2017年06月19日

Vin Garbutt, R.I.P.

 ヴィン・ガーバットが今月6日に亡くなっていました。享年69歳。心臓の僧帽弁を人工のものに交換する手術を受け、手術自体は成功しましたが、人工の弁がうまく作動しなかったらしい。

 マーティン・カーシィやアーチー・フィッシャーや、あるいはディック・ゴーハンが死ぬのはやはりショックではありましょうが、ヴィン・ガーバットが亡くなるのは、あたしにとってはまた格別の哀しみであります。死なれてみるとあらためてそう思います。もちろんそうした人たちの大ファンでもありますし、おそらく全体の業績から言えばカーシィやゴーハンの方がいろいろな意味で大きいでありましょう。しかし、ガーバットはもっとずっと個人的なレベルで親しみを感じていました。一度も会ったこともなく、連絡をとったこともなく、ライヴもついに見られなかったわけですが、それでもかれはどこか遠くにいる人ではなく、いつでもそこにいて、頼めば、人懐こさがそのまま声になったかのように人懐こい声と独特の巻き舌で、味わいふかいうたをいくらでも聴かせてくれる。あたしにとっては上にあげた人たちの誰よりも、ブリテンのフォーク・ミュージック、フォーク・ソング、うたの伝統をいまここに受け継ぎ、うたい続け、つくり続けてくれる近所のおっさんでした。

 50年近いキャリアを経て、ガーバットは英国ではまぎれもないスターの一人で、葬儀には800人が参列して地元の教会はあふれたそうですが、スターらしさというものが欠片もない人でもありました。カーシィにしてもゴーハンにしても、フォーク・ミュージシャンは皆そうですが、その中でもガーバットの「近所のおっさん」度の高さはちょっとない。

 そのうたは、フォーク・ミュージックの伝統をしっかり継いで、虐げられた人びと、踏みつけられた人びとになりかわり、その苦しみ、哀しみ、嘆きをうたうものです。というよりも、自分もその一人であるところからずっとうたっていました。けれどかれのうたは拳を上げて怒ったり、お涙頂戴を誘うものではない。そのかわりにからりとしたユーモアにくるんだり、あるいは冷静なロマンティシズムにのせたりします。聴いていて涙が出るとしても、それは感傷的なものではなく、心の底から湧いてくるわけのわからないものが形をとるのです。そうして笑ったり泣いたりしているうちに、そのうたによって確実に世界はよりよくなったと感じる。そうしてもう一度生きていこうという気になる。

 そしてうたのうまさ。いつだったか、何かの記事にポール・ブレディとタメを張ると書いたことがありますが、依怙贔屓を入れれば、あたしはポールよりうまいとすら思います。ガーバットは出身の北東部イングランドの訛がきつく、また極端な巻き舌で、あたしなどは歌詞を見ながら聴いてもわからないくらいですが、そうしたものを超えてうたの肝を伝えてくる説得力で右に出るものはちょっと無いでしょう。

 1970年代初めにデビューしたうたい手の常として、かれはギターも達者ですが、母親がアイリッシュだったことから手にしたホィッスルも無類に上手い。若い頃は地元のアイリッシュ・コミュニティで腕を磨いたそうですが、この楽器の名手がまだほとんどいなかった頃に、穴のあいたパイプ1本でどれほどのことができるか、そしてまたどれほど楽しい音楽がそこから生まれるか、最初に教えてくれた人でもあります。

 Vincent Paul Garbutt は1947年11月20日にイングランド北東部ティーズ川南岸のミドルズブラに、アイリッシュの母親とイングリッシュの父親に生まれました。ボブ・ディランやクランシー・ブラザーズの影響でうたいはじめ、学校を出ると大陸にバスキングの旅に出ます。おもにスペインで過ごし、1970年代初めに帰郷すると、地元のフォーク・グループに参加しますが、一人でやる方が性に合っていたのでしょう。録音では大所帯のバンドを自在に操ったりもしますが、基本的にソロ・アーティストで通しました。

 スペインにいた頃からうたをつくりはじめていましたが、本格的になったのは帰郷してからで、Graeam Miles や Ron Angel など、地元のうたつくりたちに刺戟を受けました。1972年、ビル・リーダーの Trailer から出したデビュー・アルバム《THE VALLEY OF TEES》はそうした自作と伝承曲が半分ずつで、伝承曲の歌唱もすばらしいものの、タイトル曲をはじめとする自作曲の印象が強烈で、その印象は時が経つにつれて深くなりました。幸いこの自作曲はほとんどが後に《THE VIN GARBUTT SONGBOOK Volume One》として録音しなおされています。


The Vin Garbutt Songbook Vol.1
Vin Garbutt
Home Roots
2003-03-24



 以後、コンスタントにライヴと録音を重ね、独自の世界を築いてきました。最新録音は一昨年の《SYNTHETIC HUES》でこれが16作め。


Synthetic Hues
Vin Garbutt
Imports
2014-12-16



 下のビデオはあちらの死亡記事のいくつかに掲載された2009年8月のもの。うたっているのは《THE VALLEY OF TEES》のタイトル曲。ティー渓谷はかれが愛してやまなかった故郷です。本人の姿はさすがに歳月を経ていますが、うたと声はデビュー録音そのままです。




 昔、松平維秋さんと電話で話していて、ガーバットのあの明るさは貴重だよね、と言われていたのが印象に残っています。カーシィやゴーハンや、クリスティ・ムーアやポール・ブレディや、あるいはシャーリー・コリンズやジューン・テイバーは昏いというのが背景にあっての発言ではありますが、ガーバットの音楽のユニークな魅力を一言で言いあらわしてくれたと感心しました。時間が経つにつれて、その明るさに、めげない精神、辻邦生が「積極的な楽天主義」と呼んだ態度が見えるように感じ、あらためて貴重だと思うようになりました。不撓不屈というよりは、柳のような、がじゅまるの木のような粘り強さでしょう。ますますお先真っ暗な、不安ばかりが増す世界と時代にあって、ガーバットの音楽は、一隅を照らす灯にも見えます。

 さらば、ヴィン・ガーバット。御身の魂の安らかなることを。合掌。(ゆ)



yosoys at 12:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック News