いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2017年06月

6月27日の火曜日。
かみさんの命日には休暇を取った。

翌28日の水曜日。
俺は気持ちを切り替えて出勤した。

今日からまた、「元気で明るい課長」の仮面を被る。
部下たちの前では決して悲しみを垂れ流さない。
そう心に決めて出社した。

まさか、あんなに「泣きたい一日」
になるなんて思っていなかったのだ。



会社に着くと、
エレベーターホールで部下の一人 (女性) に会った。
彼女は言った。
「課長、昨日は奥さまの命日だったんですよね…」
「何もできなくてすみません…」

優しい言葉だ。
だが、
その言葉を聴いた瞬間、俺の中で何かが崩れた。
俺は「いやいや、
とんでもない」と笑顔で応え、その場を取り繕ったものの、内心はひどく動揺していた。



何がどのように崩れてしまったのかは分からない。
ただ、
限界まで膨らんだ風船のように、いつ破裂してもおかしくない。
涙が噴き出してきそうだ。

だが、
会社で泣くわけにもいかない。
俺は内心の動揺を抑えるため、
いつも以上に仕事に集中し、いつも以上に冗談や戯れごとを言い、いつも以上に明るく元気に振る舞った。

周りの人々から見れば、
普段と変わらない俺だったに違いない。
だが、俺の内部は張りつめていた。

とても悲しかった。
泣きたくて、泣きたくて、泣き叫びたかった。



仕事が終わり、
退社した。
俺は疲れきっていた。
身体はフラフラだ。
呼吸は浅くて速い。

肝硬変による倦怠感もあるんだろうが、
それだけとは思えない。
大きな悲しみを押し潰すには、
相当なエネルギーが消費されるってことなんだろう。

これほどの疲労感にも関わらず、俺の内面は、
依然として張りつめていた。
突っつけば、破裂してしまいそうだ。



重たい身体を引きずって、ようやく帰宅した。
かみさんの仏前に座り、線香を手向けた。
そして、しばしの間、
かみさんの遺影を見つめた。

かみさんと目が合う。
緊張がほぐれていく。

そして、涙がボロボロと零れてきた。


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6月27日の火曜日。
かみさんの祥月命日だった。

かみさんが息を引き取ったのは、午前6時52分。
俺はこの時間の10分ほど前に起床し、かみさんの仏壇の前に座った。

6時52分ジャスト。
俺はかみさんに線香を手向け、「りん」を鳴らした。



毎年の祥月命日。
俺は必ず会社を休む。
そして一日中、
自宅に引きこもる。

何か特別なことをするわけではない。
いつものようにお供えをし、かみさんの写真をぼんやりと眺め、幸せだった頃に想いを馳せるだけだ。
想い出に浸かっていると、
涙が滲んできたりもするが、いつもと変わらない休日にすぎない。

とは言っても、やはり祥月命日だ。
何かが起こるんじゃないかと期待してしまう。

かみさんの気配をリアルに感じられるかもしれない。
かみさんの姿が見えるかもしれない。
かみさんの声が聞こえてくるかもしれない。

そんなことは起こり得ないことを、俺の理性は知っている。
だがせめて、夢の中でかみさんに逢いたい。
なんでもいい。
かみさんを感じたい。

そんな期待を抱いて一日を過ごしたが、
なにも起こるはことはなく、かみさんの命日は終わってしまった。



きっと、期待しすぎたのだろう

その反動が大きい。
期待の大きさに比例して、
落胆も大きいのだ。

また、来年の祥月命日を待つしかない。
期待をしては落胆し、また翌年に期待する。
そんなことを繰り返しているうちに、俺の余生も終わるだろう。

そして、終わりの瞬間にこそ、
かみさんとの再会を果たすことができるかもしれない。

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あれはいつのことだったのか、はっきりとは覚えていない。
たぶん平成20年前後のことだろう。

平日のある日、
俺が会社で仕事をしている間、かみさんは一人で池袋に遊びに出かけた。
当時の池袋には、
デパートの「三越」があり、かみさんはショッピングを楽しんだようだ。

その際、
時計屋に入り、かみさんはフランス製の腕時計を買った。
俺にプレゼントをしてくれようとしたのだ。

かみさんはきっと、「
この腕時計を買ってあげたら、プーちゃんが喜んでくれるだろうなぁ…」なんて考えていたんだろう。
かみさんはきっと、
俺の喜ぶ顔が見たかったんだろう。

それなのに。

俺は喜んであげなかったのだ。
かみさんを傷つけてしまったのかもしれないのだ。



会社から帰宅した俺に、かみさんが箱を差し出した。
記憶にはないが、かみさんは俺の笑顔を期待して、ニコニコしていたんじゃないかと想う。

箱を開けると、
デジタルの腕時計が入っていた。
俺は、「
今どきデジタルの腕時計なんか着けてる奴いないよ~」、「アナログの方が良かったな~」なんて言ってしまったのだ。

かみさんが買ってくれたデジタルウォッチ。
今見てもカッコいい。
おしゃれなデザインだ。
かみさん
はきっと、俺に喜んでほしいと思い、時間を掛けて、時計を選んでくれたのだろう。

それなのに。

俺はなぜ、
あのとき素直に喜んであげなかったんだろう。
俺はなぜ、
かみさんを抱きしめて、「容ちゃん、ありがとう!」と言ってあげなかったんだろう。

かみさんはただ、
俺の喜ぶ姿が見たかっただけなんだ。
かみさんはただ、
俺の笑顔が見たかっただけなんだ。

そんな些細な想いをかなえてあげられなかった。

あのときを振り返り、俺は強い罪悪感を覚えている。


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かみさんの祥月命日がやってきた。
あれから7年。
俺には7年も経ったという実感がない。

1日という時間はとても長い。
毎日を乗り切ることがとても苦しい。
淋しくて、虚しい時間は、
長く感じられるってことなんだろう。

それなのに、
7年という月日はあっという間に過ぎ去ってしまった。
何を生み出すこともなく、何を残すこともない7年間だった。
ただ哀しくて、ただ淋しくて、カラッポの7年間だった。

1日はとても長いのに、7年はあっという間…
矛盾している。

あの日から7年が経ったなんて信じられない。
手を伸ばせば届きそうな、ほんの少し前のこと、そんな感覚だ。

かみさんが息を引き取った瞬間から、
俺の時間の感覚は狂っている。



かみさんが死んでから7年。
俺はいまだ、かみさんの不在に慣れることができない。
心にポッカリ開いてしまった穴が塞がらない。
半身を削ぎ落とされたような感覚が無くならない。

家事をしてくれる人がいなくて困ってるわけじゃない。
ひとりぼっちであることに慣れることができないのだ。

そして何よりも。
かみさんが俺の横にいないこと。
かみさんの笑顔が見られないこと。
かみさんの陽気なおしゃべりが聞こえないこと。
みさんに触れることができないこと。
そんな日々に慣れることができないのだ。

こんなの、
俺の人生じゃない。



何もしてくれなくていい。
ただ俺の横にいて、笑っていてくれるだけでいいんだ。
俺が望んでいるのは、そんな些細なことだけだ。

だが、
些細であるにも関わらず、その望みは絶対に叶わない。



また新しい1年が始まった。
哀しくたって、淋しくたって、
仕方がない。

だがせめて、
それらの感情と共存できるようになりたい。

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かみさんが死んだ。

その瞬間、世界は足下から崩壊し、
俺は深い奈落の底に落ちた。
周囲と俺との間に見えない壁ができた。
すべてが現実感を失い、
スローモーションに見えた。
俺の心の中に、大きな穴が穿たれた。

目の前には、かみさんの遺体があった。
お義母さんは泣きじゃくっていた。
俺は茫然とかみさんを見つめていた。

かみさんは微笑を浮かべ、全身から美しい光を放っているように見えた



医者にとって、
遺体は「物」に過ぎない。
さっさと葬儀会社を呼んで、
さっさと病室を空けて欲しい。
邪魔だから、さっさと「処分」
して欲しい。

悲しむ暇もなく、俺は葬儀会社を呼んだ。
お義母さんと俺には、悲しむためのわずかな時間さえ与えられなかった。



葬儀会社にとっても、遺体は「物」に過ぎない。
かみさんの遺体は、葬儀会社の人の手によって、黒いビニール製の「死体袋」に押し込められ、チャックが閉められた。
まるで、「ゴミ」を処分しているみたいだ。

かみさんが「ゴミ」のように扱われている。
胸が苦しかった。
心が痛かった。



葬儀会社は2台の車を用意していた。
1台にはお義母さんと俺の親族数名が乗り、もう1台にはかみさんと俺が乗せられた。

自宅へ
の道中、俺は「遺体袋」を撫で続けていた。
容ちゃん、
こんな袋に入れられちゃって可哀想だ…そう想ったら、悲しくて、悲しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。



自宅に到着し、「
遺体袋」のチャックが開けられた。
かみさんの遺体は、
葬儀会社の手によって、布団の上に無造作に寝かされた。

その後、
俺の親族が、次々と弔問に訪れた (かみさんの親族のほとんどは、北海道在住のため、弔問に来てくれたのは翌日以降だった) 。
俺の親族たちは、かみさんの遺体に手を合わせ、線香を手向けた。
形ばかりの弔問を済ませると、俺の親族たちは談笑していた。
久しぶりに会ったことが楽しかったのだろう。
かみさんの遺体のすぐ傍で、くだらない話をしながら笑っていた。



医者にとっても、葬儀会社にとっても、俺の親族にとっても、
かみさんの遺体は「物」に過ぎなかった。
俺は悔しかった。
俺は悲しかった。
お義母さんも、俺と同じ気持ちだった。

かみさんの遺体は「物」じゃない。
最愛の人の遺体は「物」
じゃない。
もう動かないけれど、
俺にとっては、これ以上はない大切な「何か」だ。

最愛の人の遺体に対する強い想い。

医者や葬儀会社の連中も、
いずれは伴侶やお子さんを亡くすかもしれない。
そうなれば、
俺の想いを理解できるだろう。

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