縁日の時しか見られないシーンとなっているし。

渋72系統が中型車による運行となったのは、1980(昭和55)年3月のことで、それ以前は、大型車が使われていたのであります。

狭い道での転回が出来るのは、中型車ならではであり、大型車では困難となっています。

東急バス目黒営業所の中型車は、1979(昭和54)年から1989(平成元)年まで活躍していた日野K-RL320型(レインボーシリーズの前身)が最初であり、レインボー兇癲△修療租が受け継がれています。

これらの車両の導入により、渋72系統だけでなく、渋71系統や黒06系統(目黒駅〜三軒茶屋間、東急バス三軒茶屋線、現在は下馬営業所を経て弦巻営業所の路線となっている)も、中型車化されていたし。

目黒営業所では、大型車でも日野の車両(ブルーリボンシリーズ)が盛んに導入されているので、日野車の比率が高い営業所とも言えます。

東急バスの表示が幕式だった頃は、系統表示が緑色となっていたけど、昔はサボによる系統表示となっていました。

バス停の系統表示が緑色の表示となっているのは、幕表示の名残でもあるし。

目黒不動尊の境内を歩いた時にはもちろん、目黒不動尊を散策しました。

乗り継ぎ券は、その日の乗り継ぎ便(渋72系統)に限り有効なので、この機会に目黒不動尊を散策することが出来たし。

渋72系統に初めて乗ったのは、2001(平成13)年11月の渋谷駅東口→五反田駅間のことであり、当時は日野の初代レインボーであるレインボーRJ(スケルトン車体)が使われていたことを覚えています。

2002(平成14)年5月に目黒営業所時代末期の黒06系統に初めて乗った時もそれに当たっていたし。

渋72系統に初めて乗った時には、狭い道を通ることを知ったのであります。

次回の目黒不動尊の縁日は、9月28日(水)となります。

このように、8月28日の縁日の時に東急バス渋72系統に乗ることが出来て良かったです。


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2016年07月30日

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7月13日は、幡ヶ谷折返所から渋谷駅西口まで、東急バスのA1025(品川200か22-40)号車の日野レインボー(PDG-KR234J2)による渋55系統(東急バス幡ヶ谷線)に乗りました。

A1025号車は、2010(平成22)年に導入された中型車(日野レインボー)で、渋55系統(渋谷駅西口〜幡ヶ谷折返所間、幡ヶ谷線)、渋31系統(渋谷駅西口〜下馬一丁目循環、三宿線)、渋34系統(渋谷駅西口〜東京医療センター間、渋谷線)を中心に、淡島営業所の指定メーカーである三菱ふそうの中型車(エアロミディ)に交じって使われています。

このA1025号車には、世田谷線の304Fと307Fでお馴染みの住友不動産販売のラッピングが施されているので、住友不動産販売が、東急電鉄や東急バスとの関わりがあることが分かります。

こちらは三菱ふそうエアロミディの新低床バスの置き換え用として導入されたもので、置き換え用のエアロミディに加えて、日野レインボー兇皺辰錣辰燭海箸馬誕蠅砲覆辰討い泙靴拭

日野レインボー兇蓮京王電鉄バスグループにも盛んに導入され、中野所属車に関しては、渋61系統(渋谷駅西口〜初台駅間)や渋68,69系統(渋谷駅〜笹塚循環)を中心に使われているし。

中野営業所所属の新宿WEバスの専用車両は、日野レインボー兇ベースとなっています。

新宿WEバスには、ゴジラのラッピングバスも登場したことで話題になり、押しボタンもゴジラ仕様であるし。

渋谷駅西口と幡ヶ谷折返所を結ぶ東急バスの渋55系統は、東急バスで唯一京王線沿線エリア(幡ヶ谷)へと乗り入れている路線であり、1977(昭和52)年12月まで、東85系統として、都営バスとの共同運行により、東京駅八重洲口〜新橋駅、溜池、六本木、渋谷駅経由〜幡ヶ谷間で運転されていたこともありました。

東京駅八重洲口〜渋谷駅間で、新橋駅〜渋谷駅間で、橋89系統(現、都01系統)のルートと重複していたし、直通需要が少なかったので、現在の渋谷駅西口〜幡ヶ谷折返所間の渋55系統として独立していたのであります。

こちらは、一時期、渋41系統(渋谷駅西口〜大井町間の、品川線)と同様に、玉電渋谷駅跡のバスターミナル(渋谷マークシティの高速バス乗り場の前身)から発着していたこともあったけど、1994(平成6)年7月に玉電渋谷駅跡のバスターミナルが廃止されてからは、地平発着となり、誤乗防止により青色の幕となっていたことがありました。

幡ヶ谷折返所は、京王新線の幡ヶ谷駅南口からも歩いて行ける場所にあり、道路とローソン付近、専用の折返場所が目印であります。

渋谷から到着した後、降車作業が行われてから右側にある専用の折り返し場所に入り、待機した後に出庫してからその先にある幡ヶ谷折返所の停留所で乗車扱いが行われることになるので、中型車が折返所で休むシーンを見ることが出来ます。

こちらの路線も、京王バス東に移管された渋61系統と同様に30分間隔であり、2台のバスが行き来することになっているし。

渋61系統では、京王バスとの競合路線である為に京王バス東に移管されていたけど、渋55系統では、京王バスとの競合のない独自の路線であることから、東急バスのまま残されています。

渋61系統が東急バスだった頃は、渋55系統と共に初台、幡ヶ谷エリアに乗り入れる淡島営業所の2大路線として注目していたし。

1997(平成9)年4月1日に消費税率が引き上げられたことに伴う運賃改定の時に、京王バスの運賃が据え置き、都営バスと同額となったことにより、渋61系統が東急バスから京王バスに移管されたきっかけとなっていました。

中型車運行路線は、必ず狭い道を通るというイメージがあるけど、狭い道を走る路線とは限らず、乗客の少ない路線にも使われています。

こちらは、飛行機で、中型または小型の旅客機が、滑走路の短い空港のみならず、利用客の少ない路線にも使われていることと同様であるし。

京王新線の幡ヶ谷駅は、1978(昭和53)年10月31日に初台駅と共に新線にシフトされる前は、本線上にあった地上駅でした。

その地上駅の遺構は、1983(昭和58)年の地下区間の再延長により失われています。

これより乗車レポート。

幡ヶ谷折返所を出た後、消防学校前へ。

消防学校は、東京消防庁による消防学校、研修施設であり、地下鉄実習室には、都営1号線→浅草線で活躍していた5000形の5069号車の廃車体が使われていることで有名であります。

こちらは、幡ヶ谷駅のほか、笹塚駅や小田急線と地下鉄千代田線の代々木上原駅からも歩いて行けるし。

この後、中野通りに入り、大山町(井の頭通りとの交差点)、東北沢へ。

中野通りは、中野区の哲学堂と、渋谷区の大山町の間を中野駅前(サンプラザ前)を経由して南北を結ぶ道路であり、鮫洲大山線計画の一部でもあります。

以前は笹塚1東交差点(中村屋前)で途切れていたけど、現在は大山交差点まで延長され、五條橋〜大山交差点間が拡幅されていました。

渋55系統では、幡ヶ谷折返所付近などで狭い道を走るので、以前から中型車が使われています。

小田急線の東北沢駅は、2013(平成25)年3月23日に下北沢、世田谷代田駅と共に地下化されているので、地下化される前は、踏切を通過していました。

地下化工事が開始される前の東北沢駅は、2面4線の通過線を持つ駅であり、西武新宿線の沼袋駅に雰囲気が似ていました。

地下化されてからは、地上時代の末期と同様の島式ホームとなり、急行線部分が暫定的に使われている幅広の仮設ホームとなっています。

来年度に代々木上原〜梅ヶ丘間が複々線化されれば、東北沢駅が、外側に急行線、内側に緩行線が入る1面4線の駅となるし。

沼袋駅のほうも、新井薬師前駅と同様に地下化される予定であり、中野通りに跨がる踏切が廃止されることになります。

松蔭学園前で左折。

松蔭学園中学・高等学校は、私立の学校であり、小田急線の東北沢駅と、京王井の頭線の池ノ上駅が最寄り駅であります。

駒場リサーチキャンパスは、東大の研究センターであり、東大の駒場キャンパスとは別の場所となっています。

代々木上原バス停は、代々木上原駅と離れているので注意が必要となるし。

その周辺には、駒場公園があり、近代文学博物館なども入っています。

この時には、渋55系統、幡ヶ谷折返所行きのA8774(品川200か17-65)号車の三菱ふそうエアロミディとすれ違いました。

こちらは元下馬営業所のエアロミディであり、淡島営業所の中型車の伝統である三菱ふそうエアロミディでもあります。

現在の品川ナンバーの地域は、千代田区、中央区、港区、渋谷区、目黒区、品川区、大田区と、大島、八丈島、三宅島などの伊豆諸島や小笠原諸島であり、伊豆諸島や小笠原諸島でも、大都会のイメージがある品川ナンバーの車が走っていることでかなり違和感があります。

淡島営業所は、下馬、弦巻、瀬田の各営業所と同様に世田谷区にある営業所なので、一昨年11月17日以降に新規及び移転登録された車両は世田谷ナンバーとなっているし。

世田谷区にある淡島、下馬、弦巻、瀬田の各営業所は、高津営業所と同様に、運行が東急トランセに委託されているので、小田急バスと小田急シティバスの関係に準じています。

二ツ橋からは東大の駒場キャンパスの北側を通り、山手通りと合流したところで右折し、東大裏へ。

幡ヶ谷行きの左折場所は、ガソリンスタンド(昭和シェル石油)が目印であります。

山手通りに入ってからは、松濤通りの入口まで、京王バスの渋61系統と同じルートを通っていたけど、渋55系統の場合は、直進し、東大前バス停に停車した後に、道玄坂上経由で渋谷駅西口へと向かうことになります。

松濤二丁目交差点から東急百貨店本店前までは、西側のみの一方通行となっていたけど、現在は拡幅されて両方向通れるようになっています。

渋谷駅西口では、渋52系統(世田谷区民会館→東急百貨店本店前循環、若林百貨店循環線)と同じ30番乗り場に到着。

こちらはロータリー部分とは異なり、撮影しやすい場所となっているので重宝しています。

このように、幡ヶ谷折返所から渋谷駅西口まで、東急バスの日野レインボー兇望茲襪海箸出来て良かったです。


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2016年07月28日

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7月10日は、渋谷駅西口から経堂駅まで、小田急バスの04-B326(品川200か11-87)号車のいすゞエルガミオ(PA-LR234J1)による渋54系統(小田急バス梅ヶ丘線)に乗りました。

04-B326号車は、2004(平成16)年に、元狛江営業所の富士重工業製5E車体+いすゞ車(中型車、ジャーニーK)の置き換え用として導入された中型車(初代エルガミオ)であり、この年に改良されたモデル(PA-LR234J1)となっています。

小田急バスは、1950(昭和25)年9月1日に、武蔵野乗合自動車(国際興業系)の買収により設立された、その名の通りの小田急グループのバス会社であり、西武バスなどと同様に、当初から鉄道会社(大手私鉄)とは別の会社となっています。

小田急電鉄では、小田急バスとは別の箱根高速バス事業もあったけど、こちらは2001(平成13)年4月1日に小田急箱根高速バスとして分社化されていたし。

小田急バスの本社は、調布市仙川町(京王線の仙川駅付近)にあります。

小田急バスの若林営業所は、小田急バスと同じ1950年11月11日に設立された営業所であり、2001年1月16日に、三軒茶屋線を皮切りに、子会社の小田急シティバス世田谷営業所(小田急バス若林営業所に隣接)に運用が委託されています。

渋54系統では、同年5月16日から小田急シティバスに運用が委託されるようになっているし。

小田急バス若林営業所(小田急シティバス世田谷営業所)は、世田谷区若林にある、一般路線バス、高速路線バス、貸切バスを扱う営業所であり、小田急シティバスの本社も併設されています。

小田急バスの営業所は、吉祥寺(A)、若林(シティバス世田谷,B)、武蔵境(C)、狛江(D)、登戸(E)、町田(F)の6ヶ所であり、若林(シティバス世田谷)営業所が品川または世田谷ナンバー、小田急バスで唯一神奈川県(川崎市多摩区)にある登戸営業所が川崎ナンバーで、他は全て多摩ナンバーとなっています。

小田急バスの町田営業所(町田市野津田町)は、同じ小田急グループのバス会社である神奈川中央交通(神奈中バス)の町田営業所(営業所記号は、ま)と隣接されている珍しい営業所であるし。

小田急バスの登戸営業所は、2013(平成25)年6月2日に、生田営業所(小田急線から見える位置)からの移転により、三菱レイヨンの工場跡地に出来た営業所であり、整備工場が町田営業所から移転されてきています。

前身の生田営業所の時から、唯一神奈川県にある営業所だけでなく、一般路線の車両が、いすゞ車に統一されているのが特徴であるし。

生田営業所の跡地は、川崎交通産業(小田急バスの子会社のタクシー会社)の本社となり、その一部が生田折返場として使われています。

小田急バスでは、1998(平成10)年10月まで、杉並区堀ノ内に、貸切バス及び高速バスの営業所だった堀ノ内営業所があったけど、当時は杉並ナンバーではなく、小田急バスで唯一の練馬ナンバーとなっていました。

小田急の夜行高速バスは、2000(平成12)年8月1日に、小田急バス若林営業所から小田急シティバス世田谷営業所に移管されていたけど、 1998年までは堀ノ内営業所(練馬ナンバー)となっていたし。

小田急シティバスでは、2006(平成18)年8月から2011(平成23)年9月までの間、貸切専門の若葉台営業所(川崎市麻生区)もあり、小田急バスグループでもう一つの川崎ナンバーの営業所となっていたけど、貸切事業の縮小により廃止され、世田谷営業所に統合されています。

小田急シティバスによる一般路線は、祖師谷・成城循環線(祖師谷大蔵駅→砧総合支所(成城学園前駅入口→祖師谷大蔵駅循環、世田谷区のコミュニティバス、せたがやくるりん)だけが直営であり、梅ヶ丘線(渋54系統、渋谷駅〜梅ヶ丘駅、経堂駅間)

経堂線(経01系統、経堂駅〜希望ヶ丘団地〜千歳船橋間、経02系統、経堂駅〜八幡山駅間、京王バス東(永福町営業所)と共同運行)、梅01系統(梅ヶ丘駅〜経堂駅〜希望ヶ丘団地〜千歳船橋駅間)、梅02系統(梅ヶ丘駅〜経堂駅間)、歳22系統(千歳船橋駅〜希望ヶ丘団地〜千歳船橋駅、休日夕方1本のみ)、歳24系統(千歳船橋駅〜希望ヶ丘団地間、深夜バスのみ)

船橋希望ヶ丘線(歳25系統、千歳船橋駅〜船橋地区会館経由〜希望ヶ丘団地間)

三軒茶屋線(下61系統、北沢タウンホール〜代沢十字路〜三軒茶屋〜駒沢陸橋間、日曜・祝日の三軒茶屋での歩行者天国実施日は、北沢タウンホール〜代沢十字路間となる)が小田急バスからの受託運行となっています。

毎年3月16日〜6月15日、9月16日〜11月15日の間の日曜・祝日には、新宿駅西口〜よみうりランド間のバスも2往復、小田急シティバス世田谷営業所への委託運用により運転されるし。

現在毎日新宿駅西口に乗り入れている小田急バスの一般路線は、新宿駅西口〜武蔵境駅南口間の宿44系統(武蔵境営業所)だけであり、専らいすゞエルガミオ(中型車)が使われています。

こちらも2往復と少なくなっているし。

経02系統(経堂駅〜八幡山駅間)のように小田急バスと京王バスの共同運行の場合は、小田急バスの運賃が京王バスと同額となっています。

渋54系統が開設されたのは、1954(昭和29)年10月1日のことで、現在と同じ渋谷駅〜経堂駅間となっていました。

1970年代に渋谷駅〜梅ヶ丘駅間に短縮され、梅ヶ丘駅南口発着へ。

梅ヶ丘駅が高架化された後の2003(平成15)年10月16日には、一部が希望ヶ丘団地まで延長され、2009(平成21)年8月31日には、深夜バスを含めた夜間の一部(22時台以降)を除いて経堂駅まで延長されて、開業当時の路線に戻っています。これにより、渋谷駅〜希望ヶ丘団地間が廃止されていたので、経堂延長までの繋ぎであったことも言うまでもないです。

かつて渋54系統を含めた若林営業所管内の一般路線では、三菱ふそうの大型車(エアロスター)が使われていたけど、現在は歳25系統や祖師谷・成城循環線で使われる小型車を除いて全て中型車(いすゞエルガミオ)に統一されています。その一部には世田谷ナンバーも含まれているし。

これより乗車レポート

渋谷駅西口では、4番乗り場から発車。こちらは、渋谷東急プラザ跡、マークシティ入口側の三菱東京UFJ銀行前の乗り場であり、渋24系統(渋谷駅西口〜成城学園前駅間、小田急バス狛江営業所と東急バス弦巻営業所の共同運行)と渋26系統(渋谷駅西口〜狛江駅経由〜調布駅南口間、小田急バス狛江営業所による運行)の乗り場もその横にあります。

2004年までは、渋24系統や渋26系統と同様に道玄坂を経由していたけど、現在は全て246号経由となっています。

淡島までは、東急バスの渋51系統や渋52系統と同じルートを通るので、これらの路線を補佐する役割があります。淡島までは渋51系統のところで紹介したので割愛するし。

駒場周辺では、秋田中央交通によるフローラ号の回送車とすれ違いました。

淡島で右折し、梅ヶ丘方面への独自のルート(梅丘通り)へ。その北側には、北沢川の暗渠の緑道があります。

この時に東急バスの淡島営業所を見ることが出来ました。

宮前橋で環七通りと交差し、暫く進んだ後に小田急線のガードを潜り、梅ヶ丘駅へ。

以前は南口が渋54系統、北口が梅01系統(梅ヶ丘駅〜経堂駅〜千歳船橋駅間)の発着場となっていたけど、現在は全て北口のロータリー発着となっています。

梅ヶ丘駅の北側には、羽根木公園があり、梅のシーズンには賑わうことになります。

梅ヶ丘駅を出た後、六所神社前方向へと進み、世田谷線(山下〜松原間)に跨がる踏切へ。

この時に踏切待ちで停車していたけど、水色の302Fが通過していました。

それが赤色の308Fだったら赤色同士の組み合わせとなっていたところだったし。

小田急バスの赤色は、情熱の赤であり、伝統の色でもあります。

その後左折し、ユリの木公園で右折。

この周辺には、小田急箱根高速バスの本社及び経堂営業所があります。

こちらは経堂営業所のほか、御殿場営業所(静岡県御殿場市)もあり、御殿場営業所所属車両は富士山ナンバーとなっているし。

経堂駅では北側のバスターミナルに到着。

西側には経堂コルティが、東側にはピーコックストアがあります。

ピーコックストアは、以前大丸系列で大丸ピーコックと呼ばれていたけど、現在はイオンの傘下となっているし。

このように、渋谷から経堂まで小田急バスの渋54系統に乗ることが出来て良かったです。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 10:31│コメント(0)トラックバック(0)
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