2009年08月18日

"Five Minutes of Heaven"

    アイルランド、英国では今年の春にBBCで放映されたそうですが、アメリカでは先週末に公開が始まったようで、ニューヨーク・タイムズの記事で知りました。教えてくれたのはニューヨークの Irish Arts Center の Twitter。この記事は目配りが広く、題材にも通じていて、良い記事です。日本国内公開はどうも無さそうなので、海外のDVDを待つしかないでしょうが、これは見たい。



    記事にある通り、聖金曜日合意から10年を経て、ようやくこういう映画が作られるようになった、それだけノーザン・アイルランドの社会に余裕が出てきた。カトリック、プロテスタント双方の共同体が、融合まではいかなくとも、共存を受けいれられるようになった、と推測します。
   
    その上で、次の一節には共感します。
   
「新しいアプローチを実現するには、イングランド人脚本家(Guy Hibbert)、ドイツ人監督(Oliver Hirschbiegel)、そしてカトリックを演じるプロテスタント俳優(James Nesbitt)とプロテスタントを演じるカトリック俳優(Liam Neeson)が必要だった。『トラブルズ』(1968年から1998年にわたるノーザン・アイルランドの「紛争」を、地元とアイルランド共和国ではこう呼ぶ)時代の狂気とその後遺症にあらわれるあやうい正気をみると、なぜか、この逆説的組合せこそが適切と思われてくる。1998年の聖金曜日合意以前には、ノーザン・アイルランドについてほんとうに公平な立場から、どちらの側にも立たない視点で映画を作ることはほとんど不可能だったのだ」

    『五分間の天国(仮)』の舞台は、新旧ふたつの時代のベルファスト。主人公はふたり。片方は1975年当時、17歳で Ulster Volunteer Force(UVF = アルスター義勇軍)という、プロテスタント過激派組織に所属していたニーソン演じるアリスタ・リトル Alistair Little(この名前はまさしくスコットランド系ですね)。もう一人は当時リトルに殺されたカトリック共和主義者の兄弟ジョー・グリフィン Joe Griffin。こちらを演じるのがネスビット。実在、存命中ながら「これまでも会ったことはないし、これからも会うことはないだろう」と監督が言う二人が、もし実際に顔を合わせたならどうなるか。映画はそれを描きます。
   
    上記のブログによれば、映画の前半は実話、後半はフィクションですが、虚構の部分も、もしこうだったらどうするか、何を言うか、といちいち本人に確認しながら脚本が作られた由。

    ニーソンは自分が演じる相手には会わないことにしましたが、ネスビットはジョー・グリフィンに会ってみた。というのも、「はじめ脚本を読んだとき、あまりにも極端な人物に思えたからだ。肉体的にも感情的にも、とてもこんな人間がいるとは信じられなかった」からでした。6時間、一緒に過ごしてみて納得しました。

「かれの人格は爆弾だったよ。おそろしく巨大な怒りと抑圧されたものを抱えていた。むちゃくちゃな人間のように聞こえるかもしれないが、その通りなんだ。見たり聞いたりしている分には最高だ。想い出を話している間中、しょっちゅう気分が変わる。それに訛がきつくて、ほとんど何を言っているのか、ぼくにもわからない。ただ、きちんとした教育は受けていないのに、話すことは明晰だし、それにひどく笑わせてくれるんだ」

    これも納得できる。政治経済軍事あらゆる面で圧倒的に不利な立場にありながら、プロテスタント勢力と英軍を向こうにまわして、互角といっていい戦いを30年にわたって続けたカトリック側組織 IRA を支えたのは、こうした人びとであったのでしょう。物語そのものもひどく興味をそそられますが、ネスビットが演じるこの人物像を見るだけでも、この映画は見たい。

    記事はもう一本のノーザン・アイルランド紛争を題材にした映画を紹介しています。Kari Skogland の “Fifty Dead Men Walking” です。こちらは IRA 内にあってその活動を長年英軍に通報していた Martin McGartland (演じるのは Jim Sturgess) の物語だそうです。
   
    ぼくは実は映画というメディアは好きではないのですが、この2本はなんとかして見てみたい。見たからといって、あの複雑きわまるノーザン・アイルランド紛争の実態が理解できるとは思いません。が、多少ともその実像に近づけるのではないかと期待するからです。

    さらに「トラブルズ」は、その後の民族紛争、旧ユーゴのムスリムとキリスト教徒にかかわる紛争や、東ティモールをめぐる紛争、旧ソ連領で進行中の紛争などの祖型という性格を備えるという見方もできます。ノーザン・アイルランドの紛争は時代こそ冷戦に重なりますが、東西陣営の代理戦争ではありません。とすれば、ノーザン・アイルランド紛争の理解は、現在進行形の紛争の性質の理解とそして解決をめざすためのヒントを提供する可能性もでてくるでしょう。(ゆ)


yosoys at 00:20│Comments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ソフト 

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