山城Love☆

お城とカメラが大好きな山城女子です^^
仕事と家事の合間を見つけ、体力の低下を感じながらも、デジイチ片手に気になる山城を見つけては登城しています♪
最近では、地形や古戦場、護衛艦など興味が拡大中ですw
城ガール隊の隊長として、城学と藪の中を邁進中~♫

ココロ踊る小牧山城♪

ぬはっす~流星☆です( -д-)ノ
久しぶりにお城記事でも書こうかなぁ~
って、タイトルが意味不明ですよね
今回は、発掘調査の現説に行ってきた内容です

当初予定されていた日は雨天により中止され、翌日になりましたがお天気だったのでよかった

第10次現説@小牧山城 (2)
そして、運良く休日だったことに感謝☆

第10次現説@小牧山城 (1)
30分前に到着したのに、現地には既に多くの人が待っている
城友さんも無事に発見

今回で第10次となる発掘調査の現地説明会、説明してくださるのはモチロン小野さん
…なのですが、声はするども姿は見えず…別室からの説明となりました
(マイクの調子が悪くて、資料館から音を飛ばしていたみたい)

今回発掘調査が行われたのは、主郭の西側にある斜面でした
普通に散策道が整備されていた辺りです。
第10次現説@小牧山城 (3)
そこから石垣列が発見されました
主郭の石垣に用いられている石よりは小さいかなと思いましたが、裏込めは意外に大きい

第10次現説@小牧山城 (4)
散策道をはさんだ反対側にも同様に石垣列が発見されていました

第10次現説@小牧山城 (5)
この石垣列を見ていたら、主郭下の曲輪もグルっと石垣が築かれていたのかなぁ~と思いました

第10次現説@小牧山城 (6)
しかし、石垣列はずっと続いているわけではなかったようで、切岸が設けられていたとのこと

第10次現説@小牧山城 (7)
ってことは、大手方面は石垣重視ってこと
信長公が小牧山城にいた頃は、どちらかというと逆の方角への意識が強いのでは
犬山城や東美濃攻略に向けて動き出しますからね
小牧山城には4年間しか在城しなかったと伝わるから、本当は総石垣の城にしようと思ったけど間に合わなかったのか、そもそも総石垣にするつもりはなくて大手側だけ石垣にしておこうと思ったのか…
または、大手側の地盤が弱かったのか…いろいろと考えれば浮かんでくるのかもしれませんが、これは現代の人間だから言えるのであって、当時の人がどのように考えていたかはなかなか分からないんだろうなぁ~

第10次現説@小牧山城 (9)
そして、石垣列の所々に川原石が用いられているのが気になりました
石垣を担当する範囲を示す目印的なものなのかな
「この川原石からあの川原石までは、あなたの分ですよ」みたいな
小野さんに聞いてみたかったけど、VIP様を案内していたのでまたの機会に質問してみよう

BlogPaint
発見された石垣列は途中で内側に屈曲していました。
入隅(赤の矢印)部分を境にして裏込め量に変化があったようです。
それに伴い用いられている石の大きさも違っていて、散策路寄りは大きめの石が用いられていました。

第10次現説@小牧山城 (11)
主郭から見ろしてみた写真も幾つか載せておこうと思います

第10次現説@小牧山城 (12)

第10次現説@小牧山城 (13)
反射して分かりづらいと思いますが、永禄時代の地表面が見えました
(近づいて眺めれたら最高なのになぁ~と指をくわえつつ…)
しかし、上から見下ろすと切岸がかなりの傾斜だったのがよく分かりました

現説資料の中で気になったのが「化粧土」という言葉
小野さんに尋ねたところ、周囲の赤い土に比べて薄く黄色っぽくなっているのが化粧土だと教えていただきました。

第10次現説@小牧山城 (10)
写真では伝わらないと思いますが、他の地面と比べて少し色が違うのがソレです
化粧土の上には玉砂利が出土しているそうで、舗装路の可能性が出てきました。
犬走的なものかしら

帰ってから調べてみましたが、化粧土とは陶芸用語で、有色素地に薄く掛ける白色陶土のことで、白色っぽく焼色をつける際に用いるようです。

今回の発掘調査では出土した石垣列の状況から、もしかしたら虎口があったのではないかということが考えられるとのことでした
虎口と思われる部分から、門があったという形跡は見つかっていないようなので、今後の調査が楽しみです
第10次現説@小牧山城 (14)
発掘調査現場をじっくり眺め満足し、西曲輪群方面を散策しながら下山することにしました

草木に覆われてはいますが、曲輪はきちんと削平されている印象を受けました。
第10次現説@小牧山城 (15)

第10次現説@小牧山城 (17)

第10次現説@小牧山城 (16)
「あ~この感じ久しぶり
って、思わずテンションが上がった瞬間がこの写真の風景

今年は小牧山城を訪れる度に、新しく知ることがあって胸が踊ります
次の発掘調査では、何が見つかるのだろうかという期待すら持ってしまいます
でも、発掘したけど何も出なかったというのも、一つの結果であるということも忘れずに覚えておきたいです
発掘するからには何かを見つけなければいけない…というのは何か違う気がします
何も発見されなかったという事実が、また新たな仮説へとつながり歴史が解明されるキッカケになるかもしれませんしね

発掘調査をされる方々の汗と涙、たえまない努力に感謝して、これからも楽しく安全に城散策していこうと思いました


城メモ

小牧山城
 (標高85.9m 比高約60m)

愛知県小牧市堀の内1丁目
駐車場:あり  トイレ:あり


第10次現説@小牧山城 (18)
今回の現説資料と実際の発掘現場を見学した自分なりのイメージ図

訪城日:平成29年11月19日



地元で歴史散策 ~金生山~

ぬはっす~流星☆です( -д-)ノ
今回はいつものお城や歴史に関する話題でなく、日本というか地球の歴史に触れた散策といえばいいのかな?
お城の石垣を見ていくうちに、石垣に用いられている石そのものにも興味を持ちました
その石がどんな石で、どこから持ってきたのかが分かると、その時の情勢なども分かるのではないかという風に感じたからです

前に小牧山城がある小牧山の石切場を案内していただいた時、小牧山はチャート層の山でした。そのため、石垣に用いられている多くの石はチャートでした。
しかし、その中に花崗岩も含まれていることがわかり、岩崎山から運ばれてきたものだとのこと。
小牧長久手合戦時、小牧山は徳川陣、岩崎山は羽柴陣。どう考えたって、敵陣から石を運ぶことは不可能。となると、小牧山城の石垣を築いたのは徳川勢ではない可能性が高くなるというわけです。

「史料だけでなく、石からも歴史を考えることができるなんて面白い
っていうのが、石というか地質にハマったきっかけ

もともと子供の頃から地質はなんとなく好む傾向があったのも事実。
地質学か海洋学が学べる大学に入りたかったくらいなので…(頭が良ければね

と、前置きがかなり長くなりました

小牧山城での体験があり、運が良いことに岐阜県博物館で地質展が開催されるというタイミング
地質展 (1)
ますます沼にハマっていくというわけです

そして、今回訪れたのが大垣市にある金生山です。
古代美濃 (25)
金生山は標高約200m程度の山で、周囲に平野が広がっているため眺望が良く、夜景スポットにもなっています
古代美濃 (26)
その山の中腹にあるのが、金生山化石館です。
金生山で発掘された化石を中心に展示してあります。

金生山は、山の約90%以上が石灰岩でできているそうで、これまでに約40種類の化石が見つかっています
さらには、日本の化石研究発祥の地ともいわれているようです

地質展 (4)
日本地質学会が選定した「県の石」というものがあり、岩石、化石、鉱物の3種類があるのですが、岐阜県の化石はペルム紀化石群で、この金生山の化石が選ばれています

県の化石に選定されているだけあり、金生山では本当にたくさんの化石を見ることができます。
化石館の職員さんに教えていただいたのですが、館内だけでなく敷地内にある石にも化石が残っているのです

化石館の入口までのアプローチに用いられている石を見てみましょう
古代美濃 (27)
よ~く見なくても、すぐに分かります。
フズリナがたくさんありますね

古代美濃 (30)
これは分かりやすい巻貝の化石。

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まん丸の化石はサンゴ。

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ウミユリも発見

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フズリナが密集している

ちなみに、大垣城の石垣は金生山から切り出したものを使用しているので、同じような化石を見ることができます
記事の最後に大垣城の記事リンクを貼っておくので、良かったらご覧ください

そして、シカマイアというとても大きな二枚貝の化石も見つかっています。
どんな貝かというと…
地質展 (16)
デカすぎる
太古の海には、こんな大きな貝が生息していたのですね…

それにしても、なぜ海が無い岐阜県にこんなに海洋生物の化石があるのか…って、思いますよね
この金生山があった辺り、古生代の頃は赤道直下に位置していたようです。それが、プレート運動によって北上し、日本海が誕生したことで海底が隆起して現在の位置に至るという…
なんとも壮大なミステリーというか、ファンタジーというか、古代のロマンを感じます

古代美濃 (32)
金生山では現在でも掘削は続いています
近くには加工する工場もたくさんありますし、運搬専用の線路もあります
古代美濃 (33)
国会議事堂の大理石は、ココで加工されたそうですよ
また、金生山では石灰岩だけでなく、花崗岩や玄武岩も採れるようです。

でも、石というのは有限ですからね…
古代美濃 (35)
私が子供の頃に見たときよりも、確実に山は小さくなっています
たかが石、されど石、貴重な資源だということを実感しました

ここからは余談になるかもですが…
岐阜県の岩石はチャートなんですが、チャートにも種類があるようです。
地質展 (20)
縞状のものだったり、赤色や緑色だったり…と環境によって違ってきます。

そして、岐阜県には貴重な石がたくさんあります
地質展 (12)
日本最古の石が加茂郡七宗町で発見されています
地質展 (13)
上麻生礫岩という片麻岩の一種で、約20億年前のものといわれています
(白い矢印の先にある白っぽいのがそうです)
ちなみに、世界最古の石はカナダで発見されたアカスタ片麻岩で、約40億年前といわれています
日本最古の石は、七宗町にある日本最古の石博物館に展示されています。

地質展 (7)
国歌でお馴染みのさざれ石と、岐阜県の天然記念物にも指定されている壺石

地質展 (8)
国の特別記念物に指定されている根尾谷の菊花石

岐阜県には今回登場した金生山化石館や日本最古の石博物館だけでなく、中津川鉱物博物館など他にも博物館系があるので、機会を見つけて訪れようと思っています

地質展 (6)
岐阜県博物館で開催された地質展で見た、岐阜県の地質図がとても勉強になります
しかも、モバイル版があるのでスマホでも見ることができます
私は、現在地がどんな地質なのかその場でスマホを確認しながら楽しんでいます

石を見て、「これは〇〇岩だ」って分かるようになりたいけど、そうなるにはまだまだ精進せねば…

そして、次に私が興味を持つのは何なのか…乞うご期待


記事メモ

金生山化石館

岐阜県大垣市赤坂町4257番地19
駐車場:あり (道中の道幅が狭いので、ご注意を)
開館時間:9時~17時  休館日:火曜日
入館料:一般100円

日本最古の石博物館
岐阜県加茂郡七宗町中麻生1160
駐車場:あり  トイレ:あり
営業時間:9時~16時30分  休館日:木曜日
(道の駅 ロックガーデンひちそう隣接)

※今回の記事で使用した写真は、岐阜県博物館で開催された特別展「生きている大地」の展示品が含まれています。

過去記事はコチラから⇒ 大垣城


地質展 (24)
この図録が今年一番のお気に入りかも

訪問日:(金生山)平成29年11月9日

地元で歴史散策 ~蓮如上人の足跡を辿る~

ぬはっす~流星☆です( -д-)ノ
今年のブログ更新数、今回で62本目~
確か今年のはじめに、昨年よりも多く更新したいって言ってた気がする
(ちなみに、昨年は93本更新している

古代美濃 (6)
今回は、地元で見つけた蓮如上人御旧跡を散策しました

古代美濃 (7)
平尾御坊 願證寺

願證寺というと、長島一向一揆を思い浮かべると思います。
三重県桑名市にある願證寺は、蓮如上人の六男である蓮淳が創建したと伝わります。
そして、蓮淳の孫である證栄がこの地へ移り開基した寺が、寛保3年に御坊の許可を受け、後に願證寺と改称し現在に至るようです。

本当は長島一向一揆でまとめて綴る予定で平尾御坊を訪れたのですが、ちょっと趣旨が変わったのでまたの機会にします

写真の山門は、寛保3年に建立されたものです。

古代美濃 (8)
本堂は宝暦10年に再建されたと書いてありました。
堂内って入っていいのかな
この日は周囲に誰もいなくて、尋ねることができませんでした

古代美濃 (9)
垂井町の指定有形文化財になっている建造物の中で一番古いのが鐘楼で、明暦元年だそうです

古代美濃 (10)
願證寺の菩提樹は、垂井町の天然記念物になっています。

古代美濃 (11)
境内を囲うように築かれている土塁、その向こう側が低いように思える…
思わず駆け寄ってみたものの…
古代美濃 (12)
農道でした…

古代美濃 (13)
是より西四丁 蓮如上人御廟…
御廟がどこにあるのか、よく分かりませんでした

お次は、偶然見つけたお寺へ
散策を終えて家に帰ろうと運転中に、偶然見つけた看板

古代美濃 (43)
な、なんとっ
もちろん車を停めて、お寺を目指します

古代美濃 (36)
石碑に蓮如上人の名前が

古代美濃 (37)
西圓寺

蓮如上人が57歳の頃、この西圓寺に21日間滞在したと伝わっているそうです。
また、斎藤道三公時代から禁制が発給されているそうで、西美濃地方において重要な存在だったようです。

古代美濃 (38)
境内には蓮如上人に関するものが幾つか残されていました

古代美濃 (40)
蓮如上人像の向かいには、菩提樹があります。

古代美濃 (39)
この菩提樹は、蓮如上人のお手植えと石碑に記されていました

古代美濃 (41)
そして、蓮如上人の腰掛石

蓮如上人は美濃国を訪れていたことがわかりました
もしかしたら、他にも蓮如上人御旧跡があるのかもしれない…

なんて、感じる今日この頃…


歴旅メモ

平尾御坊 願證寺

岐阜県不破郡垂井町平尾1
駐車場:あり

西圓寺
岐阜県大垣市草道島町685
駐車場:あり



BlogPaint
蓮如上人の足跡を辿る旅、これからも続く…

散策日:平成29年11月9日
史跡☆写真館
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livedoor プロフィール
ようきてくんさった♫
  • 累計:

自己紹介♫
城旅開始 2011年1月より


2017年の初訪城 48城

2017年の総訪城 85城



今までの訪城 463城

複数回の訪城含めると713城

(2017年11月19日現在)



日本百名城 71/100城

(2017年9月18日現在)

岩村城 13訪城



【流星☆プロフィール】

城ガール隊 隊長

(北陸東海支部長)



城友会(軍師)



サイガ塾



ブラタモ部 ST部



城郭数寄者



古事記倶楽部



週末城旅人

愛する城:岩村城

好きな城:琉球のグスク

好みの傾向:実際に戦った城

※塹壕、仕寄、土塁線に萌える傾向あり



岐阜県ファンクラブ会員

岐阜県の城にたくさん行きたい!でも、単騎できない小心者

岐阜県の城歩き、いつでもご一緒します♫
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