いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2013年10月

夢って不思議だ。

夢を見ている間、その光景は確かな現実感を持っている。
自分が夢を見ているなんて思っていない。

それなのに、目覚めた後、1時間も経てば、夢の内容など忘れてしまう。

夢ってそういうものだ。

・・・

だが、例外もある。
決して忘れることのできない夢。

夢を見た日から何日経っても、その夢の光景だけは忘れることができない。
そんな夢もある。

このブログには「夢の話」というカテゴリーがあるが、
そこに書いた夢の中でも、
決して忘れることのできない夢、今でもありありと思い出すことのできる夢が四つほどある。

・・・

一つ目は「大きな、大きな壁のむこう」というタイトルの記事に書いた夢だ。

> 俺がどこかに立っている。
> 広くて何もない空間。
> そこに俺が立っている。


> 初めは何もないと思っていた。
> だが、周りを見回すと、俺の視界の右側に大きな壁があった。
 
> 大きな、大きな壁。
> どこまでも続く長い壁。
> とても乗り越えることができないほどの高い壁。


> 誰かの声が聞こえてきた。
> 誰の声かは分からない。


> その声の主が言う。
> 「(かみさんは)壁の向こうにいるんだよ。だから、こちら側にひっぱり戻すことはできないんだよ」


> その声を聞いた俺は、寂しくて、切なくて、やるせない気持ちになった。

> とても悲しい。

> 絶望と悲しみと寂しさとが綯い交ぜになった、何とも表現しようのない感情に襲われた。


・・・

二つ目は「かみさんの気配」というタイトルの記事に書いた夢。

> 平成23年12月28日の早朝のこと。


> なぜ日付まで覚えているのか。
> あまりにも印象的な夢(?)だったため、俺は日付を忘れることができないのだ。


> 目覚める直前、俺は夢(?)を見た。

> 俺の目の前に、かみさんの顔が迫って来た。

> かみさんは唇を突き出している。
> 俺にキスをしようとしているらしい。

> 俺はかみさんの所作が微笑ましくて、思わず笑顔になる。


> かみさんの顔が、どんどんと俺に近づいてくる。
> そして俺も唇を突き出す。

> 二人の唇が触れる瞬間、目が覚めた。


・・・

三つ目は「私は、やっぱり、プーちゃんのことが、大好きだ~!」というタイトルの記事に書いた夢。

> かみさんと俺が、二人で布団の中に横たわっている。

> 二人は2匹の犬か猫のように、布団の中でじゃれ合って遊んでいる。


> 俺は右手に割り箸を持っていた。
> (何で割り箸?って思う方もいるかと思うが、それは夢の中ってことでお許しを)


> 割り箸を持ったまま、かみさんとじゃれていると、
> 「割り箸がかみさんに刺さってケガをさせてしまうかもしれない」と感じた。


> 次の瞬間、
> 「そうだ。かみさんはもう死んじゃったんだっけ・・・」と気づいた。
> 「だから割り箸が刺さっても別に構わないか・・・」と思った。


> だが、さらにその次の瞬間、俺は思った。
> 「例え死者だとしても、かみさんに割り箸が刺さってしまったら可哀想だ。そんな不憫な真似はできない」

> 「割り箸がかみさんに刺さらないようにしないと・・・」

> 「かみさんを守らないと・・・」


> 俺がそう思った直後、かみさんが叫んだ。
> 「私は、やっぱり、プーちゃんのことが、大好きだ~!」


・・・

四つ目は「かみさんの出現」というタイトルの記事に書いた夢。


> 俺が布団を掛けて横になっている。

> すると突然、「掛け布団が持ち上がる」という予感がした。
> その直後、「掛け布団を持ち上げようとしているのは、かみさんだ」と感じた。


> その時に抱いた気分は、「畏怖」と「期待」だ。

> 「畏怖」は、何か不思議なこと、起こり得ないことが起ころうとしていることに対するものだ。

> 「期待」は、かみさんに会えるかもしれないというものだ。


> 予感の通り、掛け布団が持ち上がり始めた。

> 「かみさんが、掛け布団を動かしている!」、俺はそう感じた。


> しばらくすると、かみさんの姿がぼんやりと見えてきた。

> 初めのうち、かみさんの表情は穏やかだった。


> だが、しばらくすると、かみさんは苦しそうな表情をし始めた。

> 俺には、かみさんが苦しそうにしている理由がわかった。
> 俺に姿を見せようとすることは、かみさんにとって大きな負担になるのだろう。


> 俺は心の中で、かみさんに語りかけた。
> 「無理して姿を見せてくれなくていいよ」


> すると、かみさんの姿は見えなくなった。

> だが、依然として、掛け布団は動き続けている。

> 「かみさんだ!かみさんが布団を動かしている!」
> 「かみさんと会えた!」


> 俺は歓喜に包まれた。

・・・

かみさんが亡くなってから、かみさんが夢に出て来てくれることが何度もあった。
その中でも、上記の四つの夢は、今でもありありと覚えている。

普通の夢とは違う。
今でも忘れることはできない、強烈な記憶として残っている。

・・・

そうした中で、感じたことがある。
上記の四つ目の夢を見た時だった。

「俺はもう二度と、夢の中でかみさんに会えないかも知れない…」ということだ。

このブログの「夢の話」というカテゴリーの記事を読んでいただければ分かるが、
実を言えば、四つ目の夢を見た後にも、かみさんは夢に出て来てくれる。

だが、上の四つの夢とはリアリティが違うのだ。

四つ目の夢を見た後に見た夢は、ごく普通の夢。
「今でも忘れることはできない、強烈な記憶」として残るような夢ではないのだ。

「俺はもう二度と、夢の中でかみさんに会えない…」
夢であって夢でないような、そんなリアリティをもって、かみさんと出会うこと。
それによって、俺が癒されること。

それはもう二度とないのかもしれない。


にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
←いつもありがとうございます。ポチっとクリックお願いします。
にほんブログ村

先日、復職するにあたって上司や同僚と面談をした。
その時にこんなことを言われた。
「定年退職するまで昇進させない」


俺は今、「支店の課長」だ。
「支店の課長」の上には、
「本店の課長」が、その上には「支店の部長」、「本店の部長」、さらにその上に「局長」がいる。


「定年退職まで昇進させない」ということは、
俺は生涯、「支店の課長」のままだということだ。
「局長」や「本店の部長」どころか、「支店の部長」や「本店の課長」にもなれないということだ。


覚悟はしていた。
うちの会社は精神疾患に対して厳しい。
精神を病んだ社員を決して昇進させない慣習がある。

人間関係に苦労して休職した人や仕事のストレスに疲れて休職した人と、
愛する人と死別して鬱になり休職した人とは
区別されない。

かみさんが亡くなって、「抑うつ状態」と診断され、しかも休職したともなれば、
俺がこれ以上昇進できないのも当たり前だろう。


・・・

上司は俺を慰めてくれるつもりだったのだろう、こんなことを言っていた。
「そもそも上位9%に入れたんだから、いいじゃない」

うちの会社では、社員4万人のうち、管理職になれるのは9%弱だけだ。
その9%に入ることができたのだから、十分満足じゃないか、そういう意味だろう(と思う)。


・・・


「定年退職まで昇進させない」


そう言われた時、
悔しいとは思わなかった。
残念だとも思わなかった。


かみさんが亡くなってしまった今、「仕事を通じて自己実現!」なんて思いは無い。
「出世したい!」なんて思いも無い。


むしろ、一日一日をかみさんの供養のために使いたい。
こんなことを言うと怒られそうだが、仕事は片手間に済ませたい。
大切なのは、かみさんの菩提を弔うことだ。


それに、かみさんのいない今、困難業務をこなしていく自信が無い。
俺がこれまで困難業務に耐えて来られたのは、かみさんが俺を支えてくれたからだ。

そのかみさんがいない。
もう二度と、困難業務には携わりたくない。


「定年退職まで昇進させない」


そう言われた瞬間、「ホッとした」というのが正直なところだ。


・・・


今回のことを通じて気づいたことがある。
それは、「人間は最愛の人を喪うと煩悩をも失う」ということだ。


かみさんが元気だった頃は、俺にも人一倍の煩悩があった。
それは「出世したい!」、「将来は局長になるぞ!」というものだ。


だが、かみさんが亡くなって、そんな気持ちは吹き飛んだ。
不思議に思うくらい、そんな気持ちは消えうせた。


最愛の人を喪うということは、人間に対してそれだけの大きな影響をもたらす事件なのだろう。


にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
←いつもありがとうございます。ポチっとクリックお願いします。
にほんブログ村

「何で俺は、かみさんの体調の変化に気づいてあげられなかったんだろう…」

「何で俺は、かみさんの体調が悪いことに気づいてあげられなかったんだろう…」

「何故かみさんは、自分の体調が悪いことを俺に言わなかったのだろう…」

こんな観念に取りつかれると、俺は大きな、大きな罪悪感に襲われる。

そんな時、頭や胸を掻き毟り、泣きじゃくるしかない。

「俺のせいで、かみさんは死んじゃったんだ…」
「俺がかみさんを死なせてしまったんだ…」

そんな思いが頭をかすめ、俺はやはり泣きじゃくるしかない。

最愛の人を守れなかった罪、
愛する人を助けてあげられなかった罪。

世の中は不条理だ。
そんな大罪を犯した俺を誰も罰してくれない。

罪を償いたい。
かみさんに謝りたい。

俺の命を奪ってくれてもいい。
大罪を償うには、それしか方法が無いような気もする。

それが許されないのなら、せめて、かみさんに伝えたい。
「守れなくてゴメンね」と…


にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
←いつもありがとうございます。ポチっとクリックお願いします。
にほんブログ村

先日、「復職をめぐって (2)」というタイトルでブログを書いた。
その中で、俺は次のように書いた。

> 朝目覚めた瞬間の、何とも表現しようのない喪失感。
> 「ああ、そうか…。かみさんは、もういないんだっけ…」
> この気分に襲われると、身体が動かなくなる。
> この感覚は、判で押したように、毎朝俺を襲う。

「何とも表現しようのない」と書いたが、何とか表現してみたい。
もし少しでも表現できたら、その感覚から少しは自由になれるような気もするのだ。

・・・

かみさんが亡くなった日の翌日から、毎朝この気分に襲われる。
朝だけではない。
昼寝から覚めた瞬間も同様だ。
とにかく、目覚めた瞬間、必ずこのどす黒い気分に襲われる。

「喪失感」?
そうかもしれない。
「ああ、そうだっけ…。もう、かみさんはいないんだっけ…」
そう感じた瞬間、大きな寂しさ、大きな悲しみが襲ってくる。

だが、それだけじゃない。
「喪失感」という一言では、しっくりこないのだ。

「絶望感」?
そうかもしれない。
「また今日も、かみさんのいない一日が始まってしまったのか…」
「また生き延びてしまったのか…。眠っている間に死にたかったのに…」
そんな気持ちが綯い交ぜになったような気分だ。

これらの感覚を味わうと、身動きができなくなる。
大きな悲しみ、大きな寂しさ。
こうした感覚を味わい尽くし、
少しは身動きができるまでには、多少の時間が掛る。

・・・

毎日が生き地獄だ。
この感覚に襲われるたび、俺は死にたくなる。
消えてしまいたくなる。

この感覚を毎日味わいつつ生きていくのは、本当に地獄だ。
生きていることが苦しくて、辛い。

だが、死ねない。
それならば生きていかざるを得ない。

余生は地獄、それでも生きていかざるを得ない人間も、この世にはいるってことだ。


にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
←いつもありがとうございます。ポチっとクリックお願いします。
にほんブログ村

10月10日の木曜日。
復職に向けた手続きの一つとして、会社の臨床心理士と面談をした。

30分ほどの面談の後、人事担当の課長が同席をした。

その時、痛いほど感じたことがある。
それは、「みんな、悲しんでいる人が嫌いだ」ということだ。

・・・

通常、精神疾患で会社を休職する人は、
人間関係の問題や仕事上の問題を抱えて鬱になった人が多い。

そういう人に対しては、会社も優しい。

だが、俺のように、最愛の人と死別して悲しんでいる人に対しては、会社は厳しい。
厳しいというより、鬱陶しいと感じるようだ。

・・・

面談の際、人事担当の課長が俺に聞いた。
「最近、調子はどう?」

「そんなこと、聞かれても困るな…」と思いつつも、
俺はつい、本音を漏らしてしまった。

「かみさんが亡くなって以来、俺はいつだって悲しい」
「たぶん、悲しみが癒えることはない。今後もずっと、俺が死ぬまで悲しいんだと思う」

そんなことを言ってしまった俺がバカだった。
会社の同僚(人事担当の課長)の表情が強張った。

「鬱陶しい」
「ウザい」

明らかに、そう言いたそうな表情だった。

・・・

死別体験者に対して、世間は厳しいものだ。

周囲の人々は、伴侶を喪って悲しんでいる人、苦しんでいる人を見たくないのだ。
悲しんでいる人が傍にいれば、自分までその悲しみに引きずられる。

明るくて、楽しくて、幸せな日々を送っている自分たちに対して、
悲しみや苦しみを伝染させないで欲しい。
自分たちの幸せな暮らしに影を落とさないで欲しい。

幸せな暮らしをしている自分たちの邪魔をしないで欲しい。
悲しんでいる人たちは、どこか世界の片隅で、ひっそりと生きて欲しい。

要するに「ウザい」のだ。
大切な家族を喪って悲しんでいる人間は、幸せな人たちからみれば、鬱陶しいだけなのだ。

・・・

今後、復職すれば、今まで以上に感じるだろう。

「悲しんでいる人は鬱陶しい」
「鬱陶しいから、どこか隅っこに居て」

そういう世間の無言の声に曝されながら、ひっそりと生きていかなくてはならないんだろう。


にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
←いつもありがとうございます。ポチっとクリックお願いします。
にほんブログ村

このページのトップヘ