いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2017年09月

かみさんが元気だった頃。
俺はコンビニで買い物をする習慣がなかった。

コンビニを利用するのは、たまにタバコを買うときくらいだ。
そのタバコでさえ、通勤途中に駅の売店で買うことが多かった。

そのためコンビニに入るのは、月に1度か2度程度だった。

・・・

かみさんが亡くなってから。
俺はコンビニの常連客になった。

朝食と夕食はコンビニで確保しているし、
酒やタバコもコンビニだ。
なんとなく、
近所のスーパーへ行く気になれないのだ。

自宅の1km圏内には、
俺が知っているだけで6つのスーパーがある。
いずれの店も、
かみさんと俺が一緒に買い物をした想い出の場所だ。

二人で一緒に食材を物色した。
最終的な決定権は、
かみさんが握っていたが、何を食べるか二人で話し合うのは楽しかった。

そんな場所に、独りぼっちで行く勇気はない。
切なくなってしまうだけだ。

そんなわけで、
俺はコンビニの常連になり、店員さんの顔馴染みになった。

・・・

近所のコンビニに「アンパンちゃん」という名の店員さんがいる。
ファーストネームが「アン」で、ラストネームが「パン」だ。
おそらく20歳台前半で、東南アジア系の小柄な可愛らしい女の子だ。

カタコトの日本語を操り
ながら、笑顔で仕事をしている姿がイジらしい。
愛想が良いので、
俺もつい笑顔を返してしまう。

別に下心があるわけじゃない。
アンパンちゃんに会うと、やはり想うのはかみさんのことなのだ。

かみさんと俺との間に娘がいたら…
きっと、
このくらいの年齢だったんだろうな…
そんなふうに想うんだ。

俺たち夫婦は子どもを作らなかった。
かみさんと二人だけで十分に幸せだった。

だが、
かみさんがあんなに早く逝ってしまうなら、
せめてかみさんの遺伝子を遺してあげたかった。
かみさんの生きた証を残してあげたかった。

それができなかったことが悔しいんだ。
それができなかったことが、やるせないんだ。

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9月27日の水曜日。
この日は、かみさんの月命日だった。

俺は朝6時前に起床した。
そして自分の内面を覗き込んだ。

すると、意外に冷静な自分がそこにいた。
どうやら「命日反応」
は影を潜めたらしい…と思っていた。

・・・

冷静だからと言って、
人生を肯定できるようになったわけではないし、世界を受容できるようになったわけでもない。
ちっとも楽しくなんてないし、面白いことなんて何にもない。

人間なんて大っ嫌いだ。
すべてが滅んでしまえばいい。

心の底には、
あらゆるモノを破壊したいという重たい欲望が蠢いている。

・・・

月命日であるにも関わらず、
重たい欲望を抑圧するのは容易だった。
いつもとは違い、
枯渇したエネルギーを無理やり絞り出す必要もなかった。
普段よりも楽に、「立ち直ったフリ」をすることができたのだ。

このまま1日が過ごせたら、俺もようやく「普通の人」
になれるんじゃないか…と感じたりもした。

会社でも、
普通に仕事をすることができた。
大勢の前でプレゼンテーションをしなければならなかったので、普段よりもテンションが高かったのかもしれない。

今日は調子が良いぞ!なんて思ったりもした。

・・・

仕事が終わっ
て帰宅した。
そして、かみさんの仏壇の前に座った。

今日は容ちゃんの月命日だったな…と想った。

すると突然、
涙が零れてきた。
自分がなぜ泣いているのかは分からない。
それなのに、俺はいつまでも咽び泣いていたのだ。

たとえ哀しみを抑圧しても、そこには確かに哀しみがある。
そんな当たり前の事実に気づいた月命日だった。

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かみさんが亡くなったとき、俺はまだ41歳だった。
あのころ俺の周囲 (俺の友人や知人たち) には、誰一人として伴侶と死別した者はいなかった。

あれから7年が経った。
今でも俺の友人や知人、
会社の同僚の中には、伴侶を亡くした人など一人もいない。
俺と同世代の人々はもちろんのこと、俺より10歳以上も年上の人たちの中にも、伴侶を喪った人は一人もいない。

どうやら普通では起こり得ないことが、
俺の身の上に降りかかってしまったようだ。
決して起こるはずのないことが、かみさんに襲い掛かってしまったのだ。

・・・

祖父母が死んだとか、親が亡くなったという人は、
数えきれないほどいる。
それらの人々は、
告別式が終わればケロッとしていて、とても「不幸」があったようには見えない。

親や祖父母を亡くしても、「
足元から世界が崩壊するような衝撃と絶望」を知らずに済むのだろう。
やはり「伴侶を喪うこと」と、「
親や祖父母を亡くすこと」とでは、遺族に与える影響が絶対的に異なるのだ。

・・・

かみさんを亡くしたことで、
俺が得たモノが一つある。
それは、あの「
足元から世界が崩壊するような衝撃と絶望」だ。

かみさんが元気だったころ
、人間には、あれほどの衝撃と絶望があるなんて、俺は知らなかった。
自分を取り巻く世界が崩れ去るような感覚を、
俺は知らなかった。

できることなら、
そんな感覚を知らずに生きていきたかった。
衝撃や絶望を対岸から眺めている大多数の人々のうちの一人でいたかったんだ。

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ラッシュアワーの地下鉄の中。
周囲を見ると、
結婚指輪をはめている人が大勢いる。

ふとした瞬間、
その指輪が俺の視界に入る。
指輪の持ち主は無表情だが、
夢中になってスマホを弄っていたり、本や新聞を読んでいたりする。

その姿には、
生きることへの余裕のようなモノが感じられる。
人生は過酷であり、世界は残忍なんだということを知らないで済む人たちの姿がそこにある。
きっと、みんな幸せなんだろう。

あの人たちと俺との違いは何なんだ?
同じ人間なのに、
この落差はいったい何なんだ?

ごく一部の限られた人間にとって、
世界はあまりにも残酷だ。

・・・

指輪をはめている人を見ると、
俺の胸がズキリと痛む。
一瞬、俺の呼吸が止まる。

まるで心臓を鷲づかみにされるみたいだ。
たぶん俺の表情は、
苦痛に歪んでいるんだろう。

俺の薬指にも結婚指輪がある。
かみさんが一生懸命に選んでくれたデザイン・リングだ。

だが、
他の人々の指輪と、俺の指輪とでは全く意味が違う。
他の人々の指輪は、「今ここにある幸せ」の証だ。
しかし、
俺の指輪は「過去の幸せ」の残滓であり、「失われてしまった幸せ」の象徴だ。

かつては俺にも幸せな日々があったんだ。
かつては俺に
も愛する人がいたんだ。

その人は死んじゃったけど、
俺は今でもその人を愛してる。

そんな想いの象徴が、
俺の薬指で光ってるんだ。

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ここ数週間、俺は堕ちている。
そのことにお気づきの読者の方やメル友さんも多い。

ほんの少しでいいから這い上がりたい、前を向きたい、自分を鼓舞したい。
そう思って、今回の記事を書く。

・・・

このブログに「Walking Tour」の動画を貼り付けるのは何回目になるだろうか。

「何度も貼り付けてんじゃねぇよ!」と言われそうだが
俺はこの動画を「過去のもの」にしたくない。この動画を埋もれさせたくない。
というわけで、再度貼り付けさせてもらった。

俺にとって、この動画はかみさん亡き後の「原点」だ。

かみさんを喪った直後、激しい悲しみにボロボロにされ、「狂っている」としか表現しようのなかった時期に、俺はこの動画を見た。

かみさんが亡くなったのは平成22年6月27日だ。
その半月後くらいの時、俺と同じように最愛の人(ご主人)を亡くした女性から、下記の動画を紹介してもらった。


この動画を初めて視たとき、俺は泣いた。
なにせ、かみさんが亡くなった直後のことだ。
号泣し、慟哭し、嗚咽した。

・・・

この動画は俺の「原点」だ。
この動画に描かれていることを俺は疑っていない。

俺はいずれ死ぬ。
その時、この動画に描かれたような光景を見るだろう。

俺はいずれ、かみさんに会える。
きっと会える。

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