二塁手  高橋洋 ブログ

台本をとりに事務所に向かっていた。赤坂に向かう午後の電車は空いていて、僕が乗車したとき両隣にはだれも座っていなかった。やがてメガネをかけスーツを着た銀行の営業マン風な40代後半くらいの男が僕の隣に座った。座るやいなや、一拍の間も置かず手にしていたノートパソコンを膝のうえで開いた。その早業に僕はおもわず男の顔をもう一度見た。もちろんさりげなく。清潔感のある有能そうなビジネスマンの横顔はタイムイズマネーといった厳粛な趣があり、それまでケータイニュースをぼんやり眺めていた自分はいつものごとく平日午後帯における自営業者としての後ろめた感を味わう。ふたたび香川真司が所属するドルトムントのバス襲撃事件のニュースを見ていると、隣からチャカチャカチャカッ!というものすごいキータッチ音。ふと、男のパソコンをのぞいてみた。ページがふたつ並んでいて、一方でなにかメールらしき文章を打ち、もう一方はグラビアアイドルのようなセクシー写真。パソコン画面の約半分を占めているそのハタチくらいの女子は、半裸…というか四分の三裸くらいの奇妙な衣服でにっこり笑っている。ん?…と僕は思う。このサラリーマンはガッツリ仕事をしつつ、外回りの特権として営業中はお気に入りの写真を画面半分に立ち上げるのか?…にしても、ずいぶん大胆な男だな。隣からフツーに見えてるし。というかその女子、胸の半球体が先端を除いてほとんど見えてるし。

 

なんじゃこりゃ?と思っていると、男はメール画面を終了しグラビアページを全面に展開、そして次から次へと写真を変えていく。すべて同じ女の子である。セクシーポーズである。まあ…ね。おじさんはひと息入れてるのかもしれないけどさ、もう少しまわりの目を気にしてもいいんじゃない?もういい年だし…と心配する僕をよそに彼はものすごい集中力とスピードで写真を次々に立ち上げてはまた消していく。相当なファンなのかなあ? すでに僕はこのアンバランスおじさんの行方…というか正体が気になり本気観察モードに入っていた。男は写真(どれもかなり大胆)チェックを終えると今度はヤフーに入り、その女子(いわゆるタレントさんですね)の名前で検索した記事をひとつずつこれまた結構なスピードで閲覧していく。…やっぱりコアなファンなんだなあ。記事をひとつずつチェックしては、それを画面右端にあるいくつかのファイル?に仕分けていく。どうやら自分なりの基準で彼女に関する記事を収集してるのね…ファンってここまでやるんだね。にしてもこの男、一心不乱…というか追っかけ態勢に迷いがない、気持ち良いくらいわき目もふらず没頭している。ある意味、清々しい。けれどもおじさん、早く仕事に戻った方がいいんじゃないかい?と思っていると、次に男はライン画面を開いた。そして友達リストから選び出したトーク画面をパソコン上に10個ほどポーカーみたいに並べる(こんなことできるのね…)。それからひとつずつ返信を開始。

 

つか、おっさん仕事はいいのかよ?と思いつつ失礼を承知で返信文を読ませてもらうと(だってまったく隣を気にしないから)、なんだか文章が完全に女子コトバ。キャピキャピしてるんです。…え?変態趣味? さらに観察するとラインの相手はすべて男、こちら側は女子なんですね。つまりこの男が趣味で女子に成りすましてるのか…おいおいっ…と、ここで僕はようやく気が付いた。彼は…この一心不乱サラリーマンは、タレントの事務所スタッフなんだな。というか、マネージャーだ!なんでおれ、そんなこと気付かなかったんだろ?スミマセンでしたおじさん。そりゃ仕事ですもんね。四分の三裸写真もしっかりチェックしないとですよねゴメンナサイ! しかしこの男、さっきから10人ほどのライン友達を相手に流暢な女子コトバで(おそらくそのタレントさんに成り代わって)同時多発的にやりとりしているその様は、まるで魔術師。スゲーな…つか、いいのかこれ?…いいんだろな。なんとなく意味なく傷つきながら僕は事務所へ到着し、もしかしておれに成りすましてファンの方とやりとりしてませんよね?とマネージャーさんに聞こうかと思ったが、よく考えたら僕はセクシー写真集も出してないしライン交流なんてのもまったくないのだった。

昨年舞台『クレシダ』でご一緒させていただいたあと急逝された平幹二朗さんが、その前々日まで通っていたという馴染みのごはん屋さんで「偲ぶ会」があった。平さんが住んでいらっしゃった地元のちいさな店に、すべての俳優と何人かのスタッフそして制作陣がつどう。この作品で演劇賞を受賞された音響の高橋巌さんと、それから年間通しての団体賞を獲得したシーエイティプロデュースさんのお祝いも兼ねて。店の奥にキッチンと対面したカウンターがありその突き当りが俳優・平幹二朗の指定席だったようで、マスターの話によると夜な夜なつまり芝居の稽古やら本番が終わりホッとした名優がそこで大好きなワインをすすりながら板わさなどをつまみ過ごされていたと。きっと一日の疲れを癒しつつ頭のなかはすでに明日の芝居のことを考えていらっしゃったのではないかな。どんなときでも芝居のことしか考えていない…ように僕らにはみえました。稽古場でも休憩中なのに休憩も気分転換もすることなくひたすら台詞を繰っていた姿が印象的。本番には出番のかなり前に舞台袖でスタンバイされるし、それでいて芝居がおわりまた袖に引っ込むと「さよなら~」とお茶目に笑う素直なおじいさんなのです。どうやら日本酒もお好きだったようで、さいごに呑まれていたという大吟醸をみなでひと口ずつ頂戴いたしました。美味いです。献杯とはよく言ったもので、故人に捧げ敬意をあらわすにはこの「お裾分けされた日本酒」がとてもしっくりくるのですね。

 

じつはずっと以前から、終わった舞台のメンバーでまた同窓会のようにあつまるというのが僕は好きではありませんでした。親しくなったひと同士で個人的にというのはもちろんあるのですが。というのも単純に舞台って長期合宿みたいなものだからそのときの昂揚感と終わったあとの温度差があまりに大きくて、せっかく共有していた一体感がのちのち集まると妙に覚めてしまいフツーの感じになっちゃうのがイヤでイヤで。だから舞台の千秋楽あたりに「みんなで○○行こうよ!」なんて盛り上がっても結局は実現しない、ってことがよくあるような。ん?…おれだけなのか? とにかくそんなわけでどんなに素晴らしいカンパニーでも終わると直ちに次へ次へと向いてしまう薄情な自分にとって、この『クレシダ』という舞台はまあまあ異例です。忘年会?みたいなのもあったし、そして今回も。それは間違いなく、亡くなられた平幹二朗さんをみなで偲びたいという気持ちによってつながっていることなのでしょう。そう思わせる俳優、そして人間であること。それって大きいなと思う。きっとどれだけ名を残しても形を遺しても、そのひと自身をこころから悼み偲んでくれるかどうかはまたべつの問題だろうから。またそうしてあつまってみると不思議なことに、自分ら全然フツーの感じにはならないっすね…という気分です。そんなこと気にしていたちっちゃい自分ホントごめんなさい…という。店のマスターがさいごにおっしゃっていたのは、芝居が終わったあと平さんがしきりに「さびしいなあ」とこぼしていたと。なにか、やられました。

 

あらためまして、僕ら俳優・スタッフは平幹二朗さんから非常に多くのことを学ばせていただきました。板の上でも、下でも。それはこれから僕が舞台やカメラの前に立つ限り、消えることはないと思います。消えかけていたらそのときは、立てないのだと思います。「芝居が好きで好きでたまらない」という、彼がこの仕事に対してさいごの一瞬まで持ちつづけたおもいがすべてです。感謝。

 『情熱大陸』をみて、翌日現場でみたよと言ったら「ハハハ」と笑った俳優・吉田鋼太郎はいまや超のつく売れっ子で、その日も撮影を終えるとまたべつの現場へ颯爽とむかっていった。そう、なんだか最近のおじさんは颯爽としている。とてもにこやかである。オシャレである。そして相変わらずおもしろい芝居をする。というわけで鋼太郎さんのことを書いてみようかなと。基本的に僕は、この規格外アクターに対してとても敬意をもっている。人間としてアンビリーバブルな部分はなくはないが…いや結構あるが、まぁそれもまた俳優としての魅力ですからね。出会った最初から僕が感じていたのは、舞台で演じることへの圧倒的なエゴイズムとそのくせなぜか愛されながら他者をまきこんでいく奇妙なバランスである。というかアンバランスである。なんでだろう?…と、僕はよく思ったものです。エゴという点では決して負けていないのにそれが結果的に他者を遠ざけてしまう自分と、いったいどんな違いがあるのだろうかと。要するに嫉妬していたわけです。けれどもその違いというものをやがて痛烈に自覚することとなり、それからはなんというのか…単純に好きになった。いまでも大ブレイクを果たした「吉田鋼太郎」を肴に同業者どうしあれこれ盛り上がることはあるが、そうやって規格の外側をいじられながらしっかり愛されるひとなんだろうな。

 

はじめて生の演技を見たのは舞台『グリークス』(2000年)の稽古場。そこで彼は、ひたすら暴れていた。演じるというよりも演技をしながらおもに暴れている、という印象。文字通り舞台上で逃げ惑う女優たちを力ずくで捕まえ引き倒しぶん投げていた。べつに女たちに暴力をふるう男の役ではない。ただ彼の解釈にかかると、そのあまりに暴力的な演技スタイルはなぜかぴったりはまっていた。そしてじつにおもしろかった。演出家はニコニコ笑ってみていた。のちに本人から聞くと、ようやく蜷川幸雄と仕事ができた無名の自分はなんとかインパクトを残したかった、と。たしかにインパクト絶大。その四年後、『タイタス アンドロニカス』ではじめてご一緒したとき鋼太郎さんのバイオレンスパワーは凄まじかった。彼が演じる主役タイタスの娘を強姦し腕と舌を切り落とす最低男の役を演じていた僕は最後に復讐されるのだが、縄で縛られ喉を切り裂かれるそのシーンでおれもしかしたら本当に殺されるかもしれないと思った。舞台上でタイタスが吐く憎しみと怒りと悲しみと多量の唾が至近距離からハンパない勢いで、もうね、なんなら突然ホンモノのナイフを仕込んでくるんじゃないかこいつと本気で思わせる殺意と狂気。まあ、稽古中には怒りをこめてテーブルを叩くシーンで自分の骨を折ったくらいのひとだし…。

 

本番が続いていても呑むし、呑んでいるから声を枯らすし、声が枯れているにも関わらずガンガン叫ぶからもっと枯れていくし、それなのに声が枯れたらなぜか芝居がさらに上がってくるし、そうこうしているうちになんとなく声が戻ってくるし…ほんと不思議な俳優さんです。なかなかマネできません。合計8本の舞台で鋼太郎さんとご一緒しているのですが、すごく気合いが入っているときとあきらかに手を抜いているときの差が明瞭で、「手抜きだなー」と僕が言うと「たまにはラクさせてよ~」と笑う胆力?もマネできない。そしてなによりハタから見ていて聞いていてメチャクチャだなあと笑ってしまう遍歴にも関わらず、そんなおじさんを心から愛する女性が次から次へとあらわれる神秘。先日『ゆとりですがなにか 純米吟醸純情編』の現場で、「もうこれで絶対さいごにする」と坂間家の皆に断言されていましたよね、結婚。どうぞ末永く。というわけで夏に放送されるスペシャルドラマの撮影で一年ぶりに再会した鋼太郎さんは、ますます俳優・吉田鋼太郎でした。気持ち悪いくらいにこやかでゆとりに溢れているし、良い加減にイイカゲンな芝居するし、「俳優には芸の肥やしが必要なんだよ」と力説していたし(あなたはとりあえず十分ですよねと聞いていた僕ら)…つか、もういいや…なんでおれこんなにおじさんのこと語ってるんだ?

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