いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2015年03月

街を歩けば、「夫婦二人づれ」や「家族づれ」ばかりが目に入る。
みんな幸せそうな笑顔で歩いている。
意識して笑っているわけじゃない。自然とこぼれてくる笑顔だ。

俺だって、あの笑顔を知らないわけじゃない。
かつては俺も、あの笑顔を持っていた。
かみさんと一緒に街を歩くとき、俺もあんな笑顔を浮かべていたはずなんだ。

・・・

あの笑顔は、「何も知らない人」たちだけが浮かべることのできるものだ。
かみさんが元気だったころ、俺だって「何も知らなかった」。
だからこそ、俺はかみさんと一緒に、他の「何も知らない人」たちに混じって笑っていることができた。

「何も知らない」こと。
それはとても幸せなことだ。
自分が幸せであることを自覚する必要が無いくらい、幸せなことだ。

だが、俺は「知ってしまった」のだ。
かみさんの死とともに、俺は知りたくないことを「知ってしまった」のだ。

「知ってしまう」と同時に、あの笑顔は失われる。
もう二度と、あんな風には笑えなくなる。

・・・

俺が「知ってしまった」こと。
それは、この世が地獄であるということだ。
伴侶を喪った者にとって、この世界は地獄であるということだ。

大多数の人たちは、晩年まで、その事実を知らずに生きていく。
ほとんどの人々は、その事実を知ることもなく、幸せな人生を送り、人生の晩年を迎える。
なのに俺は、若くして、その事実を「知ってしまった」。

「知ってしまった」瞬間、俺は笑顔を失った。

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かみさんが亡くなってから、俺は精神科のクリニックに通院している。
週一回のカウンセリングを受け、睡眠薬や抗鬱剤、鎮静剤を処方してもらっている。
また、会社を休職する前は、会社の臨床心理士とも面談を重ねていた。

いつだったか、会社の臨床心理士に指摘されたことがある。
「あなたには、希死念慮がありますね・・・」
言われたとき、俺は驚いた。

俺の心の中に、「死にたい…」、「かみさんの後を追いたい…」という気持ちがあったことは事実だ。
だからこそ、俳優の仲代達矢さんが奥様を癌で亡くされた後、何年もの間、「妻の後を追いたい」と考えていたと聞き、仲代さんに親近感を持っていたりもした。

だが、その気持ちを臨床心理士の前で口にしたことはなかった。
臨床心理士どころか、友だちにも「かみさんの後を追いたい…」なんて言ったことはなかった。

臨床心理士は、俺が口にする言葉の端々から、俺の「希死念慮」を見抜いたのだろう。
やはり「プロってすごいなぁ」なんて感じたひとコマだった。

・・・

かみさんが亡くなってから、毎日が生き地獄だ。

楽しい、嬉しいという気持ちとは無縁になった。
いつだって、悲しくて、寂しい。

朝目覚めた瞬間には、かみさんのいない現実を突きつけられ絶望する。
心にポッカリ開いた穴を見つめ、削ぎ落とされた自分の半身を探しながら、一日をやり過ごす。

正直に言って、生きていることに疲れる。
永遠に眠っていられたら、どんなに楽だろう。
そうすれば、かみさんのいないこの世界、生き地獄から解放される。
そんな風に考える。

・・・

だが、こんな想像をしてみた。

俺が海へ行き、
自分の両脚を縛って海に飛び込んだらどうなるだろう、と。

両脚を縛っているから、泳ぐことはできない。
俺は溺れるだろう。

だが、溺れないように、沈んでしまわないように、
必死になって、もがくんじゃないだろうか。


例えば、アフリカ辺りでライオンの群れに襲われたら、俺はどうするだろう。
たぶん、必死になって抵抗するんじゃないだろうか。
食われないように、必死になって抵抗するんじゃないだろうか。


ひょっとすると、俺の心が「死にたい」と願っている一方で、身体・本能は「生きたい」と思っているんじゃないだろうか。

・・・

死にたがっているのは俺の言語脳、もしくは左脳であって、
俺の本能は「生きたい」と願っているのかもしれない。

俺の中には矛盾した気持ちが共存しているのだろう。
「死にたい。かみさんの後を追いたい」と願いつつ、一方で、俺の身体は「生きたい」と叫んでいるのかもしれない。

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かみさんが亡くなって以来、俺の身体は重い。
体重が増えているわけじゃない。
かみさんが亡くなってから、俺の体重はむしろ減っている。

なのに身体が重くて仕方が無い。
日を追うごとに、俺の身体は重くなっていく。

恐らく、鬱の症状も無関係ではないのだろう。
身体を動かすのが、とてもしんどい。
長時間歩くなんてとんでもない。ソファに座っていることさえ辛いのだ。

自由にならない自分の体を持て余し、一日中、ほとんど身動きしない日も多い。
この重さの原因は何なんだろう。

・・・

以前、『悲しみの「質量」』というタイトルでブログを書いた。
そこに書いたとおり、重さの原因は「悲しみ」なのだろう。

深くて大きな悲しみは、まるで水飴のようにまとわりつき、
俺の体の躍動感を奪う。

俺は自分の身体が疎ましい。

この身体から解放される時、あらゆる重さからも解放されるのだろう。
そして、その瞬間、かみさんがお迎えに来てくれるのかもしれない。

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3月27日の未明。
俺は夢を見た。

俺は「誰か」と会話をしていた。
その「誰か」の姿は見えない。
ただ声が聞こえるだけだ。

「誰か」が俺に話しかけ、俺がそれに答える。
そんな感じで会話が進んでいく。

その会話をしている間、俺の心はほんのりと暖かくて、幸せを感じていた。

そのうち段々と目が覚めてきた。
はっきりと目覚めたわけではなく、半分だけ覚醒しているような状態になった。
それでも「誰か」との会話は続いた。

だが、半分覚醒したことで、その「誰か」が誰なのかに気づいた。
かみさんだ。

俺は得も言われぬ歓喜に包まれた。
俺はかみさんの魂に触れたのだ。

3月27日。
かみさんの月命日だ。

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かみさんが息を引き取った瞬間、俺を襲った「あの感覚」。
かみさんが亡くなった直後から、俺の中に蹲っている「あの感覚」。
今でも俺を包み込んでいる「あの感覚」。

「あの感覚」がどういう感覚なのか。言葉で表現するのは難しい。
悲しい、さみしい、つらい、切ない、やるせない…
そんな単純な形容詞で「あの感覚」を表現するなんて不可能だ。

だから俺は、このブログの中で
「心にポッカリ穴が開いたような感覚」、
「身体の半分を削ぎ落されたような感覚」、
「周囲の世界から自分だけが切り離されてしまったような感覚」なんて表現したりもする。

だが、そんな言葉を使っても、「あの感覚」を他人に理解してもらうことはできない、
伴侶と死別した経験の無い人々が、これらの言葉を聞いても、「あの感覚」は絶対に理解できない。
そのことを、先日思い知らされた。

俺の表現力が稚拙なのかもしれない。
他の人であれば、もっと正確で適切な表現ができるのかもしれない。

そう思う一方で、たとえ表現力の豊かな人であっても、伴侶を喪った時の「あの感覚」を正確に表現することはできないんじゃないかと感じたりもする。
どんなに上手に表現しようと、伴侶を喪った経験の無い人に、「あの感覚」を理解してもらうことは不可能なんじゃないかと感じたりもする。

俺は「あの感覚」を誰かに分かってもらいたい、理解してもらいたいなんて思っていない。
伴侶との死別を体験したことの無い人に、「あの感覚」は絶対に理解できないと信じているからだ。

なのに、「あの感覚」を知りたがる人たちがいる。
「善意」や「思いやり」という仮面を被った「好奇心」から、「あの感覚」に触れたがる人たちがいる。

どうせ理解することなんでできはしないのだ。
体験しない限り分からないのだ。

だから「好奇心」に満ちた目で、「あの感覚」を掘り起こそうとするのはやめて欲しい。
理解できないのなら、せめて放っておいて欲しい。

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