西調布のレストラン、菜花でのヨーロッパ伝統音楽のライヴ・シリーズ第2回。フィドルの奥貫史子さんとハープの梅田千晶さんのデュオ。あたし的には梅田週間の最後。

 この二人はこれにバゥロン、パーカッションの北川友里さんが加わって Koucya というトリオを組んでいる。この日は北川さんはお休みで、デュオに曲によってナヴィゲーターのトシバウロンがバゥロンで加わった。これはこれでいいものではあるが、Koucya でのライヴも見たいものではある。

 奥貫さんはホメリで一度ライヴを見ているし、あちこちのイベントで見ているが、彼女のフィドルをじっくり生で聴くのは初めてだ。カナダのケープ・ブレトンが好きで、よく通っていることは聞いている。

 今回はケープ・ブレトンばかりではなく、アイリッシュやらケープ・ブレトンの源流スコティッシュやら、また Koucya のレパートリィも多い。その各々にふさわしいフィドルを弾くのは当然といえば当然だが、やはり見事なものではある。

 それでもやはりこのフィドルは他のアイリッシュやケルト系のフィドラーとは一線を画す。まず実にキレがいい。決然としている。主張が強い。一つひとつの音、フレーズの形がくっきりしている。輪郭が見える気すらする。一方で音にツヤがある。艷気よりも清冽な渓流のような、よく磨きこんだ銘木のようなツヤである。それがアイルランドにゆくとドニゴールの響きになるし、スコティッシュやケープ・ブレトンにはよく合う。ただ、ポルカを弾いてもドニゴール・スタイルになるのが、ちょっと不思議に響いたりもする。

 もっとも今回そのツヤが最も輝いたのは奥貫さんがバッハの〈主よ人の望みの喜びよ〉をアレンジした〈BWV147〉。無伴奏ソロ演奏ということもあるが、有名なこのメロディをワルツからリール、さらにキーを上げてゆくフィドルの茶目っ気には、バッハ本人が聞いたら大喜びしたにちがいない。バッハは「バッハらしく」演奏しなくてはならない、なんてことはまったくないのだ。むしろバッハは当時の身の周りのフォーク・ミュージックに親しんでいたはずで、こういうダンス・チューンとしての方がずっと「バッハらしい」かもしれない。

 音もだが、演奏スタイルも今、わが国で活躍しているケルト系フィドラーの中では最も奔放な方だろう。奔放さでこれに匹敵するのは大渕さんぐらい。それにしても、奥貫さんの使う楽器が普通よりも大きく見えるのはあたしの錯覚だろうか。本人に確かめるのを忘れたが。

 奥貫さんはフット・パーカッションも使う。靴もちゃんと爪先と踵に金属を張ったダンス・シューズを履いて、1曲見事なオタワ・ヴァレー・スタイルのステップ・ダンスも披露した。床にはボードも置かれていて、これはお店が用意されたものだった由。ダンスの時はハープがメロディ、バゥロンがビートをつけた。ハープで踊る、というのも珍しい。いや、この場合、ダンスの伴奏をハープがするというのが珍しい、と言うべきか。こんなことをやるのは世界でも梅田さんくらいではないか。

 相手のフィドルがそういうものだから、梅田さんのハープも前2回とはがらりと変わる。こちらも一つひとつの音を強く、明瞭に弾くし、全体にパーカッシヴなスタイルが多くなる。パンチが効いている。かと思うと、低域でコードを入れながら、ユニゾンでメロディを弾くのも増える。だけでなく、音の大小、強弱をよりはっきりと打ち出す。楽器に可能な音域を目一杯に使う。

 Koucya のレパートリィでオリジナルの〈葉っぱのワルツ〉では、間奏でフィドルもハープもジャズ的な展開までする。

 梅田さんはやはり器が大きい。相手がどう来ようと、それをどっしりと受けとめて、ふさわしい返しをする。テクニックの抽斗や語彙の豊冨なことが土台になっているが、それだけでなく、ミュージシャンとしての器量が大きいのだ。こうやって短期間に異なる組合せで見て、ようやくそこがわかってきた。

 この菜花トラッドでは食事と飲物が付く。前回はアイリッシュ・ミュージックがメインだったのでアイリッシュ・シチュー。今回はイングランドのシェパーズ・パイにサラダとパンのセット。シェパーズ・パイはポテトとマトンで作るそうだが、実に旨い。サラダもパンも旨い。量も充分。前回のアイリッシュ・シチューも旨かったが、これだけ旨いと、ふだんの食事に来たくなる。もう少し近ければなあ。小田急の沿線に店を出してくれないものか。パウンド・ケーキがあったので、休憩の時に頼んでみる。胡桃が入って、チョコレートも入っているのか、黒に近い褐色のケーキで、これがまた旨い。Hasami Porcelain のマグに入れて出されたコーヒーも旨い。何も彼も旨い。もうたまりまへん。

 旨い食事と美味しい音楽。生きてることはいいことだ。(ゆ)

奥貫史子: fiddle, foot percussion, step dancing
梅田千晶: harp
トシバウロン: bodhran