四ツ國日記

宮脇慎太郎 Photographer / solow  http://www.shintaromiyawaki.com

2015年06月

「語り継ぐ島物語」-Guardians-始まります。

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東京に住んでいた父方の祖父はその昔、憲兵隊長として満州にいた。

亡くなってもう20年近くが経つが、その姿は今も鮮明に覚えている。

毎朝欠かさず近所の公園で体操とランニング。書道の師範代でもあり、町工場を経営する社長でもあった。靖国神社へいくとピシッと背筋を伸ばし、二礼二拍手。周囲が楽しそうにしていても、決して笑っていない瞳。しかし酔うと語り出す大陸の冒険談。床の間にあった刃こぼれした青竜刀や軍刀、サーベル、そして勲章。額に入れられた菊の御紋付きの無数の賞状。子供の時それらを眺めながら、まるで違う国から来たモノみたいだなと思いながら眠りについた大晦日。今も昨日のことのように思い出す。



圧倒的な体験の差。同じ日本の事だと思えない違和感。それは僕の芯にずっと残っている。しかし人類の歴史上最大の戦争にこの国が積極的に参加し、圧倒的な力によって敗れ去った事は事実。その傷跡は深く、広い。



それは今やすっかり平和の島となった小豆島とて例外では無く、ある年代以上になると確実に、あの大戦により大きく人生を変えられている。もはや忘れられようとしている物語だ。島の古老たちの肖像を丁寧に撮影し、そしてただ撮るだけではなく話を聞くことで、大事な何かを次代に繋げられるのではないか。もしかしたら写真になら、その圧倒的な差が写るのではないか。自分が感じていたあの時の違和感の正体が。祈るような気持ちで尋ね、会い、声を聞き、シャッターを重ねた。自分の祖父や祖母と話すことはもうできなくなってしまったけれど、二人と話をしている錯覚を何度も起こした日々。今思えばそれは、とても幸福な時間だったように思う。



人だけが繋げえる、人の物語があると信じて。撮影は最初に必ず話を聞き、そして最後に撮らせてもらうという形で進行した。決して多くをその時は喋らなかった人もいたが、写真に映った立ち姿と光り溢れる瞳からは、沈黙をもって言葉から溢れた「何か」を僕たちに語りかけている気がする。この国が背負った宿命の物語、島物語を。

http://meipam.net/guardians/

語り継ぐ島物語

Guardians

■会期   2015年6月20日(土) ~10月4日(日)
※休館日:水曜日(祝日は開館)
■開館時間  10:00~18:00(入館は17:30まで)
■会場  MeiPAM 02(香川県小豆郡土庄町甲550)


宮脇慎太郎  Shintaro Miyawaki

1981年生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、日本出版、六本木スタジオなどを経て独立。

2012chillout&resonanceTokiwa Art Gallery(高松)2014年グループ展「K lovers photographers TOKYO展」ギャラリーコスモス(東京)、2014年グループ展「手紙が届く場所」旧藤田外科(坂出)2014年個展「剥離する祖谷の虚像と霊性」なこちLIFE SHARE COTTAGE(徳島)、

2015年「Mountain high Gathering」ハレとケデザイン舎(徳島)、2015年グループ展「香川県立体育館写真展 いままでとこれから」北浜ギャラリー(香川)、2015年EINSTEIN STUDIOが出版する「HUNGRY ISSUE3」に作品が掲載されNEW CITY ART FAIR(NY) などに出展。PhasesのJérôme Montagne氏とAlexis Vasilikos氏に作品が選抜される。

大学在学時より国内外を、中、長期の旅を繰り返し、特に日本列島は聖地と言われる場所を中心にほぼ網羅。2009年奄美大島での皆既日食体験などを経て本格的に高松へ活動の拠点を移す。その後映像分野にもその活動範囲を広げて現在も活動中。土地の聖性と光を捉えたランドスケープ、人物の懐に飛び込み一瞬の表情に人生を捕らえるポートレートには定評がある。2012年仲間とBookcafe solowをOPENさせる。2015年夏、徳島の祖谷を取り続けた写真をまとめ、自身初の写真集をサウダージブックスより出版予定。



 


 


 

讃岐平野の異空間・由良山

僕は友人たちとブックカフェも高松でやってるのですが、そのお店には登山部もあります。
毎回タイミングの合う人たちが集まっては最高峰でも1000m程しかない山無し県、
香川県の低山を登る。
その中でも今回は市街地からもアクセスがよく、
尚且つ南米でも旅してるのかと一瞬錯覚するほどのダイナミックな山容を誇る石の山、
由良山をご紹介します。

特徴的な外観は遠くからでもすぐ分かる。この山は由良石という、皇居の広場の敷石にも使われている由緒ある石の一大産地。採石場の歴史は江戸時代に始まり、戦後最盛期を迎え、20世紀の終わりにその幕を降ろした。山には静けさと削り取られた岩肌が残った。

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麓の清水神社で登山の無事を祈願してお参り。ここは春は桜がメチャクチャ綺麗でお薦めのスポット。そして雨乞いの儀式で古来より有名な社。由良山には龍の伝説があり、この山を取り巻く龍が雲を呼び、天に昇って雨を降らすと言われてきた。祭神・神櫛王(かんぐしおう)ゆかりのちょっと怖い雨乞いの儀式は古代から戦前までは行われていたそう。境内には史跡も。

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神社を向かって右手に進んだところに登山道が。一歩森の中に足を踏み入れるとそこは昼なお鬱蒼と暗い。そこかしこにミニ八十八ヶ所のお地蔵さんが。この辺りまではまだ勾配も緩く余裕で登れる感じ。

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5分ほど歩くと山がいよいよ本領を発揮してきた。急にきつくなる勾配。登山道には崩れかけた所もあるが、全体的にしっかりと整備はされてる印象。張られた虎ロープを頼りに息切らせながら一気に登る。後半部分はかなりきつく、しっかりと登山っぽさを体験できる。いい汗かけます。

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15分ほどで尾根道に出れる。ここからは一気に爽快なトレッキングロード風に。山が両サイドから採石により切り崩されており、尾根道は御椀型の山にしては本当に細い。木々の間から下界の家がよく見える。

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本当はダメなのだけどロープから身を乗り出して下を見てみた。採石場と、その建屋がよく見えた。一直線に切り落とされた岩肌の高さは50mくらいはあろうか。危ないのでお薦めしないです。

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5分ほど歩くと山頂へ辿り着いた。汗ばみ、本当に丁度いいくらいの運動量。休憩用の椅子と机があり、机の上には登山客が書き込むノートが缶に入って置いてあった。今日だけでも何人もの登山者が名前を書き込んでいたのが印象的。雨乞いの神様として竜王社も側に祀られていた。写真に写ってる岩盤の上で寝転がるのが気持ちよくておススメ◎

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標高120mとはいえ、遮るものが無いので高松を一望出来る。この日は生憎ガスが濃くて遠くまでは見渡せなかった。そしてこの柵の向こう側も一直線に切り落とされた断崖絶壁。

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この写真は別な日に登った時のもの。高松の県庁やシンボルタワーがはっきりと確認出来るし、遠くは本州、岡山の山までよく見える。

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山の稜線が綺麗に見渡せる。石を取るためにここまで自然の景観を変えてしまうとは人の業とはかくも深きものかと。その山も今では緑に覆われ、景色に溶け込みつつあった。その姿はまさしく讃岐平野のグランドキャニオンかギアナ高地といった感じ。

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帰り道は、山道を下ったあとは舗装された車道を。讃岐のおにぎり山を眺めながら一気に降りれる。

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歩道の脇道には防空壕の跡も。由良山に程近いサンメッセ香川は元は戦前から飛行場だった。完全な岩山だったこの場所は、まさしく天然の要塞みたいなものだったのでしょう。

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さらに下ると巨大な池が。採石場跡地に水が溜まったものみたい。相当深そう・・・こんなのが数箇所あって、まさに異空間!ここからは特徴的な由良石の構造をよく見る事が。由良石は、安山岩でも軟らかな黒雲母安山岩。六角柱状の並び方にそって割れやすく、軟らかで加工しやすいのが特徴。苔も付き易かったらしく、まさに名石。

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それは皇居の宮殿広場の敷石に、全国の4箇所の名石から選ばれて採用されたことからも分かる。採石場跡にはそれを紹介するパネルも。しかし今年から宮殿広場の敷石は老朽化を受けて由良石を砕いてコンクリで固めたブロック板に張りかえられているよう。宮内庁が張替えを検討した時、既にこの山には採石場の発破音は消えていた。苦肉の策の由良石のリサイクル。香川の石文化の衰退も考えさせられた。

 

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しかしこの山自体が魅力ある里山であることは変わりない。市街地から程近い場所に、様々なドラマを抱え静かに佇む。歴史の結果として得た、変化に富んだ魅力的な山容も捨てがたい。現にいつ登っても地元のお年寄りや、トレーニングする若者たちなど常に人がいて、整備された山道と相まって地元の人に愛されているように思えた。市街地の貴重な里山は狸や梟なども住んでるという。結局そこに生まれ育った人たちにとって、故郷の山というの掛け替えのないものなのだろう。たとえどんなに傷だらけになっても。

 

僕も家から一番近いので、登山用品を買ったら必ずこの山を登って試す。これからも、何度もお世話になることになりそう。結局秘境は身近にあり、おススメの讃岐の低山である。

《コースタイム》 清水神社5分→登山道15分→頂上10分→登山口 10分→防空壕跡 5分→採石跡の池 5分→登山口 10分→清水神社 歩行時間 約1時間 難易度  初心者向
駐車場 清水神社駐車場 登山道 よく整備されているが時々急坂あり

四国の最長老、大豊町杉の大杉。


杉の大杉

今でこそ全国の巨樹を訪ねて撮影している僕ですが、そのきっかけとなった木は四国の中心部にあります。

それが大豊町の杉の大杉。8年ほど前、何気なく立ち寄った道の駅の看板、すぐ裏手にあるこの木を見に行った。本当に寄り道のつもりだったのですが、文字通り圧倒されました。とにかく大きかった。今まで僕が見たどんな樹よりも。

神社の境内を支配する、カメラの広角レンズに収まらないほどの巨木。同行していた屋久島帰りの友人は、屋久杉よりも全然大きい!と何度も声をあげ感動していた。確かに丸1日かけ歩いて見に行く、有名になり過ぎた縄文杉と違い、僕たちが全く期待してないのもよかったのでしょう。こんな人里の近くに、非現実が同時に存在する驚き。まったくといっていいほど現実感がなかった。夢中になって写真を撮りました。樹齢千年は優に越えるであろう時を、その一瞬に封じ込める為に、どれほどそこにいたか覚えてないくらいに。今でもそれが達成できたのかは分かりません。でもその時に撮った写真は、高松のギャラリーで開催した初個展のポスターにもなった。出会いはまさに運命でした。

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あとで調べたら推定樹齢は3000年以上とのこと。有史以前のその時の長さに眩暈がした。やはり有名人の参拝記録も多いようで、幕末には山内容堂や坂本竜馬。戦前は地元出身のマレーの虎で有名な軍人山下奉文、そしてなんといっても美空ひばり。個人的には荒れ果てた大杉神社を再興させた宮司、釣井正亀氏のことは今後も調べていこうかなと思っています。

それから何度この場所を訪れたでしょう。写真は去年の12月のもの。雨上がりの快晴の年の瀬、寒さで周りの雑草はすっかりなくなっていた。冬の固い光が、巨木にコントラストの高いシルエットを落とす。杉の大杉は二本の巨木が根元で合体した夫婦杉。実は最近片方の樹勢が衰えているのか、幹をコンクリートのようなもので固められてしまっています。ちょっと心配。

この木との出会いから僕の写真自身も大きく変わったように感じています。








祖谷のカテドラル、旧三縄発電所

四国の深い渓谷。土讃線祖谷口駅のほど近く、吉野川に注ぎ込む祖谷川沿い。
ひっそりとその近代建築は存在します。

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谷間からの光が差し込み、静謐な空間を作り出していました。

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この発電所が完成したのは大正元年のこと。香川県の四国水力電気株式会社の発電所として建てられました。四国有数の渓谷地帯であるこのあたりは豊富な水源にも恵まれ、水力発電の好適地として明治期から開発されてきました。その中でもこの旧三縄発電所は当時規模、発電量ともに四国最大のものでした。

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役目を終えて50年余り、今は下流の新しい三縄発電所に現役を譲り、息を潜めるようにひっそりと渓谷に佇んでいます。しかし朽ちて尚その存在感は健在で、建物自体から激動の時代を支えた力が伝わってくるかのよう。

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眼下には透き通るような祖谷川が。役目を終えた老発電所を癒すように清浄な水が流れていました。



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