四ツ國日記

宮脇慎太郎 Photographer / solow  http://www.shintaromiyawaki.com

祖谷の次は宇和海をテーマにした写真集!作成開始します。

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初の写真集「曙光 The Light of Iya Valley」から6年、それをバイリンガル版で再編集した「霧の子供たち」から2年、そして5年前から撮り続けていた辺境をついに写真集にするべく動き出します。

完全新作の舞台は、海の祖谷とも言えるリアス式海岸。四国の再深部から最果てへ、霧の山から風の海へ、暗い谷に差し込む光から光に包まれた入江へ。その土地は四国の最果て、全てが還り着く西方浄土、宇和海。四国の再深部から最果てへ、霧の山から風の海へ、暗い谷に差し込む光から光に包まれた入江へ。

とあるきっかけがあり、今回も編集を担当してもらうサウダージブックスのアサノさんと、そこを訪れたのが5年前の3月のこと。自分が住む香川県を出発した時はまだ景色は冬。寒空の曇天の中3時間かけ車を走らせた。

西に進むに連れ明るくなる空。ついに最後のトンネルを抜けると、目の前には目に痛い程の黄色い菜の花畑が広がっていた。同じ小さな島国でもこうも風景が違うのかと唖然とする。最果ては複雑なリアス式海岸で、崖下には緑色に輝く宇和海がどこまでも続く。「楽園?」思わず言葉が出た。

目指す集落を土地の人に聞くと「あと10分くらい行ったとこや」と言われたが、20分以上走っても全然それらしき場所は見えてこない。入江を過ぎ、何回か半島を回り込んだところでやっと目的地。多分30分以上は走っていたと思う。まるで海の祖谷だと思った。そういう意味では祖谷と宇和海は四国の辺境の陰と陽。対になるような作品になるのかなと予感している。祖谷が内側に入り込んでいく深さを意識していたのに対し、宇和海ではその果て感や遠さを常に意識して撮影してきた。(実際に実時間で東京から移動すると日本で一番時間のかかる場所だそう)

車から降りて集落の間を抜ける細い道を歩き、海が見える高台に辿り着いた。太陽を受けてオレンジ色に実る柑橘の向こう、紺碧の海が輝いている。この場所を撮りたい!強くそう想った。仕事柄様々な場所に行き来するが、そこを撮り続けたいと言う場所と出会うことは稀だ。ここは自分が撮らなくてもいいだろうとか、既に誰かが撮っているとか、そもそも撮り続ける気が起きないとか・・・。

末端神経が壊死していくように、ゆっくりと死につつあるように見える列島。しかし祖谷に撮影で通ううちにそれは悲しいことでも寂しいことでもなく、むしろ清々しく自然なことなのだなと思うに至った。過去の遺構は緑に覆われ、全ては平等に本来の姿に還りつつある。宇和海ではそれをさらに進め、田舎の安易な発展や未来への希望のようなよくあるものにもしたくなく、辺縁の余白の爽快感を目指したい。そしてその狭間に、人為の最前線で大自然と対峙し、日々を営み土地を祭り上げる人々がまだかろうじて残っていること。その美しさはそのまま世界に人が存在する美しさに繋がっているはずだ。

前の東京五輪の時代とは違い、日本人が全く変質して過剰さは無くなった。発展ではなく衰退を目撃する最初の世代として、今足元のローカルを撮らなければいけないという切実な使命感がある。小さい声こそ重要だ。世界のどこかに似ていて、世界のどこにも似ていない場所の写真集。悔いのないものを作るべく、不定期にブログにて制作過程を記録してゆくことにする。


続く
 




写真展「俺の写真がこんなに人の胸を打つわけがない」開催中!

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今年よりローカルの写真専門学校で講師をしている。

デザイン学科なので写真が専門という訳ではないが、少しでも写真を好きになってもらいたいと思った半年間。

その集大成として、みんなで設営した写真グループ展「俺の写真がこんなに人の胸を打つわけがない」スタートしました!タイトルも学生たちが考え、投票で決まった攻めた内容だ。
 
初日はローカルの写真仲間も来てくれて濃密なレビューができ感謝。これだけの人数がいて誰一人写真表現は被らない。写真は奥が深い、面白い。それが少しでも伝われば。21日12:00まで瓦町BRICで開催されていますので是非。受付は隣のbiblioにて。鍵を開けてくれます。夜22:00まで開いてるので是非見に行って、誰の写真がよかったとか感想ノートを書いてださい!


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2021年4月15日、最初は写真集を見ることから始めたこの授業 使用するカメラはほぼiPhone 何故その写真を撮るのか? 写真で自己表現するということはどういうことか? 自分にしか撮れない、自分だけの写真世界 技術の進歩により誰でもいい写真が撮れてしまう現在 敢えて難解な題目に挑戦してみることにした タイトルとステートメント(作品の説明書)を自分自身の言葉で考え レタッチを施した写真と合わせプレゼンを繰り返し、強度を上げる 究極の引き算の表現である写真には、全く誤魔化しが効かない 脱落せずついて来てくれた生徒こそが、今回の展示の主役だ 特に日本では技術的な事ばかりが語られがちだが 写真を作品たらしめるのに必要なのは意思の力に他ならない 誰一人として被らない、それぞれの写真世界 その宇宙を堪能して頂きたい 

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Last Dance in 椛川ダム



今年完成した県下最大の椛川ダム。
香川の名前の由来の一つに、香東川支流の椛川上流にあった樺の木の匂いが水に移り、下流でもその香りがしたから香川県になったという説があるそうだ。ダムに沈むこの川は、県名のルーツになった川だった。
流域には20戸の家屋があったが全て移転。集落は消え、1994年の基礎調査から完成まで四半世紀かかった。民主党政権時代に一度工事が止まったこともあるが、こんなに長い時間をかけて人が作る建造物はなかなか無い。
今年の春、縁があってダムに水を入れる前の場所に入れてもらった。そこは高さ88メートルの巨大な垂直の壁の真下。視界にひっかかりが無いのでスケール感が掴めず、全く現実感がなかった。貯水はもう開始してるので、既にその場所に行くことはできない。かつて歩き回った場所が今は水の底というのは不思議な気分になって時々夢に見る。あれは幻だったのだろうか?ダムはこれから3年半かけて満水にし、本格的な運用が開始される。
かつてそこにあった少数の暮らし。それを犠牲にして成り立つ圧倒的多数の暮らし。ここにもまた、世界の縮図。
消えた風景にやっぱり想いを馳せてしまう。民主主義、と呟いてみる。この国では一度決まった事がなかなか途中では止まらない。ダムは大地に穿たれた、垂直の国家の意思だ。ただそれを一方的に悪いと言ってる訳では無い。移転までさせて工事は中止になりましたってのも困る話だ。
他方世界ではダムを壊し、元にあった自然を回復させるムーブメントも確実にある。そんな現代にあって流れを堰き止め、壁を作り、多数を生かす道とはどういうことなのだろうか?と考える。
香川では今でも夏になると新聞の一面に、他県のダムの貯水量が載る。椛川ダムは高松市民にトラウマのように植え付けられた、渇水の呪いに対抗する最後の結界なのだろうか。
何度も言うように、このダムのことを憎いと言ってる訳では決して無い。高度な土木技術により築かれた壁は、もう完成して僕らのためにそこに在る。ただかつてここにあっただろう光に包まれた風景や、そこで精一杯に生きた人がいたということは忘れたくない。
ここで産まれ、遊んで、愛して、働いて。時に哀しみや寂しさ、怒りもあっただろうけど、基本的には輝いてたはずの静かなる永劫の生の営み。ここから今に繋がる命もあるだろう。
それももう消えて、今この瞬間も谷は水に沈みつつある。その水は、将来の僕らを生かす水だ。香りが水に移るのなら、想いも水に移るだろう。
未来の水を飲んだ時、僕はどんな想いを抱くのだろう?その時にまた、この映像を見たいと思う。
撮影・編集/宮脇慎太郎 
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