俺は交友関係が広い。
いや、違う。正確に言おう。
かみさんが元気だった頃、俺の交友関係は広かった。
会社内の特殊な部署に長くいたために、広い人脈を持つことができたのだ。

交流を持っていた人たちの年齢は、上が
60歳、下は25歳。
人数にすれば、男女含めて
100人は軽く超えていた。
彼ら・彼女らは、仕事仲間であるとともに、飲み友達だった。

あれほど親しかったにも関わらず、彼ら・彼女らの中には、かみさんの死とともに、俺から離れていった人も少なくないし、俺の方から距離を置くようになった人も多い。
そのあたりの機微は、伴侶を亡くした人なら分かるだろう。

・・・

彼ら・彼女らの中には、伴侶やお子さんを亡くした人は一人もいない。
ただの一人もいやしない。

祖父母や両親を亡くした人なら、掃いて捨てるほどいる。
だが、配偶者や子どもを亡くした人は誰もいない。

そんな目に合ったのは、たった一人、俺だけだ。
俺より年上の人たちでさえ、伴侶もお子さんも健在なのだ。

これは世界の縮図だ。
43歳で癌に命を奪われてしまう女性なんて、41歳で癌に妻を奪われてしまう男性なんて、周囲を見回しても一人もいないのだ。

なんで俺だけが、こんな目に合わなきゃならなかったんだろう。
なんでかみさんだけが、若くして死ななきゃならなかったんだろう。

同じ悲痛な体験をした人が、周囲にいないこと。
それは俺の生きづらさの原因の一つだ。

こんなこと考えちゃいけないとは分かっているが、伴侶やお子さんを亡くした人が、周囲にほんの少しでもいてくれれば、もう少し、生きやすくなるんじゃないか…なんて思うんだ。


にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
←いつもありがとうございます。ポチっとクリックお願いします。
にほんブログ村