髙橋洋 ブログ 二塁手

 しばらくぶりです。ややバタついていたものでブログから遠ざかってしまいスミマセン。

その間みなさまには、「事務所どうすんの?大丈夫?」「もうドラマには出られないのですか?」「いやいやゼッタイ大丈夫!」…など、ご心配や励ましのお気持ち・お言葉をいただき感謝しております。

…と言っても、命がとられるわけではなくもちろん魂を奪われるでもないわけで、ただ発展途上の中年俳優としては思いがけず所属事務所が実質機能しなくなると知らされ「さあ困った」という… うーん、しかしそういうことは時々あるこの険しい世界なのでしょうか。

株式会社オフィス北野を辞めました。ひととの出会いは不思議なもので、それまで自分がそこに所属するとは想像もしなかったのに、縁あって拾ってもらい六年と半年ほど在籍させていただきました。本来ならこの六年で僕自身がもっと大きく成長していなければ見合わないほど、お世話になったと思っています。俳優としてなかなかもどかしいスローな歩みは自分の力不足以外なにものでもなく、特に、悔しいことの方が多かった現実のなかで共にもがき格闘してくれたマネージャーには感謝しかありません。

今回このような形でオフィス北野を辞めることは、まったくの想定外でした。こういう岐路ってほんとうに不思議なものだな…とあらためて思います。大変お世話になりました。ありがとうございました。

そして新たに、今月11日より株式会社ケイファクトリーに所属させていただくことになりました。やはり不思議なもので、「さあ、どうする?…おれどうすんだよ⁉」と真っ白な世界に投げ出された当初、自分がここにお世話になるとは予想もしなかったのに…というかとっさに何も思いつかなかっただけですけどね…、いやいやそれではイカンと頭を叩き起こしヨロヨロ動き出したところ、結果としてあたらしい出会いがあり…そこまで導かれた縁があり…ってきっと、そういうありがたいことも時々あるこの妖しい世界なのだろうな。

これから僕自身の環境はまたすこし変わります。けれども、やるべきことは変わりません。「いい俳優になり、いい作品を創ること」。ただただシンプルにそこを目指して頑張ります。なにしろ俳優としていまだ何者でもないワタクシ・髙橋洋は、当然ながらずーっとハングリーなのであります。いや…スピリットとかそんな洒落た話じゃなく、もう単純に文字通りお腹が減って。

お世話になった人、お世話になる人、支えてくれる人。すべての心ある方に結果で恩返しできるよう、新たな気持ちで精進します。

みなさま、今後ともよろしくお願いいたします。

 

…そう言えば、あれは1998年のことです。僕にとっての初舞台・初日・開演前の楽屋で俳優同士「よろしくお願いしまーす」と挨拶していたら、ある先輩俳優に「よろしくお願いしてんじゃねーよ、お前がいい芝居すりゃいーんだよ!」と言われました。なるほどね、先輩。なるほど。


株式会社ケイ ファクトリー
https://www.k-factory.net/

このところ仕事場に限らず行く先々で「大丈夫?」と聞かれ、ご心配をおかけしているようなのですこし書いておきます。所属事務所の件ですね。

報道にもあるように北野武さんが「オフィス北野」を出ていかれるということで、残されたタレント・俳優さんはどうなるのでしょうか?…というか、たけしさんがいない事務所って今後どうなるの?大丈夫なの?…というご質問です。

「はい大丈夫です、ご心配をおかけしてすみません、全然問題ありませんから!」、とお答えできればいいのですが、いまのところ僕の立場はそう簡単なはなしではなさそうです。

内情についてここでくわしく書くことはできないので、僕自身のことだけすごくザックリ言いますと、「個人的には大丈夫じゃないのかもしれませんが…たとえどういう展開になっても、きっと大丈夫だと思います」という感じです。

あいまいな表現でゴメンナサイ!でもほんと、たぶんそういうことなんですよ。毎年二月になればせっせと経費を算出して確定申告する僕ら個人事業主はですね、身一つの肉体労働者としていつ何時こういう状況になっても大丈夫なように(いろんなことがあり得るわけだから)、価値ある労働を生む価値ある労働者でなければいけないのでしょう。じゃなければ、自営業者としては失格なのでしょう。お前に価値なんかねーよと皆に言われてしまったら、働きたくても働けないですもんね。

で、僕は「自分に価値がある!だからきっと大丈夫!」…と思っているわけではありません。俳優としての商品価値を示すためにコツコツと労働を下から積み上げているその最中、まだまだ全然途中なんです。けれども逆に、途上ということはですね、そのあいだに雨や風や槍が降ってきたとしてもそんなことではけっしてあきらめませんよというハングリーな時期ということ。お腹、減ってます、すごく。だから、でしょうか。「きっと大丈夫」だと勝手に思うのは。

今日の東京は真冬に逆戻りで雪が降って寒い!とニュースになってますが、きのう北海道から帰ってきた僕としては、向こうにくらべたらそんなに寒くはないなあ…程度です。だってマイナス五度くらいの海辺とかもう痛くてやばかったもの… といったように、寒さもどこから眺めるか?によりますよね。

今週も、来月も、その先も…とにかくいい芝居ができるようこれまでと同じように全力を尽くすつもりです。またなにかお知らせできることがあればそのときに書かせていただきます。

 前回のブログ「とびきりのおじさん」を、いま自分で読み返してみました。

 ひとことで言えば、ドラマ『バイプレイヤーズ~もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活したら~』で共演させていただいているおじさんたちが、俳優としても人間としてもなぜこんなにも魅力的なのだろうかと感嘆するのです自分もまたひとりの俳優として、という文章です。

 ほんとミラクルだなあと思うのが、五人のメインキャストが皆、そういうおじさんだということです。現場で五人がそろうとひときわ場の空気が明るくなります。ハードスケジュールでどれほどくたくたになっていても、明るさや楽しさや真剣さを失うことがないおじさんたちの姿を見ていると、年を取るっていいなあ…と僕は心底思いました。

 その五人のなかでもしも「トップオブとびきりおじさん」を挙げるとするならば、それは間違いなく大杉漣さんです。ともに仕事をした僕ら全員がそう感じていたと思います。漣さんは最年長ですが、だれよりも元気でお茶目でそしてすべてのひとに対してやさしいのです。撮影現場であれ控室であれ、漣さんがいるところにはつねに笑いが(ブラックも下衆も含めて)あふれています。

 「亡くなった」と電話で聞いたとき僕は、一瞬だれの訃報なのか分かりませんでした。「れんさんが、亡くなった」と伝えられたのですが、「れん」というのが「大杉漣」を指しているとは考えもしなかったから。一ミリも予測しなかったぶん、「亡くなった」という情報だけでその事実を受け入れるのはとてもむずかしいです。

 ふたたび現場に行くと、そこには漣さんがいません。当然五人いるはずのシーンで、並んでいるのは四人です。だけど四人のおじさんたちはその嘘みたいな現実の撮影現場で、「これ本当は嘘なんじゃないの?」と思わせてくれるほど、それまでの明るくゆる~い空気を保ちながらお芝居をされていました。それは大杉漣さんが中心となってつくり上げた五人の空気そのものです。胸を打たれました。

 僕がはじめて俳優・大杉漣を意識したのはまだ学生のころ、映画『ソナチネ』(北野武監督)です。その後実際にお会いしたのは98年…と言っても今は亡きベニサンピットという劇場横の廊下で僕が勝手に目礼しただけ。「1998・待つ」という芝居を観にきて下さっていたまるでマフィアのような全身黒づくめの漣さんと終演後ばったりすれ違い、「うわっ大杉漣だっ!」と興奮して静かに頭をさげた…というそれだけの。

 これまでなんどか同じ作品への出演はあるのですが、実際に現場でご一緒させていただいたのは今回の『バイプレイヤーズ』が初めてです。自分には、漣さんから学ぶべきことがたくさんありました。俳優としても、人としても。大杉漣さん、本当にありがとうございました。

 心よりご冥福をお祈り申し上げます。


テレビ東京ドラマ『バイプレイヤーズ~もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活したら~』
http://www.tv-tokyo.co.jp/byplayers/

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