いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2017年03月

かみさんが死んじゃった。
俺の唯一の家族が死んじゃった。
この世でたった一人、俺の愛する人が死んじゃった。
世界で一番大好きで、世界で一番大切な人が死んじゃった。

すごく哀しいんだよ。
とっても淋しいんだよ。
いつだって辛いんだよ。
生きていることが苦しいんだよ。

かみさんの死は、俺のキャパシティを越えているんだ。
俺には抱えきれない。

れなのに、肝硬変にまでなってしまった。
ダルさ、倦怠感、疲労感がハンパじゃない。

とは言っても、肝硬変になったのは自業自得だ。
かみさんが死んじゃったことが哀しくて、かみさんがいないことが淋しくて、生きていることが虚しくて、酒に溺れてしまった。
それは俺自身の責任だ。
その結果としてのダルさは、甘んじて受け入れざるを得ない。

だが、これだけで「いっぱいいっぱい」だ。
かみさんの死と、肝硬変、それだけで「いっぱいいっぱい」だ。

それ以上のものは抱えきれない。
俺をそっとしておいてほしい。

だが、生きている以上、いろんなことが起こってしまうものだ。
また試練が襲ってきた。

もうこれ以上は無理だよ…と誰かに寄りかかりたい。
助けて…と誰かに頼りたい。

でも頼れる人なんていない。
哀しみも、淋しさも、肝硬変による倦怠感や疲労感も、あらゆるモノを抱えたまま、その試練に立ち向かっていかなければならないんだ。

地獄だ。
この世は地獄だ。
耐えられない、生きていることが辛すぎる。

もういいかげん、この地獄から逃げ出したい。
もういいかげん、俺は疲れたんだよ。


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一日に数回、かみさんの仏前に座る。
線香を手向け、かみさんの遺影を見つめる。

だが、仏壇の前で合掌することはめったにない。
理由は分からないが、かみさんの位牌や遺影に向かって手を合わせることに、微かな抵抗を感じるのだ。

かみさんが死んでしまったことを認めたくないからだろうか。
自分でもよく分からない。

・・・

3
28日の午前5時半過ぎ。
いつもの朝の通り、俺は深い「鬱」とともに目覚めた

だが、鬱だけではない。「何か」が俺の中にあった。心の中で、「何か」が蠢いていた。
その「何か」がなんなのか分からないまま、俺はかみさんの仏前に座り、線香を手向けた。

その後、バルコニーに出てタバコを一本吸った。タバコを吸い終わると部屋に戻り、かみさんにお供えをした。
その間ずっと、俺は「何か」の正体を見極めようとしていた。
だが、いくら考えても、その「何か」がなんなのか分からなかった。

出勤する直前、俺は再度、仏壇の前に座った。
かみさんの遺影を見つめているうち、どういうわけか、俺はかみさんに手を合わせたくなった。
普段は手を合わせることを拒んでいるのに、どういうわけか、無性に手を合わせたくなったのだ。
俺は目を閉じて、合掌した。

すると、突然噴き出してきた。
「容ちゃんに会いたい」という強い想いが噴き出してきたのだ。

得体の知れない「何か」の正体、それは「容ちゃんに会いたい」という想いだった。
その想いとともに、涙が溢れてきてしまった。

・・・

かみさんが亡くなって数年。最近は涙を流すことも少なくなった。
ここ1か月くらいは、目が潤む程度のことはあっても、涙がこぼれてしまうことはなかった。
とても哀しいけれど、涙は涸れたのだと思っていた。

それなのに、俺は泣いた。
かみさんに会いたくて、会いたくて、会いたくて、それでも決して会うことはできない。
その哀しくて、淋しい現実が、俺に涙を流させたんだろうか。

哀しかった。切なかった。やるせなかった。
こんなに「会いたい」と想っているのに、決してかなうことのない願いだ。

俺は、心の中でかみさんの名を叫びつつ、溢れる涙を覆い隠し、会社に向かった。


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327日の月曜日、午前6時過ぎに目が覚めた。
目覚めた直後のぼんやりとした意識の中、俺は自分が深い「鬱(うつ)」の中にいることに気づいた。

目覚めた直後に鬱を自覚するのは、今に始まったことではない。
朝目覚めた瞬間だけではなく、昼寝から覚めたときも、夜中に中途覚醒したときも、俺はいつだって、深い鬱を自覚する。
心が闇の中にいる。深い奈落の底にいる。凍えるような淋しさと虚しさの中にいる。

容ちゃんがいない。
それなのに、俺の人生は続いている。
ひとりぼっちの人生が続いている。
楽しくもないし、面白くもない、さみしくて、虚しくて、カラッポの人生だ。

俺はいったい、なんのために生きているんだろう…と考えたくもないのに考えてしまう。

もう終わりにしたい。
鬱から逃れたいのだ。
それができないのなら、人生を締めくくりたいのだ。

だが、いずれもできはしない。

いずれもできずに惰性で生きていく自分を想像すると、気が遠くなる。
あと何年、こんな余生が続くのだろう。

未来は真っ暗で、真っ黒だ。


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あまりにも哀しい。あまりにも淋しい。あまりにも不安だ。あまりにも虚しい。
心がザワついて混乱している。心と身体が震えてる。呼吸が荒い。落ち着かない。身の置き所が無い。

今日(3月27日)が、かみさんの月命日だからだろうか。
どうも違うような気がする。

哀しくて、淋しくて、不安で、虚しい。
まるで、鋭利な刃物で心を切り刻まれているようだ。
まるで、心臓を鷲づかみにされているかのようだ。
心身の中心から噴き出してくる様々な感情が、俺を押し潰す。

そこから這い出したい。
この苦しみから逃れたい。
真っ暗な闇から脱け出したい。

そんなときは、酒を飲むのが一番良い。
事実、肝硬変になるまでは、酒に溺れ、どうにか毎日をやり過ごしてきた。

だが、酒を飲んでしまうわけにもいかない。
飲んでしまえば、肝硬変によるダルさ、脱力感や倦怠感、発熱、皮下出血やこむら返りなどの諸症状が悪化し、余計に苦しい思いをすることになってしまう。
そのことが怖い。
哀しみや虚しさから逃げるための唯一の手段を失ってしまったのだ。

それでも俺は、哀しみから、淋しさから、不安から、虚しさから逃げたい。
自由になりたい。
死んでしまいたい。
希死念慮が強くなっていく。

だが、自死する度胸なんてない。

だったら耐えるしかないんだ。
哀しみも、淋しさも、不安も、虚しさも、すべてを受け容れるしかないんだ。
身体の中に手を突っ込まれて、内臓を掻き毟られているような感覚に震えつつ、そんな自分を肯定するしかないんだ。

・・・

あるがままの自分の心を肯定する。
どんなに苦しかろうと、その苦しみを丸ごと引き受ける。
逃げるのではなく、受け容れる。

その向こう側に、かすかな光が見えてくるかもしれないと期待しつつ、哀しみを、淋しさを、不安を、虚しさを受け容れよう。

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俺の生きづらさの原因の一つに、「人間に対する不信」がある。
この根深い不信感は、両親によって作られたものだろう。

以前にもブログに書いたが、俺の両親は「毒親」だ。

父親はアルコール中毒で、ギャンブル中毒。
何度も借金を重ね、アルコールやギャンブルに溺れていた。借金の返済が遅れ、暴力団組員に脅されたことも一度や二度ではない。
俺の幼少期、父親は酒に酔うたび俺をボコボコに殴りつけた。俺が成長して身体も大きくなると、殴られた俺は父親を殴り返し、家の中は修羅場になった。
そんな父親は、俺が16歳の時に突然死した。

母親はサイコパス。
人としての良心が決定的に欠けている。他者との間でトラブルがあっても決して自分の責任を認めることはなく、罪の意識に苛まれることもない。おそらく、他人に頭を下げたり、罪悪感を覚えたりしたことは、生まれてから一度もないだろう。
言葉の暴力で他人を傷つけることに快感を覚えるような変人で、父親や俺の妹、そして俺を傷つけることが楽しくて仕方がない。
ちなみに、俺は父親と殴りあったことはあったが、父親に殺されそうになったことはない。だが、俺の幼少時、俺は母親から何度か殺されそうになった。
そんな母親だが、たぶん今でも生きているんだろう。

このような両親の元で育ってきた結果、俺と俺の妹は、人間不信に陥ってしまった。

人間不信は、それを持つ者の人生を制約する。
人と触れ合えない、親密な関係が作れない、常に自分が排除されているような感覚を抱いている、他者から拒絶されていると思い込む。
そうやって、自分で自分を傷つけていくのだ。

・・・

大学生の時に家出をし、親との関係を絶った。
そして自らの力で人間関係を再構築していった。

だが、一度根付いた人間不信は、そう簡単に払拭できるものではない。
人と触れ合うこと、親密な関係を作ること、それらができるようになるのには長い時間が掛かった。

親友ができた。
恋人もできた(みんな別れたけど…)。
次第に俺は、他人と親密な関係を築くことに慣れていったが、それでもどこかに「人間に対する不信」があって、俺の行動や感情を制約した。

・・・

かみさんと出会った。
そして、かみさんは俺に教えてくれた。
「そのままでいいんだよ」
「ありのままでいいんだよ」
かみさんが口に出して言ったわけではないのだが、かみさんの存在自体が俺に教えてくれたのだ。

かみさんが俺を包み込んでくれた、あるがままの俺を受け容れてくれた。
そして俺も、かみさんを包み込んだ。
かみさんは笑顔で応えてくれた。
かみさんは俺を拒絶したりしなかった。

かみさんを通して、俺は世界を見た。
俺は誰にも排除されていない、俺は誰からも拒絶されていないことに気づいた。
たとえ誰かに排除されたとしても、かみさんだけは、最後の最後まで俺の味方でいてくれるという確信が、俺を安心させてくれた。

俺は人間不信から自由になっていった。

・・・

2
月の終わりごろから、俺は得体の知れない不安感に脅えている。
この不安から解放されたい、不安から自由になりたい。
俺は自分の内面を見つめ、不安の原因を探った。

すると、俺の心の底に、「他者に対する不信」があることに気づいた。
かみさんのおかげで消滅したと思っていた人間不信は、今でも俺の中に残っていたのだ。
かみさんとの穏やかな日々が消し去ってくれたと思っていた人間不信は、今でも俺の中に根を張っていたのだ。

かみさんとの心地良い日々が忘れさせてくれただけであり、実は「他者に対する不信」は今でも俺を支配していたのだ。

・・・

かみさんの存在は、俺の世界に対する見方を変えてくれた。
かみさんのおかげで俺は知ったはずだ。
俺は誰にも拒絶されていないこと、誰からも排除されていないことを知ったはずだ。

それは、かみさんが残してくれた財産だ。
その財産を大切にしたいと想う。

かみさんがいてくれた頃の安心感。
かみさんが寄り添っていてくれた頃の穏やかさ。

それを今一度、取り戻したい。


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