ギターに限らず、楽器の独学(独習)をされる方の理由は何だろう。

教室に通うのが面倒だ、恥ずかしい。

お金がもったいない。

近くに良い指導者がいない。

型にはまりたくない。

自分のペースで練習したい。

など等・・・様々でしょう。

理由はどうであれ、独学の利点と弱点をきちんと理解した上で、練習を進めたほうが良いことは確かだ。
では、その利点は何か?と問われれば、「う〜ム!」困ってしまう。

ほんとうに利点などあるのだろうか。

では逆に、指導者に習う場合の利点はなんだろうか。

これなら答えはいくつも浮かぶ。

【欠点を指摘してくれる。矯正してくれる。】

これはありがたいですね。

【目標が明確に示される。練習方法も明確に指示してくれる。】

言われたとおりやっていれば間違いない、と言うところですか。

【発表の場がある。必死に練習せざるを得なくなる。】

確かにお膳立てがないと、晴れ舞台に立つ機会は少ないですね。

さて独学に、これらの有利な点を超えるものがあるかどうか。

無いかもしれない?!

けれど、なんとか同レベルを目指したい、よね?

そこでヒントを差し上げよう。

まず、目標の設定だが、それはこのブログの「基本的な練習の進め方」が参考になるはず。大方の教室でもその内容に大差はないと思われる。

練習方はこれから伝授していくので心配いらない(?)。やるかやらないかは別としてだが。

必死に練習するかどうかは、指導者の存在とは関係ないだろう。あなたの気持ち次第だ。練習しないでレッスンに行くと百叩きされるなら話は別だが。

発表会といったって、たいていは身内しか聴きにこないのがオチ。それよりも彼女(彼氏)や友人に聴かせるほうが弾き甲斐があるというもの。別に聴いてもらう必要なんてないよ、と割り切るのもありかな。

さあここまではクリアした。

最後の難関が「欠点を指摘したり、矯正してくれる」だ。

これを自分でやるとなると、厳しい。けれど不可能ではない。

ここにはテクニカルな面と音楽表現の面があって、やっかいなのは後者だ。もちろん両者は密接な関係があるのだが、テクニック的な間違い、例えば弦のはじき方や、スラーのしかたに問題があれば、当然、演奏に限界が生じる。弾けない部分があれば、これは自分の技術に何か問題があるからだろうという推測もするだろう(難しい、の一言で済ますとそこでジ・エンドだけど)。当然、自分の技術を見直さざるを得なくなる。向上心がある限り、改良の努力は厭わないはずだ。

ただこれは大きな回り道になる覚悟もいるけれど。

しかし、だ。ギターを弾くということは、音楽表現をするということだから、ここがブレるとどんな努力も水の泡になる可能性がある。

つまり、それぞれの楽曲にふさわしい演奏をする、ということ。これこそが最終目標であることを忘れてはいけない。

ということは、弾こうとする曲を正しく解釈する必要もあるし、それを実際に音で再現しなくてはいけない。

これは、音階やアルペジオやらを毎日練習したところで身につくものではない。音楽への理解、読譜力、聴く力などが求められる。良い演奏をたくさんん聴くこと。音符から音楽をイメージできること。自分の発する音を客観的に判断できること。

こうしたことは、レッスンを受けるとある程度はヒントが得られるものの、最終的には本人がそのヒントの意味を捉えられない限り、無意味である。

それはもちろん、指導者の質にも関わってくるのだけれど、表現の本質に関わる部分の伝達なくして、ここはピアノで弾け、とか、もっとクレッシェンドして、と言ったところで生徒には何も伝わらない。

なぜそうするのか論理的な裏づけが必要なのだ。特に西洋音楽というものは、音響的な要素だけでは成り立たない部分があるのである。

話が逸れだしたので、元に戻そう(ちょっと興奮気味)。

ということで、この部分では教室に通っていようと、独学だろうと大差は無い(もちろん優れた音楽家のレッスンは別として)。要は、あなた次第。あなたの感性をどれだけ磨くかにかかっているのである。それとソルフェージュ。

だから、ギターがうまく(という表現も妙だが)なりたいのであれば、いろんな音楽を聴いたり、弾くメロディーを歌ってみたり、様々なリズムに慣れ親しむことをお勧めする。どんな経験も無駄にはならない。

ギターに絞った場合、ユー・チューブに登場する巨匠たちの演奏からは学べることが多い。上手い、と感心するのではなく、どういう表現をしているのかを聴き取り、目で盗もう。

今の世の中、本気で探せば役立つコンテンツはたくさんあるのだ。

今回はかなり説教めいてしまったかな?!
でもこれで、独習のひけ目(あればだけど)は消え去ったことだろう。