融(ゆう)の徒然日記

男女・世の中・スポーツ・そううつや、ねことの暮らしなど、融(ゆう)がタイミングも題材も徒然に記します。 かろやかに・やさしく・融通無碍に・・・

トリビアの泉と数字のマジック

今日、(2005/06/15)トリビアの泉を見ました。
数字について気になったトリビアがひとつ。それは「双子の姉妹の男性の好みが一致する確立は73%」というトリビア。
いつものように統計学で割り出した、70組の双子に、10人の男性の写真から、第一印象だけで好みが一致するかどうか、という実験。結果、70組中51組が同じ男性を示し、73%という数字が。
おお〜やっぱり、双子は好みが似るんだ〜、という感想ですか?
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男の脳とおちんちん砲

男って、銃や闘いやが好きですよねえ。私の友人に2005年現在4歳半の女性がいますが、彼女の周りも、教えてないのに、男の子はヒーローごっこ、女の子はおままごと、みたいに分かれてきています。成長して、理性の部分で「銃はイヤだ」「人を殺すゲームは嫌いだ」となる人もいますが、どうも、根っこの部分で、銃や闘いをカッコイイと思う部分は男性に強いように思います。
わたし、断言します。きっとおちんちんのせいだと。

男は、放尿するとき、狙いをつけます。狙い通りに行くと満足です。毎日毎日、一日3回も10回も、「シューティング」してるんです。「撃つ」「狙う」のが好きにならないハズがない!と思うんです。

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うつと岩隈と私〜♪

先日、主治医に会いました。
現在再就職活動中なのですが、どうも不安感が強いので。
面接では主治医に「もう大丈夫」と言われたことをバックに、自信を持った感じで売り込むわけですが、その一方で、「以前のように頑張ったら『またしんどくなるのでは』という不安が先にたって、就職しても自分を信じられないばかりに本来の力が発揮できないのではないか、そうれがまた自分を苦しめるのではないか」という不安が面接を受ける回数が増えるにつれ増して来たからです。
先日、プロ野球交流戦「阪神-楽天戦」で楽天のエース岩隈をみていて自分を重ねてしまいました。あんなに実力のある人でも、自分のチームの打撃や守備を信じられないせいで、ちょっと打たれただけで顔が引きつり、腕が振れずに本来のピッチングができず、また打たれる、という悪循環を見て、自分も自分を信じられずに苦境に陥るのでは??と怖くなってきたのです。まあ、日本を代表するピッチャーに自分を重ねるってのはオコガマシイですが。
主治医は野球好きで同じ阪神ファンなので、正直に岩隈の話をしました。
そしたら、すごく楽になることを言ってくれました。


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73歳女性との暮らし

短かかった結婚生活の後、昔一緒に住んでいた女性と再び暮らし始めました。
その女性とは2005年現在73歳の母。

しばらく離れていて、再び一緒に暮らし始めるといくつか気づくことがありました。要するに「さすがに年とったなぁ」と。
ようするに心身ともに衰え、鈍くなった感じがしていたのです。
しかし、しばらくするうち、「ちょっと待てよ」と思うようになりました。

たとえば、テレビを見ていて、同じ事を何度も聞く事がたびたびあり、ちょっとドキドキしたり、「なんでそんなことが分からないの?」と若干イライラしたり。なんか理解力や記憶力が落ちてるなあ、このままゆるやかにいわゆる「ボケ」てゆくのかなあ、と思ったり。

しかし、しばらく観察するうち、テレビや電話からの情報に関しては視力、聴力の衰えで、理解力や記憶力のせいではないらしいことに気づきました。

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ミハエル・シューマッハを褒め倒そう

F1、ミハエル・シューマッハ&フェラーリが苦戦中(2005年6月)。
昨年まではフェラーリ&ミハエルがぶっちぎりで「面白くない」という声が聞かれました。確かに、レースの面白みは少なかったけれど、「ミハエル嫌い、強すぎるから」というのは、とっても悲しい。強すぎることで面白くない場合、文句を言う相手は、ライバルたちのはず。相撲における朝青龍もおんなじ目に合っているような気がします。
今、F1を見ている人はミハエルの走りをリアルタイムで見られる幸運をしっかり認識すべき、と思っています。ミハエルのキャリアも、「これまで」より「これから」のほうが確実に短くなっています。
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”教室に爆弾”に思う

生徒が教室に爆発物を放り込むという事件がありました。
きっと、これから報道では、「一体何が彼にそれを」と推測探索憶測が始まります。一般の報道では誰も言いませんが、ほとんどの生徒が一度や二度、夢想する類のことだと私は思います。犯行そのものにはまったく賛同できませんが、そこに至る心境は誰でも心当たりがあるのではないでしょうか。
私自身も、中2〜高2くらいの時期、顔のすぐ内側で沸騰するような「怒気/殺気」を抱いたことは一度や二度ではありません。むしろ、そうした「怒」と「脱力」のどちらかばかりだったような気さえします。
まっさきに思い出したのは、大槻ケンヂ氏の著作「90くんところがったあの頃」(角川文庫)の中の「コロラド高校生銃乱射事件!おれもあんなだった」という章です。そこにはこうあります。続きを読む

気になるCM「まだ母さんでいいのかなあ」

このCMご存知ですか?お酒のCMです。
「母さん、まだ母さんでいいのかなあ・・・」と男性
「・・・なんて呼んでくれるんですか?」(微笑)
(娘と思しき女性のウェディングドレス姿がインサートされる)
「・・・いいか、母さんで」
(娘が結婚して家を出た夫婦が、「母さん」と呼ぶのは終わり、「二人」にもどったことにふさわしい呼び方を考えているシーンかと思います)

いい夫婦のお供にこのお酒、的なCMになっていると思います。
でも!でも私は言いたい!!
ホントは子供がいる間も名前で呼び合うべし、と。

私は子供が生まれる前に結婚生活が終わっているので実践したわけではないのですが、そのつもりはありました。
もし、「そりゃあんたはそう言うだろうけど、俺/私のころはそんな、子供ができたら人前で名前で呼び合う夫婦なんていなかったよ。時代だよ時代」と時代のせいにしようと思われる方、反証させていただきます。
私の知っている夫婦は、夫が昭和2年生まれ。妻が昭和7年生まれ。2005年現在、78歳と73歳ですが、二人は昔からお互いを、子供の前でも「○○たん、□□たん」と呼び合っています。
ま、実際には夫のほうが亡くなっているので過去形ですが。バリバリの戦中派です。夫のほうは予科練に行ってましたから。
ちなみにこの夫婦は私の両親です。私たち子供の前でお互いを「○○たん、□□たん」と呼び合っているのは自然でした。私は大学生くらいになって、ある日突然、両親のその習慣を「これってラブラブ?っていうか名前ならともかく『〜たん』って・・・」と気づいて一人で赤面した思い出があります。同時に、そういう夫婦が少数派らしいことに気づいたのですが、このCMを見ると、今もそういう夫婦は少数派、という前提らしきことが伝わります。
相手を、家族の役割(父さん・母さん)で呼ぶのか、個人に結びついた名称で呼ぶのか、は意外に深い問題かもしれません。最近は親を、「ちち〜」と呼ばせたり、祖父祖母を「おじいちゃん・おばあちゃん」と呼ばれる/呼ばせるのに抵抗があって「○○さん」と名前で呼ばせたり、という人も増えています。逆に、兄や姉は大抵「兄ちゃん・姉ちゃん」に対し、弟/妹は大抵名前で呼ばれることなども、そこには何かありそうですよね。会社でも役職名で呼ぶところと、○○さん、で通すところがあったり。
相手をなんと呼ぶか、は意識しないと流されがちです。しっかり考えた上で選びたいですね。一度習慣になってしまうと変えにくいですから。

余談:人前で結婚相手のことを、つまり男性なら相手を「奥さん」なのか、「妻」なのか、「家内」なのか、「ヨメ」なのか、それ以外なのか、も自分でしっかり選びたいですね。私の短い結婚生活ではお互いのことを他人に説明するときには「夫」と「妻」を使っていました。やむなく、という感じです。ホントは性別に関わりなく結婚相手を説明できる言葉があればよかったのですが、「配偶者」じゃ硬いし、「パートナー」ではスノビッシュだし、「相方」だと、ここ大阪では本当に漫才の相方と間違われる可能性があるので。

「男の料理」その2(男が料理することで見えた甘えの構図)

私が結婚したとき、晩御飯は私の担当でした。妻は、朝はしっかり食べるけど、晩御飯は、仕事で時間が遅くなったときなどは味噌汁とご飯だけでいい、というタイプ。

対する私は、なにかしらおかずを食べて、それにあわせてビールなり、お酒なりワインなりを一杯やって、それでやっと一日が終わる、というタイプ。晩御飯を省略して寝床につくと、一日がんばったのに、なんにもごほうびがない感じでとても悲しいのです。妻も、別に私が作る分にはご飯が出てくるわけだから歓迎して食べていました。一方、私は圧倒的に朝が弱いため、二人が会社にもっていく弁当などは彼女の担当だった。これは話し合って決めたわけではなく、自然な流れ。

職場結婚だったので、会社の同僚なんかは「ご飯なんかはどうしてるんですか?」とよく聞かれた。なにしろ激しい職場で、終電で帰ることも多かったし、朝の四時まで会議なんてこともあったから。
で、私は答える。「晩御飯作れるときはたいてい俺がつくってるなあ」。
「ええっ、前田さんすごーい」「いや、俺、晩御飯しっかり食べたいから」。

最初は普通に話しているのですが、何度もいろんな人に同じ事を説明するうちに、気づいてきたことが。
彼/彼女たちは、私が「男なのに」晩御飯を作っていることをホメているらしいのです。「いや、朝とか弁当は彼女がやってるし」と言っても、「でもすごいですねえ!」と人の話を聞いちゃいない。

で、気づきました。男は、「料理はしない」ところを基準にスタートし、料理をするだけプラス評価。対して女は、「料理をすべて作る」ところからスタートして男である私が料理をするだけマイナス評価。二人は自然に生活しているだけなのに、その話をするたびに妻の評価(イメージ)が相対的に下がる感じがしてバカらしいので料理の話は極力しないことにした。同じ職場で二人とも同じようにハードな生活を送っていることを知っている職場の同僚でさえこの始末。なんだか・・・ねえ。

どちらかが専業主婦/専業主夫ならともかく共働きですよ?
共働きなら家事を分担するのはあたりまえ。稼ぐことも分担してる訳ですから。
「家事を分担する」というと「理解のある男性」「フェミニスト」みたいなニュアンスが漂いますが、それがイヤなのではっきり言うと、家事というのは要するに「身の回りのこと」でしょう。子供として親に養われている間はともかく、一社会人として生活するのに、自分の食べるもの、着るもの、住環境のケアができなくてなにが一人前でしょうか。
どちらかだけが働いている、という場合はどちらかだけが家事に専念することが多いのは自然ですが、「身の回りのことができる」のは大人としてごくごく普通のこと。それがわかっていれば、働いている方が家事に専念しているほうにとても自然に感謝できると思います。もちろん、料理派と掃除派みたいに得手不得手や好き嫌いはあるでしょうが。

結婚相手というのは「今まで無条件で俺の面倒を見ていたオカンの代わり」ではないと思うんですが。結婚相手を、人生のパートナーを見極めるときには、「身の回りのことが普通にできる大人かどうか」しっかり見たほうがいいと思います。「家族とはセックスしない」とか言って性欲はもっぱら外でお金を払って満足させるような男性は、ようするに、結婚に求めているのは、老い先が短くいつまでも自分の面倒をみているわけにいかない母よりも長生きする「オカン二世」なのでしょう。自分の身の回りのことは誰かにやってもらうことを当然と考える幼い精神の持ち主なのです。で、
オカンとはセックスしたくないから外でお金払う、と。

ちなみに、女性で、「甘えられたり、彼のために尽くすのが好き」という人もいますが、それもまた、「幼い人相手でないと自分の存在価値を認められない、やはり未成熟な人」という感じを受けるので、私は全然魅力を感じないのでした。
結婚・恋愛とは「自立した大人」と「自立した大人」がパートナーシップによってお互いがより成長できるようなものであって欲しい、というのが私個人の理想です。
自立したもの同士が時に甘えあうことや、単なる役割分担も敬意や愛情があるととっても素晴らしい生活が送れると思います。

余談:そんな私の結婚生活、短命に終わってしまいました。残念。

極真空手全日本ウェイト制観戦記

2005年6月の全日本ウェイト制空手道選手権大会を見てきました。
なかなかいい大会でした。主役は「木立裕之選手」準主役は「小宮山工介選手」「小野篤史選手」でしょうか。
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極真空手「世界ウェイト制」の意義

第三回の「全世界ウェイト制空手道選手権大会」が終了した。私は今回は都合で観戦できませんでした。
が、前回の「第二回世界ウェイト制」は大阪で観戦し、思うところ多々ありました。
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男の料理

料理番組などを見ていると、「男の料理」という言葉を時々見聞きします。
これがどうもひっかかるのです。もちろんすべてではありませんが、俳優など、料理を本職としない男性タレントが、自分のレパートリーの料理を実際に作るコーナーなどで、野菜の千切りが大きかったり、食材を鍋に入れるときにちょっとこぼしたりしたときに「男の料理ですから(笑)」という使い方が多い。これ、気になりませんか?
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EZ! TVで「NANA」が取り上げられた

先日、EZ! TVで、「NANA」が特集されていました。少女漫画誌に連載されている、大ヒット作。
その取り上げ方があまりにも陳腐で残念だったのです。
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融(ゆう)の事
大阪在住。
うつのリピーターと思っていたが、躁鬱だった。
ただいま躁鬱と仲良くやっていく方法を模索中。
人が死なない小説・ノンフィクション・猫・極真空手・阪神タイガース・子育てマンガ
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