融(ゆう)の徒然日記

男女・世の中・スポーツ・そううつや、ねことの暮らしなど、融(ゆう)がタイミングも題材も徒然に記します。 かろやかに・やさしく・融通無碍に・・・

2006年02月

本日の・・・

e4a2eebc.bmp本日の営業は終了しました。
明日10時から、またペット業にいそしみます。

左目から流れる大粒の涙に注目!!

0266f3fd.bmp(融)何泣いてんの!?

(ちゃみ)これ、この本泣けるんよ〜ぐすぐす

(融)「きょうの猫村さん」・・・コレ、泣くとこあったっけ???
   (たぶん猫村の歴史のとこやな、ぷぷぷ)

オリンピック:フィギュアスケートを見た

トリノ五輪フィギュア、楽しみました。
(朝、こんなためなら早起きができる自分にちょっと笑う)

荒川選手、まさにゴールドメダルにふさわしい演技でした。

私が感動したのはもう一つあります。
それはトリノの観客。

ネームバリューに関わらず、目の前でいいものを見せてくれたら素直に賛辞と歓声を送る彼らに金メダル!って感じです。観るべきところを心得てると感じました。

コーエン選手の余韻が残る中始まった荒川選手の演技、その美しさに観客が惹きこまれていくのが手に取るように分かりました。
そしてイナバウアーでの歓声で私、鳥肌が立ちました。

クライマックスは、得点の表示の瞬間。
トリノの観客は、自分達が歓声を送ったものが公式に数字で評価されたことに、喜びを爆発させたのです。ここでまた鳥肌です。

いろんな国の人がいただろうけれど、たぶんイタリアの方が一番多かったのではないかと思います。その彼らが、「自分がどこの国の人間で、誰を応援しに来たか」に関わらず「いいものに素直に大喜び」する雰囲気を作っていたのでしょうね。きっと、音楽のコンサートなんかでもいい観客なのじゃないかな、と思いました。

余談:その観客から最大の歓声を引き出したのが日本の荒川選手であったことを同じ日本人としてとってもうれしく思いました。

じろっ・・・

b89731d6.bmp自分だけおいしいもん食べようとしてるんちゃう??

精神科通院歴、に意味は??

先日の痛ましい園児二人が犠牲になった事件の報道で気になることが。

いつものことですが、まっさきに犯人の精神科通院歴がプロフィールに加えられていました。これは、本当に意味があるのでしょうか。今回の事件では国籍も同じあつかいでしたから、日本で暮らす中国人や外国人の方はみな私と同じような思いにかられているのかもしれません。

通院歴や国籍には、何かを語らせようとしているのではない、単なる氏名や年齢と同じプロフィールだ、という反論があるかもしれません。

でも、じゃあインフルエンザでの内科通院歴があったからといってそれが報道されるとも思えない。やはり、精神科通院歴(今回は国籍も)は何か犯罪を犯す要素として扱われていると思わざるを得ない。

こうした報道を耳にすると、いつも「私が今、誰かを傷つけたら、まっさきに精神科通院歴あり、って言われるんだろうな」と思います。
じゃあ、たまに深酒しちゃうこととか、ジャイアンツを口汚くののしることも、通院歴と関係あるのかな??そのせい??あ、他に私、離婚歴もあるけど、いかにも人を傷つけそうな感じがしますか??
精神科通院歴のある犯罪者よりインフルエンザに罹ってる犯罪者のほうが多いけど?

誰かを表すプロフィールの項目など、実際にはその人を理解するのになにも役に立たないのですが、報道という世界はそうもいかないのでしょうか・・・。
それとも、信じられない凶行を犯す人間はなにかしら一般の人と違うんだよ、と思わせたくて少数派に属するような項目をプロフィールに加えるのでしょうか。

いたましい事件について

子供が犠牲になる事件がまたおきました。
ちょっと信じがたい、友達の母親による事件。

私が報道を見る限り、どこでも触れられていないことで気になることがひとつ。
犯人の子供のことがとても気になります。

目の前で、自分の母が自分の友人に手をかけるのを、どんな気持ちで見つめていたのでしょう。彼女には罪はないのに、ものすごいものを背負って生きていかなければなりません。いつか、その凶行が自分のためであったと知るときが来るのでしょう。それを思うと、その子の行く末に心配を禁じえません。

最近流行の言葉で言うと「心のケア」という言葉になるのかもしれませんが、どうか、本来あるべき健やかさで育って欲しいものです。
彼女もこの事件の被害者の一人です。

もちろん、被害者のご冥福をお祈りしていますし、ご家族の心情は察するに余りあるものがあります。

土曜日を迎える前夜・・・

今日は、金曜日。もう夜です。
明日は土曜。

こころがなぜかほっとして、心なしか開放的な気分。

思い起こせば、うつで倒れ、くる日もくる日も布団の中ですごしていた頃。
毎週、毎日、行かなければならない会社に行けないのが辛くて、布団の中で休んでいるのにそのこと自体が辛かった日々。
自分が思うとおりにならなくて、毎日毎日自分を責めた日々。

そんな日々のなか、金曜日になると「あと二日はもともと休み、欠勤じゃない」となぜかほっとして。
同じ布団の中にいるのでも、いつもよりノビノビした気分を味わったり。ちょっと家事なんかやってみたり、いつもより本が読めたり・・・。
また月曜日になると逆戻りどころか余計しんどいのだけれど。

幸い、いまはそこまで辛い日々を送ってはいないし、行かなければならない会社もないけれど、なのにそれでも、金曜日が終わりを迎えると、ちょっとほっとする。
まあ、行かなければならない会社がないこと自体は十分に悲しむべきことですが、すこし冷静に自分を見つめられるかな。

やっぱり、早く元気に、まともになって稼がなければダメですね!

そんなに・・・

a2fab225.bmpそんなに見つめんといて。照れるやん。

ちゃみろうさん・・・僕らが見てるのはテレビです。

「弱者に優しく」ってなに」!?

先日の障害者向け施設を誤魔化していたホテルチェーンに関して、テレビのコメンテーターがこういっていました。

「せっかく弱者にやさしくという法律や風潮ができつつあるのに残念」という内容。

思います。「弱者にやさしく」だと思っていることがすでにホテルの社長と同類。

車椅子のための部屋、トイレ、点字ブロックなどは、「やさしく、特別につけてあげている」のではありません。
あれらは、私達にとって部屋にトイレがあることや、廊下が明るく照らされていること、部屋番号が書いてあること、などと同じことです。

彼らは弱者ではありません。点字ブロックや、対応トイレがあれば、立派に社会の一員として暮らせます。

私にとって、めがねが社会生活を送る必須のツールであるのと同じく、彼らの車椅子や点字ブロックはそうしたツールです。そして彼らは少数者であるばかりに、公共の施設のデザインから除外されているのです。
そうした施設を義務付ける法律は、「弱者にやさしくしている」のではなく「いままで当たり前の対応をしてもらえなかった人に、当然の対応をしよう」というものです。「これまでにプラスアルファの歩み寄り」をしているのではなく、「当然あるべきものを補完する」ものです。

あの社長も、コメンテーターも、障害者をまったく別の世界のように思っていますが、年を重ねるということは一歩ずつ障害者になっていく、ということが分かっていませんね。さみしいことです。

余談:私、障害者雇用を促進するための会社にいたことがあります。そこでであった人はたいていが知的障害者でしたが、指示の出し方や、分担の工夫などをすれば、立派な戦力になりました。そう、ひとによって多少対応を工夫する。この延長が、さまざまな設備だったりするわけです。

ちゃみろうさん、しっぽ長いね〜

1d6e28a4.bmpそやろ。近所でも評判。
君ら、ないから不便やなあ。
融(ゆう)の事
大阪在住。
うつのリピーターと思っていたが、躁鬱だった。
ただいま躁鬱と仲良くやっていく方法を模索中。
人が死なない小説・ノンフィクション・猫・極真空手・阪神タイガース・子育てマンガ
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