昨日の記事に書いた通り、927日はかみさんの月命日だった。
この日、会社から帰宅した俺は、いつものとおり、かみさんにお供えをし、線香を手向けた。

その直後、俺は鬱と無気力に襲われた。
身体を動かすことができなくなってしまったのだ。
仏壇の横にノート・パソコンを置き、メールを読んだり、ブログの記事を書きつつも、俺は茫然として座り込んでいた。

仏壇の前から動けない。
夕飯を食べる気力も無く、せめてシャワーを浴びたいとは思うものの、風呂場に行く気力も無い。
俺はパソコンの画面を眺めつつ、焼酎を浴びるように飲んでいた。

ひょっとすると、「命日反応」だったのかもしれない。

・・・

俺は睡眠導入剤を飲んで床に就いた。
焼酎を大量に飲んでしまったせいだろうか、薬はすぐに効いて、俺は眠りに落ちた。

いつものことだが、この日も夜中に目が覚めた。
時計を確認すると、日付は変わって
928日、午前257分だった。
俺はトイレで用を足し、再び床に就いた。

次に目が覚めたのは、午前
511分。
夜明けが近づいている。
だが、出勤の準備をするには早すぎる。
俺はもう少しだけ寝ようとし、目を閉じた。

その後は熟睡できなかった。
半分覚醒していているような、半分眠っているような、ぼんやりとした意識の中にいた。

その半覚醒状態の中。
俺はかみさんを見た、かみさんに会った。
いや、「見た」とか「会った」というのは正確ではないかもしれない。
かみさんとひとつになった、と言えばいいだろうか。
あの不思議な感覚をどう表現したらいいのか分からない。

しばらくすると、かみさんは俺から離れていった。
だが、今度は俺の方からかみさんに近づいていき、再びひとつになった。

俺は深く癒されて、慰められた。
幸福感が心の底から湧き上がってくる。
かみさんとの一体感に身を任せ、俺は至福の中にいたのだ。

永遠に、この至福の中にいたい。
永遠に、かみさんとの一体感に身を任せていたい。
この時間がいつまでも続けばいいと願った。

だが無情にも、午前
6時、目覚まし時計が鳴った。

・・・

かみさんとの一体感。
あの一体感に伴う至福。
なぜ半覚醒状態の時ばかりに起こるのだろうか。

あの至福をいつでも感じていることができたなら、俺はかみさんの魂の存在を確信することができるだろう。
かみさんの魂が今でも生きていると信じることができたなら、俺は世界を肯定しつつ、いつかお迎えが来るのを待つことができるだろう。


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