いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2013年08月

かみさんが癌に侵されてしまったこと。

かみさんが癌になっていたことに気づいてあげられなかったこと。

かみさんを守れなかったこと。

かみさんを死なせてしまったこと。

これらはすべて、俺の罪だ。

俺は罪を贖わなくてはならない。

「贖わなくてはならない」という義務感・強迫観念を抱いているだけでなく、
「贖いたい」という欲望・衝動に駆られている。

・・・

贖罪の方法は、一つしかない。

俺自身が癌に侵されること。

そして、死んでいくこと。

かみさんが感じていたであろう死の恐怖を俺自身も味わわなくてはならない。

かみさんが感じたであろう痛みや苦しみを俺自身も味わわなくてはならない。

俺がかみさんのために罪を贖う方法は、俺自身が癌で死んでいくことしかない。

・・・

自分の死に方など選べはしないのだが・・・

それでも俺は、癌に侵され、癌で死んで逝きたい。

それが俺にできる唯一の贖罪の方法だ。


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かみさんのオヤジさん(俺の義父)は、平成9年4月に亡くなった。
死因は食道癌だった。
このことは、過去のブログに何度か書いた。

かみさんのお袋さん(俺の義母)から聞いた話だが、
義父は自分が癌だと分かる1年ほど前、
まるで自分の死が近いことを知っているかのような言葉を何度も口にしたそうだ。

義母が、「私より、お父さんの方が長生きするだろうね」と言った時、
義父は言ったそうだ。「俺が先だ!」。

また、義母と一緒に墓参りに行った際、
「俺はこの墓には入らないからな」と言ったり。
(複雑な家庭の事情があり、その墓にはたくさんの親戚が眠っている。義父は、そういう複雑な墓に入りたくないと思っていたそうだ)

義父は、その他にもいくつか印象的な言葉を遺している。
いずれも、後から考えれば、義父が自分の死を予感していたように感じられる言葉だ。

・・・

かみさんもそうだった。

ある日、かみさんは突然言った。
「プーちゃん、私がもし先に死んじゃったらどうする?」

俺は応えた。
「仕事、やる気無くなっちゃって、廃人になっちゃうかもね」

かみさんは、何の脈絡もなく、「私がもし先に死んじゃったらどうする?」 と言った。

本当に突然のことだった。
それまで、かみさんは自分の死について語ったことなど無い。
それなのに、ある日、ある時、突然に、自分が死んだ後の俺のことを心配した。

確か、かみさんが癌だと分かる1年ほど前のことだったと思う。

・・・

ひょっとすると、かみさんは自分さえも気づかないような心の奥底で
自分の死を予感していたんだろうか。

人は自分の死を予感することができる生き物なんだろうか。

ある種の動物、例えば、象や猫などは、自分の死期を知ることができると言われている。
ひょっとして、人間もそうなんだろうか。

そんな風にも考えてしまう。

・・・

もしも、かみさんが自分の死を予感していたのだとしたら・・・
なぜ俺は、その時点で気づいてあげられなかったのだろう・・・

もし気づいていれば、何らかの対策が取れたかもしれない。
そして、かみさんを守ってあげることができたかもしれない。

もし気づいていれば・・・
今でも、かみさんは、俺の横で笑っていたのかもしれないのだ。


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かみさんが亡くなって以来、俺は「家族」という言葉が嫌いだ。

かみさんの生前は、「家族」という言葉を聞いても、ただ聞き流していた。
あるいは、「家族」という言葉を聞いた瞬間、かみさんのことが頭に浮かび、心が暖かくなったりもした。

だが、かみさんがいなくなってから、「家族」という言葉が大嫌いになった。

家族づれ,,,
家族旅行,,,
家族を大切に,,,
家族っていいね,,,

テレビを視ても、新聞を読んでも、そんな言葉が氾濫している。
「家族」という言葉が、嫌というほど目につく。
かみさんが元気だった頃なら、何気なく見ていた「家族」という言葉が、俺の心に突き刺さる。

・・・

俺にとって、真の意味で「家族」と呼べるのは、かみさんだけだった。
俺にとって、「家族っていいな」と心の底から感じることができるのは、かみさんだけだった。

俺にとって、ただ一人の「家族」、かみさんが死んだ。
俺は「家族」を失った。

・・・

そんな俺にとって、「家族」という言葉ほどつらい言葉はない。

「家族っていいね・・・」
素直にそう言えた頃、笑顔でそう言えた頃が懐かしい。


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かみさんが亡くなってからだっただろうか。
それとも、かみさんの癌が発覚した直後からだったろうか。

体重が増えたわけでもない(むしろ減っている)のに、身体が重くなった。
酒に溺れていることも原因のひとつだろう。
だが、それだけじゃない。

心が躍動しないのだ。
何かを楽しむこともない、
何かを喜ぶこともない、
何かに興味を持つこともない、
何かに関心を持つこともない。

要するに、
心が何かを指向するということがないのだ。

ひょっとすると、
心が何かを指向しないのではなく、
何かに指向すべき「心」そのものが失われたのかもしれない。
「悲しみ」以外の「心」を喪失してしまったのかもしれない。

かみさんの死と同時に、俺の心も死んだのか。
そう考えた方が、しっくりくる。

俺の心も死んだ。
俺は空っぽだ。
俺の中には、悲しみだけが詰まっている。

もうボロボロだ。
廃人だ。

それでも生きなければならないか。
悲しみ以外に何も残されていなくても、生きなければならないのか。

そう考えると、絶望的な気分になる。


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生・老・病・死。
仏教でいう「四苦」である。


この世に生を受けた者にとって、
「老いること」と「病になること」が、「苦」であることには疑いの余地は無いだろう。

だが、「生きること」と「死ぬこと」は、果たして「苦」なのだろうか。


かみさんが元気だった頃、俺は「生きること」が嬉しかった。

楽しくて、幸せで、俺は「生きること」の歓びを知った。

かみさんがそばにいてくれるだけで、俺は「生きること」に歓喜を覚えた。


俺はこの世を祝福した。


一方で、「死ぬこと」は、正に「苦」だろうと思った。

楽しくて、幸せな「生きること」から、突然断絶させられてしまう。
「死」は人間にとって、最も大きな「苦」だろうと思っていた。


・・・

この考え方が変わったのは、かみさんが亡くなってからだ。


かみさんのいないこの世界で、「生きること」は「苦」以外の何物でもない。


生きることが苦しい。

消えてしまいたい。


そういう想いと表裏の関係にあるのだろう、「死」は甘美な想いを抱かせる。

かみさんのいないこの世界で「生きること」、
面白くもない世の中を生き続けること、
それは俺にとって激しい苦痛でしかない。


死んでしまえれば、もう苦痛を感じることは無い。
死んでしまえれば、かみさんがいないという残酷な現実と向き合う必要もない。


悲しみからも、寂しさからも、後悔や罪悪感、孤独からも解放される。
「死ぬこと」はもはや、俺にとって「苦」ではない。
むしろ、甘美な想いを抱かせる。

「死」は俺を優しく誘う。

・・・

「生きること」と「死ぬこと」、いずれも仏教では「苦」とされている。

だが、「生きること」と「死ぬこと」とを「苦」と感じるのは、相対的な問題なのかもしれない。


かみさんが元気だった頃、かみさんと幸せに暮らしていた頃は、俺にとって「死ぬこと」は「苦」だった。


だが、もはやかみさんのいないこの世界においては、「生きること」こそ「苦」なのだ。



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