いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2015年07月

今この瞬間、この地上のどこかで、誰かが死んでいく。

その誰かは、別の誰かにとって、
自分の命と引き換えにしてでも守りたい、とても大切な人だ。
同時に、その誰かにとって、別の誰かも、かけがえのない存在だ。
死にゆく人にとっても、遺される人にとっても、
目の前にいる人は、この世界で最も大切で、一番大好きな人だ。

その二人が死によって引き裂かれる。
こんなに残酷で、
こんなに悲しいことはない。

だが、その悲しい出来事は、
今この瞬間も起こっている。

逝かざるを得ない人の無念、心残り、苦しみ、
絶望、あるいは自分の死後、遺された人がどうなってしまうのかを心配し、胸を痛める想い。
遺されざるを得ない人の悲しみ、嘆き、喪失感、寂しさ。

世界はいつだって、
そんな想いで充たされているはずなんだ。



だが、大多数の人々にとって、
死は身近ではない。
とりわけ若年者にとって、
伴侶や子どもの死は、自らとは無縁な出来事だ。

だからだろう。
みんな笑っている。
今この瞬間も、伴侶やお子さんを亡くして悲しんでいる人がいる、世界が悲しみで満たされていることなんで気づきもせず、他愛ない会話、くだらないジョーク、
ちょっとした仕草に笑っている。

いったい何がおかしいのだろう。
いったい何が嬉しいのだろう。
いったい何が楽しいのだろう。

世界を満たす悲しみに気づかない人々の気持ちは、今の俺にはわからない。



かつては俺だって笑っていたはずなんだ。
かみさんと一緒に笑っていたはずなんだ。

でも忘れてしまったのだ。
最愛の人を喪うと
ともに、笑い方も、何に対して笑ったらいいのかも、忘れてしまったのだ。
世界に充満する悲しみが俺の中に浸み込んで来て、俺から笑いを奪ってしまった。



できることなら、この世界のすべての人々に気づいて欲しい。
世界は悲しみで満たされていることに気づいて欲しい。
そうすれば、世界から笑顔が消えるだろう。

そんな世界でなら、こんな俺でも生きていけるのかもしれない。


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自堕落だ。
あまりにも自堕落だ。

やる気がない。
食欲もない。
生きる気力さえもない。

まともにできることと言えば、
毎日のかみさんへのお供えだけだ。
あとは飲んだくれて泥酔し、放心しているか、眠ってしまうだけだ。

人並みに生きることができず、
自堕落に一日をやり過ごす。
ろくでなしだ。

俺は崩れ、俺は潰れ、俺は壊れた。
自暴自棄で、悲生産的で、かみさんのいない人生に意味を見い出せず、いつ死んじゃっても構わない。

こんな人生、
いつまで続くんだろうと考えれば気が遠くなり、人生からリタイアしたくて仕方がない。
こんな唾棄すべき消化試合のような人生なら、俺はいらない。

だが、既に終わっているにもかかわらず、終わらせる勇気もなくて、惰性で生きている。



そんな俺を見て、心配してくれる人も少なくない。
義母や義弟、会社の上司、会社の同僚 (とりわけ、俺と同期で課長に昇進したメンバーたち) など、みんな俺を気に掛けてくれて、手を差し伸べてくれようとする。

だが、俺は差し伸べられた手を掴むつもりはない。
人の好意を無にするなんて最低だな…なんて感じたりもするのだが、たぶん誰であっても、俺の心の中の「消滅への意志」を消すことなんてできないからだ。

そうだ。
俺の中に巣食っているのは「消滅への意志」だ。
今でも俺は、かみさんと一緒に死ねばよかったと思っているのだ。

かみさんが亡くなった直後なら、一緒に死ぬ勇気もあった。
だが、かみさんをしっかりと見送ってあげなければとか、かみさんのお通夜や告別式をしっかりと勤めなければとか、49日や百箇日の法要をしっかりやってあげなければなんて思っているうちに、一緒に死ぬ勇気を失ってしまった。

そうだ。
あの時、すべての責任を放棄して、かみさんと一緒に死ねばよかったのだ。
もしもあの時、一緒に死んでいれば、こんな自堕落で唾棄すべき日々を送らずに済んだだろう。


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不思議なもんだ。
人間は形のないモノを愛することができる生き物らしい。

かみさんはもうこの世にはいない。
世界中のどこを探しても、かみさんを見つけることはできない。

それにもかかわらず、俺は今でもかみさんのことが愛おしい。
それどころか、かみさんへの想いは日を追うごとに深まっていく。

以前、『「愛」と「恋」』というタイトルでブログを書いた。
その記事に書いたことと重複するのだが、
「恋」は冷めることもあるが、「愛」は冷めることはない。
「愛」は一時的な感情ではない。

子供を亡くした親が、いつまでも亡くなった子のことを想い続けているのと同じなのだろう。

俺はかみさんを愛しているんだ。
だからこそ、いつまでも想いは消えない。
むしろ「会いたい」という想いと相まって、かみさんへの愛はますます深くなっていく。

自分が死ぬまで想い続けていくこと。
それは、かみさんを愛した俺の宿命なんだろう。

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おしゃべりが大好きで、ちょっぴり気分屋で、ちょっぴりワガママで、やたらと甘えん坊。
それが容ちゃんだ。

自分の気持ちに素直で、好奇心が旺盛で、何事にも物怖じせず、
誰とでもすぐに仲良くなってしまう。
それが容ちゃんだ。

いつでも明るくて、大きな声で笑い、
他人の評価など気にすることなく、生きることを謳歌していた。
それが容ちゃんだ。

俺と一緒に散歩することが大好きで、
俺と一緒に食事をすることが大好きで、俺と一緒に旅行をすることが大好きで、俺と一緒に手をつないで昼寝をすることが大好きだった。
それが容ちゃんだ。

笑顔を浮かべながら、
二人で一緒に死ねたらいいね…、死ぬときは二人一緒がいいよね…と言っていた。
それが容ちゃんだ。

俺はそんな太陽のような女性と一緒に生きてきた。
たったの20年間だったが、間違いなく幸せだった。
うれしかった。やわらかかった。温かかった。

生まれてから一度も光を見たことがない俺に、
容ちゃんは光を見せてくれた。

そうだ。
容ちゃんは俺の光だ。
たったひとつの、俺の光だ。

あの光が懐かしい。
もう一度、
あの光に照らされたい。
もう一度、容ちゃんと手をつなぎたい。
もう一度、容ちゃんの笑顔が見たい。

あの頃に還りたい。


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かみさんの命日 (祥月命日や毎月の命日) には、かみさんのお位牌と一緒に食事をしに行く。
割烹料理屋だったり、焼肉屋だったり、神谷バーだったり、老舗のウナギ屋だったり、イタリアンやスパニッシュのレストランだったり。
時には、
寿司屋やウナギ屋から出前を取って、かみさんの仏前にお供えをすることもある。

さて。
7月27日はかみさんの月命日だ。
今回はどうしよう。
何をお供えしてあげたら、かみさんが歓んでくれるだろう。

命日のたびに真剣に考える。
なかなか結論が出ない。
かみさんの遺影に向かって「何が食べたい?」なんて聞いたりもするが、当然、返答はない。

だが、
かみさんに歓んでもらいたい、そのためには何をしてあげればいいんだろう。
それを考えること。
かみさんに歓んでもらうために、俺は何をしてあげたらいいんだろうと考えること。
俺にとっては唯一の安らかな時間だ。



24日の金曜日は、
土用の丑の日だった。
土用の丑の日と言えばウナギだ。
俺は迷うことなく、鰻重を注文し、かみさんにお供えした。

24日にウナギを食べたばかりなのに、
27日も鰻重をお供えしたら、「えぇ~?またウナギなの~?」というかみさんの声が聞こえてきそうだ。
イタリアンやスパニッシュのレストランには、先日、かみさんのお位牌と一緒に行ってきたばかりだし、寿司はこの時期腐りやすい。

毎年のことだが、
夏場は腐りにくいものをお供えしてあげなきゃ、と頭を悩ませてしまう。



今日は7月26日。
かみさんの月命日は明日だ。
まだ時間はある。

俺は心を研ぎ澄ませ、かみさんの声を聴こう。
かみさんの想いを汲み取ろう。
そうしていれば、
かみさんの想いは必ず俺に届く。
かみさんが今、
何をお供えしてほしいのか、その想いは俺に届く。

まだ時間はある。
心を研ぎ澄ませ、
かみさんの気持ちに想いを馳せよう。

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