二塁手  高橋洋 ブログ

蝉が泣いている。夏だ。ほんとうに世界はまた戦争をはじめるのだろうかと…いやいやそんなわけねーだろ見せかけだよと言い切れないような、2017年ですね。いつも不思議に思うことは、世界の国々がこんなにも多くのお金と人と労力をかけて軍備を強化しつづけるのは、やっぱり人って…というか国家って、どこかで戦争が好きなんじゃないだろうか?ということです。「いやいや反対だよまさに世界が戦争しないために、なんだよ」というタテマエがどれだけ理論武装されていたとしても。

「戦争が好き」というのは言い過ぎかもしれないけど要は、人ってケンカでものごとを決するのがじつは一番好きなのかもしれないな、と。ふたりの人の意見がぶつかったとき、まずは話し合いで解決しようとしますよね。で、らちが明かなくなると殴り合いになるまえに第三者が「まあまあ…」と間に入り、それでもダメなら公的に白黒つけてもらうとして、ただ「そこまでやってられるかボケ!」と一方がキレて手を上げたら「なんじゃこりゃ!やんのかコラァ!」と相手もそれに応じる。あるいはたとえ裁きが下ったとしても、どちらか一方は「んなもん納得できるかっ!」とキレて相手に殴り込む…というじつに人間的な構図をつい想像してしまうわけです。

どうあってもふたりの意見が折りあわないとき、そしてそのことが両者にとって死活問題であるようなとき、ほっておくと人間は力づくで相手をねじ伏せにかかる動物なのではないか…そうそう、つまり人ってやっぱり「動物」なんだろうな、と。で、「守るべきもの」が大きければ大きいほど、人間って動物的な本能がうわーっと出てくるのではないか。自分のことだけならまだしも家族がやられたら、あるいは組織がやられたら、果ては国家がやられたら…というように。

自分のことを考える。自分としては、もしも現代この世界でほんとうに大規模な戦争が起こるようなら、そこまで人間が愚かならもういっそのことその核戦争で地球が滅亡してしまえばいいんじゃないか、とさえ思っている。もちろん、そこまでバカじゃないよねおれたちはという思いを込めて、ですよ。だけども、もうすこし話を小さくして、いま突然どこからかミサイルが飛んできて、ピンポイントで自分ちだけが爆撃されて家も家族も未来も失ったら、そしてまわりの世界はなにひとつ変わらず平穏な生活がつづいたとしたら、たぶんキレると思うのです。それも尋常じゃないくらい。そしたら間違いなく力づくでやりかえそうと思ってしまう、と想像します。たとえ自分に「力」がなかったとしてもです。

そう考えると、常日ごろケンカでものごとを決することをまったく望んでいないワタシ、というものに甚だ説得力がないですよね。「本気で戦争を始めるほどおれたちは阿呆じゃねーし」とたかを括っているワタシが、自分でも情けないことにとても薄っぺらく感じてしまうのです。「阿呆じゃねーしとか言えるのはお前がとてつもなく大きいものを守ろうとしていないからだ!」と言われちゃったら、返す言葉がない。いやあるんだろうけどそのことばがペラペラな気がして…「結局キレてしまう人間」としては。……。

そこで、その「果てしなく大きいもの」をおそらく一生守ることはないであろうワタシは、今のところこう考えます。とりあえず、戦争を体験した人の声を命綱にしてはどうだろうかと。彼らのなかにも僕のように「結局キレてしまう」人間はたくさんいたと思うのです。それでも戦火をくぐった人たちがいまこの時代、国家と国家の問題を解消する手段として「戦争」という必要悪をそのひとつにもしも挙げるならば、これはもうマジで耳の穴をかっぽじらないといけないのかもしれない。

セミが泣いている。あんなに見事に脱皮できたらさぞかし爽快だろうな。

家庭菜園をバカにしてはいけない、と思う。…バカにしてないか? …してないな、全然。ただ自分にはもともとそういう趣味嗜好がなく、今後もいわゆる老後のたのしみとして植物を育て愛でるなんてことはあり得ないだろう…と思い込んでいた。そもそも子どものころから自然というものが苦手だった自分は、友達と魚釣りに行っては気色悪いエサを竿につけることができず(皇太子かっ!と突っ込まれ)、カマキリも蛙も触れず、草とか泥とかそういう感触がダメだった。ぞぞっ、とするのである。おそらく当時の僕にとって一番の拷問は、田んぼの中にポーンと放り投げられることでしょうか。即、失神したと思う。なんだかあのベチャベチャした「自然の手触り」がどうにも無理でした。花を植えて育てましょうという授業や、交代でニワトリを飼育しましょう、みたいな小学校のカリキュラムには断固反対してました。なので当然のごとく、自宅のベランダや庭などに並べられたプランターに水をやってはその成長に目を細める自分の未来、というものがまったく想像しえなかったわけです。虫とかいっぱい出るし、濡れた土とか触んなきゃいけないし…。ところがですね、我ながら不思議なのだけれど一年ほど前から突如として植物を育てるという行為にハマった。いや違うな…正確に言えば、自分で育てたものを収穫して食べるという行為にハマったのだ。単純に、おいしいのです。それから妙に気分が良いのです。この、なんだかよくわからないんだけど絶妙に気分が上がる、という発見はなかなかに新鮮でちょっとすれば神々しいような感覚。

 

植えてないのに周りに勝手に生えてくるクローバーをむしってどうぞ存分に育ってくださいと水やりを続けたパクチーが、先月あたりから出てくる出てくる。ハサミで刈り取ったばかりの香草が発する香りは冗談ぬきでタイ料理屋さんのそれに負けません。「パクチー増し増しで~」って注文しなくてもその香り高い緑葉を誰に遠慮することなくピータン豆腐にぶっかけてみたら、夏にこれビールとサイコーです。植物にしてみりゃ斬られたばかりの鮮血を差し出すようなものですからね、もうパクチーの「おれがおれが」感がハンパない。それから大葉とみょうが、これもまた収穫どき。とりあえず採れたて香味野菜の舌の根が乾かぬうちに細かく刻み、すったばかりのゴマと練りごまを合わせた麺つゆにドバっと投入。キリリと冷水でしめた稲庭うどんをザルに盛れば、うわこの味は負けてねえなそこらの蕎麦屋さんに…と自画自賛、おれ老後ではないけどもの愉楽。でも自分はきっと、なにか育てただけで口にしないならあまりテンションがあがらないのだろうな。たしかに去年もうまく実らなかったホオズキとかには未練なかったし。というわけで、すくすく伸びたレモングラスを刈り取って短冊に切ろうとするとこれが結構硬い。沸かしたお湯に五分ほど浸して蒸らすと、混じりけなしの生ハーブティー。全身の血液に日ごろの惰性を猛省させるようなズバ抜けた自浄作用があるらしい。植物って、偉大。ゴーヤの成長スピードにはもはや畏怖の念です。なにより神聖な気持ちになるのは、生きているあいだにひとが口にするほとんどすべてのものは、こうしてだれかがどこかで手塩にかけた産物なのだという至極当然のことを今さらながら噛みしめる、家庭菜園。

数字が苦手だ。むかしから数の計算が死ぬほど苦手で、だからとうぜん算数が嫌いだった。数学はもっと嫌いでもうほとんどチンプンカンプンだったから、まったくついていけない数学という授業を…というか数学的思考そのものをはげしく憎んでいた。その反動でついには数学ができるひとの生き方?人種?みたいなのものにアレルギーをもってしまうくらいでしたから。ものごとを、なぜいちいち数字に変換して捉えようとするのか、意味がわからない。二進法とか微分積分とか数学的帰納法とか力学的エネルギーとかそもそも理系とか…ぜーんぶまとめて消滅してしまえばいいのにと思っていた文系学生時代をようやく終えて、ああもう数字とはいっさい関わらなくていいんだおれシアワセと安堵して役者をはじめた僕は以来、年に一度かならずやってくる確定申告を除いてはなるべく数字羅列書類と格闘するシチュエーションを巧妙に避けている。ホント…どうしてあの、数字だけがズラーっとならんだ紙をあるいは画面を見つづけて卒倒しないのだろうか世の人々は。予算書とか財務諸表とか収支報告書とかその種の書面とよくぞにらめっこできるものですね。仕事とはいえ本当に感心します、凄すぎます(今はけっして憎んでいませんむしろ尊敬します)。時刻表を見つめて未だ見ぬ土地に想いを馳せることのできる趣味人や、数字の羅列から暗号を解読してしまう映画『サマーウォーズ』のケンジ君などはですね、もう心から神ですホント。

 

俳優という生き物は基本、演技するわけです。演技することでお金をいただいているのですね。たとえば、死ぬほど嫌いなブルーチーズであってもにっこり笑って食べるシーンがあればそのように演技します。控室ではたがいに犬猿の男女であっても本番はウットリした表情でチューとかするわけです。それ仕事だから。当然ながら30秒と続けて目にしたくない損益計算書なんかも、目の前においてあればそしてその書類をチェックしたうえでなんか台詞をしゃべらなきゃいけない場面であればビシッとそれらしくやらせていただきますよね。稟議書(りんぎしょ)が、今回はつねに机の上にありました。大手銀行の課長さんの役です。WOWOWドラマ『アキラとあきら』、全体のなかでは出番はほんの少しなのですが、それでも自分が撮影にかかわったのは二日だったかな。その間、段取り・テスト・本番がなんども繰り返されるたびに僕は苦手な数字羅列書類を真剣に見つめていました。もちろん小道具として使われる書類は銀行の稟議書として画に映っても恥ずかしくない仕様で用意されています。融資先企業の財務状況や融資条件や返済原資や…そういった果てしなく小難しい数字がびっしり並んでいて、正直どれだけ演技に集中しても内容がチンプンカンプンの極みでした。頭がクラクラするのです、昼飯が胃から上がってくるのです。もういっそのこと言い値で貸しちゃえよ!って投げたくなるくらい難解で大変なお仕事なのでしょうね、銀行マンて。あらためて敬意を表します。


WOWOWドラマ 『アキラとあきら』
http://www.wowow.co.jp/dramaw/akira/

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