いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2014年02月

2月27日はかみさんの月命日だった。

かみさんの月命日には、いつもより豪勢なお供え物をしている。
かみさんが大好きだった寿司屋の特上寿司を注文し、仏前にお供えする。
あるいは、かみさんのお位牌をつれて、かみさんが好きだった料理屋で食事をしてくる。

俺はどちらかと言えば、料理屋に連れて行ってあげたい。
いつも同じ寿司をお供えするよりも、料理屋に行った方が、その時期の旬のものをお供えしてあげることができるからだ。

先月の月命日は、俺がインフルエンザで40度の熱を出していたため、
料理屋につれていってあげることができなかった。
やむを得ず、寿司を出前してもらい、かみさんにお供えをした。

今回は体調に問題はない。
命日反応(記念日反応)が強く出ており、鬱が酷くて塞ぎ込んではいるものの、かみさんのためなら頑張れる。
久しぶりに、かみさんのお位牌をつれて料理屋に行こう。
仕事帰りにかみさんを料理屋につれて行ってあげよう。
そう思って、俺はかみさんのお位牌をカバンに入れて出勤した。

・・・

料理屋では、いつも悩んでしまう。
「かみさんなら、何が食べたいだろう…」と考え込んでしまうのだ。

俺の食べたい物ならいくらでも思いつくのだが、
かみさんが食べたいものは何だろう、今俺の横にかみさんがいたら、何を注文するだろうと悩んでしまう。

だが、しばらく悩んでいると、それなりに思いつくものだ。
「かみさんは、これが食べたいはずだ!」
不思議なくらい、確信を持つことができ、その確信にしたがって、俺は料理を注文するようにしている。

・・・

あれから3年8ヶ月が経った。

3年8ヶ月?
そんなに経ったなんて信じられない。

普通、3年8ヶ月も経てば、過去の記憶や感情は遠のく。
3年8ヶ月も前のことを振り返っても、その時の感情など思い出せるものではないだろう。
また、3年8ヶ月もの長い間、同じ感情を抱き続けることも難しいだろう。

だが、かみさんが死んだという事実も
それによって俺が受けたショックや抱いている哀しみも、過去の出来事ではない。
決して過去に遠のくことのない、現在進行形の出来事だ。
今、目の前にある現実だ。

3年8ヶ月の間、俺はいつだって悲しくて、いつだって苦しかった。
いつだって寂しくて、いつだって痛かった。
その間、「時薬」や「日にち薬」を実感することもなく、
一日経つたびに哀しみや寂しさを新たにし、3年8ヶ月を生きてきた。

俺の時間は、3年8ヶ月前に止まってしまったのだと思う。
時間の経過が感じられないのだ。
3年8ヶ月前のあの日から、時間は経過することがなく、心が動くこともなくなってしまったのだ。

とてもじゃないが、3年8ヶ月も経ったとは思えないのだ。
もう3年8ヶ月も経ったんだねぇ…なんて言われると、反感を覚えざるを得ないのだ。

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平成22年4月30日のこと。
かみさんが癌だと診断された4日後のことだ。

かみさんは不安だっただろう。
自分の病気は治ると信じていたものの、それでも不安で仕方がなかったはずだ。
もともと気丈夫で、何事にも前向きなかみさんだが、自分が癌だと診断されて、心が穏やかであるはずがない。

俺も不安だった。既に「予期悲嘆」が始まっていた。
だが、俺が不安を見せるわけにはいかない。そんなことをすれば、かみさんが余計に不安になってしまう。

俺はかみさんの不安を少しでも取り除いてあげたかった。
かみさんを少しでも安心させてあげたかった。
かみさんに癒しを与えてあげたかった。
そのためにできることは、ただ一つ。傍にいてあげること。

常に寄り添っている俺を見て、かみさんは何かを感じたのだろう。
「プーちゃん。横にいてくれて、ありがと」
かみさんは、そう言った。

・・・

平成22年5月1日のこと。

朝目覚めると、かみさんは既に起きていた。
かみさんと俺の目が合う。お互いが自然と笑顔になった。

次の瞬間、かみさんは俺に抱きついてきた。
俺もかみさんを強く抱き締めた。
温かくて、柔らかい。かみさんが癌であることを忘れてしまうそうな癒しの時間だった。

かみさんは俺の髪に触れながら言った。
「一緒にいてくれて、ありがと」

・・・

平成22年6月1日のこと。
かみさんが癌研有明病院に入院中のことだ。

俺がかみさんに聞いた。
「病気が治ったら、どんな生活しようか?」

かみさんが応えた。
「これからも毎年海外旅行に行って、オシャレな生活がしたい」

ほんの一瞬の沈黙の後、かみさんが言った言葉が忘れられない。
「そして、プーちゃん。横にいてね」

・・・

俺が一緒にいれば、かみさんは安心した。
俺が横にいれば、かみさんは癒された。

そして、「これからもずっと一緒にいて欲しい」とかみさんは言った。

だから俺は、仏前でかみさんに誓うのだ。
「容ちゃん、大丈夫だよ。これからもずっと一緒にいるよ。これからもずっと横にいるよ」と。

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人が亡くなると、どうなるんだろう。
「無」に帰してしまうんだろうか。火葬されて骨だけが残り、あとは何も残らないのだろうか。
それとも意識のようなもの、「魂」と呼ぶべきものが、生き続けているんだろうか。

かみさんが亡くなって暫くの間、俺は狂気の中にいた。
かみさんは「無」になってしまった。
もう何もない、何も残されていない。
かみさんの全てがこの世界から消えた、かみさんはもう何処にもいないんだという観念に取り付かれ、
その観念は、俺を狂わせた。

・・・

その後、「魂」の「死後生存」を扱った本を何冊も読んだ。
それらの本は、砂漠の中のオアシスのようなものだった。
小さいオアシスに過ぎないが、それでも水を求めて砂漠を放浪していた人間が、ようやく見つけたオアシス。
俺は水を浴びるように飲むがごとく、それらの本をむさぼるように読んだ。

自分で考えたりもした。
そのことは、番外編のブログ、「いつか迎えに来てくれる日まで(番外編) ~あの世はあるのか~」にまとめている。

ちなみにこの番外編ブログ、あまり知られていない。
本編のブログ(このブログ)は、総訪問者数49万人強。
一方、番外編のブログは、総訪問者数3万人弱。
いずれも2月25日時点での数字だが、番外編ブログはあまり読まれていない。
内容が「アレ」だけに、評判が悪いのかもしれない。

・・・

だが、いくら本を読んでも、自分で考えても、「魂」の存在を確信することなんてできない。
それでも俺は、渇望する。
亡くなった人の「魂」が、生き続けていると信じたいのだ。
かみさんの気配や痕跡を捜し求め、そのたびに絶望したりもしつつ、それでも信じたいのだ。
じぶんが死んだら、また逢える。
そう信じなければ、息をしていることさえ困難なのだ。

俺が生きている間には、もはや何の希望もない。
もし希望があるとすれば、それは俺自身の「死」だけだ。
死によって、かみさんのいない生き地獄から解放されるなら、それを希望と呼んでもいいかもしれない。

そんな後ろ向きの想いしか持てない中で、俺の未来に明るい希望があるとすれば、
「俺が死んだら、また、かみさんに逢える」、「俺が死ぬとき、かみさんが迎えに来てくれる」と信じることだけなのだ。

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(2月22日の土曜日)

朝から酷い鬱に悩まされた。
目が覚めたのは、朝8時半ごろだったが、起き上がることができない。
30分ほど寝床の中でゴロゴロしていたが、考えることと言えば、かみさんのことばかりだ。

「もう、容ちゃん、いないんだな…」
「容ちゃん、死んじゃったんだな…」
そんなことばかりが頭に浮かび、俺は際限なく落ちていく。

30分ほどそうしていたが、何とか起床した。
まずは、かみさんの仏前に座り、線香を供え、手を合わせた。

しばらくの間、かみさんの遺影を眺めていたが、それで鬱から回復できるわけじゃない。
気分は最悪だ。「絶望感」と表現するのが一番しっくりくる。
何とも表現し難い、どす黒い気分が俺の中に渦巻いている。

こんな時は眠ってしまうのが一番良い。
と言うよりも、眠りの中にしか救いはないのだ。
俺は2時間半ほど浴びるように酒を飲み、午前11時前には眠ってしまった。

午後12時半過ぎに目が覚めた。
鬱のせいなのか、それとも飲み過ぎのせいなのか、食欲がまったくない。
朝から何も食べていないことは気になったが、何も食べたくないのだ。
俺は再び酒を飲み始め、夕方にはまた眠ってしまった。

夜7時に目が覚めた。
ようやく空腹を感じた俺は、かみさんのお位牌と財布だけを持って、近所の居酒屋に食事に行った。
かみさんのお位牌を連れて行ったのは、「かみさんにもお供えをしてあげたい」という気持ちからだ。

居酒屋の客は、家族づれが1組、夫婦づれが3組、初老の女性のグループが1組。
一人で飲んでいるのは、俺を入れて4人。
俺は、自分が独りぼっちであることを否定したくて、リュックの中に入れたかみさんのお位牌を撫ぜながら、酒を飲み、つまみを食った。

この日、俺は明らかに酷い鬱状態だった。
落ち込んでいる。
それなのに、張り詰めてもいる。
心がパンクしそうになるのを抑えるため、酒を飲み続けた一日だったが、
居酒屋から帰ると、ついにパンクした。

号泣したのだ。
涙が止まらない。次から次へと涙が出てくる。

半狂乱になりながら、再び酒を浴びる。
睡眠薬を服用すると、意識が遠くなり、眠りに就くことができた。

・・・

(2月23日の日曜日)

朝9時に目が覚めた。

相変わらず鬱は抱えているが、昨日ほど酷くはない。
だからと言って、酒を手放せるわけもなく、この日も朝から飲み続けた。

昼食は何とか食べられたが、その後食欲が湧かない。
少しでも夕食を食べなきゃとは思うのだが、食べる気力がない。

食べようか、食べないで寝てしまおうか悩んでいるうちに、突然吐き気が襲ってきた。
恐らく酒の飲み過ぎだろう。

嘔吐したことで、夕食を食べる気は失せた。
睡眠薬を飲んで眠った。

・・・

(2月24日の月曜日)

平日だ。
会社に行かなければならない。
だが、心も身体も重たくて仕方がない。
何とか出勤はしたものの、相変わらず心身が重い。

何だろう。
この激しい鬱、心と身体に圧し掛かる重さは何なんだろう。

言うまでもない、それは深くて大きな「哀しみ」だ。
「哀しみ」という単語だけでは言い表しようのない、重たくて、どす黒い「哀しみ」だ。

・・・

こんな風にして落ちていくのだ。
自分ではどうしようもできない、抗鬱剤を飲んでも治まらない、そんな重たい気分に振り回されるのだ。
まるで底なし沼に落ちたように、どこまでも、どこまでも、沈んでいくのだ。

そんな時はやはり眠るしかない。
唯一の癒し、それは眠りの中にしかない。

だから今日も酒を飲み、睡眠薬を飲んで、眠ってしまおう。
そして、目覚めるまでのしばしの間、過酷な現実から目を逸らそう。

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かみさんが亡くなって2年くらいが経った頃だろうか。
俺は自分の「死」について深く考えるようになった。

現在40歳代半ばの俺にとって、人生の半分以上が過ぎ、残された時間はそう多くはないはずだ。
日本人男性の平均寿命(80歳弱)まで生きると仮定しても、あと35年ほどしか残されてはいない。

だが俺にとって、この35年は長すぎるのだ。

かみさんが生きていたなら、この35年は充実した時間だったに違いない。
楽しくて、幸せで、温もりに溢れた時間だったに違いない。
笑顔に満ちた時間だったに違いない。

だが、かみさんは、もういない。
俺は独りぼっちだ。
そんな俺にとって、35年という月日は長すぎるのだ。

早く終わって欲しい、早く過ぎ去って欲しいと願いつつ、自分の「死」の瞬間だけを待ち続ける35年間。
かみさんを喪った哀しみに押し潰され、寂しさに震え続けるだけの35年間。
仕事へのモチベーションも失い、酒に溺れ、眠ることだけを唯一の楽しみとする35年間。
こんな余生が35年も続くと思うと、やりきれない気分になる。

そんな気分のとき、俺は自分に言い聞かせる。
「35年なんて、すぐに過ぎるさ…」
「35年なんて、きっと、あっという間に終わるさ…」
そう考えると、少しは気が紛れたりもする。

だが、気が紛れないこともある。
そんな時、俺は自分の「死」について想いを巡らせる。

・・・

「死」をイメージする。
そんなことを繰り返しているうちに、俺の「死」に対するイメージはリアルさを増してきた。

俺は恐らく孤独死するだろう。
俺を看取ってくれるはずだったかみさんは、もういない。
それに加え、子どももいないのだから、孤独死の可能性は否定できない。
ひょっとしたら、病院や施設で死ぬかもしれないが、まあ、どちらでも構わない。
「看取って欲しい人に看取ってもらえない」という事実は、孤独死であろうと、院内死であろうと変わりはない。

死ぬ瞬間は、きっと眠るように死ねるだろう(と勝手に思っている)。
たとえ病気で苦しんだとしても、死ぬ瞬間は、安堵感に包まれていることだろう。
かみさんがいない世界、俺にとっての生き地獄から解放され、安らかな気持ちで死ねるだろう。
ひょっとすると、俺も「お迎え現象」を体験するかもしれない。
もし、かみさんが「お迎え」に来てくれたら、これほど幸せな死の瞬間はないだろう。

俺の遺体は、義弟が火葬してくれることになっている。
火葬をした後、かみさんの遺骨と一緒に「夫婦墓地」に葬ってくれる。
以前の記事にも書いたが、この「夫婦墓地」は永代供養墓だ。
俺はかみさんと永遠に一緒だ。

・・・

このほかにも、いろいろと想像を巡らせるのだが、そんな時、別に怖くもないし、陰惨でもない。
むしろ解放感に満ち溢れている。

「いずれは俺も死ねるさ…」
そう思うだけで、ほんの一瞬、かみさんのいない生き地獄から解放されたような気持ちになるのだ。

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