Korokke_soba

そういうわけで、生産性向上のラジオ代わりにかけているユーチューブのひろゆきのチャンネルで久しぶりに経済学的な話が出た。



ひろゆきはあくまでも正しく、そしてかつてと同じ誤りを犯していた。
(まあ「だからなんや?」と言われたら、なんでもないんですが、むしろひろゆきのトークは淡々としてて仕事の邪魔にならず好きだ)

とはいえこれは「経営的な人間は経済学的に間違える」典型的な一つのパターンなので紹介してみよう。

【経済成長をガチで考えすぎる】


企業経営の本質は「企業活動によって付加価値を提供する」事だ。

企業の価値はこの「付加価値」をプロモーション等でより価値を高め、より多くのシェアを取り、利益を最大化することにある。

企業の成長とはつまり「完全にガチの世界」であって、そこには努力しか存在しない。
(規制産業などを除けば「経済環境」は良かろうが、悪かろうがすべての企業に対等与えられるからだ)

疑問を差し挟む余地はない。

しかし、経済ではそうではない。

【経済成長の半分はインフレという「膨らし粉」】


国家などの経済成長では「インフレ(物価の上昇)」という「貨幣現象」がセットになる。
(ここ二・三十年なっていなかったのは日本ぐらいだ)

そして「インフレは貨幣現象」つまり企業の「付加価値創造」とは全く異なる現象だ。

端的に言おう、インフレには努力は伴わない。
ただ通貨発行だけで実現する。

インフレが起これば国は「企業の努力分」にプラスして「自動的に」例えば2%(日銀のインフレ目標)ずつ成長する。


「は?」

と、ひろゆきなら一笑にふすだろう、そしてバカにするかもしれない。

しかし、これは事実で、しかもそれはひろゆき自身もこの動画の中ですこしだけ言及している。

動画の終わりのほうでひろゆきは
「先進国といわれる国で1食が200円(立ち食いソバ?)で食えるなんてありえない」
 と述べている。


そう、ありえない。

例えば一風堂ニューヨーク店のラーメン一杯の値段は16ドル(約2,000円)だ。

では、これらの店員は「ラーメンなんて高級品で作るだけで食べることはできない」のかというとそうではない。

indeed US によると一風堂NYのフロアは平均時給15.4ドルで時給でラーメン一杯が食べられるのだ。

もちろん「日本料理」である「ラーメン」はやや高級路線に振られている(日本だと時給900円、一杯780円(白丸新味)くらいなので、時給よりやや安い)。


しかし、時給から見れば日本よりもやや高級ではあっても日本人が「ラーメン一杯二千円!!」に感じるような法外感はないのがわかるだろう。

当地の人たちからすれば「まあちょっと高いな」くらいのもんである。

そう、これが「インフレ」物価上昇という貨幣現象の一つの結果である。


【「貨幣」と「それ以外」のシーソーゲーム】


「インフレ(物価上昇)」局面では
「人間の労働」も価値が高まる、人間の労働は「貨幣ではない」から当たり前だ。

では「時給も高くなるが、モノの値段も上がる」なら生活の上で意味がないとは思わないだろうか?

そう確かにこの部分だけを見れば意味がない。


しかし、しかしである。

ひろゆきも何度も繰り返すように「GDPも落ち込みシュリンクする国は無視される」のだ、「膨らし粉が入っていない純然たる努力で作った」GDPも「マイルドなインフレ込みで膨らませた」GDPも「カネはカネ」で購買力などを考えた場合プラスに働く。


そしてインフレというのはこういう「膨らし粉」という意味だけでなく経済のサイクルが高まるため実際にGDPを高める効果があることが確認されている。


理由を単純に説明をすれば
「デフレではお金を節約するとトクをするが、インフレではお金を早く使うと節約になる」からだ。

・例えば10%のデフレ下では「今日300万円の車は来年270万円」になる。

・逆に10%のインフレ下では「今日300万円の車は来年330万円」になる。

「必要なものは早く買うほうがトク」なのである、またもしも購入に際してローンを使うならローンの利子率も高まる、つまり実際の違いは上記のように「20%」ではなくそれ以上になる。


購入のサイクルが「早いほうへ」変化し、給与と物価が高くなるのが当たり前になると「早く(来年よりも)低利のローンを組んで」「(来年よりも)安い商品を手に入れる」事が当たり前になる。

これは個人の消費にももちろん、企業の設備投資にも、企業の「雇用行動」にも影響する。

……と、いうことは社会全体の資本の回転率が改善し、企業の収益は全体的に向上する。
(当たり前だが「誰かの支払い」は「誰かの給与」である)


これは誰から見ても「好景気のサイクル」だ、これが「たかが貨幣現象」で起こせるのである。
リフレ派が現状に地団太を踏む気持ちもわかろうというものだ。

「企業・個人の努力」を後押しする「風」をたかが貨幣現象(金融緩和)で起こせるのならやらないほうがどうかしていると思うだろう。

しかし、現実に日本は失われた20年間他国がインフレの風を追い風に進むのを横目に「風を止めて」オールだけで前進することに拘った。



さて、ひろゆきは鋭い観察力で「立ちそば200円なんてありえない」と正しく主張しているにも関わらず、全体としては「それはインフレで起きたのだ」とは認識できていない。

(そして繰り返しになるがこれは経営者にはありがちな事である、そんなことは知っていてもどうしようもないのである、ひろゆきは「ただしく、間違って」いたわけだ)


【国債をいくらでも……】


ちなみに「国債をいくらでも発行できる」と主張しているのはMMTという不思議理論を主張している一部の学者だけで多くのリフレ派の学者は(ひろゆきの話に出てきた嘉悦大学教授 高橋氏やノーベル賞学者のクルーグマン氏は)……

「インフレ率が2%を達成していない(高橋氏はさらに「賃金上昇までやれ」と言っている)この状況で金融引き締めや緊縮財政はサイアクだ、そしてまだまだ緩和の余地がある」と主張しているにすぎない。


クルーグマン氏ははるか昔から(クリントン政権時代から)「財政再建や金融引き締めは、景気回復の後にすべきだ」と淡々と主張している、これはニュートンが貨幣長官になったときからの経済の定石なのだ。



高橋氏が「景気が良ければいくらでも国債を発行できる」と主張したとしてもそれは誤りではない(資本主義というのはそういうものだ)、しかし「いくらでも発行する前に」デフレは終わりインフレになるだろう(そしてそうなれば「国債は発行できるが、すべきではない(経済発展の阻害要因になる)」と判断するにすぎない)。


歴史的にインフレ率も一定を超えると経済のパフォーマンスを下げることが知られている(狂乱物価の研究などの論文を探してください)。


そしてその時には良いアイデアがある「増税だ!!」

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※「インフレをコントロールし損ねてバブル崩壊」と誤認識している人が多いが(ひろゆきもこの間別の動画をみたら誤認している)、バブル崩壊時にはインフレ率は高くなかった。

「インフレ率は1986年に0.60%、そして1987年には0.12%」(なので公定歩合の引き下げで景気対策を行った、その結果あぶれたお金は土地と株に向かい…)
https://www.bubble-economy.com/info/post-83

「バブル期の物価上昇率(コアコアCPI)は前年比2.5〜2.6%」(それでもインフレ率はこのレベル)
「物価が高騰していないにも関わらず公定歩合を引き上げてしまい…」
https://ameblo.jp/orange54321/entry-12187694774.html


崩壊した「バブル」は歴史上の様々なバブル(オランダのチューリップバブル、イギリスの南海株バブル)同様に「特定の商品の価格」だった。

日本の「バブル崩壊」で崩壊したのは「株価」と「土地価格」だけだったのだ、ああいう「崩壊」や「ハイパーインフレ」が財政政策や金融政策の行きすぎで起こせると思うのは非現実な事だ。

(ハイパーインフレは「敗戦」のような「生産力がゼロになるかも?」というようなケースでしか起こらない、これを実現するには「この国のイケてる企業全部俺の」と独裁者が言う=ジンバブエのようなケースしかありえない、日本で誰かに可能だろうか?)

日銀が「狂ったような金融緩和を十年ほど続けて誰も止められなければ起きる」かもしれないが、実現可能性は限りなく低い、そして「ある程度間違っていても」十分に止められる。