いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2015年01月

このブログでは、再三にわたり、もはや俺には幸せなどないと書いた。

かみさんは、俺にとって唯一の光だ。俺にとって唯一の幸せの源泉だ。
そのかみさんが亡くなったのだ。
もはや俺には幸せなどない。
そんなことを何度も綴ってきた。

だが先日、某SNSで知り合った友人から、
「あなたにとっての幸せって何?」という趣旨の質問を受けた。
この友人も、俺と同様、伴侶を亡くし、独りぼっちになってしまった人だ。

同じ立場の人に「あなたにとっての幸せは?」と聞かれると、真剣に考えざるを得ない。
かみさん亡き後の、俺にとっての幸せって何だろう。

・・・

かみさんと手を取り合って紡いできた幸せは、もう二度と取り戻すことはできない。
華やかで、歓びに満ちた未来は、もう二度と手に入らない。
子供もいないので、その成長を喜ぶなんてこともできはしない。
会社での昇進にも、もう興味はない。「管理職」なんて辞めてしまいたいくらいだ。
趣味への興味も失い、夢中になれるものなど何もない。
余生には、何の期待も、希望もない。

そんな俺にとって、幸せって何だろう。
結論を言えば、「かみさんに再会すること」だ。
もしそれができないのなら、「死ぬこと」だ。
それ以外に何の興味も関心もありはしない。

かみさんを亡くした俺が、幸せだと感じられる瞬間、再び歓喜に包まれる瞬間があるとしたら、
それは「かみさんに再会する」か、「死ぬ」かのどちらか以外、ありはしない。

「死ぬことが幸せ」なんて言うと、いろいろと誤解を受けるかもしれないが、
俺は死に対して、陰惨なイメージは持っていない。

それは、最愛の人を看取ったからだ。
この世界で一番大切な人を喪ったからだ。
先日の記事にも書いたが、配偶者や子供を喪った経験のある人は、自らの死を恐れなくなるという研究結果もあるくらいだ。
そういう背景もあるのだろうが、俺は死を否定的なイメージでは捉えていない。

死は俺にとって、苦からの解放だ。
哀しみからの解放だ。
かみさんのいない「生き地獄」からの解放だ。
これが幸せでなくて何だろう。

死の瞬間、「今まで独りで、よく頑張ったね。お疲れさま」というかみさんの声を聴き、
俺は幸せに包まれるのだと信じている。

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「伴侶や子供との死別であろうと、両親や祖父母との死別であろうと、おじ・おば、あるいは友人との死別であろうと、誰を亡くしても悲しみは同じです」と言いたがる人がいる。

「伴侶や子供を亡くそうと、それ以外の人を亡くそうと、悲しみの大きさは同じです」と語りたがる人がいる。

それらの言葉を吐く人々に共通しているのは、伴侶や子供を喪った経験が無いということだ。
亡くしたのは、せいぜい両親や祖父母、親戚や友人だということだ。

そんな人々が言う。
「私は死別の悲しみから立ち直った。今では家族と一緒に楽しく前向きに暮らしている」
「なのになぜ、あなたがた(俺や俺のブログにコメントを書いてくださる人たち)はいつまでも立ち直れないのか」
「いいかげん、暗いブログを書くのも、暗いコメントを書くのもやめてほしい」

そんなことを言いたがる人々に言っておきたい。
あなたが伴侶やお子さんと死別した時、同じ言葉を吐けるのか?
近い将来、あなたも伴侶やお子さんを亡くし、独りぼっちになってしまうかもしれない。
もしもそんな事態に陥ったとしても、あなたは立ち直り、明るく楽しく暮らしていくことなどできるのか?

・・・

「誰であっても命の重さは同じ。伴侶や子供であろうと、両親・祖父母であろうと、おじ・おばであろうと、友人であろうと、最愛の人を喪う悲しみの大きさは同じ」

一見、この言葉は美しい。
だが、美しいのは見かけだけだ。こんなに醜悪な言葉はない。

「誰であっても命の重さは同じ」、それは俺も認める。
だが、誰と死別したとしても、悲しみの大きさは同じであるという意見は認めがたい。

そもそも、この言葉は「最愛」という言葉の意味を誤解している。
伴侶や子供がいるにもかかわらず、両親や祖父母、おじ・おばが「最愛」であるなんて考えられない。

「最愛」という言葉は、「最も愛している」、「一番愛している」という意味だ。
決して安易に使っていい言葉ではない。
誰も彼も、みんなみんな「最愛」だ、なんて言葉は欺瞞でしかない。

両親や祖父母、おじ・おば、あるいは友人を亡くしたにも関わらず、「家族と一緒に前向きに楽しく暮らしている」のなら、亡くなった人は「最愛」の人ではありえない。

そんなことも気づかずに、これらの言葉を吐く人々。
そんな人々の心は「美しい」のではない、「醜い」。
一見、「美しい」言葉を吐く自分に酔っているだけだ。

同時にこの言葉は、本当の意味での「最愛」の人を喪った遺族の心を深く傷つける。
先日も、俺の知人(ご主人を亡くして独りぼっちになってしまった女性)が、この言葉で深く傷つけられた。

ご主人を亡くして孤独に喘いでいる知人に対し、ある人が
「私も父を亡くしたから、気持ちが分かる」
「父親を亡くすのも、ご主人を亡くすのも、悲しみは同じでしょ」と言ったそうだ。
だが次の瞬間、その人は、俺の知人に対し、
「父の祥月命日には、主人や子供たちと美味しいものを食べに行くの~」と言ったそうだ。
知人は深く、深く傷ついた。

これっぽっちも悲しんでないじゃないか。
伴侶や子供たちと一緒に、明るく楽しく前向きに暮らしているじゃないか。
幸せ自慢をする余裕があるじゃないか。
それなのに、なぜ「父親を亡くすのも、ご主人を亡くすのも、悲しみは同じ」などと言えるのだ?

・・・

「誰と死別しても悲しみの大きさは同じ」という、一見、美しい言葉。
そんなことを言える人々のことが羨ましい。

そんな言葉が吐けるのは、伴侶やお子さんと死別した経験が無い人々だからだ。
そんなことが言えるのは、本当の「絶望」を知らないからだ。

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毎朝目覚める瞬間が怖い。
眠っている間にリセットされた俺の脳が、目覚めた瞬間に残酷な現実を認識するからだ。

「あれ? 容ちゃんがいない… なんで…?」

次の瞬間、俺はすべてを思い出す。

「あぁ、そうだ… 容ちゃんは死んじゃったんだ…」
「容ちゃんはもういないんだ…」
「もう二度と、容ちゃんに会えないんだ…」

現実に向き合った瞬間、大きくて深い哀しみが、俺に襲い掛かる。

・・・

だが、かみさんが夢に出てきてくれた日は別だ。

かみさんの笑顔を見て、かみさんの声を聴く。
かみさんと触れ合い、かみさんと抱きしめあう。
かみさんの気配を感じ、かみさんの存在を身近に感じる。

そんな夢を見た日には、癒しを感じつつ、目覚めることができる。

・・・

1月27日の早朝。
目覚めた瞬間、俺は大きな幸福感に包まれていた。
目覚めというものは、こんなに穏やかで、暖かくて、爽やかなものだということを
俺はずっと忘れていたような気がした。

幸せな気持ちで目が覚めた理由は単純だ。
かみさんの夢を見たからだ。

残念ながら、夢の内容はぼんやりとしか覚えていない。
だが、かみさんが夢に出てきてくれたことだけは、はっきりと記憶している。
かみさんがたっぷりの愛情で俺を包んでくれる、そして俺はたっぷりの愛情でかみさんを包み返す、
そんなイメージの夢だったことだけは記憶している。

時計を見ると、まだ午前4時。
俺は再び眠りについた。

その後また、かみさんの夢を見た。
その内容も記憶していない。

だが、目覚めた直後、やはり大きな幸福感、何とも表現しがたい暖かな気持ちに包まれていた。

・・・

朝6時過ぎ、俺は起床し、かみさんの仏壇の前に座った。
そして俺は、かみさんの遺影に向かって語りかけた。

「容ちゃん。ありがとうね…」

姿かたちは見えなくなっても、
たとえ「この世」の住人ではなくなったとしても、
いつまでも俺を癒し続けてくれるかみさんに、心の底から感謝したい気持ちでいっぱいになった。

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以前、「俺の幸せのかたち」というタイトルのブログを書いた。

この記事に書いた通り、俺はかみさんに看取ってもらって死んでいく、
かみさんに「今までありがとう」と伝えながら死んでいく、
そんな死の瞬間をイメージしては、安心を得ていた。

それが俺の幸せのかたちだった。

かみさんに看取られながら、
かみさんに「ありがとう」と伝えながら死んでいく、
なんて幸せで、安らかな死の光景だろう。

だが、かみさんが亡くなってから、この考え方が変わった。

最愛の伴侶を看取ること。
それがどれだけ辛いことか、
残される者にとって、それがどれほど残酷な体験なのか、今の俺には解る。
「俺を看取って欲しい」と言うことの残酷さが、今の俺には解る。

かみさんに看取ってもらいながら、俺が死んでいくとすれば、
かみさんは、俺の死を看取る辛さを味わわなくてはならなかったはずだ。
かみさんに残酷な体験をさせなくてはならなくなったはずだ。

俺が死んだ後の哀しみも、身を引き裂かれるような苦しみも、身体の半分を削ぎ落されるような苦痛も、
すべてかみさんが体験しなければならなかったはずだ。

そのことを想像するだけで胸が苦しい。
かみさんが俺を想って泣き叫んでいる姿を想像するだけで、俺の胸は抉られる。

俺が味わい続けている死別の悲しみや辛さ。
こんな想いをかみさんにさせなくて良かったと思う。

夫婦二人っきりの家族だ。
いずれはどちらかが、この想いに押し潰されなければならなかったはずだ。

俺は、こんな辛い想い、こんな悲しい想いをかみさんにさせなくて良かった。
こんな苦しい想いをかみさんに体験させるなんて耐えられない。
二人のうち、どちらかが味わわなくてはならない想いなら、その想いをかみさんにさせなくて良かった。
心底、そう思う。

・・・

だが、仮にこの想いを俺が引き受けるにしても、やっぱり早すぎた。
かみさんも俺も、40歳代だ。
そんな若い年代で死別する無念さは拭いきれない。
何よりも、かみさんの無念さを思うと胸が張り裂けそうだ。

いずれは死別して、二人のうちのどちらかが辛い思いをするのはやむを得ない。
その辛い思いを俺が引き受けることになっても構わない。
辛い想いをするのは俺でいい。
かみさんには、俺が味わっているこの苦しみを味わわせたくない。

だが、いずれ二人が死別するとしても、もっともっと遠い将来のことだと思っていた。
こんなに早く別れの日が来るなんて思ったこともなかった。

そのことが悲しい。

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心が重い。身体も重い。
まるでコールタールの海の中で、もがいているかのようだ。

なぜこんなにも心身が重たいのだろう。
それはたぶん、哀しみや寂しさという感情には、質量があるからだ。
重力に引っ張られているのだ。

俺の心と身体は、かみさんを亡くした哀しみでいっぱいだ。
俺の心と身体は、かみさんを喪った寂しさで満たされている。
それらの感情が、地球の大きな重力に引かれている。

・・・

だが、哀しいときや寂しいときは、感情の起伏がある分だけマシだ。
涙が出てくるだけマシなのだ。

哀しみや寂しさとは違う「何か」が心身を満たしたとき、涙は一滴も出てくることはなく、呆然と立ち尽くすことしかできない。
俺の中が、その「何か」でいっぱいになったとき、俺はまるで、魂の無い抜け殻のようだ。

何も見ていない(見えてはいるのだが、見てはいない)。
何も聞いていない(聞こえてはいるのだが、聞いてはいない)。
会話をする気にもなれないし、作り笑いを浮かべる気にもなれない。
飯を食う気力もない。
あるのはただ、「眠りたい」、「消えてしまいたい」という欲求だけだ。

そんなときは、哀しみや寂しさに包まれているとき以上に、心身が重たい。
あまりの重さに耐えがたく、日々をやり過ごすこともままならない。

・・・

その「何か」って何だろう。
それはたぶん、絶望であり、空虚であり、虚無だ。

かみさんが息を引き取った瞬間、俺の心にポッカリと大きな穴が開いた。
その穴は、依然として俺の中に居座っており、いつだって、絶望と空虚と虚無とを吐き出している。

なるべくその穴を見ないようにはしているものの、その穴は、ときおり自らを誇示したがる。
穴は何の前触れもなく、突然、存在感を増し、俺を絶望の底へと突き落す。

その絶望、空虚、虚無は、あまりにも重たいのだ。

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