いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2018年05月

俺はたぶん、とても強い「重力場」の中にいる。
あまりにも強い重力が、俺の身体はおろか、心まで飲み込んでいく。

俺が「重力場」に落ちたのは、
いつだったのだろう。

かみさんが癌であると診断された時か。
かみさんが癌研有明病院から見捨てられた時か。
最期の希望を託して帯津三敬病院に転院したにも関わらず、かみさんが次第に弱っていくのを見ていた時か。

あるいは…
かみさんの心臓が止まった時か。

たぶん、それらのすべてがきっかけだったのだろう。
おそらく俺は、
いくつかの段階を経て、次第に「重力場」の中に引きずり込まれていったのだ。

自分でも気づかないうちに「事象の地平線
を越えてしまったらしい。
いくら足掻いても引き返すことができないのだ。

・・・

身体が重い。
肝硬変のせいでもあるんだろうが、それだけじゃない。

周囲の湿った空気(?)
が俺の身体にまとわりつくのだ。
空気(?)の粘度があまりにも高く、
俺の身体の自由を奪うのだ。

起床も辛い。
重力に逆らって身体を起こし、重力に反発して立ち上がる。
たったそれだけのことが、あまりにも苦痛なのだ。

・・・

心が重い。
唯物論者の言うことを信じれば、
心に質量はないはずだ。
だが、強い「重力場」は、質量のない「
光」でさえ飲み込んでしまう。

どうやら身体だけではなく、質量のない心までが「重
力場」に引きずり込まれてしまったようだ。
浮遊しないのだ。
高揚しないのだ。
慢性的な憂鬱感と希死念慮とが、俺を苛む。

何かを見て、何かを聞くことが苦しい。
何かを感じ、
何かを考えることが苦しい。

そうだ。
五感のすべてが邪魔なのだ。

五感が停止するのは、眠っている間だけだ。
睡眠中だけが救いなのだ。
それなのに、時間はゆっくりと進み、いつまで経っても夜になってはくれない。

哀しくて、寂しくて、退屈で、つまらない時間は、ゆっくりと進む。
一方で、アインシュタインの「一般相対性理論」によれば、強い「重力場」でも、時間の進み方は遅くなると言う。

たぶん俺は、強い「重力場」の中にいて、いつまでも終わらない余生を過ごしていかなければならない。

・・・

かみさんのいない世界。
生きがいのない余生。
俺にとっては意味のない世の中だ。

周囲の人々は、楽しそうに笑っている。
みんな本当に幸せそうだ。

だが俺は、楽しくもなければ、面白くもない。
辛いのだ。苦しいのだ。痛いのだ。
そして重いのだ。

強い「重力場」の中で、ジワジワと、ゆっくり潰れていく。
萎えきった筋肉では、自分自身を支えることができず、心と身体が震えている。

いずれ俺の心身は、重力に押し潰されて、崩れていくのだろう。

一瞬で潰れてしまえば楽だけど、たぶん楽には逝けない。
ジワジワと、ゆっくりと、なぶり殺されるよう潰れていくんだろう。


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俺の同僚の中に、Sさんという人がいる。
俺より7歳年上で、
俺と同じく課長を務める女性だ。

Sさんは悪い人ではない。
この程度の能力で、よく管理職になれたものだなぁ…と不思議に思うことは少なくないが、無邪気で明るい良い人だ。

ただ、無邪気すぎるせいなのか、思慮が浅くて「先」が読めないし、物事の全体像を捉えることができない。
そのため仕事でトラブルを起こすことが非常に多く、いつでも俺と俺の部下たちは、彼女の「尻拭い」をさせられる。

それでも俺は、
Sさんのことが憎めない。
決して悪い人ではない…はずなのだ。

・・

5月28日の月曜日。
俺は自席で資料を読んでいた。
すると、
Sさんが俺に近づいてきた。

話を聴いてもらえます?
と言うSさん。
忙しいから後でね…と応えると、
Sさんは明らかに落胆していた。

仕方がないので話を聴いてやることにした。

・・・

5月26日の土曜日。
Sさんの自宅の傍で火事が起こった。

Sさんは旦那さんを誘って火事の「見物」に出かけた。
本当は娘さんも誘いたかったのだが、娘さんは外出中だった。
せっかく珍しいモノが見られるのに出かけちゃうなんてもったいない…とSさんは呟いていた。

野次馬がたくさんいたそうだ。
何台もの消防車に加え、
パトカーや救急車も集まっていたそうだ。

そして…
燃え盛る住宅の中から、人が救出された。
既に意識は無いように見えた。
救急隊の人たちは、
心臓マッサージを行って、なんとか蘇生させようとしていた。

そこまで見ていて飽きたのだろう。
Sさんと旦那さんは帰宅したそうだ。

話はこれで終わりではない。
5月28日の昼過ぎのこと。
旦那さんからSさんにメールが来たそうだ。
あの心臓マッサージを受けていた人が亡くなったらしいよ!という知らせだった。

・・・

Sさんは楽しそうで、
面白そうに火事の様子を語っていた。
かなり興奮してもいたようだ。

しかし…
そんな話を俺に聞かせてどうするんだろう…

Sさんは、俺が共感してくれるとでも思っていたんだろうか
一緒になって興奮し、面白がってくれると期待していたんだろうか?

くだらないSF映画やアクション映画を観て興奮しているガキと一緒にしないでほしい。
そもそも目の前で人が死にかけていたのに、アンタは何をそんなに楽しんでいるんだ?

そのとき、
Sさんの目が輝いていたことを、俺は見逃さなかった。
やっぱりな…と思った。

この世界には、
人の死を楽しみながら見物している奴らがいるのだ。
自分や自分の家族以外の人の死は、エンターテイメントとして「消費」されてしまうのだ。

Sさんの「無邪気さ」が赦せなかった。
俺はSさんに冷たく言い放った。

亡くなった人がどんなに苦しんだか想像してみな…
遺され
た家族の気持ちも考えてみな…

Sさんが剥き出しにしていた好奇心。
それはかつて、
かみさんと俺に対して周囲から向けられていたモノと同じだった。

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俺には家族がいない。
俺には家庭がない。

実父は俺が16歳のときに死んだ。
実母はいわゆる「毒親」で、
今でも生きている(のかもしれない)が、二度と関わるつもりはない。

子どものいない俺にとって、
かみさんは世界で唯一の家族だったんだ。
かみさんだけが、俺に家庭の温かみを教えてくれたんだ。

かみさんが死んじゃった。
俺は正真正銘の「ひとりぼっち」
になってしまった。

この世界のどこを探しても、俺の家族はいない。
俺は誰にも愛されていないし、誰を愛してもいない。

もはや俺は、人間ではない何物かになってしまった。

・・・

ひとりぼっちは寂しい…なんて言うと、バカにされてしまうこともある。
先日、部下と食事をしているときに、「ひとりぼっちは寂しいよ…」と言ってしまった。
部下はニヤニヤと嗤っていた。

しかし、俺より2歳だけ年下で、
結婚もせず、両親と同居しているような部下にバカにされると釈然としない。
自立していないからだ…なんて言われると、コイツはバカなのか?と思ったりもする。

そもそも何物にも影響を受けない「自立した個人」などというモノは存在しない。

数学の世界で生まれた「構造主義」は、人文・
社会科学の諸分野に影響を与え、自立・独立した個人というものを否定した。
同時に、従来「自立した個人」に見えていたモノは、周囲との関係の網目の中で作られる幻想にすぎないということを明らかにした。

そうだ。
誰も「自立した個人」にはなれない。
誰だって、正真正銘の「
ひとりぼっち」には耐えられないのだ。

伴侶を喪い、「ひとりぼっち」になってしまった人がたくさんいる。
子どもや両親、兄弟やペットがいて、心の支えになってくれるケースもあるんだろうが、それはあくまでも「支え」に過ぎず、伴侶との濃密な関係と代替できるものではないらしい。

伴侶を亡くした者たちは、自らの存立基盤を失ってしまうのだ。
そして、自らのアイデンティティが溶解していくような体験をするだろう。

自分自身が溶けていく、俺は何度もそんな体験をしてきた。
あれは狂気への入り口だ。

その入り口を覗いたとき、人は必死で抵抗を試みる。
俺だって、いつでもそうだった。

だが…
抵抗するのをやめてみたらどうだろうか…と考えてみた。
あえて狂気の中に堕ちていくのだ。

俺が狂ったら、周囲の人たちには迷惑を掛けてしまうかもしれない。
だが、自分自身が救われるのであれば、アイデンティティの溶解に逆らわず、狂気の中に堕ちるのも悪くないような気がしたのだ。


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かみさんが亡くなったばかりの頃。
身を引き裂かれるような喪失感の中、俺は「現実には起こり得ないこと」が起こることを渇望していた。

かみさんを取り戻したかった。
かみさんを生き返らせたかった。
かみさんに逢いたかった。

だが、
死んだ人が生き返ることはない。
それは誰もが知っている現実だ。

当時の俺は壊れていたし、
狂ってもいた。
だが、わずかに機能していた俺の理性は、
かみさんを生き返らせるなんて絶対に不可能だ…という残酷な事実を認識していた。

それでも「願望」は、「理性」を凌駕していた。
かみさんを取り戻したい。
かみさんを生き返らせたい。
不可能だと分かっていても、俺は渇望せざるを得なかったのだ。

心の底から望んでいるのに、その願いは絶対にかなわない。
それが分かっているのに望まざるを得ない。

いっそのこと諦めてしまえたら良かったのかもしれないが、それでも俺は、かみさんを取り戻したかったんだ。

かみさんが亡くなって1年ほどの間。
俺は泣いてばかりいた。

街中を歩いているとき、
あるいは通勤電車の中。
俺はいつでも涙を堪え、目を潤ませていたような記憶がある。

会社にいても同じだった。
心にポッカリ開いてしまった穴に戸惑いつつ、俺は自分に蓋をした。
気を抜けば、涙が零れてしまった。

雨の降る日には、傘で顔を隠し、
泣きながら家路を急いだ。
床に就いてからも涙が止まらず、
朝まで泣き明かしたことも少なくない。

思い出したら苦しくなるが、あのころ俺は、本当に泣いてばかりいたんだ。

・・・

そうして約1年が経った頃。
俺は「死後の世界がある」という思想・考え方に触れた。
いわゆるスピリチュアリズムだ。

元大学教授、現役の医師、その他もろもろの本を貪るように読んだ。

人は死んでも魂は死なない…
自分が死んだら、亡くなった人がお迎えに来てくれる…
そしてまた、一緒になれるんだ…
俺にとっては従来の常識を覆す考え方だった。

こういう考え方をスンナリと受け入れてしまえる人もいる。
だが、俺はそこまで単細胞ではない。

信じたいとは思ってみても、簡単には信用できなかった。
それらの思想・考え方の根拠が示されておらず、結論だけを述べているケースが多かったからだ。
また、根拠があるように見えたとしても、複数の根拠を比較すると、「矛盾だらけじゃん!」と突っ込みを入れたくなる場合が多かったからだ。

だが、それでも俺は、スピリチュアリズムを受け入れようとした。
自分で自分を洗脳しようとしたのだ。
現実の世界を肯定できない者たちが、宗教にすがるのと同じ心理だったのかもしれない。

いくら望んで、いくら喘いだとしても、「この世」では絶対にかみさんに逢えない。
だが、俺が逝く瞬間、かみさんが迎えに来てくれて、また「あの世」で「ひとつ」になれるんだ…

そうでも思わない限り、俺は「やってられなかった」のだ。
かみさんの後を追いたいという気持ちを抑えられなかったのだ。

たとえ一時期であろうと、スピリチュアリズムに触れなかったとしたら、俺はとっくの昔にかみさんの後を追っていたかもしれない。

・・・

まるで「憑き物」が落ちたかのようだ。
最近、スピリチュアリズムには全く興味がなくなった。

上記の元大学教授や現役の医師たちが、馬脚を現したことも大きかっただろう(今ではトンデモ扱いされている)。
また、当初の「矛盾だらけじゃん!」という印象が、確信に変わったことも原因だろう。

今の俺は、「死後の世界」があろうとなかろうと、どちらでもいいと思っている(
ような気がする)。
どちらでもいい…というよりも、スピリチュアリズムでは判断できないと言った方が正確かもしれない。
スピリチュアリズムよりも科学(化学ではない)の方が、より真実に近づけるような気がしているのだ。

もしも「死後の世界」が有ったなら、それは最高に幸せなことだと思う。
だが、死後の再会に望みを託し、現世を早く終わらせたいと願って生きている俺は、既に「終わった人間」だ。

もしも「死後の世界」が無いのであれば…
俺も死んだら「無」になるだけで、かみさんを喪った哀しみも「無」になるだろう。
それはそれで、今よりはるかに楽になれるはずだ。

たぶん俺は、生きることに疲れてしまったんだろう。
だからこそ、「無」になってもいいや…という投げやりな気持ちになっているんだろう。


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毎日が単調だ。
毎日が同じことの繰り返しだ。

朝6時前には起床して、かみさんに線香をあげる。
かみさんの位牌を見つめつつ、俺は深いタメ息をつく。

バルコニーに出てタバコを吸いながら、
憂鬱な1日が始まってしまったことを痛感する。

かみさんに朝のお供えをし、スーツに着替えて出勤する。
最寄りの駅まで歩いている時も、通勤電車に乗っている時も、心が重くて憂鬱だ。

全身の倦怠感もあり、
俺の足取りはとても重い。
あまりにも低いテンションを上げるため、無理やり早足に歩いてみたりもするのだが、気分が明るくなることはない。

会社で仕事をしている間だけ、
俺は明るく元気なフリをする。
本当はとっても憂鬱なのに、
無理やり「元気」を絞りだす。

明るく元気なフリをするのは疲れる。
もともとエネルギーが枯渇しているのに、わずかに残った数滴の水さえ絞りだしてしまわなければならない。
疲労感はハンパじゃない。

仕事が終わって帰路に就く。
会社から解放されたのに、やはり気分は憂鬱だ。

自宅に着いて、
かみさんの仏前に座る。
線香を手向けて夜のお供えをする。
疲れきった身体が震え、呼吸が荒い。

スーツを脱いで、
シャワーを浴びる。
夕飯を食って、歯
を磨く。

これで1日が終わりだ。

毎日が同じことの繰り返しだ。
まるでオアシスの無い砂漠みたいに単調だ。

あまりの単調さに耐えられず、俺は叫びたくなる。

・・・

5月24日の木曜日。
早朝5時40分に目が覚めた。

その瞬間、
俺は怖くなった。
今日1日が、どのように始まって、
どのように経過して、どのように終わるのか、あらかじめ分かっている。
そのことが怖かったのだ。

定年退職するまでの10年以上、毎日、
判で押したように生きていくことになるだろう。
それに気づいた瞬間、俺の全身から血の気が引いた。

何の起伏もない人生。
何の変化もない余生。
面白くもなければ楽しくもない。

くだらない。つまらない。
寂しい。
そして俺は、とっても哀しいんだ。


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