先日、“KAZU爺”さんという方からコメントを頂いた。
KAZU爺さんは、今年の
215日に最愛の奥様を亡くされた。
奥さまとの死別から、まだ半年ちょっと。
日々、涙を流しつつ暮らしていらっしゃるそうだ。

あの止めどもなく流れる涙、身を引き裂かれるような激しい悲しみ、最愛の人に遺されてしまった深い孤独感、守ってあげられなかった後悔や罪悪感…
最愛の伴侶を喪った直後のあの感覚は、俺もよく知っている。

そのKAZU爺さんが、このブログのコメント欄に次のような句を書き込んでくださった。

君が亡き
明日はいらぬと 眠れども また目が覚めし 暁のころ

・・・

毎晩、眠りに落ちる前、俺は死を願う。
かみさんが亡くなって以来、一日も欠かすことなく、俺は死を願いつつ眠りに落ちる。

明日の朝、目が覚めないでほしい。
眠ったまま死んでしまえたら楽になる。
俺は強く死を願いつつ、床に入る。
明日なんかいらない、未来なんかいらない。かみさんのいない世界なんかいらない。

だが、明日は必ず来てしまう。
心の底から死を願っているのに、朝は必ずやってくる。

そして絶望するのだ。
眠っている間に死ねなかったことに絶望するのだ。
希望もない、意味もない、価値もない朝を迎えて絶望するのだ。
かみさんの不在を確認し、かみさんのいない世界で、いまだに俺が生きていることに絶望するのだ。

こんなに悲しいのに、こんなに寂しいのに、こんなに苦しいのに、朝は必ずやってくる。
そして朝は、俺を奈落の底に突き落とす。

毎朝この繰り返しだ。
いくらなんでも辛すぎる。
もういいかげん、解放してほしい。

かみさんのいない世界で朝を迎えるのは、俺にとって辛すぎて、苦しすぎるのだ。


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