四ツ國日記

宮脇慎太郎 Photographer / solow  http://www.shintaromiyawaki.com

四国行脚

鵺の住処は四国にあった

横溝正史原作の映画悪霊島。瀬戸内をロケ地として撮られたこの映画のキャッチコピーは「鵺の鳴く夜は恐ろしい・・・」だった。そして平家物語に登場し、平安時代の京の都を大混乱に陥れたその妖怪鵺の根城は実は四国にあった。 
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愛媛屈指の豪雪地帯久万高原町、その奥深くにその池は存在する。鵺の根城と言われた安曽布ケ池は今も赤蔵ケ池と呼ばれこの地にある。
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典型的な四国の農村風景を車は進む。
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植林で鬱蒼としげった森から見える太陽。差し込む光が眩しい。
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途中道が分からなくなったので畑仕事をしていた老夫婦に聞く。「こんな時間に山にあがると暗くなって鵺が出るぞ」と脅される。
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思ったより道はかなりハードコア。くねくねと曲がった道をひたすらすすむとやっと看板が見えて来た。思ったより整備されてるようだ。
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最後のアプローチ。車一台がやっと通れる広さだが舗装は真新しい。
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トイレや東屋が整備された広場の奥に池が見える。しかし鬱蒼とした森を抜けた山頂付近にこのような天然の池(というより沼)が忽然とあるのは確かに不気味である。
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看板も真新しい。最近整備されたところなのだろうか。鵺の声はトラツグミに似てるそう。ヒョーヒョーという音が不穏極まりない。
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大分日が落ちて来た。鵺の根城に夜の帳が迫る。
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神秘的な色にみるみる変化する水面。鵺の正体は当時の妖怪ハンターだった源頼政の母だという伝説がある。平家全盛の時代、かつてこの地に潜伏していた頼政の母が自身の姿を妖怪に変え、それを息子に打たせる事で彼を出世させようとしたそう。
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寒気が走り引き上げようとしたら蛇の抜け殻が足下に。。アオダイショウだろうか。
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遥かに見える石鎚山系の山々に夕陽が当たっている。夜が近い。
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帰りに見かけた看板は凄く古そうなものだった。
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山は暗くなる時は一気。飲み込まれる闇から逃げるように下山する。
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あっという間に夜となり、東の空には月。心無しか虚空にヒョーヒョーという音が聞こえた気がした。


 

四国大陸:東かがわの島々

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2016.6.30 

海上のアステロイドベルト。瀬戸の小惑星帯を旅する。【東かがわ市】

香川県東かがわ市。子供の頃、徳島へ向かうには国道11号線を走るしか無く、延々と海沿いをドライブした記憶がある。そんな道も高松自動車道の開通によりすっかり通ることが減り、昔から慣れ親しんだ海沿いの景色からしばらく遠ざかっていた。

香川といえば今年開催されている瀬戸内国際芸術祭2016などの影響から島旅が軽くブーム、ここ香川最東端の地にも数々の離島が存在することは知っていた。しかしほぼ全てが無人島。公共の交通手段が無いため、訪れるハードルは非常に高いものだった。
今回船に同乗させてもらえる機会を得て、今まで行きたくても近寄る事すら出来なかったこれらの島を立て続けに訪れる機会を得た。自然のまま海上に屹立するそれらの島々を紹介したい。

船は大きく四国最北端の庵治の半島を回り込み、大串半島を越えてぐんぐん太陽の登るほうへ進んでいった。風は無く、どこまでも青空が続く春の瀬戸内は本当に気持ちがいい。まず見えて来たのは絹島(上写真)。

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野鳥の巣窟と化していて糞で樹木が真っ白になっている。一種異様な景観に驚きつつも裏側に回り込んだらさらに凄いことに。

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これは「柱状節理」と呼ばれ、1400万年ほど前の玄武岩に水平方向の筋目がいくつも走っているもの。1940年に国の天然記念物に指定されている。

その次にすぐ見えて来たのが丸亀島。その名の通り丸い亀のような島。まるでネバーエンディングストーリーに出て来た全てを知る巨大な亀の賢者モーラ。

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この島には穴があり、伝説では竜が住んでいるとも。

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人を寄せ付けぬ断崖絶壁に見とれながらも船は進む。すぐに小さな双子島が見えて来た。

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海上で仲良く並んでいる。海岸のほど近くには潮が引いたら歩いて渡れるという女郎島が見えて来た。
0630_007猟師さんの姿もちらほら。ここ東かがわはハマチ養殖発祥の地としても有名で、現在も漁業が盛ん。
船の針路上近づかなかったが、遥か遠くにぽつんと島影が。後で調べたら松島だと分かった。

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このあたり一体は讃岐ジオサイトとして有名で、国指定天然記念物のランプロファイヤーと呼ばれる白と黒の地層がダイナミックに続く海岸線が有名。
しかし個人的にイチ押しは今回の旅でどうしても海上から見たかった「引田不整合」だ。引田城山灯台を回り込むと一気に切り倒された直角の岩肌が・・・「おおっ!」思わず声がでる。

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さらに回り込む・・・

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凄い!昔は「俵ころがし」と呼ばれ、お城から俵が転がり落ちるほどの断崖絶壁。この半島は城山と言って今でこそ陸続きになっているが古くは間に海で隔てられ、山頂に引田城があった。海側の岩壁と相まって天然の要塞だったそう。ちょうど源平合戦の頃の屋島のような感じだろうか。

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すぐ近くにはくじらのような通念島

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帰りにはアディダスのマークにそっくりな一子島の近くを通った。

こうして僅かに進むだけでも、絹島から始まる多種多様な島の岩肌の違いはまるで違う惑星のよう。人こそ住んではいないが、東讃の穏やかな海に太古からの自然の姿のまま、圧倒的な個性を持って悠々と浮かぶこれらの島々。彼らにはすっかり護岸工事されてしまった他の多数の瀬戸の島々には無い、凛とした声無き声があるようだった。

確かに一生近づく事すら無い人がほとんどなのだろうが、これらの島に出向き、その存在を知っている人と知らない人ではやはり違う気がする。例えば満月の静かな夜、僕は想像する。アディダスみたいな一子島を。クジラのような通念島を。圧倒的な引田不整合を。そしてこれを書いている夜も、鳥たちの楽園となった絹島では生の営みが続き、丸亀島の洞窟からは竜が顔を覗かせているに違いない。また、会いに行きたい。

今福龍太さんと祖谷へ行って来ました。

写真集「曙光」の帯に突き刺さる推薦文を寄せてくれた今福龍太さんをついに祖谷に案内する機会に恵まれました。
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破れ逃げ延びた平家落人がつて心の拠り所として崇めた鉾杉から始まり、ちいおりトラストでの宴、霧氷の落合峠、腐海の底深淵、完全樹形の加茂の大楠。そしてブックマルテでの東松照明さんの太陽の鉛筆についてのトークイベントまで、全てが貴重な時間。
今福さんはケータイを持た
ないのですが、そういう人に本当に久しぶりに会いました。そしてそういう人の持つ時間感覚、体験への姿勢を近くで感じ取れたことは今の僕にとって大きかった。かつては皆がああいう風に贅沢に時間を使っていたはず。
いつの間にか全ての空き時間を
便利なはずのテクノロジーに絡め取られ、するすると時が過ぎ去ってしまう。どちらが真に自由なのか、何が真にクリエィティブなのか。鉾杉の柵を易々と飛び越え、木に跪き、抱きしめて大樹の幹に耳を当て会話する今福さん。
世界には本
当に面白い人がたくさんいる。 そういう人にこそ、僕は会いに行きたいのだと再確認した旅でした。
さあ、次の旅へ。写真をもって切り開いて。




 

讃岐平野の異空間・由良山

僕は友人たちとブックカフェも高松でやってるのですが、そのお店には登山部もあります。
毎回タイミングの合う人たちが集まっては最高峰でも1000m程しかない山無し県、
香川県の低山を登る。
その中でも今回は市街地からもアクセスがよく、
尚且つ南米でも旅してるのかと一瞬錯覚するほどのダイナミックな山容を誇る石の山、
由良山をご紹介します。

特徴的な外観は遠くからでもすぐ分かる。この山は由良石という、皇居の広場の敷石にも使われている由緒ある石の一大産地。採石場の歴史は江戸時代に始まり、戦後最盛期を迎え、20世紀の終わりにその幕を降ろした。山には静けさと削り取られた岩肌が残った。

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麓の清水神社で登山の無事を祈願してお参り。ここは春は桜がメチャクチャ綺麗でお薦めのスポット。そして雨乞いの儀式で古来より有名な社。由良山には龍の伝説があり、この山を取り巻く龍が雲を呼び、天に昇って雨を降らすと言われてきた。祭神・神櫛王(かんぐしおう)ゆかりのちょっと怖い雨乞いの儀式は古代から戦前までは行われていたそう。境内には史跡も。

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神社を向かって右手に進んだところに登山道が。一歩森の中に足を踏み入れるとそこは昼なお鬱蒼と暗い。そこかしこにミニ八十八ヶ所のお地蔵さんが。この辺りまではまだ勾配も緩く余裕で登れる感じ。

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5分ほど歩くと山がいよいよ本領を発揮してきた。急にきつくなる勾配。登山道には崩れかけた所もあるが、全体的にしっかりと整備はされてる印象。張られた虎ロープを頼りに息切らせながら一気に登る。後半部分はかなりきつく、しっかりと登山っぽさを体験できる。いい汗かけます。

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15分ほどで尾根道に出れる。ここからは一気に爽快なトレッキングロード風に。山が両サイドから採石により切り崩されており、尾根道は御椀型の山にしては本当に細い。木々の間から下界の家がよく見える。

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本当はダメなのだけどロープから身を乗り出して下を見てみた。採石場と、その建屋がよく見えた。一直線に切り落とされた岩肌の高さは50mくらいはあろうか。危ないのでお薦めしないです。

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5分ほど歩くと山頂へ辿り着いた。汗ばみ、本当に丁度いいくらいの運動量。休憩用の椅子と机があり、机の上には登山客が書き込むノートが缶に入って置いてあった。今日だけでも何人もの登山者が名前を書き込んでいたのが印象的。雨乞いの神様として竜王社も側に祀られていた。写真に写ってる岩盤の上で寝転がるのが気持ちよくておススメ◎

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標高120mとはいえ、遮るものが無いので高松を一望出来る。この日は生憎ガスが濃くて遠くまでは見渡せなかった。そしてこの柵の向こう側も一直線に切り落とされた断崖絶壁。

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この写真は別な日に登った時のもの。高松の県庁やシンボルタワーがはっきりと確認出来るし、遠くは本州、岡山の山までよく見える。

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山の稜線が綺麗に見渡せる。石を取るためにここまで自然の景観を変えてしまうとは人の業とはかくも深きものかと。その山も今では緑に覆われ、景色に溶け込みつつあった。その姿はまさしく讃岐平野のグランドキャニオンかギアナ高地といった感じ。

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帰り道は、山道を下ったあとは舗装された車道を。讃岐のおにぎり山を眺めながら一気に降りれる。

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歩道の脇道には防空壕の跡も。由良山に程近いサンメッセ香川は元は戦前から飛行場だった。完全な岩山だったこの場所は、まさしく天然の要塞みたいなものだったのでしょう。

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さらに下ると巨大な池が。採石場跡地に水が溜まったものみたい。相当深そう・・・こんなのが数箇所あって、まさに異空間!ここからは特徴的な由良石の構造をよく見る事が。由良石は、安山岩でも軟らかな黒雲母安山岩。六角柱状の並び方にそって割れやすく、軟らかで加工しやすいのが特徴。苔も付き易かったらしく、まさに名石。

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それは皇居の宮殿広場の敷石に、全国の4箇所の名石から選ばれて採用されたことからも分かる。採石場跡にはそれを紹介するパネルも。しかし今年から宮殿広場の敷石は老朽化を受けて由良石を砕いてコンクリで固めたブロック板に張りかえられているよう。宮内庁が張替えを検討した時、既にこの山には採石場の発破音は消えていた。苦肉の策の由良石のリサイクル。香川の石文化の衰退も考えさせられた。

 

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しかしこの山自体が魅力ある里山であることは変わりない。市街地から程近い場所に、様々なドラマを抱え静かに佇む。歴史の結果として得た、変化に富んだ魅力的な山容も捨てがたい。現にいつ登っても地元のお年寄りや、トレーニングする若者たちなど常に人がいて、整備された山道と相まって地元の人に愛されているように思えた。市街地の貴重な里山は狸や梟なども住んでるという。結局そこに生まれ育った人たちにとって、故郷の山というの掛け替えのないものなのだろう。たとえどんなに傷だらけになっても。

 

僕も家から一番近いので、登山用品を買ったら必ずこの山を登って試す。これからも、何度もお世話になることになりそう。結局秘境は身近にあり、おススメの讃岐の低山である。

《コースタイム》 清水神社5分→登山道15分→頂上10分→登山口 10分→防空壕跡 5分→採石跡の池 5分→登山口 10分→清水神社 歩行時間 約1時間 難易度  初心者向
駐車場 清水神社駐車場 登山道 よく整備されているが時々急坂あり

四国の最長老、大豊町杉の大杉。


杉の大杉

今でこそ全国の巨樹を訪ねて撮影している僕ですが、そのきっかけとなった木は四国の中心部にあります。

それが大豊町の杉の大杉。8年ほど前、何気なく立ち寄った道の駅の看板、すぐ裏手にあるこの木を見に行った。本当に寄り道のつもりだったのですが、文字通り圧倒されました。とにかく大きかった。今まで僕が見たどんな樹よりも。

神社の境内を支配する、カメラの広角レンズに収まらないほどの巨木。同行していた屋久島帰りの友人は、屋久杉よりも全然大きい!と何度も声をあげ感動していた。確かに丸1日かけ歩いて見に行く、有名になり過ぎた縄文杉と違い、僕たちが全く期待してないのもよかったのでしょう。こんな人里の近くに、非現実が同時に存在する驚き。まったくといっていいほど現実感がなかった。夢中になって写真を撮りました。樹齢千年は優に越えるであろう時を、その一瞬に封じ込める為に、どれほどそこにいたか覚えてないくらいに。今でもそれが達成できたのかは分かりません。でもその時に撮った写真は、高松のギャラリーで開催した初個展のポスターにもなった。出会いはまさに運命でした。

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あとで調べたら推定樹齢は3000年以上とのこと。有史以前のその時の長さに眩暈がした。やはり有名人の参拝記録も多いようで、幕末には山内容堂や坂本竜馬。戦前は地元出身のマレーの虎で有名な軍人山下奉文、そしてなんといっても美空ひばり。個人的には荒れ果てた大杉神社を再興させた宮司、釣井正亀氏のことは今後も調べていこうかなと思っています。

それから何度この場所を訪れたでしょう。写真は去年の12月のもの。雨上がりの快晴の年の瀬、寒さで周りの雑草はすっかりなくなっていた。冬の固い光が、巨木にコントラストの高いシルエットを落とす。杉の大杉は二本の巨木が根元で合体した夫婦杉。実は最近片方の樹勢が衰えているのか、幹をコンクリートのようなもので固められてしまっています。ちょっと心配。

この木との出会いから僕の写真自身も大きく変わったように感じています。








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