いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2016年10月

平成16年の春のこと。
かみさんと俺は、東京都江戸川区にある「葛西臨海公園」に遊びに行った。

レストランや売店もあり、水上バスの発着場もあり、ジョギングコースも整備され、バーベキュー広場もある、
そんな広大な公園だ。
園内には「葛西臨海水族園」という大きな水族館もある。

我が家からは、「豊洲駅」で東京メトロ・有楽町線に乗り「新木場駅」まで、
その後、JRの京葉線に乗り「葛西臨海公園駅」まで。

それほど時間は掛からない。

・・・

かみさんは本当に楽しそうだった。

様々な植物、園内を走るパークトレイン、広大な芝生。
水族館の中では、巨大な水槽の中を泳ぐマグロの群れやサメの群れ、あるいはペンギンの群れ。

そんな物を見ながら、かみさんは目を輝かせて、はしゃいでいた。
本当に楽しそうだった。

・・・

なぜだろう。
俺はそんなかみさんを見ていると、寂しかった。

楽しいはずの時間、かみさんと過ごす幸せな時間であるにも関わらず、
俺は物悲しい気持ちに取りつかれた。

かみさんが、どこか遠くへ行ってしまうんじゃないか、
そんな感覚だった。

・・・

その時の寂しさ、物悲しさの正体は分からない。

だが思うのだ。
ひょっとしたら、近い将来、かみさんを喪ってしまうかもしれない、
俺はそんなことを無意識に感じていたんだろうか。

そんな訳は無いとは思いつつ、
何事も、かみさんの死と結び付けてしまわざるを得ない自分がいる。

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ふとした瞬間、俺は自分自身の境遇と、身の回りの友人たちとの境遇を比較してしまう。


友人たちは元気だ。笑顔が絶えない。生き生きしている。
それは当然のことだろう。
暖かい家庭・家族と共に幸せに暮らし、仕事も充実している。
俺から見れば、人生において最も大切なもの(家族・家庭)と、二番目に大切なもの(仕事)が揃っている。
みんな人生を謳歌しているのだ。
生きることを楽しんでいるのだ。


周囲を見回しても、俺と同じ境遇の人はいない。
40歳代前半で伴侶を喪った人は、一人もいない。

それはそうだろう。
以前、「0.03%の確率」というタイトルでブログを書いたが、
そこでも触れたとおり、40歳代前半の男性が妻と死別する確率は0.03%。10,000人のうち3人に過ぎない。
俺の身近に伴侶を亡くした人が一人もいないのは、当然のことだ。


仕事に対する充実感、モチベーションを失ったことは、まだいい。
耐え難いのは、かみさんがいなくなったことだ。
俺には、人生において最も大切なもの、暖かい家庭がない、愛する家族がいないということだ。

かみさんが亡くなって、旅行ができなくなった、温泉にも行かなくなった、映画も観に行かなくなった、散歩もしなくなった、そんなことは、どうでもいい。
耐え難いのは、温もりを分かち合える伴侶がいなくなったということだ。


周囲の人々と俺。
その落差に愕然とせざるを得ない。


比べなければいい。それは分かってる。
だが、比べてしまうのだ。
そして、惨めになってしまうのだ。

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親を亡くすことは過去を失うこと 配偶者を亡くすことは現在を失うこと 子どもを亡くすことは未来を失うこと…
大切な家族を喪った体験を持つ人なら、一度くらいは聞いたことがあるフレーズだと思う。

俺が初めてこの言葉を目にしたのは、かみさんが亡くなってから数か月も経っていなかった頃だった。
そのとき俺は、怒りを覚えた。
今でもこの言葉を見るたびに、俺は強い反発を感じる。

たぶん死生学やグリーフ・ケアについて研究している人の言葉なんだろうが、この人は死別の実態をまったく分かっていない。
この言葉の主は、祖父母や両親との死別体験はあるかもしれないが、配偶者や子どもとの死別は経験していないだろう。

実際に体験したことのない人が放つ空虚な言葉。
何も分かっていないのに、机上の研究だけで分かったつもりになっている人の言葉。
体験したことのない人が、さも分かっているかのように発する言葉に反感を覚えるのだ。

配偶者を亡くすことは現在を失うこと?
冗談じゃない。
伴侶を亡くしてしまえば、現在はおろか、未来をも失ってしまうのだ。

・・・

かみさんが亡くなって、俺は未来を失った。
かみさんと一緒に語り合ってきた様々な夢、将来のビジョンはすべて消え失せた。

これからも毎週、二人で散歩をしよう。
二人で一緒に美味しいものをいっぱい食べよう。
バルコニーを花でいっぱいにしよう。
カーテンを買い替えよう。
何年か経ったら、マンションのリフォームをしよう。
これからも毎年、海外旅行に行こう。
将来、俺が重役になったら別荘を買おう。

そして。
これからもずっと、一緒にいよう。

二人で想い描いていた夢は、手の届かないところに行ってしまった。

今は未来のことを考えることができない。
将来、俺は誰にも看取られることなく、孤独に死んで逝くだろうということだけは分かっている。
だが、1年後の自分、5年後の自分、10年後、20年後の自分がまったく想像できない。

かつては豊かな将来の展望があった。
かみさんと一緒に描いてきた夢がたくさんあった。

だが今は、未来を語り合う相手もおらず、未来を想像することもできない。
今日一日をどうやり過ごすか、明日一日をどう逃げ切るか。
俺に考えられるのはそれだけだ。

かみさんと二人で描いてきた将来像、はるかな未来まで続く「線」としての時間は消滅し、今日一日、明日一日という「点」としての時間だけが残された。
もはや未来には、何も残されていないのだ。

・・・

配偶者を亡くすことは現在を失うこと…
机上の研究だけで、そんな結論を出して欲しくない。
配偶者を亡くすということは現在を失うだけじゃない、未来をも失ってしまうということなのだ。

俺に残されたのは、幸せだった過去の記憶だけなのだ。


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昨日1027日の木曜日は、かみさんの月命日だった。
祥月命日(627日)と月命日(毎月の27日)のお供えは、日々のお供えとは趣向を変えてゴージャスに!というのが俺にとって大切な儀式だ。

命日のお供えの仕方はさまざまだ。
寿司屋やうなぎ屋、洋食店(この店のイタリアンは絶品だ)などから出前を取って、かみさんの仏前にお供えすることもある。
あるいは、かみさんの位牌や遺影と一緒に外食をすることもある。

外食をするときは酒を飲まないわけにはいかない。
外食の際に利用するのは、かみさんと俺の行きつけの店が多いのだが、いずれの店も、お酒を飲みながら食事を楽しむタイプの店だからだ。

だが俺は、断酒宣言をしたばかりだ。
今後はかみさんの命日くらい、酒を飲んでもいいかな…とは思っているが、断酒宣言した直後に飲むのも憚られる。
そういうわけで、今回は出前を取って、かみさんの仏前にお供えをすることにした。

しかし、何をお供えしてあげたらいいだろう。
何をお供えしたら、かみさんは喜んでくれるだろう。
寿司やうな重、イタリアンばかりだと、かみさんが「また寿司~?」だとか、「またうな重~?」だとか、「たまには別のモノをお供えしてよ~」とか言ってそうな気がして、俺は悩んでしまった。

ふと想い出したのだが、かみさんは某宅配ピザ屋の「カマンベール・ミルフィーユ・ピザ」が好きだった。
基本的には、かみさんは宅配ピザが好きではないのだが、この「カマンベール・ミルフィーユ・ピザ」だけは好んで食べていた。

俺はピザを注文し、かみさんの仏前にお供えをした。

・・・

月命日。毎月一度、必ずその日はやってくる。
そのたびに、俺は「命日反応」を受け入れざるを得ない。

これまでに何度も「命日反応」を経験してきて気づいたことがある。
それは、「命日反応」にもさまざまな形があるということだ。
その月によって、悲しみや寂しさの質が異なるのだ。

どう異なるの?と聞かれても、言葉で表現するのは難しいのだが…

・・・

昨日の月命日。
まるで、俺の肉体から魂が抜けたような感覚だった。
肉体はここにあるのに、心は肉体の中にはない。
目は見えているのに何も見ていない、耳は聞こえているのに何も聞いていない。
周囲の世界との接点が絶たれ、一日中、放心していた。

身を引き裂かれるような、激しい「悲しみ」は感じない。
だが、静かで深い「哀しみ」が、俺の中を満たしていた。

魂が抜けた肉体には力が入らない。
そのせいか、目は覚めているのに、床から出ることができない。
俺は布団の中で放心し、天井をぼんやりと眺めつつ、ポロポロと涙をこぼした。

号泣したわけじゃない。
ただ、自分の意志とは無関係に、涙がポロポロとこぼれ続けたのだ。

俺は涙を流しつつ、かみさんにお供えをし、線香を手向け、スーツに着替えた。
こぼれる涙を抑え、俺は出勤した。

・・・

仕事中も、目は見えているのに何も見ていない、耳は聞こえているのに何も聞いていない、誰とも会話ができない(管理職のくせに最低な奴だ!と言われるかもしれないが、そういう批判は甘んじて受け入れる)。
静かで深い「哀しみ」に抗うこともできず、ぼんやりと夜になるのを待った。
ただ、無性に涙をこぼしたかった。

帰宅後、前述のとおり、ピザを注文し、かみさんにお供えをした。
かみさんの遺影を見つめつつ、泣いた。

そんなふうにして、月命日が終わった。


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かみさんは、俺を地獄のような人生から救い出してくれた。
かみさんは、人生は楽しいんだよ、世界は美しいんだよと教えてくれた。
かみさんのおかげで、俺は人生を、世界を肯定することができるようになった。

かみさんは、精一杯、俺を愛してくれた。
かみさんは、精一杯、俺の愛情を受けとめてくれた。
世界で一番大切な伴侶との平穏な日々が、どれだけ幸せなのか、かみさんが教えてくれた。

そうだ。
かみさんは、「たったひとつの、俺の光」だったんだ。

・・・

俺はかみさんを喪ってしまった。
俺はたったひとつの光を失ってしまった。

もはや人生に何も望んではいない。
希望もなければ期待もない、歓びもなければ楽しみもない。
未来は真っ暗で真っ黒だ。

死ぬまでの毎日を、ただやり過ごすだけ。
いつ終わるんだろう…、いつになったら楽になれるんだろう…。
ひとり遺された長い時間を想うと、気が遠くなる。
この苦痛な日々が、少しでも早く終わってほしい。

・・・

俺の視線の先に、微かな光が見えるとしたら、それは俺の死後だ。
ひょっとしたら、あの世があるかもしれない。
俺が死んだら、かみさんに再会できるかもしれない。
俺に希望があるとしたら、あの世の存在に期待することだけだ。

だが、なんの証拠も示されていないあの世の存在を確信することは難しい。

・・・

以前、このブログに「あの世はあると信じたい」と書いたとき、スピリチュアリズムの信奉者から、「信じたいのなら信じればいいじゃないですか!」というコメントが書き込まれた。
信じたいのなら信じればいい?
俺はなんの根拠も証拠もないのに信じられるほど単細胞じゃない、なんの証拠もないのに「あの世はあるんだ」と自分に言い聞かせて満足できるはずもない。

俺が求めているのは、「あの世」があるという確証だ。
誰もが反論できないほどに再現性のある証拠だ。
だが、そんなものは決して得られることはないだろう。

あの世はあると信じたいが、あの世があるという確証は得られない。
だとすれば、俺は決して光をみることはないのかもしれない。
やはり、死ぬまでの日々を、苦痛に喘ぎつつ、茫然とやり過ごしていくしかないのだろう。

・・・

かみさんが死んだ。
たったひとつの、俺の光」を失った。

俺はとっくに人生に絶望している。
こんな人生、いらない。

だから一日でも早く、この唾棄すべき余生を終わらせたいのだ。


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