April 01, 2011

精神分析の知識をつなげる:『精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に』 5

精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に
精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に馬場 禮子
岩崎学術出版社 2008-07
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【オススメ対象者】精神分析を勉強したいが何から読んだら良いかわからない方(特に『精神分析入門』を読んで挫折した方)、精神分析の知識がバラバラになっており臨床でどう生かして良いのか分からない方


 本書は、境界例のロールシャッハ研究などで有名な力動的臨床家である馬場禮子氏によって書かれた、精神分析的人格理論と人格の病理に関する解説を、主に自我心理学的な立場かバラバラになりがちな知識の繋がりに焦点を当てて、知識同士の関連を分かりやすく説明した解説書です。

大学院での講義録が基となっており、著者の実感のこもった話し言葉で書かれているため、とても分かりやすいです。

内容は以下の通りです。


はじめに

第1章 歴史と定義
 1.催眠療法から自由連想へ/2.現代までの発展

第2章 構造論
 1.自我,エス,超自我/2.意識,無意識,前意識/3.超自我とエスについて

第3章 力動論的観点:自我の諸機能
 1.現実機能/2.防衛機能/3.適応機能/4.対象関係/5.自律機能/6.統合機能/ 自我機能のまとめ

第4章 力動論的観点:自我の諸機制
 はじめに/1.防衛・適応機制/2.抑 圧/3.否 認/4.取り入れと同一化/5.強迫防衛と強迫性格/6.隔 離/7.知性化/8.合理づけ/9.反動形成/10.やり直し/11.置き換え/ 12.投 影/13.投影性同一視/14.退 行/15.昇 華――健康的な自我活動/まとめ/○エネルギー(経済)論

第5章 心の病理と退行(局所論的退行の理論)
 はじめに/1.退行とは/2.健康な退行/3.心理療法と退行/4.日常生活と退行/5.投映法と退行/6.バリントの退行論/7.さまざまな命名

第6章 フロイトと自我心理学の発達論
 1.発達論の意義/2.フロイトの発達論

第7章 対象関係の発達

第8章 マーラーの分離‐個体化の発達
 はじめに/1.分離‐個体化図式について/2.正常な自閉期/3.正常な共生期/4.分離‐個体化期/5.分化期/6.練習期/7.再接近期/8.再接近期と父親/9.個体化と情緒的対象恒常性/10.三層構造の形成

第9章 スターンの発達論
 1.新生自己感/2.中核自己感/3.主観的自己感/4.言語的自己感

第10章 境界的人格構造
 1.BPOとBPD/2.BPOに共通する特徴/3.原始的防衛機制/4.境界的人格の発症年齢/5.非特異的な自我の弱さ/6.再接近期の課題と分裂の構造/まとめ

参考文献/人名索引/事項索引
(目次より)


 本書では、S.フロイト以後アメリカで発展した“自我心理学”の立場に依って、局所論や構造論といった先進分析的な人格理論を解説しています。
“対象関係論”の理論も取り上げられていますが、あくまでも自我心理学の立場から見た対象関係論の理解となっています。

精神分析には様々な立場がありますが、著者のねらいとしては「すべての理論をおさえるのは難しいが、実戦家としては現在使われている理論が分かればよい」ということで、健康な人の心理学的構造の説明にも適用できる自我心理学の立場から、実戦的なレベルで解説されています。

本書の内容をざっくり分けると、1章から5章までが局所論・構造論を中心とした“力動論”の解説、6章~9章がエリクソンやフロイト、対象関係論などの“発達論”の解説と大きく2つに分かれています。


 前半の力動論の解説では、まず“構造論(自我・エス・超自我)”“局所論(意識・前意識・無意識)”を、フロイトがこれら人格理論を考えていった流れをおさえながら解説しています。

構造論や局所論が図式化されたものは、心理学専攻の学生でなくとも目にしたことはあると思いますが、あれだけ見ても単に暗記して終わり…といった感じで、どういう風に実際の臨床に活かしていけばよいのか全く見当もつかないと思います(知的ゲームとしてはいい刺激になるのかもしれませんが)。

しかし、著者はフロイトがこの考えを想起したプロセスを追う形で解説しているため、“自我”や“エス”といった言葉が生き生きとした実感を伴って理解できます。

例えば、“自我”などいう漢字をあてられてしまったおかげで、なんか知的な自分のイメージしか感じられないこの用語に対しても、もとのドイツ語まで戻れば“Das Ich”であることから、


 「これは私です」という絶対守らなければならないものがある。その中には、催眠状態でああだ、こうだといろいろ言うような自分を、入れるわけにはいかない。入れてはいけない。入れない自分という、こういう自分をフロイトはダス・イッヒDas Ichと名づけました。
 Ich,は私。ダスは定冠詞です。だから、the・私という名前をつけたのです。で、それを絶対に守らなければならないので、私じゃないものは全部どこかへ閉め出してしまわなければいけない。だから、催眠状態でしゃべっている内容はダス・イッヒの中に入っていないのです。でもその人のどこかにあるはずです。どこにあるのか。それをここにもう1つ、ダス・エスDas Esと名づけました。
(p.9)


と、もともとの力動性そのままに分かりやすく解説しています。

「はじめに」にも書いてあるのですが、精神分析理論は自分の実感で理解できるものでないと使いものにならないと著者は指摘しており、自身の生活体験や臨床体験に結びつけながら学んでいったそのままの理解の仕方で解説が書かれているため、流れがあるだけでなく、具体的・実際的でとても分かりやすいです。

特に圧巻なのは、3・4章の力動的観点から“自我の諸機能”“防衛機制”についての解説です。

概論書レベルだと、“構造論”“局所論”の解説のあとはすぐに“防衛機制”の解説となっていると思いますが、本書ではまず“自我の諸機能”に着目し、

●現実機能

●防衛・適応機能

●対象関係機能

●自律機能

●統合機能

という自我の働き方のパターンをまず解説しています。防衛機制についてはこの「防衛・適応機制」の項で説明されています。

“現実機能”や、“自律機能”について書かれているあたりが自我心理学の立場から書かれている所以であるわけですが“防衛機制”についても、


 (前略)防衛と適応に関しては働き方にパターンがあるのです。それをメカニズム、つまり機制と言います。そして防衛と適応のメカニズムはつながっています。内面を調整するということと、外に向かってどう行動するということは、非常につながっていることなのです。たとえば、一番わかりやすい抑圧を例に説明すると、抑圧というメカニズムは、自分の中にあるものを何でも全部抑え込んでしまう、出てこないようにしまう、出てこないようにしてしまうというやり方です。そうすると、抑圧の強い人は自分の中で何も感じません、何も願望はありません、何も期待はありませんという形でと内面を保っているし(防衛)、外と交流しています(適応)。
(p.35)


と、内面の働きである“防衛”と、外に対しての働きである“適応”をつなげて書かれており、内面の動きだけを探るのではなく、内面の動きがどのように外に現れているかを考えなければならないことに気づかされます。

特に、ロールシャッハなどをやっていると、所見に防衛機制のことだけを延々と書いていたり、“現実検討能力”が云々としか書かれておらず、どういった現実検討をしているのかという“適応”の部分が書かれていないものが多くありますが(かく言う自分もですが)、現実でその人がやっている適応の仕方をきちんと所見に反映させる重要性を改めて認識しました。

そのためにも、本書のように生活感覚と直結して書かれている防衛―適応機制の解説は、心理面接だけでなく、ロールシャッハの所見を書く際にも参考になると思います。


 後半は、発達論となっていますが、フロイトやエリクソンの発達段階といったおなじみのものから、マーラーの“分離―個体化理論”、スターンの“自己感”を軸とした発達論が取り上げられており、ここでも発達の流れが分かるように非常的な例を引用しながら分かりやすく書かれています。

前半の力動的な諸機能も、その発達がどうなるかという形で後半部分にも盛り込まれています。


 また、上記2つの大きな内容の他に、本書にはカーンバーグの“境界性人格構造(BPO)”の解説が最後の1章に載っています。
混同しやすい“境界性パーソナリティ障害(BPD)”との違いが分かりやすく書かれているだけでなく、BPOの人格理論についても、どうしてそのような行動をとってしまうかという視点から書かれているため臨床的にも非常に参考になると思います。



 上記の通り、生活場面や臨床場面と結びついた理解のもとに書かれた精神分析的人格理論の解説は、これまでの理論ガチガチの解説書とは一線を画しており、知識同士のつながりがなかなか理解できなかったり、臨床場面での活用の仕方が想像つかなかったりした方には是非お勧めしたい1冊です。


(前略)クライエントに対して「この人の同一化はどのように働いているのだろう?」という観点を持って見るだけでも、その人を理解するうえでの仮説が出てくるでしょう。仮説は持っていたほうがいいけれど、あまり信じてもいけない。「もしかしてこれかもしれない。でも違うかもしれない」というぐらいに思って。でもそのいくつかの仮説があることによって、セラピストが聞き耳を立てるときに聞こえ方が違ってくるんですね。いくつか仮説を持っていると、相手の言っていることを聞いているときに、ピンと、「あっ、これだ」とつながて理解できる。その後ろにある仮説でバーッと理解が広がるということがあるわけです。それがないと、本当に1人ひとりの人間の理解力の限界の中でとどまってしまうから、知識があれば理解できるはずだったことを理解しないままで進んでしまうことも起こるわけです。
 そういう意味で精神分析は、言ってみれば持ち駒をたくさん持っていて、だからそれだけ、それを上手に使えれば、個人の能力の限界を超える理解も可能だということはあるんですね。それぐらいに思っておいてください。これが絶対正しいとか、この人にはこの理論しか当てはまらないとか、そういうことはないのです。
(p.64)


という言葉にある通り、せっかく沢山の仮説を考える材料を精神分析理論は持っているのですから、学派のオリエンテーションの別に依らず、院生の方は必読だと思います。

尚、本書のだいぶ前に『精神分析的心理療法の実践―クライエントに出会う前に』が出版されていますが、本書の題名にも『〜心理療法を始める前に』とあるように本書を先に読むと、前者もより深く理解できると思います。



【関連文献】
『精神分析的心理療法の実践―クライエントに出会う前に』
(本書の前著。本書と同様に、講義録をもとにしてあり分かりやすい。初回面接から終結までの流れに沿って、その段階ごとに重要となってくる概念が解説してあるため、初学者でも実際の臨床場面をイメージしながら読むことができると思われます。精神分析的心理療法以外にも通底する基礎的な面接のことがらについて書かれているため、学派に依らず手元に置いておきたい1冊です。)

●境界例に関する本は…
『境界例と心理療法』
(同じ著者による論文を年代順、分野別に編んだ解説書。著者の境界例に対する立ち位置の変遷が見れて興味深いが、如何せん論文だけに相当な予備知識がないと読むのに一苦労すると思われる。)

●治療としての精神分析について学ぶには…
『ケースの見方・考え方―精神分析的ケースフォーミュレーション』
(力動的な見立ての実際をより詳細に論じたもの。症状だけに介入するだけでなく、その判断を含めた見立てを行うために参考となる視点が紹介されている。)

『パーソナリティ障害の診断と治療』
『ケースの見方・考え方』の姉妹本で、精神分析的なパーソナリティ構造の理解について書かれた概説書。“パーソナリティ障害”と書かれているが、より広い意味でのパーソナリティ構造に関する、精神分析的視点が書かれている。分析志向ではない方も、パーソナリティ構造に対する理解をしておくことは面接の方向性を考える上でも必要となってくると思われるので本書と合わせて是非。)

『初回面接入門―心理力動フォーミュレーション』
(こちらは初回面接を“出会い”の場としてとらえ、より良い出会いをし、Clがそこで新しい体験をすることで治療を進めていくためにはどのようなことを治療者が考えておけば良いかということについて論じたもの。この本も非常に良心的なことが書かれており、流派を問わず非常に参考になると思われる。)

『精神分析治療で本当に大切なこと―ポスト・フロイト派の臨床実践から』
(ポスト・フロイト派の臨床家によって書かれた、臨床場面における理論の有用性を感じさせてくれる1冊。臨床例も多く載っており、著者の患者を第一に考える姿勢に心打たれる。解釈を単にするのではなく、その患者が今どの発達位置にいるのかということを必死に考えて言葉を発する大切さを教えてくれる。理論ありきの既存の解説書とは一線を画す良書。)

●精神分析について本腰を入れて学ぶには…
『集中講義・精神分析(上)―精神分析とは何か/フロイトの仕事―』
(心理療法としての精神分析…ではなく、「精神分析」そのものについて本質的な理解を目指して書かれている。また、フロイトについても、生い立ちから理論の展開まで、流れをおさえて書いているので理論の背景が分かりより深い理解へつながる。)

『集中講義・精神分析(下)―フロイト以後―』
(上巻に引き続き、フロイト以後の特に対象関係論(クライン)や独立学派(ウィニコット)についてかなり詳しく論じたもの。対象関係論と自我心理学の論争から、ラカンまでの流れが非常に分かりやすく書かれている。)
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