March 03, 2018

感情は事実ではない。“認知”が生み出す。だから自ら変えられる:『〈増補改訂 第2版〉いやな気分よ、さようなら―自分で学ぶ「抑うつ」克服法』 3

〈増補改訂 第2版〉いやな気分よ、さようなら―自分で学ぶ「抑うつ」克服法
デビッド・D.バーンズ,David D. Burns 星和書店 2004-04-27
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by ヨメレバ

●増補改訂第2版から,抗うつ薬の精神薬理学に関する第7部を割愛したコンパクト版
いやな気分よ、さようなら コンパクト版
デビッド・D・バーンズ 星和書店 2013-07-22
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by ヨメレバ

【推奨対象者】認知療法に興味関心のある方(特に認知療法の草創期について),うつ病や抑うつに悩まされている当事者の方(ただし,ある程度本が読める状態の方)
 本書は,認知療法の発展初期に創始者Beck, A.T.から教えを受けていた精神科医・Burns, D.D.(Webサイト:Feeling Good)による,うつ病に悩める人々自らが効果的な治療法である認知療法を実践できるようにと書かれた古典的セルフヘルプ本です。

内容は以下の通りです。

第1部 理論と研究
第1章 うつ病治療の画期的進歩
第2章 どうやって気分を診断するかー治療の第一歩
第3章 自分の感情を理解するー考え方で気分は変わる

第2部 応用
第4章 自己評価を確立することから始めよう
第5章 虚無主義ーいかにして克服するか
第6章 言葉の柔道ー批判を言い返すことを学ぶ
第7章 あなたの怒り指数はいくつかー怒りのコントロール法
第8章 罪悪感の克服法

第3部 現実的なうつ病
第9章 哀しみはうつ病ではない

第4部 予防と人間的成長
第10章 憂うつの根本的な原因
第11章 いつも認められたい
第12章 愛情への依存
第13章 仕事だけがあなたの価値を決めるのではない
第14章 中ぐらいであれ!完全主義の克服法

第5部 絶望感と自殺に打ち勝つ
第15章 最終的な勝利ー生への選択

第6部 日々のストレスに打ち勝つには
第16章 自分の理論を私自身にいかに当てはめているか

(コンパクト版では以下の第7部が割愛)

第7部 感情の化学
第17章 黒胆汁を探して
第18章 心と身体の問題
第19章 一般的に処方されている抗うつ薬について,心得ておくべきこと
第20章 抗うつ薬療法のための完全な消費者ガイド
(目次より)
 “認知(行動)療法”は,エビデンス・ベーストな実践が重要視される現在,非常に注目を集めているる治療法です。治療者向けの専門書の数は増え続け,研修も盛んに開催され,当事者向けのセルフヘルプ本も相当な数が出版されています。

そうしたセルフヘルプ本の中において,本書はもはや古典に属します。そもそも,Beck, A.T.が認知療法の基盤を作ったのが'60-'70年代,本書は1980年初版です。ですから,本書をもって認知療法のセルフヘルプ本の嚆矢と言えましょう。

本書はアメリカで長年に渡り大ベストセラーになるなど非常に評価が高い本です。日本においても,当時,認知療法についての書籍が限られていた中,本書が訳されたことは,専門家・一般双方にとって貴重な情報源になっただろうと思われます。

本書の書評は既にたくさん書かれていますので,網羅的な書評を書く意義はないでしょう。ですので,類書が豊富に存在する現在において,あえて本書を読むことで得られた気づきをいくつか挙げていきたいと思います。


1.認知療法と精神科医(医師)の親和性

 今や“認知療法”“行動療法”は総称され“認知行動療法”と呼ばれることが多いですが,日本での普及については両者には些か違いがあります。両者の学術団体はそれぞれ,日本認知療法・認知行動療法学会(旧認知療法学会),日本認知・行動療法学会(旧行動療法学会)となっており,かなりややこしいです。

認知療法自体は,慶應の精神科医・大野裕氏によって日本に導入された経緯があります。そのため,日本では特に医師を中心に学会が組織化され普及している印象が強いです。対して,行動療法は臨床心理学者を中心に,療育分野,特に自閉症児や知的障害児への治療法として実践が重ねられてきた印象があります。

もちろん,認知療法自体が精神科医であるBeck, A.T.によって創始され,一方で行動療法自体がEysenck,H.J.,Skinner, B.F.などの心理学者たちによって発展していったというルーツからして,医学/心理学の分野の違いが当初からあったことが分かります。

ただ,そうした背景がありながら,認知療法はなぜ慶應グループを始めとする医師たちに浸透するのでしょうか。これは推測にしか過ぎませんが,本書の著者であるBurns自身の経歴がヒントになると思われます。少し長いですが,「はじめに」より抜粋しながら以下に引用します。

 私の認知療法への道のりは,ストレートなものではありませんでした。(中略)私は最初はフィラデルフィア退役軍人病院で,うつ病の新しい化学的仮説のデータを集める仕事に従事し,私の研究結果から,脳が感情をコントロールする際にある種の化学物質がどのように働くのかについてのヒントが得られました。この成果により,1975年,生物学的精神医学会からベネット賞を授けられました。(筆者註:受賞論文
 私は賞を受けることは仕事上の最高の名誉と常に考えてきましたから,それはまさに夢の実現でした。しかし大切なことを見逃していました。私の発見は,私が毎日格闘しているうつ病の患者,この病ゆえに苦しみ,時には死んでいくうつ病の患者さんの実際的問題点とは隔け離れたものでした。その時点での治療には全く反応しない患者が,たくさんいたのです。
 ここで思い出すのは,年老いた退役軍人のフレッドのことです。フレッドは十年以上もひどいうつ病に苦しんできました。(中略)ある日フレッドは心臓発作を起こし,ほとんど死にかかりました。しかし結局,何週間か心臓病治療病棟に入院した後,助かってまた私達の病棟に帰ってきました。フレッドは助かったことにがっかりした様子でした。
 (中略)ついに主治医は,すべての治療が効果がなかったときに行う治療法である,電気ショック療法をやることに決めました。(中略)私はまだフレッドの最後の,18回目の電気ショック療法が終わった時のことを覚えています。フレッドは麻酔から覚めて,周りを見回し,ここはどこか尋ねました。わわれれは病院であることを言い,少しでも改善の兆候がないかと大いに期待しました。しかし彼は言ったのです。
 「死にたいですよ。先生」 そのとき私は,もっと効果のある治療法が必要なことを悟りました。しかし,それが何であるかは分かりませんでした。この頃,ペンシルバニア大学の精神科主任教授であるポール・ブランディ先生が,アーロン・T・ベック先生の所で勉強してはどうかと勧めてくれました。ベック先生はうつ病の世界的権威で,認知療法という革命的な,話し合いによる治療法の研究を進めているところでした。(中略)認知療法がうつ病の治療所の革命出る可能性に賭け,私は難しい症例にこの治療法を実験的に試みてみることにしたのです。(中略)
 結果は驚くべきものでした。多くの患者は,ここ何年かで初めて良くなりました。中には,生涯で初めて幸福を感じた人もいました。この経験をきっかけにして,私はベック先生の感情病外来にさらに深く関与するようになりました。(後略)
(はじめにxxxvi-xxxviiより一部抜粋;赤字強調筆者)
 上記エピソードにあるように,Burnsは最初はバリバリの生物学的精神医学者で薬物療法単独で治療を行っていました。しかしながら,結局は満足のいく改善が得られた患者はほとんどいなかったのでした。そんな中,認知療法を組み合わせ始めたところ,良い結果が得られていき,薬物療法単独の治療をその後しなくなったとのことです(このエピソードについては,第7部の薬物療法関連の章に詳しく書かれています)。

治療に反応しなかった患者に“認知療法”という精神療法を実施し,これだけの手応えを得たとすればそれは主治医としては衝撃的な経験になるでしょう。そして,自身の治療法として是非身につけたいと思うはずです。

 もう1点,医師とって“認知療法”が親和性が高い理由として,治療機序が分かりやすいという点にあると思います。

認知療法の原理に関しては,第1部の「理論と研究」で,

認知療法の第一の原理は,あなたの感情はすべてあなたの「認知」(ものごとの受け止め方)あるいは考えにより作られる,ということです。

認知療法の第二の原理は,「憂うつなときには悪い方向ばかりでものごとを考える」ということです。

認知療法の第三の原理は,哲学的で治療的にも重要なものです。われわれの研究によれば,感情の混乱を引き起こすマイナスの考え方は,ほとんど常に認知の歪みを含みます。
(pp.6-7より一部抜粋)
としてまとめられています。ここからは,「うつ病などの精神的問題で生じる抑うつ気分や不安などのネガティブな情動の背景には,認知,しかも“認知の歪み”という原因がある。だから,この“認知の歪み”を矯正すれば,自ずとネガティブな情動,さらにはうつ病などの精神的問題も治る」という,治療機序が分かります。

これは,うつ病が脳の神経伝達物質のバランスの崩れによって起きる,薬物療法の根拠となる考え方(最近では異論もありますが)とかなり似ています。

  • 脳内の神経伝達物質のバランスが崩れている→薬物療法で治す
  • 認知の歪みがある→認知療法で治す

このように,「Aが原因だから,Aを正すBという方法で治す」というリニアな因果関係の構造が似ています。この単純明快さが多忙な医師に非常に受けたのでしょう(このこと自体は既にさまざまなところで指摘されていますが)。認知療法の“認知の歪み”はある程度リストアップされていますから,チェックしやすいのもポイントでしょう。本書でも,練習問題のように“認知の歪み”のどれが当てはまるのか回答する部分が割と早い段階で登場します。

 これに対して,行動療法のように対象者の行動観察を通じ,ボトムアップ的に治療を組み立てるやり方は,治療機序となる大理論がないことからも直観的に分かりにくいものとして映りやすいと思われます。一般向けの“認知行動療法”の説明はほとんど,“認知の歪み”のリストを紹介する“認知療法”的な説明になってしまうのもこうした理由からだと思います。

ですので,ほとんどの医師が“認知行動療法”と聞いたら,認知療法を真っ先にイメージするのもまあ詮無いことかとは思います。また,その場合はあくまで認知の歪みを正すための,“処方”の1つとして捉えていると。これは「心理」の立場では是非おさえておきたい点だと思います。

ともあれ,研究結果で薬物療法と同等の効果があったことよりむしろ,上記のような精神科臨床のものの考え方にフィットしやすい認知療法の特徴が,精神科医(医師)における認知療法の浸透につながっていると思われます。この薬物療法と認知療法の併存のしやすさが,Burnsという1人の精神科医の経歴からも実によく伝わってきます。



2.認知療法=コラム法という誤解

 “認知療法”というと,必ずといってよいほど出てくるのが“コラム法”※,“非機能的思考記録表(DTR)”,あるいは“認知再体制化(認知再構成法)”かと思います。
※本書ではカラム法となっていますが,コラム法と表記します

今では,“ケース・フォーミュレーション”“認知療法”でも重要視されているので,“コラム法”だけやっていれば“認知療法”ということはないと思いたいのですが,本書を読むとそれも致し方ないのかなと思ってしまいます。

当時,“認知療法”を紹介する和書がほとんどなかったところで,本書のような専門家にとっても分かりやすい本に繰り返し“コラム法”が出てきたとしたら,これはかなり記憶に残りやすいと思われます。さらに立て続けに,気分の変化も含める“5コラム法”が紹介されるなど,コラム表を使うこと=認知療法ということが非常に強く印象づけられます。

ここでの“(トリプル)コラム法”は,「状況―気分―自動思考」を記録する現在見られるものとは異なっている点にも注意が必要です。実際には,以下のような作りとなっています。


表 トリプルコラム法(p.60より一部抜粋して作成)
トリプルコラム法


これを見れば分かるように,あくまで“認知に歪み”を同定し,合理的思考を案出するのが最重要目的であると勘違いしやすくなっていないでしょうか。

さらには,pp.68-pp73に紹介されている会話例もこのことに拍車をかけています。この事例は,自己卑下的な母親に対する,認知の歪みの修正を試みた例となっています。長いのですが,大胆に割愛して紹介すると以下のような内容です。

(前略)
デビッド「『ダメな母親』というのは一つの概念であって,世の中にそんなものは存在しません」
ナンシィ「なるほど。でも,悪いことをする母親はいます」
デビッド「そういう母親もただの人間です。人には悪いこともよいことも含めてさまざまなことをします。『ダメな母親』は,だから単なる抽象化した概念にすぎないんですよ,わかりますか?」
ナンシィ「よくわかりました。でも母親の中には抜きんでて,経験豊富で能力のある人がいます」
デビッド「そうですね,親の技術にはいろんな段階がありますが,誰でも良くなる余地を持っています。大切なのは,良いか悪いかではなくて,直していけるかどうかなのです」
ナンシィ「わかりました。その考え方には意味がありますね。自分で『ダメな母親』とレッテル貼りをしてしまうときには,間違った感情を持ってしまい,その結果落ち込んでしまうんですね。それで,何一つ前向きのことをできないんですね。今やっと,あなたの意図するところが見えてきました。自分を責めるのをやめれば,気分はもっと良くなって,きっとボビイの手助けもできるでしょう
デビッド「その通り!そういうやり方でものごとを見ると,作戦はうまくいくんです。たとえば,あなたの親の役目は何ですか?その役目を,どうやって進歩させていきますか?私も示唆するのはそこなんです。自分を『ダメな母親』とみなしてしまうと,感情に飲み込まれ親の役割を磨くこともできません。それは合理的とは言えませんね」
ナンシィ「はい。自分をダメな母親と言わなくなったときから,気分の良くなり始めるということですね
デビッド「そうです。『ダメな母親』と言いたくなったら,どう対処しますか?」
ナンシィ「ボビイに良くないことがあっても,学校の成績が悪くても,自分のすべてを忌み嫌う必要はないんだと考えます。問題をきちんと定義して向き合い,解決する方向へ進もうと努力します」
デビッド「そうです。それがポジティブなアプローチなんです。ネガティブな考えを捨て,ポジティブな考えに置き換えるんです
(pp.72-73;赤字強調筆者,ボビイはナンシィの息子)
どうでしょうか?“認知療法”“説得療法”などと揶揄されてしまうのも何となくよく分かるような会話例となってはいませんでしょうか。

もちろんこれはガチンコで論破しているだけではありません。前段できちんと『ダメな母親』が意味するところをしっかり聞き取る中で,ダメな母親というのが1つの認知にしか過ぎず,もっと別の視点で考えるように促してはいます。また,そのための練習として“コラム法”(ここでは,さらに認知の歪みを省略した“ダブルコラム法”)が紹介されており,決して言いくるめているわけではないことも分かります。

しかし,紫色で示したところは明らかにポジティブシンキングを促しており,ここはかなり誤解が生じやすくよろしくない部分だと思います。ただ,ここで重要なのは,ネガティブな考えから別な見方に変えたときに気分が変化することに患者(クライエント)が気づくということです。

そして,この単純な“コラム法”だけでなく,“ぐずぐず主義”“先延ばし”へのアプローチとして,
  • 活動スケジュール表
  • 満足-予想表
  • TIC-TOC法
  • 武装解除法
  • カウント法
など,今風に言えば“行動活性化”あるいは“行動実験”的な手法も多数紹介されています。とにかく行動してみることで,自分に対する誤ったレッテル貼りが修正されていく,というアプローチについてもきちんと解説されているわけです(何と!?完璧主義に対する“曝露反応妨害法”も紹介されています)。

ですから,“認知”を直接変えるのことのみが認知療法の治療手段であるという誤解には,本書を通読すれば至らないはずです。



3.“認知”の影響力を如何にして実感できるか

 “認知療法”というと,上で述べたように患者(クライエント)の“認知の歪み”をあれこれと論理立てて論破するような“説得療法”のイメージを持っている方もいると思います。

特に,認知療法を勉強したての頃は,患者(クライエント)が述べることのほとんどが“認知の歪み”であるように思えてしまいます。その結果,「治療者=正しいものの考え方を知っている人」として,やや強引に認知を変えていこうとして失敗…というケースも少なくないかと思います。

ですが,本来“認知療法”とは治療者が思う正しい考え方を押しつけるものではないはずです。周りの世界を常識的に見ることを曇らせている“認知の偏り”(この言い方のほうが好みです)という色眼鏡を一度外して見ませんかと,無理のないやり方で誘うための工夫が散りばめられているのが認知療法の特徴だと思うのです。

そして,その色眼鏡を外してみることで,色眼鏡を通してみていた景色とどんな違いがあるのかを実感してもらう。また,そのことで,「ネガティブな情動だけでなく,忌み嫌う自己や現状を自らの力で変えていくことができるのだ」,という力強いメッセージが伏流している。これこそが認知療法のエッセンスなのではないかと,本書を読み込んでいくことでそう思えてきます。

その最たる例が以下のエピソードです。
※余談ですが,これはコンパクト版では割愛されている,薬物療法に関する章に書かれているエピソードです。本書に収められている薬物療法の知識というのは,やや古いものも混じっているのと,日本では抗うつ薬としては使われていないMAO阻害薬に関する記載も多く,コンパクト版でも十分だと思う方も多いと思いますが,このエピソードだけでも読む価値はあると思います。

(前略)私はかつて,ある高校の先生をうつ病で治療したことがありました。(中略)しかし,彼女は少々頑固な方で,何だろうと,薬物療法に対して強い恐怖を抱いていました。副作用に耐えられそうにありません,彼女はそう訴えました。私は,処方量を少なめにすること,私の経験上,この薬で,しかも少量で多くの副作用が出た人はほとんどいないことを説明しました。しかし,私の努力を全く報われそうにありませんでした――彼女は,薬の副作用に耐えられそうにないから,の一点張りで,処方箋を受け取ろうとしなかったのです。
 そこで私は,本当にそうなのか,ちょっと実験してしてみるつもりはないか,と持ちかけてみました。彼女には,2週間分の錠剤を,14の別々の封筒に分けて渡すことを話しました。それぞれの封筒には,中の錠剤を彼女が飲むべき日付と曜日が貼られました。そして,これらの封筒の何枚かには,何の副作用も一切起こしようはずがない偽薬が入っているということ,錠剤の半分は黄色で半分は赤色だが,所定のどの日についても,その日彼女が服用するのが,はたして本物の薬なのかそれとも偽薬なのか,彼女には知らされない旨を説明しました。
(中略)
 彼女には,毎日副作用チェックリストを完成させ,その日付を記録するよう求めました。そして,この実験は,所定の日に彼女が経験した副作用が本物の薬の影響によるものなのか,それとも偽薬の影響によるものなのかを判断するうえで,どのように役立つかを説明しました。(中略)
 薬を飲み始めてまもなく,彼女は,ほぼ毎日のように私に電話を掛けてくるようになり,酷い作用について,あれこれと人騒がせな報告をしては,私をはらはらさせました。とりわけ,黄色の錠剤を飲むことになっている日には,酷かったように思います。彼女は,これらの副作用の影響は赤い錠剤を飲んだ日にまで及んだと言いました。私は,副作用というのはたいてい時間を追って弱まってくるものだからと説明し,とにかく頑張って続けてみようと励ましたのです。
 日曜日の晩,彼女は,留守番電話サービスで,自宅にいる私を緊急で呼び出しました。副作用が弱まるどころか,逆にだんだん酷くなってきている,と言うのです。(中略)
 私は謝り,すぐに薬を中止するよう彼女に言うと,できるだけ早く月曜日の朝に緊急面談で,彼女に会う予約を入れました。(中略)
 次の日の朝,私は,彼女が飲んだ薬はすべて,私が病院の薬局から手に入れた偽薬であることを説明しました。単に,赤色の偽薬と黄色の偽薬があった,というだけのことで――どの封筒にもParnateは,一切入っていなかったのです。
 これを知った彼女は驚き,ポロポロと涙が頬を零れ落ちました。まさか,心がこれほど強力な影響を身体に与え得るとは,正直言って,一度も信じたことはなかった,と認めました。そして,副作用が偽りではなく,本当であることを完全に納得したのです。こうして,彼女は低用量のParnateを服用するようになり,それから1,2ヶ月ほどで,彼女の気分はかなり改善しました。
(第7部,第19章pp.95-97より抜粋;赤字強調筆者)
これは,非常に示唆に富む,そして感動的なエピソードだと個人的には思えます。このエピソードに登場するように,操作的診断では従来の“身体表現性障害”“心気症”などと判断され,やや難しい患者(クライエント)であると認識されてしまう人物に対しては,まさに暖簾に腕押しのような面接になることもしばしばです。

このようなケースに対して,“認知再体制化”のような考え方そのものへの介入をすれば,それは自分の感じ方を否定されたと思ってしまうでしょう。このような場合は,まさにこのエピソードのように,自らの体験による“気づき”がとても重要になってくるのではないでしょうか(第三世代の認知行動療法が強調するポイントが既に,古典である本書に表れているのも興味深い点です)。

“コラム法”などのツールは,あくまでツールである。そして,そのツールは「“認知”が変わるとこんなにも気分が変わるんだ」「やってみたら,最初の“予想(認知)”は意外と違っていた」,という「はっ」とする“気づき”を得るためにそれぞれが存在する,という見落としがちな事実に気づかせてくれるエピソードでした。

ですから,このことをきちんと理解しさえすれば,患者(クライエント)がこうした体験を得られる限りにおいては,その人に合わせたツール,やり方を治療者は自由に選択して良いのではないかと,治療を柔軟に考えられるようになるのではないかと思います。

せっせとシートをやって満足する認知療法家は,せっせと決まりきった転移解釈をして悦に浸る分析家と同じような香りがします。やっておしまいではなく,どれだけ治療的な体験を生み出せるかが大事なのではないでしょうか。精神分析,あるいは精神分析的心理療法が治療者-患者関係を通じて,新しい人間関係の体験の場を提供することで治療が進むということも,本質的には同じことを違うやり方でやっているということなのかもしれません。



さいごに

 以上,本書を読むことで感じたことや,得られた気づきを述べてきました。ただ,率直に言って,まだ訳語が統一されていない時期に翻訳されたため,“ロール・プレイ”“役割演技”になっていたり,訳者によってかなりの命令口調に訳されていたり,今読むちょっと変に感じる部分があることも否めません。

また,海外の文献にありがちなジョークや挿話が多いため,読みづらさを感じることもあります。さらに,認知療法が創始されて間もない頃の,セルフヘルプ本第一号と言っても良い本であるため,内容が体系化されておらず,内容がやや散逸的になっている点も読みづらさに拍車をかけています。こうした読みづらさに加え,824ページという分厚さ(コンパクト版でも488ページ!?)も欠点となっています。

しかし,今の洗練され(過ぎた)本からは決して伝わってこない“認知療法”のポジティブな精神が感じられる点以外でも,本書は以下のような点でその魅力は失われないていないと思われます。

  • 体験を重視する第三世代の認知行動療法とのつながりが感じられる
  • アクセプタンス・コミットメントセラピー顔負けの比喩が豊富(p.380にある完璧主義に対するBeckの比喩は一読の価値ありです)
  • “信念”や怒り,自殺へのアプローチなど多岐に渡る問題への対処が書かれている

“先延ばし”“完璧主義”については,特に力を入れて書かれているようなので,自分にこうした癖がある方は読まれてみても良いかもしれません。

尚,本書はセルフヘルプ本ですが,うつの尺度など以外は書き込み式となってはいません。もし,ワークブックをお探しの場合は,続編の『フィーリングGoodハンドブック』が書き込み式のためおすすめです。



【関連文献】
●本書よりも分かりやすいセルフヘルプ本
『自分でできる認知行動療法 うつと不安の克服法』
(認知(行動)療法に取り組むのが初めての人でも,取り組みやすくまた続けやすいような配慮がなされているだけでなく,生活の質を高めるような行動面にも配慮したワークが多数取り入れられており,類書で挫折した人でも安心して取り組めるようなセルフヘルプ本です。)

『認知行動療法を身につける―グループとセルフヘルプのためのCBTトレーニングブック Challenge the CBT』
(認知(行動)療法の考え方を分かりやすく解説し,繰り返しワークに取り組むことを通じて,一般の人でも認知(行動)療法を身につけ,自身のストレスマネジメントに有効に活用できることを目的として書かれたセルフヘルプ兼グループ用ワークブックです。特に,ストレスを自分で感じ取れるようになる“セルフモニタリング”の技法に重きを置いているのが特徴です。)


●認知(行動)療法を体験的により分かりやすく学ぶためには・・・
『ケアする人も楽になる認知行動療法入門 BOOK1』
(認知(行動)療法の考えをセルフケアに用いることを目的に書かれた本です。認知(行動)療法の考え方が一般の人も分かるように非常に易しく解説されています。認知(行動)療法を初めて学ぶ方には,日常的な問題を題材にしているためうってつけの1冊です。)

『ケアする人も楽になる認知行動療法入門 BOOK2』
(BOOK1の続編。BOOK1で学んだ認知行動モデルを用いて,本書よりも環境要因が強い困難事例をもとにどのように個人がストレスに対処できるかということを本書で取り上げた技法とは別の技法を用いながら紹介しています。スキーマ療法のモードワークも取り上げられているので関心のある方は是非。またコンサルテーションの事例も取り上げられており,単なる認知(行動)療法のテキストの枠を超えて相談業務を行う上でも参考になると思われます。)


●認知(行動)療法の考え方をカウンセリングに活かすためには・・・
『認知療法・認知行動療法カウンセリング初級ワークショップ―CBTカウンセリング』+DVD
(上記2冊のセルフヘルプ本の執筆者で,認知(行動)療法の考えを用いてカウンセリングを実践している伊藤絵美氏による,初級ワークショップを収めた解説書。認知療法の協同主義などの考え方が,実際の臨床場面ではどういった言葉づかいになるかというのがとてもよく分かる内容になっています。質問はしてはいけないなどと,積極さに抵抗のあるカウンセラーは一度だまされたと思って読んでみると,要らぬ誤解が解け,役に立つこと間違い無しです。)


●認知行動療法をオリエンテーションとして学びたい方は・・・
『認知行動療法を学ぶ』
(“認知行動療法”を,単なる治療技法としてではなく対人援助の“方法として”体系的に学べるように第一線で実践されている方々によってセミナー形式で執筆されたテキストです。“認知行動療法”を1つのアプローチとして位置づけ,その全体像を分かりやすく示すとともに,“方法として”用いるための基本的な枠組みと技法を全体像を損なわないように体系的に解説したテキストであり,認知行動療法をしっかりと学びたいと思っている初学者,特に院生の方にオススメしたい1冊です。)


●認知療法については・・・
『アーロン・T・ベック 認知療法の成立と展開』
(認知療法の創始者であるBeck, A.T.の生い立ちを紹介するとともに,認知療法の成立とその後の研究の流れを追うことで,認知療法に対する体系的な解説をした本です。認知療法の開発の経緯がよく分かり,認知療法とそれまでの心理療法とのつながりを知ることができます。)


●行動療法については・・・
『方法としての行動療法』
(行動療法の大家による,相手を援助する“方法”としての“行動療法”という視点を軸に,行動療法が持っている新行動S-R理論などの説明や実際の臨床場面での行動療法の使い方を分かりやすく解説したもの。単なる治療法としての行動療法ではなく,治療を進める上での状況の捉え方についての視点を教えてくれる1冊。)

『山上敏子の行動療法講義with東大・下山研究室』
(比較的臨床経験の浅い臨床心理士向けに“行動療法”の実際を分かりやすく解説した講義をもとに編まれた解説書です。行動療法の考え方を,相手を理解し援助する方法として活用するための視点について講義形式で分かりやすく学べます。)
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