いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2015年06月

プーちゃんはなぜブログを書いてるの?

ときどき、メル友さんやSNSで知り合った人たちから質問される。
質問してくるのは、みなさん、伴侶を喪った方々であり、質問に悪意はない。
悪意のない人たちからの質問には真剣に答えるべきだろう。



俺はなぜブログを書いてるのだろうか。

一番の理由は、
かみさんという人間が、かつてこの世界に存在していたという証を残したいからだ。
かみさんという、明朗で、天真爛漫で、愛情を受け取ることも、愛情を与えることも大好きな人が、かつて存在したという痕跡を残したい。
俺がこの世界で一番愛した人の足跡を残したい。
だからブログを書く。

二つめの理由は、かみさんに対する懺悔であり、贖罪だ。
かみさんを守れなかった俺。
かみさんを助けてあげられなかった俺。
かみさんを守れなかった罪悪感に打ちのめされ、俺は罪を購うためにブログを書く。

三番めの理由は、
自分を鼓舞するためだ。
かみさんがいない。
俺は挫けそうになる。
すべてを放棄したくなる。
そんな自分を立て直したい。
そんな気持ちを込めてブログを書くこともある。

四番めの理由は「
吐き出す」ためだ。
俺の中に鬱積した「哀しみ」や「寂しさ」、「
絶望」なんかを吐き出したくて、ろくに推敲もせず書きなぐる。
どんな記事を書くかは、その日の気分次第だ。
多少ポジティブなときは前向きな記事を書けるが、どん底まで落ち込んでいるときに書く記事は超ネガティブだ。
ポジティブな記事は評判も良いが、逆にネガティブな記事を書けば、評判が悪いだけじゃなく、コメント欄が荒らされたりもする。
それが嫌ならポジティブな記事だけ書けばいいじゃないかと言われそうだが、それは無理難題というものだ。

かみさんが死んじゃったんだ。
俺の一番大好きな人が死んじゃったんだ。
四六時中、
ポジティブでなんていられない。

哀しいときは哀しいのだ。
哀しいときは哀しい記事しか書けないのだ。

俺はこのブログに嘘を書くわけにはいかないのだ。


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かみさんは平井堅さんのファンだった。
CDやDVDもたくさん持っているし、ファンクラブにも入っていた。

ちなみに、このファンクラブ、今でも加入している。
一年に一度、会員期限延長のお知らせが届く。

かみさんが亡くなってしまった今、ファンクラブを退会するという選択肢もあるのだが、
かみさんに断りもなく、俺が勝手にファンクラブを辞めてしまったら、かみさんが可哀想だ。

そう思って、今でもファンクラブの会費を払い続けている。
そのため、何ヶ月かに一度、ファンクラブから会報やグッズが届けられる。
それらは、かみさんが好きだった食べ物や飲み物、花などと一緒に、仏壇にお供えしている。

・・・

一度、かみさんと俺は、一緒に平井堅さんのライブを観に行った。

場所は日本武道館。
アリーナ席の前の方だったので、平井堅さんの顔がよく見えた。

それにもかかわらず、かみさんはオペラグラスを通してステージを見ていた。
おそらく、平井堅さんの顔をアップで見ていたんだろう。

平井堅さんにしても、いい迷惑だったに違いない。
目の前にいる観客が、オペラグラスで自分の顔を注視している。
ひょっとすると、緊張してたんじゃないか、なんて思ったりもする。

かみさんと俺が、まだ幸せだった頃の、想い出のひとコマだ。

・・・

平井堅さんの楽曲の中に、「瞳をとじて」という歌がある。

俺は以前、この曲は「失恋」の歌だと思っていた。
だが、違うらしい。

先日、ある方が教えて下さった。
この曲は、「死別」の歌なのだそうだ。

映画「世界の中心で、愛をさけぶ」の主題歌にもなったそうなので、
「死別」の歌であることは間違いないだろう。

・・・

今回の記事を書くにあたり、改めてこの曲を聞いてみたが、
「死別」の歌だと思って聞くと、切ない。

案の定、涙が噴き出してしまった。

・・・

今までにも、このブログの中で、数曲の「死別」に関する歌を紹介してきたが、
「若くして伴侶(配偶者や恋人)と死別する人」はほとんどいないにもかかわらず、
世の中には、「死別」の歌が氾濫しているのだな…と感じた。



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昨日はかみさんの祥月命日だった

憔悴した。

肉体的にも精神的にも、疲れきってしまった。
そして何よりも、哀しかった。

心も身体もあまりにも重たくて、自分の心身が疎ましい。
激しい倦怠感、あまりにも重い鬱。
生きてる自分、
死ねない自分が疎ましい。

祥月命日の前後には、いわゆる「命日反応」
に襲われるだろうと予測はしていたし、精神科のクリニックの主治医にも警告されてはいたが、実際に「命日反応」の渦中に入ると、その哀しみや辛さは予想以上だった。



昨日の6月27日のこと。

午前11時から、菩提寺で法要。

ご住職にお経をあげて頂き、お焼香をした。
当然のことながら、
夫である俺が最初にお焼香をした。

その時、
予想もしていなかったことが起こってしまった。
祭壇に置かれたかみさんの位牌を見つめた瞬間、涙が噴き出してしまったのだ。
まさか法要の場で泣くなんて予想もしていなかった。
哀しかったし、切なかったし、やるせなかったけど、涙が出るなんて思ってもいなかったのだ。

ご住職や他の参列者たちは戸惑ったことだろう。
なにせ、俺自身が戸惑ってしまったのだから。



11時45分ごろにお墓参り。

そして午後0時半から会食。

会食中は本当につらかった。
無理をしてでも明るく元気に振舞わなければならない。
施主である俺が塞ぎこんでいれば、会食の場の空気が重くなってしまうからだ。

無理やり笑顔を作り、無理やり冗談の一つも言い、無理やり会話を楽しむ。
エネルギーが枯渇しているにもかかわらず、無理やり「元気」を絞り出さなければならない。

俺は疲れ果てた。
帰宅途中のタクシーの中で放心していた。



午後3時半すぎ。

ようやく帰宅。
かみさんの仏前に座り、かみさんの遺影を見つめ、かみさんに想いを馳せる。

あまりにも哀しくて、哀しくて、哀しかった。



冒頭に書いたとおり、俺は今、憔悴しきっている。
生きていること自体が疎ましく感じられるほどの、重たい鬱と大きな倦怠感。
酒を飲んだわけでもないのに、なんでこんなに自分の心身が疎ましいんだろうか。

哀しいからだろうか。
切ないからだろうか。
寂しいからだろうか。
それとも、会食の席で無理やり明るく振舞ったからだろうか。

いずれにしても、かみさんの祥月命日は、誰にも邪魔されず、かみさんと二人っきりで過ごしたい…と感じた一日だった。


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数年前の今日、俺はかみさんを看取った。
数年前の今日、俺はこの世界で一番大切なものを失った。
数年前の今日、俺は自分自身の命を賭してでも守らなければならないものを失ってしまった。

それが6月27日だ。

・・・

それ以来、俺は独りぼっちになった。
寂しい。

だが、独りぼっちだから寂しいわけじゃない。
かみさんがいないから寂しいのだ。

・・・

かみさんを看取ってから、俺の心は干乾びて、餓えている。
切なくて、やるせない。

かみさんの代わりが欲しいわけじゃない。
かみさんがいないから、切なくて、やるせないのだ。

・・・

俺には、もう何もない。
俺の還れる場所は、もうどこにもない。

残されたのは、大好きなかみさんとの想い出だけだ。

・・・

かみさんが亡くなってから、俺はいつだって、かみさんを探している。

たぶん俺は、これからも、かみさんを探し続けるんだろう。
もう二度と戻ってはこないものを、探し続けるんだろう。
いくら探しても決して見つからないものを、探し続けるんだろう。

いつの日か、俺の存在も消える。
俺が消滅するその瞬間まで、俺はかみさんを探し続けるんだろう。

・・・

今日6月27日は、かみさんの祥月命日だ。
かみさんが死んだ日だ。

そして、俺の人生が終わった日でもある。

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6月25日の午前9時半から11時半にかけて、俺はうたた寝をしてしまった。
その間、久しぶりにかみさんの夢を見た。



かみさんが俺に駆け寄ってきた。
そして、俺を抱きしめてくれた。

俺もかみさんを抱きしめ、かみさんの髪を撫でた。
あたたかかった。やわらかかった。

抱きしめるだけでは満足できず、
俺はかみさんの頬にキスをしたり、頬を舐めまわしたりした。
かみさんは嫌がることもなく、笑顔を浮かべながら、俺にされるがままになっていた。



「俺、容ちゃんのことが心配なんだ…」と俺が言った。
「なんで?
」とかみさんが聞いた。
「だって容ちゃんと俺、会いたくても、
今はなかなか会えないじゃん…」と俺が応えた。
「そうだね…」
とかみさんが言った。

「でも、ちゃんと一人で会いに来れるよ!」
とかみさんは言ってくれた。
それでも俺は、
ちょっぴり不安だった。
ちゃんと一人で来られるのかな…、
どこかで道に迷ってしまうんじゃないかな…と不安な気持ちになった。

だが次の瞬間、俺は名案を思いついた。
容ちゃんが道に迷ってしまい、一人で会いに来られないのなら、俺が容ちゃんを迎えに行ってあげればいいんだ!

なんだか不思議なやりとりだった。
いや、不思議というより、「何か」を象徴しているかのような会話だった。



久しぶりだった。本当に久しぶりだったのだ。
こんなに穏やかな気持ちに包まれて目が覚めたのは、本当に久しぶりだった。

今までに見た夢と同様、俺は夢を通じて、かみさんと再会したんだ。
そして、またいずれ、かみさんと再会できるんだ。
そう信じたい。


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