二塁手  高橋洋 ブログ

某メガバンクのATMで預け入れをしていた。そこは受付のない無人機。僕は通帳と現金を入れる。ふたが閉まり機械が紙幣を数えるシャンシャンという音がする…はずが、代わりにギーという不吉な音。…ん?なに? やがて「お取り扱いできなくなりました」という表示。ん? もう一度試そうとするが、通帳も現金も機械に呑まれたまま戻ってこない。取り消しボタンを探すが「取り扱えない」の一点張り。仕方なく画面横の受話器を取る。ツーツー、ツーツー。通話中?誰と? いぶかりながら再試行するが、何度やってもかからない。おっとマジかこれ…ふと見上げると、機械の斜め上にもうひとつ受話器が。え?こっち? 元の受話器をよく見たら音声案内とある。はあそうですかあ…と取ると、相手はクレームセンター的なクールダウン効果満載の「申し訳ございません」。上品な応対の彼女が「○○支店の○番機をお使いでいらっしゃいますね」と状況の説明を求める。「ではそちらのATMは無人機ですので、係の者がそちらに向かい対応させていただきます。高橋様はお急ぎでいらっしゃいますか?」「ええ急いでます、どれくらいかかりますか?」「そこから一番近いセンターから伺いまして30分くらいでございます」「はっ?」と思わず聞き返した。「30分てちょっと遅くないですか?」「申し訳ございません最短でそれくらいかかるかと」 うーん…さっき急いでる?って聞かれておれ急いでるって答えたんだけどなあと思いながら「では僕は係りの方が来られるまでここで30分待つということですか?」「いえいえその機械は止まったままふたが開くことはございませんので通帳も現金も無事ですから機械の前は離れて頂いて結構です」と。いやいや…そういうことじゃなくて… グッと堪えて「ではここを一度離れてから戻りますから、できるだけ急いでもらえるよう伝えていただけますか?」「はいかしこまりました、大変申し訳ございません」 などなどあって僕はその辺をブラブラとコーヒーを飲んだりして時間をつぶした。

 

ATMに戻ろうと歩いていた。少し離れたところをやはり同方向にトボトボ歩くやたら厚着の男が見えた。こんな暑い日に大変そうな恰好だ。彼は重そうなバッグを下げサンダルを引っかけるような気怠さでじつに低速で下を向いて歩いていた。というより何かに絶望してさまよっているようなトボトボ感。へーと観察しつつ歩いてると、某メガ警備会社のユニフォーム。ん?もしや、あなたが?と当然先着しATM前で彼を待ち受けるかたちの僕を見て、その30代くらいの男はハッと顔を上げお仕事モードに復帰した。いやいや…全然急いでねーし…マジかよ… グッと堪えて彼の作業を見守る僕。その間も残り三台の正常な機械で人々は入れ替わり取引を終えていく。僕はもう10分以上待っている。最初に「少しお時間頂きますから」とトボトボ男に言われたが、にしてもふた開けて通帳と現金取り出すだけでそんなにかかるんかい?という無音ビームを男の背中に浴びせる。男は機械を何度もガチャガチャやるがらちが明かない様子で仕方なくケータイをかけ「…そうなんです…それが分からないんです…この場合どうやって…」と機械のマニュアルを誰かにレクチャーされているのか。しかしふと見ると男の右手には通帳と現金が握られていて…えっ?取れたの?じゃなにこの時間?もしや故障の原因究明及び正常復帰までそれらは渡せません、という正規マニュアルにのっとった感じ?と思ったらここでようやく僕は堪えるのを止めた。通話中の男に向かって、それ機械の修理はテメーらがあとでやればいいだろ!お待たせしましたと返却するのがまず最初だろーが!という趣旨のクレームをとても冷静で論理的なトーンで伝えた。そしたら男はまた受話器に向かって「あっ今お客さんがさきに返してほしいって言ってるんですけど…どうしましょうか…」とか言い始めたので、普通ここでドロップキックじゃね?と思ったが、もうすでに急いでいた予定は諦めるしかなかったので、そちらも同様に諦めることにした。

何年か前に仕事でご一緒したことがあるが、そこからまあまあ時間が経っているしその仕事でそこまでガッツリからんだわけでもないからもしかしたら相手は僕のことをおぼえてないかもなと思いながら現場へ入り、実際お会いしてみたらその辺が読めないくらいあいまいな笑顔で挨拶されるので、まあいいやとそこはスルーする、というようなことはたまにあります。もしも、「あの時はお世話になりました」なんて話題を振ったはいいが、相手が「ん?あれ?なんだっけ?この俳優さんと仕事したことあったっけ?なんだなんだ?」と頭をフル回転させながらさりげなく話を合わせてもらうのもなんだか気まずいですからね。以前、あるドラマでいただいた台本を読むと相手役の俳優さんが数年前にガッツリご一緒した方だった。当然僕は現場で「ご無沙汰してます~」と笑顔で挨拶する。向こうも「あ~、どうも~」と笑顔。僕らはガッツリ仕事したその時以来はじめてお会いしたから、結構な久しぶり感でなごやかな雰囲気。と思ったら、その方の笑顔がキープされたまま次のことばが出てこない。「えーっと…あれ?あれ?」と脳内検索がはじまったのを目の前で認識してしまった僕が「うわっ、やっちゃったか…気まず~今日これふたりだけのシーンなのに…」とあわてた数秒後に、検索エラーだったのか「あれって、何年前でしたっけ?」と笑顔で聞かれ、「えーっと、もう○年くらい経ちますかね~」と笑顔で返した僕。…のヒントもむなしく「ああ~、そうか…もうそんなに経ちますかあ…」でフェードアウト。沈黙。ここでもうこの話題はシューリョーです。

 

9月に開幕する舞台『クレシダ』の主演・平幹二郎さんとはお久しぶりで、ポスター撮影のさいに挨拶させていただいたら相変わらずダンディーな低音で「よろしく~」とニヤリ。「うわっ笑ってる、いや覚えてる、つか当たり前か、変わらないな、スゲーな、よし負けずに頑張ろう」と僕は身が引き締まる思いでした。その撮影スタジオで、浅利陽介さんと花王おさむさんにもチラとお会いした。そのとき「高橋洋です、よろしくお願いします」とこちらは改まり、当然向こうも「○○です、よろしくお願いします」となったわけだが、僕はおふたりとも以前ご一緒したことがあって、だけどここでパッと思い出せる感じではなかったかもしれないとヘンに気を遣い、とりあえず「ああどうも~」風のスマイルでそこはスルーしつつ気持ちよくわかれた。おふたりの反応からも、覚えてらっしゃるのかどうなのかよく分からなかった。で、稽古に先駆けて俳優による台本の読み合せがあった。もちろんまだカンパニーとして始動したばかりで空気は硬いけれど、まあちょっとした雑談もしながらこれから頑張りましょうねと気持ちをひとつに向けていく。しかし僕としては、ことばはいくつか交わし始めたものの依然として「お久しぶりですよね~」風な空気を発することができないモジモジした自分に「喝!」を入れたい。…まあべつにどっちでもいっか…うーんでもなんか、思い切ってこんど話してみようと思います。いやこれですね、おふたりに対して全然「おや?」みたいな感じじゃなくて、全然。ただただどっちなんだろう?忘れてるのかな?覚えてるけど切り出さないだけかな?むしろおれが忘れてると思われてるのかな?…なんてグジグジと自分のへっぴりが気持ち悪いだけの話で、ほんと。

 


舞台『クレシダ』 
 
https://www.stagegate.jp/stagegate/performance/2016/cressida/

たとえばシェークスピアとかギリシア悲劇とか、そういった大がかりな古典劇を演じるとき必ずと言っていいほど出てくる台詞が「おお!神よ!」である。「天よ!このわたしにナントカを与えたまえ!」みたいな表現が至る所にあり、たまたまそれが自分のセリフだった場合、ああ…来たか、と思うのである。まあ僕がそう思うだけなのかもしれないけれど、神とか天とかふだんまったく意識しない存在を劇中で当たり前のように背負って演じるにはやっぱり多くの抵抗を乗り越えなければできない。要は、メチャクチャこっぱずかしいわけです。天に向かって「復讐の女神よ!」なんて叫ぶことが。いやいや…おれ普通に仏教徒だし…ってつい。そのあたりをよっこいしょと飛び越えていくのが稽古でしょうか。ところが、です。舞台上で天に向かって「おお神よ!」って叫んだとき、本当にその先に神様がいてその神様に向かって何の抵抗もなく声を発っすることができた芝居が一度だけあったのです。それは、ギリシアの首都アテネにある巨大な野外劇場でのこと。半円形のすり鉢型劇場の舞台上から客席を見上げると(文字通りグッと見上げる凄まじい角度)、はるか遠くに見える客席最後列のさらにその向うにアクロポリスがそびえ立つ。そして陽が落ちるとその神殿の向こうには澄み切った月を仰ぎみることになるのです。漆黒の夜空に月とアクロポリス。これは、本当にすごかった。そこでギリシア神話を演じていた僕ら日本人はみな、神様というものを理屈抜きにみることができたのかもしれない。ああ…人間は天に向かって「神よ!」って叫ぶ生き物なんだな、と僕は感じた。

 

ちょうどいま、サッカーのヨーロッパチャンピオンを競うユーロ2016が行われている。既にスペインとイングランドが姿を消したのは残念だが準々決勝は好カード続出で、僕は個人的にアザール擁するベルギーを応援している。そのユーロ、2004年の決勝カードは地元開催で盛り上がる実力のポルトガルと、まさかのダークホース国ギリシアの組み合わせだった。クリスティアーノ・ロナウドが19歳にして大会ベスト11をかっさらった鮮烈のポルトガル代表にはフィーゴやデコもいて…当然誰もがその優勝を信じて疑わなかった。決勝戦当日、僕はアテネ市内のど真ん中で舞台に立っていた。その、「神よ!」の舞台である。しかも、ユーロ決勝戦と舞台公演はまったく同時刻だった。つまり僕らが月に向かって心から「神よ!」と叫んでいるあいだ、ギリシア人である劇場スタッフは芝居どころではなく国を挙げての歴史的快挙ユーロ決勝戦を心から応援していた。実際、ギリシア悲劇を演じている我ら日本人をよそに、アテネの劇場スタッフは舞台袖で時おり奇声を発する。彼らの抑え切れない熱狂的歓声が舞台上までこぼれてくるのである。そりゃ世紀の決勝戦ですもんね。舞台が終わりバスでホテルへ戻ろうとした頃には、アテネ市内は狂喜乱舞の大パニックだった。まさかのギリシア優勝。メインストリートは大渋滞でバスは立ち往生。爆撃機が頭上をかすめるような爆竹音とわけの分からない轟音の中、巨大な国旗を掲げて絶叫するギリシア人を乗せたバイクが僕らのバスの車体をガンガン殴りつけながらすり抜ける。バスを揺らすは進まない車の屋根によじ登るは…人々は喜びをじつに破壊的なスタイルで爆発させ全身でその奇跡を祝福していた。愛情表現も極まると、ほぼ暴動に見えるのですね。狂気の舞。僕らは命の危険を感じながら、ギリシアおめでとうと思った。

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