いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2016年02月

寂しいなぁ…
独りぼっちだから寂しいのかな?
どうもそうではなさそうだ。

だって、かみさんと出会う前には、
独りぼっちだった時期もあるけど、その頃は寂しいなんて思うこともなかったもんな…
独りぼっちでも、それなりに楽しんでいたし、退屈したこともなかったし、全然寂しくなかったもんな…

今の俺も独りぼっち。
大学時代の一時期と同様、独りぼっちだ。

あの頃は寂しくなかったのに、今は寂しくて気が狂いそうだ。

たぶん、寂しいのは、独りぼっちだからじゃないんだな…

独りぼっちには慣れているはずなんだ。



俺が寂しいのは、
かみさんがいないからだ。
俺が寂しいのは、
かみさんが死んじゃったからだ。

幸せを知らなかった俺が、
幸せを知ってしまった。
かみさんと出会い、
俺は幸せを知ってしまった。

生まれて初めて人を愛した。
それがかみさんだった。

生まれて初めて人に愛された。
それがかみさんだった。

俺にとって唯一無二の人。
それがかみさんだった。

俺はそんな人を喪ったんだ。

寂しいなぁ…


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平成22年4月26日。
かみさんは癌と診断された。

医師からの宣告の際、かみさんは多少取り乱した。
俺は悲痛な想いを押し隠し、かみさんの手を握ってあげることしかできなかった。
かみさんは俺の手を強く握り返した。

翌日、かみさんは「いつものかみさん」に戻っていた。
かみさんはいつもどおり明るくて、いつもどおりお茶目で、いつもどおり元気で、いつもどおりおしゃべりだった。



癌を宣告されたあと。
かみさんはどんな気持ちだったんだろう。

怖かっただろう。
不安だったろう。
苦しかっただろう。
悲しかっただろう。
悔しかっただろう。

かみさんの気持ちを想像すると、胸が痛む。

もっともっと、かみさんを守ってあげたかった。
かみさんの涙は見たくない。

必ず治ると信じてもらいたかった。
死の恐怖から守ってあげたかった。

かみさんには、いつでも笑顔でいて欲しかった。

だが俺は、
かみさんの涙を見てしまったのだ。
かみさんには、
いつでも笑っていて欲しかったのに、俺は闘病中のかみさんが涙を流すのを見てしまったのだ。

それは平成22年6月3日のことだ。
かみさんと俺は、癌研有明病院5階の庭園のベンチに座っていた。
俺はかみさんの手を握り、何を話すわけでもなく、かみさんと二人、周りの木々を眺めていた。

突然、かみさんが泣きだした。
「プーちゃんを残して死ぬのは嫌だ!」

あの時、かみさんはどんな気持ちだったんだろう。
切なかったろう。
悲しかったろう。
無念だったろう。

抱きしめてあげたい。
守ってあげたい。
俺の中に強い衝動が生まれた。

だが俺にできることと言えば、一緒に泣いてあげることだけだった。



あの時、「大丈夫だよ。容ちゃんが死んじゃったら、俺も一緒に死ぬ」と言ってあげれば良かったと想う。
かみさんと一緒に逝けばよかったと、今なら想う。


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今日227日は、かみさんの月命日だ。
あれから
58か月が経った。

俺は今でも悲しい。
かみさんが亡くなったばかりの頃、「
1年も経てば、悲しみも消えてしまうのだろうな…」と思っていた。
1年後には、自分が悲しみを失っているだろうと想像することは、かみさんがどこか遠くに行ってしまうかのようで、寂しいことでもあった。

だが、その予想は外れた。
俺は、相変わらずだ。
5年以上が経ったのに、今だって悲しい。

号泣することは少なくなったものの、涙腺が緩んでしまったらしく、とても涙もろい。
かみさんの死によって、ポッカリ開いた心の穴は、ふさがる見込みもない。
その穴からはいつだって、とても深い悲しみが湧き出していて、俺の全身の細胞に染み込んでいく。
現実感のない世界を、現実感のない自分の身体が、漂うように生きている。

・・・

かみさんが亡くなってから、俺は毎日欠かさずお供えをしてきた。
月命日には、普段より豪勢にお供えしてあげたいと思い、寿司やうな重などをお供えしたり、かみさんのお位牌と一緒に食事に行ったりして過ごしてきた。
月命日には何をお供えしてあげようか…と考えることは、俺にとって、毎月の重要な儀式だ。

・・・

今月は、かみさんのお位牌を連れて「神谷バー」に行こう。
数週間前からそう決めていた。
一日早いが、昨日の
226日、俺はかみさんのお位牌を連れて、会社帰りに神谷バーに行き、かみさんと二人で食事をした。

神谷バーをご存知の方は少なくないだろう。
明治時代に創業した老舗のバーで、東京都台東区の浅草1丁目1番1号にある。
かみさんは、俺と一緒に神谷バーで食事をしたり、酒を飲んだりするのが好きだった。

最後に二人で行ったのはいつだったろう。
平成
20年か、あるいは21年だったか。
季節は晩秋だったと思うが、それも定かではない。

あのとき、かみさんは本当に楽しそうだった。
二人で食事とおしゃべりを楽しんだあと、一緒に浅草寺の境内や仲見世通りを散歩した。
たまたま近所で祭りをやっていたので、二人で神輿を見に行った。
俺は酔っぱらっていたので早く帰宅したかったのだが、かみさんがあまりにも楽しそうだったので、「もう帰ろうよ」とも言えず、ゆっくりと浅草の街を散歩したことを覚えている。

・・・

かみさんが亡くなったあと、俺は一人で何度も神谷バーを訪れている。
かみさんのお位牌と財布、携帯電話だけを持って、独りぼっちで神谷バーを訪れている。

そのたびに想い出す。
かみさんと一緒の楽しかった時間、幸せだった日々、かみさんの笑顔、かみさんの笑い声を想い出す。

そして泣くんだ。
ひっそりと、誰も見ていないところで、俺はかみさんを想って泣くんだ。


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俺は罪を犯した。
決して購うことのできない大罪を犯してしまった。

俺の背負っている罪。
それは、かみさんを守ってあげられなかったことだ。
この世界で俺が一番大切に想っている人であるにもかかわらず、その人を守ってあげられなかったことだ。

かみさんの病気にもっと早く気づくべきだった。
たとえ末期の進行癌だったとしても、絶対に助けたかったのに、助けてあげられなかった。

そのことに対する罪の意識が、俺の心の奥底に、深く突き刺さっている。
その罪悪感が、俺を蝕んでいる。

・・・

罪悪感は俺の安眠を妨げる。
ごくたまにだが、悪夢を見るのだ。

悪夢を見ているとき、意識は半分覚醒しているせいか、自分がうなされているのが分かる。
そして悪夢は突然終了し、俺は布団から跳ね起きる。
あぶら汗をかき、呼吸は荒い。

その悪夢が現実ではなかったことに安堵するものの、起床した直後の気分は最悪だ。
夢から覚め、それが現実ではないことを認識したにもかかわらず、罪悪感だけは心の中に居座りつづけ、深い鬱へと落ち込んでいく。

苦しくてしかたがない。
自分を破壊したくなったりもする。

だが俺は、その罪悪感を抑圧しようとは思わないし、排除しようとも思わない。
罪悪感を受け入れよう。
自分が大罪を犯した者だということを自覚しよう。

罪悪感とともに生きることは、地獄の業火の中を生きるようなものかもしれないが、それがせめてもの贖罪になれば…と思っている。
容ちゃん、ゴメンね…とつぶやきながら、俺はただひたすら、幕が下りるのを待っている。


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以前、「瞳をとじて」というタイトルでブログを書いた。
今回のタイトルも「瞳をとじて」だが、前回のブログとはニュアンスが大きく異なっている。

・・・

通勤電車の中。
会社での昼休み。
帰宅して風呂に入っているとき。
あるいは自宅で独り、酒を飲んでいるとき。

俺は瞳をとじる。

瞳をとじると、そこにはかみさんがいる。
ぼんやりした意識の中で、俺はかみさんとの想い出に触れる。
なるべくリアルに、かみさんと笑顔で過ごした日々を想い出す。

楽しかったこと、面白かったこと、二人で過ごしてきた何気ない日常の光景、二人で暮らしてきた平穏な日々の風景…

それらの想い出に触れているとき、俺の心はほんのり温かい。
深い哀しみの中に、一条の光を見つけたような感じがする。

それどころか、かみさんが俺の隣にいるような気がする。
かみさんは今でも生きているような気がする。
かみさんが俺の傍にいるような、かみさんが俺に寄り添ってくれているような錯覚に陥る。

その錯覚は心地よい。
温かい。
本当に温かい。

俺は瞳をとじたまま、かみさんに想いを馳せ、自然と微笑を浮かべている自分に気づく。

・・・

あの世があるのか、死後の世界があるのか、それは分からない。
かみさんの魂が今でも生きているかどうかなんて知りようがない。

ただ、俺の中にはかみさんの想い出がある。
かみさんのいない「現在」を受け入れることはできず、「未来」をも否定しているが、俺にはとても温かくて、とても幸せだった「過去」がある。

もはや俺には「過去」しか残されていないことに愕然としつつも、その「過去」は俺にとっての宝物であり、俺の生きる気力の源であり、ほんのわずかに幸せを感じることのできる縁(よすが)なのかもしれない。


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