いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2018年04月

愛し合う二人の人間。
愛し合う二つの魂。

それぞれの魂は、この世の別の場所に生まれ落ち、たまたま置かれた家庭の中で、愛されたり、愛されなかったりして、時を過ごしてきた。

生まれ落ちてから数十年の時を経て、その二つの魂が出逢った。
出逢ったのは、偶然なのか、それとも運命なのかは分からない。

いずれの魂も、もう一方の魂を求めた。
同時に、もう一方の魂に求められることが、この上なく嬉しかった。
この世に生を受けてから、相手の魂に出会えたことほど嬉しいことはなかった。

二つの魂は惹かれ合い、支え合い、慈しみ合い、寄り添って生きてきた。
時には傷つけ合うこともあったりしたが、一方の魂は、もう一方の気持ちが分かりすぎるほど分かってしまい、相手の幸せのためなら、相手の笑顔を守るためなら、自分が擦り減ってもかまわないと想って生きてきた。

そうして次第に二つの魂は、混ざり合い、溶け合って、一つになっていった。
それはそれで、幸せな関係だ。

だが、そんな関係になってしまった場合、一方が死んでしまうと、もう一方も自分の半分を失ってしまう。
死んでしまった人の魂は、その人自身の魂と、遺される者の魂とで作られているからだ。

かみさんの魂の半分は、俺が持って生まれてきた魂だ。
かみさんが亡くなって、かみさんの肉体の中にあった魂は、天国に還った。
その際、かみさんの中にあった俺の魂の半分も、天国に行ってしまった。

死別後の、「自分の半身を削ぎ落とされたような感覚」の原因は、ここにあるのかもしれない。

・・・

こんなふうに考えれば、別の見方もできるのかもしれない。

かみさんの魂と俺の魂とが溶け合って、一つになったのだとすれば、俺の魂は、かみさんの魂の半分と、俺が生来持っていた魂の半分とで作られているということだ。
二人の魂が一つになったのだとすれば、かみさんの半分は、今でも俺の中で生きているということだ。

だが、これは理屈だ。

かみさんの魂が生きていること。
かみさんの魂が俺の中で息づいているということ。

それを「理解する」のではなく、「実感する」ことができれば、きっと俺にも新しい世界が見えてくるんだろう。


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理想の「自分像」というものがある。
それは、
あるべき自分の姿であり、目指してきた自分のあり方であり、本来の自分のようなものだ。

かみさんが元気だった頃。
自分の実際のあり方は、理想の自分と合致していた。
俺はすべてに満足していた。

だが、人間は強欲だ。
俺はさらなる高みを目指した。
そして、
その高みに達するために邁進してきた。

その高みに到達した後、
俺はさらに「上」を目指した。
そして「上」に到達した直後、
かみさんは癌と診断された。

それでも「世界」は、さらに「上」
を目指せと強要してきた。

俺は…
かみさんを救いたかった。
かみさんを守りたかった。
俺にとって一番大切なのは、
かみさんなのだ。

俺は「世界」に反抗し、「世界」と対立し、「
世界」と闘った。

あのとき以来、「世界」と俺との間には、
大きな亀裂が生じてしまった。
そして俺は、
理想としていた自分の姿から離れ始めていった。

だが、
そのことを後悔してはいない。
理想の姿なんかより、
俺にはかみさんの方が大切なんだ。

それなのに、
俺はいまだに理想の自分に縛られているらしい。
未練がましい自分を嗤っている。

そもそも「世界」にとって、
俺は「敵」であり、「反乱者」だ。
本来の自
分に還ろうとしても、「世界」は絶対に俺を赦さない。

・・・

目指してきた自分のあり方と、実際の自分の姿との間には、
大きな齟齬ができてしまった。
でも、それでいいじゃないか…
と思う。

かみさんに寄り添い、かみさんと濃密な時間を過ごし、
かみさんを看取ったんだ。

それでいい。
それだけで十分だ。

かみさんが一番辛いとき、俺はかみさんの横にいることができたのだ。
それだけで、
俺は生まれてきた甲斐があったんだ。
俺の存在にも意味があったんだ。

だから…
現実を受け入れよう。
すべてを諦めよう。

そして俺は、静かに朽ち果てていこう。

もういい。
俺の「人生」は、かみさんの死とともに終わったんだ。


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世間はゴールデンウィークを迎えようとしている。
心なしか、
周囲の空気が軽い。
同じマンションの住人たち、会社の部下たち、
街を歩く人々。
みんなが浮き足だっているように見える。

かみさんが元気だったなら。
かみさんと俺は、
函館あたりに行って、寿司や天ぷらを食べたり、温泉に浸かったりするだろう。
その後、かみさんの実家に遊びに行って、のんびり過ごさせてもらうだろう。

ありふれた家族。
どこにでもいる夫婦。

普通であることが、
どれほど幸せなことだったのか。
かみさんを喪ってから知ったんだ。

・・・

かみさんが亡くなってから。
俺はすっかり世間から取り残されてしまった。
ゴールデンウィークとは関わりが無いし、夏休み、秋の行楽シーズン、クリスマスとも縁がない。

独りぼっちの俺を気遣って、お義母さん(かみさんのお袋さん)が、北海道に遊びにおいで…と電話をくれた。
だが、
ゴールデンウィーク中にも関わらず、仕事をしなければならない日もあって、かみさんの実家に行くこともできやしない。
部下たちのことは休ませるつもりなので、ひとり寂しく仕事をする予定だ。

毎日出勤するわけではないので、
友だちを誘って飲みに行こうか…とも思った。
だが、友だちは皆、家族サービスで忙しい。
当たり前だよね…

一緒に行動する相手はいないので、せめて一人で外出しようか…と考えてみたりもするのだが、街に出れば、周囲は家族づればっかりで、独りぼっちが身に沁みる。

仕方がないので自宅に引きこもる。
だが、
まるで牢獄にいるかのようで、閉塞感や圧迫感に押し潰されてしまいそうだ。

こんな時は、
思いっきり泣ければいい。
仏壇の前で泣き叫び、
抑圧された哀しみを吐き出してしまえばいい。

だが、
かみさんの死から数年が経ち、今の俺は泣きたいときに泣けなくなってしまった。
出口を失った哀しみが、俺の中で暴れている。

痛いんだ。
苦しいんだ。

哀しいんだ。
寂しいんだ。

早くゴールデンウィークが終わってしまえばいい…と思う。
かみさんが元気だった頃、あんなに大好きだったのに、俺はゴールデンウィークが大嫌いだ。

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4月26日。
数年前のこの日、かみさんは癌と診断された

あれから毎年、この時期になると、俺は精神的に不安定になってしまう。
人前では平静を装っているのだが、内心は酷く動揺している。

得体の知れない不安と恐怖。
何とも表現しがたい重苦しい気分。
そして、とても物悲しいのだ。

かみさんの命日(6月27日)
が過ぎ、7月の中旬くらいになれば、この表現しがたい気分も薄らいでいく。
3か月くらいの我慢だが、
その3か月がとても長く感じられる。

・・・

毎年、
同じような感覚に苦しめられてきたが、今年こそは大丈夫だろう…と思っていた。
そんなふうに思った理由は分からない。
たぶん、
根拠なんて何も無い。

いずれにしても、今年は大丈夫だ…
という妙な自信を持っていた。
そして俺は、4月の下旬を迎えた。
ひょっとしたら、26日は無事に過ぎ、数日が経って、「そういえば26日は…」と思い出すんじゃないかとさえ考えていた。

だが、
実際に26日が近づくと、俺は激しい動揺を覚えることになってしまった。

・・・

4月24日の火曜日。
会社で衣笠祥雄さんの死が話題になった。
話題になったと言うよりも、一人の社員が騒いでいただけだ。

その社員はSさん。
俺より7歳年上で、
俺と同じ課長クラスの女性だ(Sさんは数回、このブログに登場している)。

Sさんが俺に近づいて来て、
隣の椅子に座った。
仕事上の相談事かな?と思ったが、
Sさんは衣笠さんの死について語り始めた。

衣笠さん、
死んだんだって!
上行結腸癌だったんだって!
肺にも転移して声が掠れてたんだって!
最期はガリガリに痩せてたんだって!

何故だか知らないが、
Sさんの目は輝いていた。
少し興奮してもいたようだ。

何がそんなに楽しいんだろうか…
俺は無言でSさんの話を聞いていた。
無言だったのは、
平静を保つためだ。

だが、俺の内心は激しく動揺していた。
かみさんの闘病中の様子をリアルに思い出したのだ。

かみさんは苦しまずに逝った。
神々しい笑顔を浮かべて逝った。
痛みはほとんど無かったし、痩せてしまうこともなかった。

だが、
Sさんの話を聞いていると、あの時の恐怖が蘇ってきた。
俺は冷静ではいられなかった。

語り続けるSさんを放置して、
俺は席を外した。

心の動揺は、身体にも現れる。
俺はびっしょりと汗をかき、呼吸は荒くなり、心臓の辺りに強い痛みを感じた。

・・・

4月26
日は、かみさんが癌と診断された日だ。
かみさんを死の恐怖から守るため、すべてを捨てて、かみさんに寄り添うことを決めた日だ。
かみさんと俺との20年間に渡る生活の中で、二人の絆が最も強く結ばれた最初の日だ。

4月26日は特別な日なのだ。
かみさんの命日、
かみさんの誕生日、俺たちの結婚記念日、そして4月26日。

俺自身の誕生日なんて、とっくの昔に忘れたが、俺はたぶん、自分が死ぬまで4月26日を忘れないだろう。

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どうやら俺は、いまだに諦めていないらしい。
諦めたつもりでいたけれど、心の片隅には微かな希望が蹲っている。

明日こそは、
今日よりも良い日になるはずだ。
来週こそは、
今週よりも穏やかな週になるはずだ。

心のどこか奥底で、
俺はそう期待しているみたいだ。

だが、希望は棄てたほうがいい。
光を求めるのは、やめたほうがいい。

それが微かな希望であったとしても、必ず絶望に変わるからだ。
希望が絶望に変わるとき、俺は本当に「絶望」してしまうのだ。

それが微かな光であったとしても、俺はいつでも暗闇を見るからだ。
目の前が真っ暗であることに気づいたとき、俺は消えたくなってしまうのだ。

昨日が過ぎて、
今日になろうとも、何も変わりはしない。
今日が過ぎて、
明日になろうとも、何も変わりはしない。

そんなことは知っていたはずなんだ。

それなのに、俺はいまだに「
何か」にすがろうとしている。
幸せだった日々の痕跡に手を伸ばし、それを掴み取ろうとしている。

もうやめよう。
もう諦めてしまおう。

この先の余生にロクなことは待っていない。
期待すれば落胆するだけだ。

だから俺は。
希望を棄てよう。


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