いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2016年07月

世間は夏休みのシーズンに入った。
街ゆく人々も、どこか浮き足立っていて、周囲の世界は“お祭り気分”で満たされている。
俺はとっくの昔に、そんな世界から排除されてしまった。
俺にはもはや、縁のない“お祭り気分”だ。

ちなみに俺の会社では、
71日から930日までの間に5日間の夏季休暇を取ることができる。
月曜日から金曜日まで休めば、
9日間の連休だ。

かみさんが元気だった頃。
かみさんと俺は、毎年海外旅行に行った。
かみさんは子供の頃から海が大好きだったので、旅行に行く場所はいつもリゾート地だった。

二人で一緒にビーチに座り、海を眺めながら他愛ない会話をしたり、マリンスポーツをしたり、ホテルの周囲を散歩したり、オプショナルツアーに参加したりして旅行を満喫した。

だが、それは過去の想い出だ。
俺と一緒に夏休みを過ごしてくれたかみさんは、もういない。
俺はもう二度と、死ぬまで旅行に行くことなんてないだろう。

ただ蒸し暑いだけの夏。
なんの楽しみも歓びも無い夏。
不快以外の何ものでもない夏だ。

それはそれでしかたがない。
諦めるしかない。
それが俺に与えられた運命だ。

・・・

俺の部下たちが、夏休みの予定を話し合っている。
家族で旅行に行く部下、家族で実家や義実家に遊びに行く部下、家族と一緒に自宅でのんびりと過ごす部下…
予定は人によってさまざまだ。

そんなとき、俺は会話に加わることができない。
話すべきことが何もないからだ。

部下たちも、俺を気遣っているのだろう、「課長はどこかに行くんですか?」、「課長は夏休み、何するんですか?」とは聞いてこない。
もし聞かれたとしても、「かみさんの墓参りに行く…」、「自宅で酒飲んで過ごす…」としか答えられないし、もしも本当にそんな答えをしてしまったら、場の空気を凍らせてしまうのがオチだ。

夏休み、どうやってすごそうか。
義母や義弟たちが、「容子のお位牌も連れて遊びにおいで」とは言ってくれるのだが、無気力なせいか、北海道まで行く気にもなれない。

もういいや。
ひとりぼっちで過ごそう。
かみさんの仏壇の前で、一日中、焼酎でも飲みながら、夏休みをやり過ごそう。

俺にはもはや、夏休みなんて縁がないんだ。
その事実を受け入れよう。
それが俺の運命なんだ。


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先日の71日。
俺の直属の部長が局長(重役)に昇進し、新しい部長がやってきた。

その部長の下には、俺を含めて
7人の課長がいるのだが、そのうち俺だけが部長から呼び出され、面談をすることになった。

ひょっとしたら叱られるんだろうか…とちょっぴり不安になったりもしたが、そうではなかった。
俺を心配してくれていたのだ。

新しい部長は前任者から引き継ぎを受けていたらしい。
俺がかみさんと死別したこと、それ以降、俺が「抑うつ状態」と診断されて、長期間、会社を休職していたこと、現在は職場復帰しているが、いまだ万全な精神状態ではなく、悲嘆や寂しさ、無気力等を抱えていることを知っていた。
新しい部長は俺から直接話を聴くことで、俺の状況を詳細に把握しようとしたらしい。

部長と俺との面談は、部長が俺に質問をする、それに対して俺が答えるという形で進められた。

・・・

生きていれば良いこともあるよ…
面談の最中、部長はそう言った。

なぜそんなことを言われたのか、理由ははっきりとは分からない。
ひょっとすると、俺の発言から何かを感じ取ったのだろうか。

かみさんを喪って、俺が人生に絶望していること、
かみさんの後を追いたいという想いを抱えていること、
そんなことを明確に発言したわけじゃないのだが、俺の言葉の端々から、部長は何かを感じ取り、「生きていれば良いこともあるよ…」なんて言ったのかもしれない。

・・・

俺はこの言葉に、多少の反発を感じた。

かみさんがいないのに。
かみさんが死んじゃったのに。
生きていたって良いことなんかあるわけないじゃないか。

毎朝目覚めるたび、かみさんのいない世界に絶望する。
日中はモチベーションもないのに機械的に仕事をしている。
会社からの帰り道、涙を堪えつつ、かみさんとの幸せだった日々に想いを馳せる。
帰宅したら焼酎を浴びるように飲み、睡眠薬を服用して眠りに就く。
そして朝目覚めたら、また絶望の一日が始まる。
その繰り返しだ。

生きていれば良いこともあるってか?
かみさんが生き返ってくれるとでも言うのか?

かみさんのいない世界。
良いことなんて、何ひとつありはしない。
それは分かり切っている。

だからこそ、早く終わりにしたいんだ。


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それは突然、襲ってくる。
襲ってくるもの、それは「無気力」であり、「カラッポ」だ。
ときおり何の前触れもなく、何のきっかけもなく、心も身体も動かすことができなくなってしまうのだ。
ガソリンが入ってないからエンジンが掛からない自動車みたいだ。
電池が入ってないからスイッチを入れても動かない電化製品みたいだ。

単なるサボり癖じゃないの?と思われてしまいそうだ。
そう思われるのも当然だろう。

だが、サボっちゃえ!という意志?によるものではないし、サボりたいなぁ…という願望?によるものでもない。
心も身体も鉛のように重たくなって、まるで凍りついてしまったかのように、動けなくなってしまうのだ。
意志の力で心身を動かそうと必死になってみるのだが、エネルギーが枯渇して、心は虚しさでいっぱいになり、ほんの少しの身動きをする力も湧いてこないのだ。
いわゆるサボり癖とは、まったく違う感覚だ。

こんな説明をしても、体験したことのない人たちに理解してもらうのは難しかろう。
俺だって、自分が「無気力」に襲われた時の感覚を言葉で伝えることは難しいと感じている。
そもそも俺自身、過去には一度も体験したことのない感覚なのだ。

・・・

会社の臨床心理士によれば、「無気力」は「鬱」の症状のうち、かなりメジャーな症状なのだそうだ。
だからこそ、主治医は抗鬱剤を処方してくれているんだろうが、飲んでもあまり効き目を実感できないのが困ったところだ。
そもそも効果てきめんな薬であれば、「無気力」になんてならないだろう。

薬を飲んだり、自分に暗示を掛けたり、自分を鼓舞したりして、必死で「無気力」に抵抗するのだが、「無気力」の力ははるかに大きい。
俺の必死の抵抗など、まったく効果がない。

・・・

俺は「無気力」が嫌いだ。

食欲が無くなって、飯も食えない。
バルコニーに出てタバコを吸う気力も無い。
風呂に入るのもトイレに行くのも億劫だ。
会社に出勤できなくなってしまう日もある。

そして何よりも、まるで魂の無い抜け殻になったかのような感覚が、とても不快なのだ。

だが俺は、この「無気力」の原因が、「かみさんとの死別」にあるとは考えたくない。
かみさんのせいにしたら、かみさんがかわいそうだ。

かみさんの死とは無関係に、俺は勝手に狂ってしまったんだ。
そう思っている。


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かみさんが亡くなってから数年。
激しくて、身を引き裂かれるような悲しみは、とても大きくて、とても深くて、とても重たい悲しみへと姿を変えていく。
悲しみの質が変化しているのだ。

それにつれて、俺は“鬱(うつ)”が悪化していることを実感している。
一応、心療内科で薬を処方してもらい、抗鬱剤、抗不安剤、睡眠導入剤を飲んではいるのだが、改善の兆候は見られない。

どうせ効かない薬なら、飲んでもしかたがないと、一時期、抗鬱剤と抗不安剤の服用を止めてはみたが、薬を飲まないと症状が悪化することに気づき、仕方がないので最近は毎日服用している。

何をする気力もなく、何事にも関心が持てない。
他人と会話をするのも億劫だ。
性欲などとっくの昔に消滅してしまったし、食欲も空腹感もなく、一日中、何も食べない日もある。
気分はいつでも沈み込んでいて、浮き上がりたいのに浮き上がれず、心も身体も重い。

未来には何の希望もない。
唯一できることと言えば、酒を飲むことと眠ることだけ。

生きていることが面倒くさい。
生きるためにやらなければならないことのすべてが面倒くさい。

鬱の症状の中で最も苦しいのは“虚しさ”だ。
俺はなんで生きているんだろう。
俺はなんのために生きているんだろう。

かみさんのいない世界は空虚だ。
俺に生きる意味、生きる気力、生きがいを与えてくれたかみさんのいない世界。
からっぽだ。

そんな世界を惰性で生きていく。
このクソ面白くもない、くだらない世界を生きていく。
何の楽しみも、何の歓びもない世界を生きていく。
なんて虚しいんだろう。

俺はもう、本当に疲れたんだ。


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ときどき、無性に死にたくなる。
死にたくなるのは、土曜日や日曜日、あるいは祭日に多い。

平日は会社で仕事をしていれば、気が紛れて死にたくなることはない、という意味ではない。
会社にいたって死にたくなることはあるのだが、土日や祭日とは違い、希死念慮を抑圧するのは容易なのだ。
あるいは、電池の入っていない機械のスイッチを入れても機械が動かないように、平日は、エネルギーが枯渇して、死にたいという気持ちさえ湧いてこないことがあるのだ。

だが、土日や祭日はダメだ。
死にたくて、消えたくて、俺は自分の心と身体を持て余す。
自分の心と身体が邪魔だ。
自分の意識が邪魔だ。

自死したいわけじゃない。
そもそも、そんな度胸はない。
あるのは、「無」になってしまいたいという衝動だ。

死にたいのに死ねない、かみさんの後を追いたいのに追えない。
死にたいのに生きている。
すべてを消し去ってしまいたいのに生きている。
これは本当に苦しい。

辛さから逃れるために、あるいは希死念慮を抑えるために、抗鬱剤や抗不安剤を飲む。
だが、衝動は治まらない。
だから俺は睡眠薬を飲み、焼酎を浴びるように飲んで、眠りに落ちる。
死にたい、死にたいとつぶやきながら、眠りに落ちる。

そして、うなされるんだ。
死にたいのに死ねないことが苦しくて、俺はうなされるんだ。

・・・

7月24日の日曜日から7月25日の月曜日にかけて。
俺は夜中に何度も目を覚ました。
そのたびに、俺は強い希死念慮に襲われた。
死にたい。死にたい。死にたい。
胸を掻き毟りながら、俺は自分の死を願った。

なのに死ねないんだ。
死にたいのに死ねない。
これは生き地獄だ。

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