都営バスなどの公営バス

2017年08月07日

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8月3日は、池袋駅東口から西新井駅まで、都営バスのN-K466(練馬200か・715)号車による、王40甲系統に乗りました。

今回乗った都営バスのN-K466(練馬200か・715)号車は、日産ディーゼル(現、UDトラックス)のスペースランナーRAシリーズの前身であるノンステップバス(KL-UA452KAN改)で、2003(平成15)年1月に、K465,467,468,469号車と共に北自動車営業所に導入されていました。

同時期には、K499号車が江東自動車営業所、K500,501,502号車が練馬支所に導入されていたし。

これらの車体は、富士重工業(現、SUBARU(スバル))のバス車体製造の末期(撤退前)に群馬県伊勢崎市で製造された新7Eグループであり、都営バス最後の富士重工車体となっています。

K499号車とK500,502号車は、北自動車営業所のCNG充填設備の廃止に伴うCNG車の放出(従来のディーゼル車への置き換え)と共に北自動車営業所に移り、K499号車に関しては、江東時代の足立200か・627号車から練馬200か24-57号車となっていました。

練馬支所から北自動車営業所に移った時に、練馬ナンバーのまま移せたのは、東京都北区が練馬ナンバーの地域だからであります。

これによって、F-K501(練馬200か・720)号車が練馬支所に残留となり、池65系統(池袋駅東口〜江古田二丁目、練馬車庫間)中心で使われるようになっているし。

こちらも練馬支所での富士重工車体の最後の1台として注目されています。

現在都営バスのK代車は、H代車の残りと共に除籍が進められており、今年度に導入されるC代車によってH代車及び方向幕車が全廃される見込みとなっています。

715ということで、元モーニング娘。の久住小春氏やAKB48のゆきりんこと柏木由紀氏の誕生日の番号なので、小春&ゆきりん番と呼んでいます。

北自動車営業所は、東京メトロ南北線の志茂駅付近(環七通りの北側)にある営業所であり、1980(昭和55)年4月4日に、同じ東京都北区にあった滝野川自動車営業所(王子電気軌道のバス事業由来の営業所)と昭和町分車庫からの移転によって開設されていました。

滝野川自動車営業所の時代は、いすゞ車が指定されていたけど、1982(昭和57)年3月29日に、UD車指定営業所だった志村営業所の廃止、統合によってUD車が入ってくるようになっていました。

当時は、いすゞ車とUD車が混在していたけど、北自動車営業所の新規導入車がUD車となり、1987(昭和62)年には、UD車指定だった今井支所との交換及びいすゞ指定だった巣鴨や新宿などへの転出により、一時的にUD車に統一されていました。

今井支所は、1987年5月まで今井操車所にあった車庫(トロリーバスから転用されていた)であり、当初江東自動車営業所の支所だったことからUD車が指定され、いすゞ車指定だった初代江戸川自動車営業所(臨海支所の前身)の支所となった後もUD指定のままとなっていたし。

2006(平成18)年度のP代車からは、年度毎の入札制による車両導入に切り替えられたことにより、北自動車営業所にも三菱ふそう車や日野車が本格的に導入され、いすゞ車が復活するなどで大きく変化していました。

2005(平成17)年度のN代車では、UD指定だった北、江東の両自動車営業所及び練馬支所のみUD車が導入されていたし。

王40甲系統は、豊島区の池袋駅東口から、王子駅前と荒川土手を経由して、足立区の西新井駅へと至る路線であり、運転本数の多いドル箱路線でもあります。

東武東上線の池袋駅と東武スカイツリーライン(伊勢崎線)の西新井駅を結ぶショートカット路線であることから、幻となった西板線計画の替わりともなっているし。

これより乗車レポート。

池袋駅東口では、グリーン大通上にある6番乗り場から発車。

明治通り上のヤマダ電機LABI池袋(旧、三越池袋店)、東京三菱UFJ前で降車扱いや折り返しまでの待機が行われているので、そこで撮影しました。

池袋駅東口を出た後左折し、ヤマダ電機裏にある10番乗り場に停車してから明治通りを北上。

池袋駅東口発着の都営バスのうち、王40系統、王55系統(池袋駅東口〜王子駅前、ハートアイランド東経由〜新田一丁目間、北自動車営業所所属)、草64系統(池袋駅東口〜王子駅前、日本堤経由〜浅草雷門南間)が半時計回りのルートを辿っています。

ここから王子駅前までの区間は、都営バスのほか、バスタ新宿〜池袋、王子経由の栃木、東北方面への高速バスも通るので華やかな区間とも言えます。

今年4月1日には、JRバス関東による新宿いわき号(バスタ新宿〜いわき駅、JRバス関東いわき支店間、1日3往復)も加わっているし。

西巣鴨までは、草63系統と同じルートを通っているので、最も賑やかであります。

池袋駅東口〜西巣鴨〜王子駅前を通る都営バスの路線のうち一番本数が多いのは、王40甲系統であり、みんくるガイド(都営バスで無料配布されている路線案内図)で、高頻度路線を表す太線となっています。

飛鳥山で左折し、都電荒川線(東京さくらトラム)との併用区間に入っていました。

この時に飛鳥山で信号待ちをする8902号車による三ノ輪橋行き、王子駅前で7708号車(7010号車から改造された車両)による早稲田行きを見ることが出来ました。

北自動車営業所の前身である滝野川自動車営業所や、王40系統の池袋〜王子間は、王子電気軌道のバス事業によって開拓されていたので、都電荒川線と都営バスで王子電気軌道の時代からの繋がりがあることが分かります。

北車庫行きは、王子駅前から分岐し、王57系統と同じ北区神谷町経由のルートで北車庫へと向かうことになるし。

王子駅前からは、鉄道のない地域をカバーする区間となる為にかなりの乗客が乗ってきていました。

この先豊島二丁目、豊島三丁目、豊島四丁目、豊島六丁目、豊島五丁目団地と、豊島の付くバス停が続くけど、東京都北区豊島のことで、豊島区とは無関係であります。

豊島五丁目団地は、鉄道の駅から離れた場所にある団地である為に、バス輸送が盛んに行われており、王子駅前からは、王40甲系統のほか、王57系統(赤羽駅東口〜王子駅前〜豊島五丁目間)、王40丙系統(王子駅前〜江南中循環)も出ています。

平日の夜には、池袋駅東口または王子駅前から豊島五丁目団地への深夜バスも出ているし。

豊島五丁目団地では乗客が入れ替わっていたので、豊島五丁目団地から西新井へと向かう乗客も多いことが分かります。

豊島五丁目団地を出た後、隅田川に掛かる豊島橋を渡り、宮城二丁目(足立区宮城)へ。

足立区の宮城は、新田、小台(足立小台)、千住エリアと同様に隅田川と荒川に挟まれた足立区の地域であります。

その後荒川に掛かる江北橋を渡ってから左折し、荒川土手へ。

荒川土手を出た後に右折し、片側1車線の狭い道である江北バス通り(都道307号線の一部)に入っていました。

江北バス通りに入ってすぐの場所にある荒川土手操車所は、東43系統(東京駅北口、駒込病院〜荒川土手操車所間)が折り返す場所であります。

東43系統では、本数が少ないながら、駒込病院〜江北駅または豊島五丁目団地行き(宮城二丁目から分岐)もあるし。

こちらでは、狭い道を王40系統の大型バスが頻繁に行き交うことで有名であり、運転に気を使う区間だと言われています。

尾久橋通りと交差する江北四丁目バス停は、日暮里・舎人ライナーの江北駅付近にあり、乗り換えに便利であります。

江北駅前には、ライフとコジマ×ビックカメラの複合店舗があり、その周辺にはドイト(ホームセンター)の西新井店もあるし。

阿弥陀(あみだ)橋のバス停は、西新井堀に掛かっていた阿弥陀橋が由来であり、暗渠化された後もその名残があります。

その後に環七通りに入り、西新井大師へ。こちらは大師前駅付近にあり、初詣の時期には賑わうことになります。

栗原町を出た後、西新井陸橋で右折し、再び狭い道を通ってから西新井駅西口に到着。

その後、折り返し間合いによりロータリー内で待機していたけど、東武バスを含めた4台のバスが並んでいました。

西新井駅発は、行きとは別のルートを通り、突き当たりを右折してから尾竹橋通り上にある西新井駅入口バス停に停車し、左折してから環七通りに戻るので、時計回りのルートであることが分かります。

この日は、東武大師線の8575Fがお目当てだったので、その前に池袋から西新井まで、都営バスで貴重となった富士重工車体のUD車に乗ることが出来て良かったです。

並びのバスは、N-V372(練馬200か24-69)号車の三菱ふそうエアロスター(先発)、N-P458(練馬200か16-55)号車のUDスペースランナーRA(元大塚支所→巣鴨自動車営業所所属)、東武バスセントラル(西新井営業所所属)の9730(足立200か・944)号車の日野レインボーHR(北04系統、北千住駅〜西新井駅西口間)です。

よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 13:40│コメント(0)

2017年06月09日

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続いては、3月26日に、京橋駅前(東京都、東京メトロ銀座線の駅)にある京橋エドグラン(KYOBASHI EDOGRAND)で行われた、さよなら都電7000形記念の都営バスの展示イベントで展示されていた、緑系塗装のK-L653(足立200か・833)号車の日野レインボーHR(KL-HR1JNEE、南千住営業所所属)で、万世橋行きの表示となっていました。

こちらの塗装は、1954(昭和29)年のデビュー当時に施されていた金太郎塗り塗装であり、1988(昭和63)年から2000(平成12)までの間に6152号車がイベント用車として活躍していた時の塗装でもあります。

6152号車は現在金太郎塗装のままあらかわ遊園で静態保存されているし。

あらかわ遊園と言えばかつて7500形更新車を模した無料送迎用のマイクロバス(ドリーム号、JRバスグループの夜行高速バスとは無関係)が日暮里駅または南千住駅まで運転されていたことがあったことを思い出しました。

3月26日の京橋での緑色塗装のバス展示イベントは、南栗橋での東武鉄道のイベントに行っていたことや、雨であった為に回避する予定だったけど、2色の車両をコンプリートさせたいということにより行ったのであります。

この時に浅草から銀座線で行くことも出来ていたのでそのはずであったし。

モデルとなった都電1系統(都電銀座線、品川駅前〜上野駅前間、三田電車営業所所属)は、1967(昭和42)年12月に廃止されるまでの間に実際に中央通り(上野、秋葉原、日本橋、銀座、新橋界隈)を走っていました。

現在7504号車と共に都電おもいで広場で静態保存されているPCCカーこと5501号車は、車体が長かったことや特殊性があった為に専ら都電1系統に使われ、その廃止後に廃車となっていました。

都電1系統は、廃止後に都営バスの501系統(品川自動車営業所所属)に継承されたけど、新橋〜上野間で地下鉄銀座線と重複していたことや、都営1号線→浅草線の大門〜泉岳寺間の開業の影響により、都電の第4次撤去と同じ1969(昭和44)年10月25日に、後述の都電34系統などと共に廃止されていました。

そのうちの金杉橋〜新橋駅間は都06系統グリーンエコー(渋谷駅東口〜天現寺橋、赤羽橋駅経由〜新橋駅間、渋谷自動車営業所所属)が、日本橋〜上野駅間がS-1系統(東京→夢の下町、東京駅丸の内北口、上野松坂屋〜錦糸町駅間、南千住自動車営業所所属)が走っているけど、S-1系統の東京駅丸の内南口〜上野松坂屋間は土休日のみで運行本数が少ないです。

都06系統は、1990(平成2)年3月31日に都市新バス化される前は、534系統→橋85系統であり、1969年10月25日までは都電34系統(広尾電車営業所所属)で、最後まで渋谷駅に乗り入れていた路線として有名でありました。

渋谷駅から都電が全廃となったのは、同年5月10日に玉電(東急玉川線、渋谷〜二子玉川園間)の廃止の5ヶ月後のことであったし。

万世橋は、秋葉原付近のことであり、1972(昭和47)年11月11日まで都電が走っていました。

都電や玉電は、1964(昭和39)年10月に開催された東京オリンピック1964でのオリンピック輸送に貢献していたけど、道路渋滞が最大のネックとなっていたし。

渋谷駅東口のバスターミナルは、都電が走っていた頃の面影があったけど、現在は再開発に伴う大規模な改良工事により面影が残らなくなってしまったし。

都営バスは、1924(大正13)年1月18日に東京駅と渋谷駅(中渋谷)と巣鴨駅(巣鴨)を結ぶ路線(東京市営バス)として開業したのが最初であるけど、前年の1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災により打撃を受けていた東京市電(のちの都電)の復旧への繋ぎとなっていました。

市電復旧後には廃止される予定だったけど、東京市会により運行が継続され、都電の廃止により路線網が拡大されていました。

こちらは、京王バスが、1913(大正2)年4月15日に京王電鉄の前身である京王電気軌道が笹塚〜調布間で開業した時に、鉄道の延長までの繋ぎとして新宿〜笹塚間と調布〜府中〜国分寺間でバスを走らせていたことに似たような現象であり、京王線の新宿または府中までの延長によって一旦廃止され、1937(昭和12)年12月1日の甲州街道乗合自動車の買収によりバス事業に再参入し、路線が拡大されていました。

2002(平成14)年8月1日に京王電鉄バスとして分離された後も受け継がれているし。

大手私鉄では、地下鉄専門の東京メトロを除いてバス部門またはバス事業の子会社を持つのが普通となっているけど、京王電鉄と京王電鉄バスグループもその1つであり、京王線と京王バスの連携が行われています。

都営バスのほうも、バスがないと不便な地域をサポートしているし。

古くから西武鉄道の子会社である西武バスは、駅と駅を結ぶショートカット的な役割があると言われています。

都営バスの南千住自動車営業所は、1975(昭和50)年12月21日に、台東区千束にあった新谷町自動車営業所からの移転により開設された営業所であり、1971(昭和46)年3月まで使われていた都電の南千住電車営業所から転用されています。

こちらは1972(昭和47)年7月から1975年5月まで千住自動車営業所の南千住分車庫として使われていたし。

都営バスの今年度導入予定の車両はC代車となるけど、どのメーカーに落札されるのか気になります。

昨年度に導入されたB代車のうち後期に渋谷・南千住の両自動車営業所に導入されたいすゞの新型エルガからはフルカラー式の行先表示に変更されていたけど、C代車で正式採用されるかどうか気になるところでもあるし。

2014(平成26)年1月に登場した都営バス90周年ラッピングバスは、未だそのままの姿となっています。

さよなら都電7000形記念ラッピングバスは、6月12日以降どうなるのか気になります。

いずれにせよ、都電7000形の最終日である6月11日に間に合わせる形でこの記事を書いたので、賞味期限が切れないうちに味わったことと同様でありました。

ラッピングバスの運行予定及び位置情報は、都営バスによる公式サイトであるtobus.jpで調べることが出来ます。

このように、3月25日と3月26日の2日間に、都電7000形記念の都営バスを撮影することが出来て良かったです。


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3月25日は、京橋駅前(東京都、東京メトロ銀座線の駅)にある京橋エドグラン(KYOBASHI EDOGRAND)で行われた、さよなら都電7000形記念の都営バスの展示イベントに行ってきました。

このイベントは、都電の7000形の完全引退を記念して、都営バスの南千住自動車営業所所属の2台(K-L652,L653号車)に都電7000形がイメージされた塗装が施され、3月24日から26日までの3日間に、日本橋から銀座まで、特別に運転されていたのであります。

3月25日は黄色に赤帯塗装のK-L652(足立200か・832)号車、3月26日は緑系塗装のK-L653(足立200か・833)号車がそれぞれ展示されていたけど、もう1台は、日本橋〜銀座間を走っていました。

これらの車両は、2003(平成15)年に導入された南千住自動車営業所所属の日野レインボーHR(KL-HR1JNEE)であり、ノンステップ化を促進させる為に導入された中型ロング車(中型車をベースに車体を延長(ストレッチ化)させた車両)であり、同じ南千住自動車営業所によるS-1系統(東京→夢の下町、東京駅丸の内南口、上野松坂屋〜錦糸町駅北口間)の専用車両と同期であります。

昨年度のB代車(いすゞの新型エルガ、トヨタFCバス)の導入により、H代車やK代車の除籍が進められていたけど、中型ロング車の除籍が目立っていました。

京王電鉄バスグループでは、今年3月23日に、京王電鉄バス八王子営業所所属のC20317(八王子200か・605)号車を最後に日野レインボーHR(中型ロング車)が全廃され、同年3月18日に京王バス南の多摩営業所でありがとうHRイベントが行われていました。

こちらもやはりノンステップ化の促進により導入されていたし。

京橋での展示及び銀座通りでの特別運転の時には、L652号車は三田、L653号車は万世橋の表示となっていたけど、このままの姿では一般の営業運転に使うことが出来ないので、イベント限定の姿となっていました。

車内も公開され、昔の7000形の写真も掲載されていたし。

このような展示は、記念バスに落選した及び都合により申し込めなかった人へのサービスでもあるので、敗者復活であります。

3月28日からはラッピングの一部が剥がされた上で、里48系統(日暮里駅〜見沼代親水公園駅間)の運用に入っていたし。

明後日都電荒川線(東京さくらトラム)の荒川電車営業所(荒川車庫)で行われるありがとう7000形イベントで、都電カラーの都営バスが展示される予定となっているけど、午前中に用事がある為に撮影会に申し込めなかったのが残念で仕方がなかったです。

友人が当選したことを聞いて羨ましくなったけど、都電7000形を何度も撮影しているので充分だと思っています。

それでも自分自身(しゃもじ)で撮影したかった気持ちで一杯であります。

自分(しゃもじ)のブログは、友人が撮影し、送られてきた画像を積極的に載せている真太郎氏のブログとは異なり、自分自身で撮影した画像に拘っているので、ブログを書く楽しみが半減したのも言うまでもないです。

本当に落選したなら別の話になるけど、タイミングが悪すぎました。

7000形イベントは、車庫内見学なら申し込めなかった人でも参加出来るのでめげずに行く予定でいます。

こちらは、一昨日(6月7日に)味の素スタジアム(調布市)で行われたサッカー(キリンチャレンジ2017)の日本対シリアの試合で、1対1で引き分けたことに例えたくなります。

因みに、シリアとは、シリア・アラブ共和国のことであり、西アジア、中東に位置しているし。

用事を終えた後にイベントに行く予定だけど、敗者復活を信じています。

遅くなりましたけど、このように京橋駅前(東京都)で、都電塗装のバスを撮影することが出来て良かったです。





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2016年11月02日

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続いては、10月30日に、秋葉原駅前から駒込駅南口まで、都営バス(都バス)の新車であるP-B735(練馬200か32-07)号車のいすゞ新型エルガ(QDG-LV290N1)による茶51系統に乗った時のレポートです。

秋葉原駅では、中央改札口前の駅前広場(つくばエクスプレスの駅側)から発車。

こちらには、マクドナルド(マック、マクド)やセブンイレブン等があり、こちらのマクドナルドからは、新幹線などの列車を眺めることが出来るトレインビュースペースがあります。

さいたま市にある鉄道博物館にも新幹線を眺めるスペースがあるし。

秋葉原駅のバスターミナルへのルートは時計回りの一方通行であり、秋葉原行きは、ガードを潜った後に秋葉原ワシントンホテル前で左折してからの到着となります。

秋葉原駅を出た後、右折し、昭和通りへ。

ここから総武線のガードを潜ってから、神田川を渡る手前の書泉ブックタワー前を右折してから外堀通りに入りました。

書泉ブックタワーは、書店の入ったビルだけど、イベントスペースでアイドルのイベントが行われることもあります。

ワシントンホテルは、椿山荘や箱根小涌園ユネッサンなどでお馴染みの藤田観光によるビジネスホテルチェーンであり、秋葉原のワシントンホテルには、模型のジオラマがあり、本物の鉄道を眺めることも出来る鉄道ルームクハネ1304も1室あります。

秋葉原ワシントンホテル前には、2000(平成12)年12月11日まで、新宿自動車営業所(現、新宿支所)による秋76系統(新宿車庫〜新宿駅西口、飯田橋経由〜秋葉原駅東口間)が走っていたこともありました。

当時の秋葉原ワシントンホテルは、改築される前であり、改築されて再オープンされたのは、2010(平成22)年5月のことでした。

新宿自動車営業所は、2000年12月12日の都営大江戸線の全線開業による再編計画で、支所に格下げとなり、一時的に分駐所となっていたこともあったし。

秋76系統の新宿車庫〜新宿駅西口間は、宿75系統の出入運用として存続しているけど、本数が減らされています。

新宿支所では、同型の新車であるC-B717,718号車が入ってきているので、杉並支所のD-B723,724号車と共に新宿や渋谷界隈でも都営バスの新型エルガを見ることが出来ます。

港南支所の新型エルガも、品97系統(新宿駅西口〜品川駅間、杉並・港南両支所による運用)で新宿に乗り入れることもあるし。

万世橋交差点を直進した後、万世橋バス停へ。

こちらには、石丸電気(現、エディオン)のソフト館があった場所であり、現在はパセラリゾーツAKIBAエンターテインメントビルとなっています。

その8階にあるグレースバリ秋葉原店では、今年1月24日にステーション♪に在籍していたほののんこと安田帆花氏の生誕祭が行われていたので、当時のことを思い出しました。

ほののんは現在黄金時代という海賊がテーマのアイドルグループとして活躍中であります。

都電19系統の時代には、万世橋から中央通りに入り、日本橋方面へと向かっていました。

その後、外堀通りを直進し、御茶ノ水駅前へ。

こちらは地下鉄丸ノ内線の御茶ノ水駅の真上にあり、JR線の御茶ノ水駅は神田川を渡った場所にあります。

こちらには、東京医科歯科大学及び医学部附属病院があるので、こちらへのアクセスとして生かされています。

順天堂前交差点を右折し、順天堂病院前へ。

こちらは西側に順天堂大学の本郷キャンパスが、東側に順天堂病院があるので、順天堂病院が、東京医科歯科大学附属病院と隣り合っているけど、後者のほうが御茶ノ水駅から最も近いし。

順天堂病院(順天堂大学医学部附属医院)は、日本で初めて西洋医学が取り入れられた病院であり、順天堂大学医学部の系列として、練馬病院(練馬区、練馬高野台駅付近)、越谷病院(埼玉県越谷市、せんげん台駅付近)、浦安病院(千葉県浦安市、新浦安駅付近)、静岡病院(静岡県伊豆の国市、伊豆長岡駅付近)、江東高齢者医療センター(江東区、南砂町駅付近)もあります。

江東高齢者医療センターへは、亀戸駅から亀23系統、東陽町駅または東大島駅から陽20系統の都営バスが出ているし。

御茶ノ水駅の南側の神田駿河台には、日本大学病院(日大のキャンパスに隣接)もあるので、御茶ノ水駅付近には3つの大学病院があることが分かります。

順天堂病院前では、2000年12月11日まで運転されていた茶81系統(渋谷駅東口〜御茶ノ水順天堂病院間)の折り返しが行われていました。

こちらは大部分が地下鉄半蔵門線と重複していた為に廃止されていたし。

ここから本郷通りを北上し、東大(東京大学本郷キャンパス)の最寄り駅である本郷三丁目駅へ。

茶51系統の朝の御茶ノ水折り返し便は、本郷二丁目から右折せずに本郷通りを通り、湯島一丁目、神田明神前、外神田二丁目バス停に停車してから御茶ノ水駅で折り返しが行われています。

湯島一丁目、神田明神前バス停に止まるのは朝だけとなっているし。

本郷三丁目駅は、丸ノ内線、都営大江戸線共に地下にある駅だけど、丸ノ内線の駅舎が地上にある為に、一旦地上に出てからの乗り換えとなります。

その後、東大赤門、東大正門、東大農学部と東大関連のバス停に停車。

こちらは東43系統(東京駅丸の内北口〜荒川土手操車所、江北駅間、北自動車営業所所属)も走っており、順天堂病院〜向丘二丁目間は茶51系統と同じルートであります。

東大の赤門は、加賀藩主の前田家による大名屋敷の門として使われていたのが由来であり、国の指定重要文化財に認定されています。

東大正門前バス停は、その名の通り東大の正門前にあり、本郷郵便局もここにあります。

東大の構内に乗り入れるバスは、上野駅発着の学01系統と、御茶ノ水駅発着の学07系統があり、どちらも同じ巣鴨自動車営業所所属で、学バス運賃(大人180円(175円)、小人90円(88円))となっています。

これらの路線は、本富士警察署前で左折または右折し、竜岡門、東大病院に停車してから東大構内へと向かうことになるけど、東大構内バス停は、理学部や安田講堂の近くにあります。

東大の安田講堂の名は、安田財閥による寄付により建設されたことが由来であるし。

学07系統は御茶ノ水駅で、東口(聖橋)から出発し、西口に到着することになります。

東大病院(東京大学附属病院)は、東大キャンパスの中にある大学病院であり、学01系統や学07系統がその前に乗り入れているので、通院患者や見舞客にとって便利であります。

2001(平成13)年まで、文京区目白台(護国寺駅付近)に東大附属病院の分院がありました。

東大の農学部は、言問通りを挟んだ北側にあり、周辺に東京メトロ南北線の東大前駅があります。

周辺には、日本医科大学や附属病院があるので、茶51系統の沿線には、大学病院が軒を連ねていることが分かります。

これより東京メトロ南北線との重複区間となるけど、駒込〜御茶ノ水間が廃止されずに残された理由は、これらの大学病院や学校へのアクセス路線であること、シルバーパスが使えること、お年寄りや車椅子利用者でも気軽に乗れることなどであるし。

向丘二丁目バス停は、東京メトロ南北線の本駒込駅付近にあるバス停であり、東43系統はここから右折して田端、荒川土手方面へと向かうことになります。

吉祥寺前バス停は、文京区本駒込にある吉祥寺が由来であり、武蔵野市にある吉祥寺と紛らわしい状態であります。

江戸時代に本郷元町(現在水道橋駅や都立工芸高校のある場所)付近にあった諏訪山吉祥寺が焼失し、武蔵野市の吉祥寺へと移り住んだという説があり、現在の文京区本駒込にある吉祥寺は、再建されたものであります。

武蔵野市の吉祥寺は、寺もないのに吉祥寺という名となっているし。

駒込富士前は、周辺にある富士神社が由来であり、その名の通りの富士塚があります。

その後上富士前で不忍(しのばず)通りと交差し、六義園(りくぎえん、都立庭園)の横を通り駒込駅南口に到着。

こちらでは、回送車の表示を出した上で暫く停車し、秋葉原へと戻って行きました。

茶51系統の出入庫は、駒込駅〜巣鴨車庫間での回送で行われています。

この時に乗った時のバスの運転士さんは、乗車の時に寒い中お待たせいたしました。降車の時に気を付けてお帰り下さいという親切なアナウンスもしてくれました。

今回都営バスの新型エルガに乗ってみたいなと思っていたけど、今回乗ることが出来て良かったです。

画像は駒込駅南口で撮影したものです。


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2016年11月01日

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一昨日(10月30日)は、秋葉原駅前から駒込駅南口まで、都営バス(都バス)の新車であるP-B735(練馬200か32-07)号車のいすゞ新型エルガ(QDG-LV290N1)による茶51系統に乗りました。

こちらは、先月巣鴨自動車営業所に、P-B736(練馬200か32-08)号車と共に導入された新車であり、10月18日に納車された後、10月27日に、都02系統(大塚駅前〜春日駅、御徒町駅経由〜錦糸町駅(北口)間)でデビューしたばかりであります。

巣鴨自動車営業所所属なので、草63、草63-2、草64、上60系統で池袋駅東口にも顔を出すこともあり、10月28日には、B736号車がそのうちの草63系統(池袋駅東口〜巣鴨駅、千束経由〜浅草寿町間)でデビューしていたし。

今年度導入分の新車であるB代車の車両は、巣鴨自動車営業所のほか、品川、江戸川、千住、南千住、深川の各自動車営業所と港南、杉並、新宿、臨海、青戸の各支所にも導入され、K代車とH代車の残りが置き換えられていました。

巣鴨自動車営業所では、B735号車とB736号車の2台の導入により、S-143号車と154号車(日野ブルーリボンシティハイブリッド)が足立ナンバーに変更された上で青戸支所に移り、玉突きでK550号車とK620号車(どちらもUD車の中型ロング、スペースランナーJP)が置き換えられていました。

巣鴨から青戸に移った2台は、臨海支所、深川自動車営業所で活躍していた車両なので、再び足立ナンバーとなっていたし。

品川自動車営業所の新車は、10月29日に納車されたA-B703〜706号車の4台で、11月7日に開場予定だった豊洲市場の開場に伴う増備車となるはずでした。

こちらは、小池百合子都知事の一言により来年2月以降に再延期されているし。

深川自動車営業所には、S-B780〜783号車が同様の目的で入っているし。

江戸川(旧、葛西)自動車営業所の新車は、9月12日に第一号として納車されたV-B774,775,776号車の3台で、T282〜284号車(日野ブルーリボンシティハイブリッド)が足立ナンバーのまま臨海支所に移り、玉突きで、K559号車(UDの中型ロング車、スペースランナーJP)、K571,572号車(日野の中型ロング車、レインボーHR、元葛西→江戸川)が置き換えられていました。

その後、青戸支所にZ-B755,756号車が導入されて、K585,586号車(元南千住の日野の中型ロング車、レインボーHR)が置き換えられ、南千住に、K-B753,754号車(H173,177号車(三菱ふそうエアロスター)の置き換え用)、千住に、H-B745,746号車(K604,608号車(三菱ふそうエアロスター))、港南支所にY-B714,715,716号車(K545,546,547号車(日野レインボーHR))、臨海支所に、R-B764,765,766号車(K573,575,576号車(日野レインボーHR))、新宿支所に、C-B717,718号車(K626,627号車、日野レインボーHR))、巣鴨に、P-B735,736号車、杉並支所に、D-B723,724号車(K-587,588号車、日野レインボーHR))、品川に、B-703〜706号車の順に導入されていました。

杉並支所の車両は、昨年度のA代車(初代エルガの末期モデル)から杉並ナンバーとなっているし。

来年3月には、トヨタ自動車と日野自動車の共同開発によるトヨタFCバス(トヨタブランドの燃料電池バスで日本初の市販車)が2台導入される予定となっているので注目されています。

こちらは2020年に東京オリンピック開催される時までには100台以上導入される予定だと言われているし。

このことで、1973(昭和48)年2月から1983(昭和58)年8月まで存在していた、東京駅北口と新橋駅の間を有楽町、警視庁前、虎ノ門(官庁街)経由で結んでいた東01系統(品川自動車営業所所属)で、初代のトヨタコースター(トヨタブランドのマイクロバス、B10系)がベースの小型車(ミニバス)が使われていたことを思い出しました。

1980(昭和55)年には、同型の2代目車両に入れ替わるなどのリニューアルが行われていたけど、赤字路線で利用客減少に歯止めが掛からずに廃止されていたし。

現在このような小型バスによる運用は、コミュニティバスで盛んに行われています。

トヨタコースターは、日野自動車にリエッセ兇箸靴OEM供給されているし。

都営バスへのトヨタブランドのバスの導入は、ミニバス以来となります。

トヨタでは、一昨年12月からMIRAI(ミライ)という名の燃料電池乗用車(FCV、1充填につき約650Km走行出来る)が売り出されているので、そのノウハウが生かされているし。

燃料電池バスと言えば、2005(平成17)年に行われていた愛知万博(愛・地球博)での長久手会場と瀬戸会場を結ぶシャトルバスにも使われていたので、瀬戸会場から長久手会場に戻る時にそれに乗ったことを思い出しました。

こちらはトヨタの本拠地らしさが現れていたし。

燃料電池自動車は、全国の水素ステーションで、燃料となる水素を充填してもらう自動車であり、走行中に地球温暖化の原因である二酸化炭素(CO2)の排出がなく、大気が汚染されることもないので、究極のエコカーでもあります。

新型エルガでは、二酸化炭素や窒素酸化物(NOx)の排出量が従来車よりも削減されているし。

都営バスの新型エルガでは、後部(リア)のナンバープレートが右側にあるので、中型車のエルガミオと同じような外観であります。

車内は、ラッシュ仕様の座席となり、左側の燃料タンクの上部分にパンフレットスペースがあるし。

江戸川自動車営業所に配置された車両が営業運転入りしたのは、9月15日のB776号車のことであり、午前中は、亀23系統(亀戸駅〜江東高齢者医療センター循環)、午後は、亀29系統(なぎさニュータウン〜西葛西駅、境川経由〜亀戸駅間)に使われていました。

都営バスの茶51系統は、駒込駅南口と秋葉原駅の間を東大正門、本郷三丁目駅、御茶ノ水駅経由で結ぶ路線で、1971(昭和46)年3月17日まで走っていた都電19系統(王子駅前〜日本橋・通三丁目間)の流れが組まれています。

都電19系統は、唯一の駒込電車営業所所属の路線であったことで有名であり、19系統と共に駒込車庫が廃止されてからは、その跡地が都営駒込二丁目アパート、豊島区区民ひろば駒込、駒込地域文化創造館、豊島区立駒込図書館となっています。

王子駅前〜飛鳥山間は、都電の32系統(現在の荒川線)と共用となっていたので、飛鳥山での分岐シーンや王子駅前での折り返しが見られていたし。

王子駅前からは、早稲田、赤羽、御茶ノ水・日本橋方面の3つの行先に分かれていたことがあったけど、現在は早稲田方面(反対側は三ノ輪橋方面)だけとなっています。

茶51系統は、王子駅前〜御茶ノ水駅間、駒込駅南口〜東京駅丸の内北口間の路線に分かれていたけど、2000(平成12)年12月12日に、王子駅前〜駒込駅、御茶ノ水駅〜東京駅丸の内北口間が廃止されて、駒込駅南口〜御茶ノ水駅間に統合され、2007(平成19)年3月26日には、秋葉原駅中央口への乗り入れが開始されたことで現在に至っています。

朝は従来通りの御茶ノ水駅発着で、本郷二丁目を出た後、湯島一丁目、神田明神前、外神田二丁目を経由して御茶ノ水駅前で折り返すことになるし。

王子駅前〜駒込駅南口間は、北区コミュニティバス(Kバス)の王子、駒込ルート(日立自動車交通による運用)によってカバーされています。

秋葉原駅のバスターミナルには、秋葉原駅前と葛西駅前を結ぶ都営バスの秋26系統(臨海支所所属)も発着しているけど、以前歩行者天国実施時間帯を除いて秋葉原駅電気街口のサトームセン駅前1号店(現、ヤマダ電機LABI秋葉原パソコン館)前から発着していたことを覚えています。

この路線は、2006(平成18)年5月14日まで、交通博物館と地下鉄博物館を結ぶ路線と呼んでいました。

秋葉原駅中央口の広場は、1975(昭和50)年2月1日まで存在した貨物駅があった場所であり、2005(平成17)年8月24日のつくばエクスプレスの開業に合わせて整備されたもので、その地下につくばエクスプレスの秋葉原駅、周辺にヨドバシカメラ(ヨドバシAkiba)があります。

新型エルガやエルガミオには、東急バスで1回ずつ乗ったことがあるけど、都営バスでは当然初めてでした。

このように、都営バスの新型エルガに初めて乗ることが出来て良かったです。

画像は秋葉原駅前で撮影。


よしちゃん@しゃもじyosiltdexp_mse60000 at 14:44│コメント(0)トラックバック(0)
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