いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2017年11月

11月28日の火曜日。
定時で会社を出た俺は、
普段よりも早めに帰宅することができた。

自宅に入ると、まっすぐ仏壇に向かった。
俺はかみさんに線香を手向け、夜のお供えをした。

スーツを脱いで、シャワーを浴びた。
既に19時半を過ぎていた。

俺は翌朝のお供え物の準備を始めた。
キッチンで米を研いでいた時のことだ。
容ちゃん、
早く帰って来ないかなぁ…と想った。

次の瞬間、俺は愕然とした。
頭を打ちのめされた。

そうだ…
容ちゃんは死んじゃったんだ…

もう二度と逢えないんだ…
いくら待っても容ちゃんは帰ってこないんだ…

悲しみが噴き出してきた。
涙が滲んでしまった。

足元から世界が崩れ去った。
俺は奈落の底に堕ちていった。

・・・

俺の脳は(たぶん)
正常に機能している。
脳の中の理性を司る部分では、
かみさんが死んでしまったことを認識している。
とても哀しいことだけど、
もう二度と容ちゃんに逢えない…という残酷な現実を理解している。

だが、
大脳皮質以外のどこかの部分では、かみさんの死を認めていないらしいのだ。
心の奥底では、
いつか彼女が帰って来てくれると信じているらしいのだ。

自分の意識の及ばない場所で、かみさんとの再会を信じている。
そんな自分の内面に気づいた瞬間、俺は愕然としてしまったのだ。

・・・

今はいないけど、もうしばらく待っていれば、容ちゃんは必ず帰って来てくれる…
自分でも気づかないような心の深層で、
俺は今でも彼女を待っている。

だが、その想いを大脳皮質が否定した。
俺は深層に隠れていた希望を打ち砕かれてしまったのだ。
過酷な現実を再認識してしまったのだ。

現実に向き合った瞬間、俺の
周囲の世界が崩壊した。
頭から血の気が引いた。

そして。
俺は再び絶望したのだ。


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昔かみさんが言っていた。
”ため息”をつくと
幸せが逃げちゃうんだよ…

この言葉を聞いたのが、
いつだったのかは想い出せない。
かみさんと俺とが出逢ったばかりの頃だったような気もするし、二人が入籍した直後だったような記憶もある。
あるいは
今のマンションを買って、引っ越しを済ませたばかりの頃だったのかもしれない。

いずれにしても。
かみさんが俺に、「”ため息”をつくと
幸せが逃げちゃうんだよ…」と言ってくれたことは、はっきりと覚えている。

・・・

”ため息”をつくと
幸せが逃げちゃうんだよ…

この言葉はかみさんのオリジナルではないらしい。
どうやら
昔のテレビドラマのセリフのようだ。

だが、
かみさんの言葉は、俺の中に深くて強い印象を残した。
この言葉を聞いて以来、俺は極力”ため息”を避けるようになったのだ。

会社で仕事をしていれば、イライラすることだって少なくない。
街中や電車の中が混雑していれば、”ため息”のひとつもつきたくなる。
過去のつらい経験を思い出したりすれば、アドレナリンが放出されて、交感神経が刺激されることだってある。

それでも俺は、”ため息”をつかないように努力をした。
その代わり、肩の力を抜いて、腹式呼吸をすることで、自分のストレスを発散する術(すべ)を身に付けた。

・・・

かみさんが亡くなってから数年間。
俺はあまりにも悲しくて、寂しくて、毎日のように号泣していた。
かみさんを守れなかった後悔と罪悪感に打ちのめされて、毎日のように慟哭していた。
泣くことによって、死別に伴うストレスを発散していたのかもしれない。

だが、最愛の人との死別によるストレスは、泣いたところで解消されるものではない。
泣くことによって、一時的に発散されたとしても、その直後には、新たな悲嘆が噴き出してくる。
その悲嘆に押し潰されて、俺は慟哭を繰り返していた。

・・・

あれから数年が経ち、俺は「泣きたいのに泣けない」という状態に陥ってしまった。
涙を流せるのは、せいぜい一週間に数回だけになってしまったのだ。

恥も外聞もかなぐり捨てて、思いっ切り泣いてみたい。
だが、衝動だけが空回りして、涙がまったく出てこない。
俺は悲嘆を発散する手段を失ってしまったらしい。

発散されない悲嘆やストレスは、心身の中に鬱積して澱んでいく。
そのせいだろうか。
俺は最近、やたらと”ため息”をつくようになってしまった。

その事実に気づいたのは、数週間前のことだ。
おそらく数か月くらい前から”ため息”ばっかりついていたんだろうが、つい最近まで意識していなかったのだ。

”ため息”ばかりついている自分に気づいたとき、かみさんの言葉を想い出した。
”ため息”をつくと幸せが逃げちゃうんだよ…

かみさんを亡くしてしまった以上、失いたくないモノは何にも無い。
逃げられたら困るような幸せだって、何にも無い。

だが、かみさんが遺してくれた言葉には、忠実でいたいと想うんだ。
だから俺は、”ため息”をつくのをやめようと想うんだ。


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早朝の情報番組の中で、ある女優さんがインタビューを受けているのを見た。
クリスマスはどうやって過ごしますか?というアナウンサーの質問に対し、女優さんは答えた。
クリスマスは大人も子どもも楽しめるイベントですからね。家族で暖かくして過ごします!」

この言葉が俺の心を抉った。
これから出勤しなければならないのに、
俺の顔は歪んでしまい、目からは涙が滲んでしまった。

・・・

かみさんが元気だった頃。
俺にとってクリスマスは、「暖かい家庭」
の象徴の一つだった。

外は暗くて寒いのに、
家の中は明るくて暖かい。
そんな中、
大好きなかみさんと二人きり。
誰にも邪魔されることなく、
二人は笑顔で、寄り添って過ごした。

かみさんは腕に縒りを掛けて、いつも以上に美味しい料理を作ってくれた。
ケーキを食べながらシャンパンを飲んでいると、会話が弾み、二人で「ドンチャン騒ぎ」をして過ごした。

本当に楽しかった

本当に幸せだった。

あの暖かい時間は、かみさんが俺に与えてくれたものだ。

だが。
あの頃の俺は、こんなクリスマスが今後も毎年続くんだと信じて疑わなかった。
あの幸せな日々が、ある日突然、断たれてしまうなんて思ってもみなかった。

・・・

かみさんが亡くなってから数年。
独りぼっちのクリスマスにも、ようやく慣れてきた…と思っていた。

周囲の浮かれている人々も、賑やかなクリスマス・ソングも、街を彩るイルミネーションも、俺にはまったく関係が無い。
心の中には多少のザワつきもあるが、それを抑圧するのも難しくはない。

何も見なければいい、何も聞かなければいい。
無視をすればいいだけのことだ、俯いて地面を見つめていればいいだけのことだ。

いつものように出勤をして、いつものように仕事をして、いつものようにコンビニ弁当を食って、いつものように睡眠薬を飲んで寝る。
何の起伏もない日常の一日として過ごせばいい。

そう思っていた。

・・・

だが、「家族で暖かくして過ごします!」のひと言が、俺の心を引き裂いた。
そうか…
みんな家族と過ごすんだな…
みんな「暖かい家庭」を持っているんだな…

せっかく目を逸らしていたはずなのに、俺とは無縁の暖かい光景が、ほんの一瞬、俺の視線を横切った。
その瞬間、俺は崩れてしまった。

・・・

先ほどカレンダーを見た。
そして、今年のクリスマス・イヴが日曜日であることに気づいた。

どうやらクリスマスを避けることはできそうにない。
自宅にこもってテレビを見ていても、「クリスマス」という言葉の連呼を聞くことになるだろう。

どうせ避けられないのなら、せめて「暖かい家庭」があるフリでもしてみようか。
ケーキとワインを買い込んで、かみさんにお供えをしてあげようか。
かみさんの仏前に座り、かみさんに語り掛け、二人でクリスマスを過ごしてみようか。

だが、それも切なすぎる。
第三者から見れば、あまりにも陰惨な光景だ。
いくら俺でも、そこまで自虐的ではない。

仕方がない。
とりあえずは大人しくしていよう。
朝から酒を飲み、テレビも点けず、ひっそりと一日をやり過ごそう。

どうせ一過性のイベントだ。
一日だけ我慢をすれば、また起伏のない日常が戻ってくるはずだ


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この記事を書いている今、俺の心は「カラッポ」だ。
時折、そんな精神状態になることがある。

心の中は空虚で、その空洞をジッと眺めている。
何もない真っ暗な空洞を眺め、呆然としつつ蹲る。

喜びもなく、怒りもなく、楽しみもない。
これが「哀しみ」の実態なのかもしれないが、そう言い切る自信もない。
なぜなら「号泣・慟哭」どころか、「むせび泣く」ことさえできないからだ。

やはり「哀しみ」とは別のモノ、「カラッポ」と表現するしかないような気がする。

・・・

以前、このブログにも書いたと思うが、
かみさんが元気だった頃、かみさんと俺は、次のような会話をした。

かみさんが「プーちゃん、私がもし先に死んじゃったらどうする?」と聞いた。
俺は「仕事やる気無くなっちゃって、廃人になっちゃうかもね」と応えた。

すると、かみさんは「嘘だね。私が死んじゃっても、プーちゃんは仕事をバリバリやって、どんどん出世すると思うな」と言った。
これに対し、俺は応えた。「そんなこと、あるわけないじゃん!」

「カラッポ」になったとき、俺はこの会話を想い出す。

かみさんとの会話のとおり、俺は「廃人」になってしまったのだな…と感じる。
「カラッポ」になった自分を表現するとしたら、「廃人」という言葉以外、思いつかないのだ。

・・・

別に廃人でも構わない。
他人に「あいつは廃人だな」と思われたって構わない。

ただ、疎ましいのだ。
廃人だと思われることが疎ましいのではない。
自分の心と身体が現存しているという事実が疎ましいのだ。

「カラッポ」のとき、心と身体がとてつもなく重たい。
「カラッポ」になってしまったとき、唯一感じることができるのは、心と身体の重さだ。
「カラッポ」のはずなのに、重力の疎ましさだけは感じるのだ。

・・・

重力の疎ましさを感じたとき、希死念慮がひょっこりと顔を出す。
あまりの疎ましさに、自分の肉体や精神を破壊したい衝動に駆られる。

今ここから逃げ出したい。
今ここではないどこかへ逃げ出したい。
そういう衝動に駆られる。

・・・

「哀しみ」の方が、「カラッポ」よりマシかもしれない。
「哀しみ」に振り回されて、泣きじゃくっているときの方が、はるかにマシかもしれない。

「カラッポ」になったとき、すべてを消去したくなる。
だが、そんなことができるはずもなく、出口のない苦しみの中でもがくことしかできないのだ。

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11月23日の木曜日。
この日は「勤労感謝の日」で祭日だった。

早朝5時半に目が覚めて、早速かみさんにお供えをした。
しばしの間、仏壇の前に蹲り、かみさんの気配を探し求めていた。
だが、それも徒労に終わってしまった。

諦めた俺は、洗濯と軽い掃除、ゴミの廃棄をした。
最低限の家事を終えると、後は
やるべきことが何にも無い。
やりたいことも何にも無い。

しばらく本を読んで時間を潰していたが、独りぼっちの俺にとって、時間の経過は遅すぎる。
空虚な時間を過ごしていると、次第に「
あの不安感」が沸き上がってくる。
心が崩れていく。
アイデンティティが溶けていく。

とうとう俺は耐えられなくなって、近所のコンビニにウィスキーを買いに行った。
酒をチビチビ飲みながら本を読む。
酔いが回ってきたらしく、
読書に集中できない。
いつしか意識は朦朧として、
俺は眠りに落ちてしまった。

数時間ほど眠ったが、目覚めた後も
あの不安感」が残っていた。
しかも、それは次第に大きくなっていく。
あまりの苦痛に煩悶し、自分の身体を掻き毟り、心の中で叫んだ。

もう耐えられない。
俺は再度コンビニに行き、ウィスキーを買った。

・・・

ビールのような軽い酒とは訳が違う。
1日だけでウィスキーを400mlも飲んでしまった。
さすがに飲み過ぎだ。

翌日になっても身体がダルい。
肝硬変に特有の激しい倦怠感だ。
俺は全身を引きずって、フラフラになりながら出勤した。

・・・

肝硬変に伴う倦怠感や疲労感は、「肉体的な苦痛」だ。
一方「あの不安感」は、「精神的な苦痛」だ。

もしも「精神的な苦痛」から逃れようとするならば、酒を飲めばいいのだが、その時は「肉体的な苦痛」に襲われてしまう。
逆に、肝硬変という「肉体的な苦痛」を避けたいのなら、酒を断ち、「精神的な苦痛」を甘受しなければならない。

両方の苦痛を同時に抑えることは不可能だ。
俺は「肉体的な苦痛」か「精神的な苦痛」かの、いずれかを甘んじて受け入れなければならないのだ。

・・・

そんなことで真剣に悩んでいるのはバカバカしい。
くだらないことに振り回されている自分が情けない。

こんなはずじゃなかった。
俺の人生は、かみさんという「光」に満たされていたはずなんだ。

それなのに。
こんな人生、まっぴらだ。

希死念慮が肥大する。
死にたくて、死にたくて、
死にたくなる。

かみさんがいてくれた頃が懐かしい。
かみさんがいた頃に還りたい。
あの幸せで、穏やかで、笑顔に満ち溢れた日々に還りたい。

だが、その想いは決して叶わない。

だとすれば、俺は「選択」をしなければならないのだろう。

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