いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2015年02月

かみさんが亡くなってから、ごく最近まで、俺はあきらめていなかった。
自分でも気づかないような心の深層では、俺はあきらめることができなかったらしい。

心の深い奥底で、俺はかみさんを求め続けていた。
強く望めば、かみさんと再会できる。
心から願えば、この世でかみさんと再会できる。
深く想い続ければ、もう一度、かみさんと一緒に暮らすことができる。
俺は心の深層で、そう信じていたんじゃないかと思う。

だが最近、俺はあきらめつつあるようだ。
この世では、もう二度と、かみさんと会うことはできない。
現世では、もう二度と、かみさんと一緒に暮らすことはできない。
そんな当たり前の事実に、俺の心の深層は、ようやく気づき始めたらしい。

俺はかみさんの死、かみさんの不在を受け入れつつあるようだ。

・・・

最愛の人の死を受け入れること。
それはグリーフワークの第一歩だと言われている。

言いかえれば、最愛の人の死を受け入れることは、死別からの「立ち直り」の第一歩なのだそうだ。

だが本当にそうなんだろうか。

かみさんの死を受け入れること、言い換えれば、あきらめること。
それは絶望につながっているような気がする。

最愛の人の死という過酷な現実を受け入れ、もう二度と会えないという現実を受け入れる。
それは絶望だ。

余生には、わずかな光さえなく、幸せも笑顔も癒しもなく、
ただひたすら、かみさんを追慕しつつ、自らの余生を消費する。

会いたいのに会えない、触れたいのに触れられない、一緒に笑いたいのに笑えない。
それを知ってしまうこと、あきらめてしまうこと。

これは絶望以外の何物でもない。

・・・

かみさんと会うことは決してできない余生。
かみさんと共に暮らすことは決してできない余生。
あまりにもくだらなくて、退屈で、寂しくて、虚しい余生だ。
あきらめてしまうことは、そんな余生が待っていることを自覚することと同義なのだと思う。

あきらめること。
それはグリーフワークの第一歩どころか、絶望とつながっているのだ。

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かみさんが元気だった頃、
俺はいわゆる「唯物論者・唯脳論者」だった。

人間は死んだら灰になる。
人間は死んだら無になる。
死後の世界など無い。
「あの世」など無い。
そう信じていた。

一方で、かみさんは、スピリチュアルなことに多少の興味を持っていたようだ。
江原啓之氏が頻繁にテレビに出ていた頃、かみさんが俺に言ったことがある。
「私、スピリチュアル・カウンセリングに興味があるんだよねぇ」
今振り返って思えば、
かみさんは、亡くなった父親の「魂」との対話を望んでいたのかもしれない。

・・・

かみさんが亡くなった直後から、
俺はかみさんの気配を探し求めるようになった。

だが、俺の脳に染み付いた「唯物論者」としての癖が、
一朝一夕で消せるはずも無い。

かみさんの気配を求めつつも、
一方では、やはりかみさんは無になってしまったんだと感じて絶望していた。

・・・

俺が「唯物論」の拘束から少しずつ自由になっていったのには、
いくつかのきっかけがある。

きっかけのひとつは、夢だ。

俺のブログの中に、「夢の話」というカテゴリーがあるが、
その中の記事で書いたような、リアルで、かつ不思議な夢が、俺を「唯物論」から少しずつ解放してくれた。

とりわけ、「かみさんの気配」というタイトルで書いた記事の夢、
そして、「かみさんの出現」というタイトルで書いた記事の夢。
これらの夢を見ているとき、確かに俺は、かみさんの気配を感じていた。

こうした夢を通じて、少しずつではあるが、俺は「唯物論」から自由になっていった。

・・・

もうひとつのきっかけは、
元福島大学教授 飯田史彦氏の著書、
東京大学医学部附属病院の救急部・集中治療部部長 矢作直樹氏の著書、
及び、跡見学園女子大学名誉教授 武本昌三氏のホームページ
に出会ったことだ。

これらの内容について、ここで触れるつもりはない。
だが、世の中には、「あの世」はある、肉体は死んでも「魂」は生き続けるという考え方があることを知って、少しばかり心が軽くなった。

・・・

今回このような記事を書いたのには、理由がある。

このブログにコメントを書いてくださる方々、
某NPOが主催する「配偶者を亡くした人の分かち合いの会」で出会った方々、
某SNSでお付き合いしている方々、
死別のブログを書いていらっしゃる方々、
みなさん、最愛の伴侶やお子さん、ご両親などを喪った人ばかりだが、
その中には、亡くなった人の気配、死者の「魂」を探し求めている方がとても多いことに気づいたからだ。

多くの人が、「死後の世界」があって欲しい、「あの世」があって欲しいと願っていることに気づいたからだ。
多くの方々が、『自分が死んだら、また「あの世」で再会したい』と願っていることに気づいたからだ。

・・・

俺も、かみさんの「魂」を探し求めている。
かみさんの気配を探している。

俺が死んだら、またかみさんに会えるんだと信じたい。
「死後の世界」があって欲しい。

かつてはガチガチの「唯物論者・唯脳論者」だった俺が、
今では「死後の世界」があって欲しいと願っている。

愛する人を喪うということは、そういうことなのかもしれない。

遺された者が渇望するもの。
それは、愛する人の「魂」の気配だ。

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かみさんは「サザエさん」が大好きだった。
幼少時、朝日新聞で連載していた頃から大好きだったそうだ。
原作本は全部入手したし、テレビのアニメも毎週見ていた。

・・・

平成3年4月から平成7年3月まで、かみさんと俺は、千葉県浦安市のアパートで同棲していた。
当時、俺は進学塾の講師、かみさんは画材屋兼文房具屋の店員として働いていた。

俺が今の会社に入る前だったため、経済的なゆとりはなかった。
だから、「サザエさん」の原作本が欲しくても、いわゆる「大人買い」はできなかった。

そこで、かみさんは毎月1冊ずつ、「姉妹社」発行の「サザエさん」の単行本を買い、少しずつ原作本を揃えていった。

・・・

平成4年5月。「サザエさん」の原作者・長谷川町子さんが亡くなった。
その影響だろう、本屋から「サザエさん」の原作本が消えた。

それでも、かみさんは「サザエさん」の原作本を手に入れたかった。
俺はかみさんと一緒に、あちこちの本屋や古本屋を歩きまわり、「サザエさん」の原作本を探しまくった。

だが、どこの本屋に行っても「サザエさん」は売っていない。
かみさんはガッカリしていた。
哀しそうだった。
本当に哀しそうだったのだ。

・・・

平成6年、朝日新聞社が「サザエさん」の原作本を文庫として発売することが決まった。
「サザエさん」の原作本が手に入る!
かみさんは本当に嬉しそうだった。

「プーちゃん。サザエさん、買っていい?」と言うかみさん。
俺は「買いなよ」と答えた。

結局かみさんは、文庫版の「サザエさん」を全巻揃えた。
かみさんの幼少時からの念願が、ようやく叶った。

・・・

正直に言って、俺は「サザエさん」には興味がなかった。
毎週日曜日のアニメの「サザエさん」は、かみさんと一緒に見ていたが、
原作本には興味がなかった。

だが、かみさんは俺にも「読んでみなよ。おもしろいから」と言う。
俺はしぶしぶ読んでみた。
これが意外に面白かった。

アニメだと、カツオ君だけが悪者で、ワカメちゃんもタラちゃんも良い子なのだが
原作では、キャラクターの誰もがしたたかで、ずる賢かったりして、面白かった。

俺も「サザエさん」の原作本に夢中になった。

・・・

かみさんが最期に「サザエさん」の原作本を読んだのは
癌研有明病院に入院していた平成22年6月15日のことだ。

早朝、俺が病院に行くと、かみさんはベッドにちょこんと座り、「サザエさん」を読んでいた。
俺が声を掛けると、かみさんは振り返り、嬉しそうに笑ってくれた。

・・・

今でも毎週、アニメの「サザエさん」を見ている。
かみさんにも見せてあげたい。
だから俺は、かみさんの遺影をテレビに向け、かみさんに「サザエさん」を見せてあげる。

かみさんもきっと、「サザエさん」を見て笑っているはずだ。

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かみさんが亡くなった直後、俺は会社の同僚に言われた。
「大切な人を亡くすと、人は成長できるんだよ」

まるで、かみさんが亡くなったことを喜んでいるような言葉、
「奥さんが亡くなったことで、アンタは成長できる。良かったね」と言われているような気がして
とても複雑で、不快な気持ちになったことを覚えている。

ちなみに、この同僚は祖父母以外と死別したことは無い。

・・・

最愛の人との死別という過酷な体験によって、
心や身体の健康を損なうことは、心理学・精神医学等の世界ではよく知られている事実だ。
その一方で、それらの過酷な体験を通し、遺族の考え方や行動などを「良い方向」に変化させることもあるらしい。

このような変化は「外傷的成長」あるいは「ストレス関連成長」などと呼ばれて近年注目されているそうだが、過酷な体験を通じて人間的に「成長」するという考え方は、決して新しいものではない。

たとえば、オーストリアの精神科医 ヴィクトール・フランクルも、自らがアウシュビッツの強制収容所に収容された体験をもとに、どんなに過酷な体験であっても、人間は人生に意味を見出し、自らを豊かにすることができるという趣旨の言葉を遺している。

・・・

人間は、最愛の人と死別したことによって成長する。
そんなこと、本当にあるんだろうか。
この疑問に対し、専門家は「イエス」と答えるだろう。

だが、死別体験者自身にとって、成長することは望ましいことなのだろうか。
成長すれば、それで良いなんて思えるんだろうか。

成長なんてしなくて良かった、別に成長なんてしなくて良い。
成長なんかしなくて良いから、ただただ、「あの人」に隣にいて欲しかった。
「あの人」がいないのに、成長なんかしたって意味がない、仕方がないじゃないか。

そう想っている人が多いんじゃないだろうか。

悲しみを糧に、人間は成長できる。
だから何だと言うのだ。

成長なんかしなくて良い。
成長なんか求めてない。
ただ、「あの人」に傍にいて欲しかった。

そう想っている人が多いんじゃないだろうか。

・・・

専門家とやらの言葉は、どこか上滑りで、きれいごとで、受け入れがたいのだ。

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以前にも書いたが、
かみさんと俺は、毎週土曜日、散歩をするのが大好きだった。
目的地も決めず、5時間でも6時間でもダラダラと歩く。
他愛ない話をしながら、二人で並んでダラダラと歩く。
そんな散歩が好きだった。

散歩を始めるのは午後からだ。
午前中は自由時間。
俺は読書をし、かみさんは寝ている。
それが土曜日・午前のかみさんと俺の過ごし方だった。

・・・

土曜日の午前中。
俺は朝5時半には起床する。

ソファの横にテーブルを置く。
テーブルの上には何冊かの本と、インスタントのコーヒー。
俺は、インスタントのコーヒーを飲みながら、ソファに横になって読書をする。
「インスタントのコーヒーは美味くないなぁ…」なんて思いながら、それでもチビチビとコーヒーを飲み、読書に勤しむ。

だが4、5時間も読書をしていると、だんだんと眠くなってしまう。
眠くなったら眠ってしまえば良い。

・・・

俺は昼頃まで眠っている。
かみさんが起きてきたことにも気づかず眠り続けている。

そのうち、リビングルームの中が、インスタントではない本物のコーヒーの、芳醇な香りで満たされていく。
その香りで、俺は目を覚ます。

テーブルの上を見ると、インスタントではない、豆を挽いて淹れた本物のコーヒーが置かれている。
かみさんが俺のために淹れてくれたのだ。
俺が頼んだわけでもないのに、かみさんが俺のためにコーヒーを淹れてくれたのだ。

「またプーちゃんたら、インスタント・コーヒーなんか飲んで…」
「もっと美味しいコーヒー、淹れてあげようかな…」なんて考えながら、
かみさんは俺のためにコーヒーを淹れてくれたのだろう。

・・・

ぼんやりとした意識の中で、俺は周囲の状況を把握しようとする。
コーヒーの香り。
窓から差し込む温かい日差し。
そして、キッチンでブランチの用意をしているかみさんの鼻歌…

温かい。
俺は「家庭の温かさ」に包まれて、至福の中にいる。
かみさんと俺とが作る「家庭」の温かさだ。

俺の人生にもそんな時期があったのだ。

・・・

かみさん亡き今、「家」はあっても「家庭」はない。
独りぼっちの俺には「家庭」などない。

だが、かつて、俺にも温かい「家庭」があったのだ。
かみさんと俺が作ってきた温かい「家庭」があったのだ。

家庭…
俺にとっては、もう二度と手に入らないモノではあるものの、かつての幸せだった20年間を想う時、俺の心は温かさで満たされるのだ。

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