いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2018年10月

10月29日の月曜日の未明。
俺は夢を見ていた。

早朝5時15分に目が覚めた。
夢を見ていたという記憶はあるものの、その内容は覚えていなかった。

だが、目覚めた直後、
俺は自分が深く落ち込んでいることに気づいた。
とても哀しかった。
とても寂しかった。
そして、
深い後悔の念にも取りつかれていた。

この気分には、
直前まで見ていた夢の内容が反映していたのだろう。
忘れてしまった夢でありながら、それは俺の中に深い「影」を落としていたのだ。

その「影」から自由になりたかった。
そのためには、夢の内容をハッキリ思い出さなければならない…と思った。
俺は自分の内面を見つめ、夢の記憶を抉りだそうとした。

すると…
かみさんの闘病中の日々が思い出されてきた。

あまりにも残酷で、
あまりにも悲しい記憶ではある。
だが、
かみさんと俺とのすべてが凝縮し、とても密度の高い、愛おしい日々の記憶でもある。

それなのに…
記憶を辿っているうちに、俺はさらに落ちていった。
俺を捕らえたのは、自分自身に対する疑念であり、罪悪感だった。

果たして俺は、かみさんに対して誠実だったんだろうか。

医師はかみさんの余命を宣告した
だが、
俺はかみさんには伝えなかった。

たとえ余命を告げられたとしても、俺は奇跡が起こることを信じ、奇跡が起こることを祈っていたからだ。
仮に奇跡が望めないとしても、かみさんを死の恐怖から守りたかったからだ。

しかし…
奇跡を祈るということは、現実から目を背け、逃げていただけなのではないだろうか。
それがどんなに過酷であったとしても、俺は現実を直視するべきだったのではないだろうか。

かみさんを死の恐怖から守りたかったと言いながら、現実から目を背け、逃げていただけなのではないだろうか。
死の恐怖に震える彼女を受けとめることを避けたのではないだろうか。

・・

こんなことを考えてしまうのには理由がある。
俺には「
心残り」があるからだ。

かみさんと一緒に暮らした20年間、俺たち夫婦の前には
たくさんの分岐点があった。
その分岐点に差し掛かるたび、
かみさんと俺は、最良の選択をしてきた…つもりだった。

だが、
どこかで選択を間違ってしまったのかもしれない…と思うのだ。
もしも違う選択をしていたら、かみさんと俺は、今だって一緒に笑っていたはずだ…と想うのだ。

なぜ俺は「ここ」
にいて、「あそこ」にはいないのだろう…と考える。
それは、
どこかの分岐点で選択を誤ったからだ。

すべての分岐点は、笑って通り過ぎるような場所ではなかった。
分岐点を通り過ぎるということは、命がけの飛躍だったのだ。

そんな単純なことを、かみさんを喪うまで知らなかった。
知っていれば、もっと違う選択ができただろうと思う。

そのことが「心残り」
であり、かみさんに対する罪の意識になっているのだ。

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かみさんが元気だった頃。
かみさんと俺は、散歩が大好きだった。
かみさんがまだ23歳、俺が21歳のころから、暇さえあれば散歩ばかりしていた。

健康のためだとか、
体力をつけるためだとか、何か積極的な理由があったわけではない。
ただなんとなく、
二人で一緒に歩くのが好きだったのだ。

周囲の風景を眺めつつ、
途中で食事をしたり、デパートで買い物をしたりしながら、好奇心のおもむくままに歩くのが好きだった。
他愛もない会話を楽しみながら、当てもなくブラブラ歩くのが好きだった。
目的地も決めずにのんびりと、二人で寄り添って歩くのが好きだった。

6時間も7時間も散歩をしていると、さすがに疲れ切ってしまう。
疲労感がハンパじゃない。

だが、かみさんも俺も、笑顔だった。
散歩が終わって帰宅すると、かみさんが「疲れたね~」と言い、俺も「疲れたね~」と応じる。

確かに疲れ切っていた。
それにもかかわらず、
かみさんと俺は笑顔だったのだ。

かみさんと一緒に過ごす時間。
それがどんなに疲れるものであったとしても、その疲労感は、心地好いものだった。

・・・

俺は今、毎日仕事に追われている。
肝硬変の影響もあるんだろうが、一日が終わると疲れ切ってしまう。

この疲労感は不快だ。
心地
好くないのだ。

俺の全身に染み込んだ疲労感が、
うっとうしくて仕方がない。

・・・

かみさんがいなくなってから、
俺は「心地好い疲労」を感じたことがない。
かみさんが逝ってから、俺の疲労はいつだって、つらくて、苦痛で、不愉快だ。

かみさんと一緒に暮らしていた頃の、「
心地好い疲労感」。
その疲労感は、笑顔とともに、幸せとともに、
安らぎとともにあった。

あの「心地好い疲労感」が懐かしい。
疲れたね~」なんて言いながら、かみさんと一緒に笑っていた頃が懐かしい。

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かみさんが亡くなってから1年ちょっとの間。
俺はいつでも泣いていた。

自宅にひきこもり、
全身で泣き叫んでいた。
床に就いても眠ることができず、朝が来るまで泣いていた。
会社のトイレに隠れて咽び泣いていた。
会社からの帰り道、
電車の中で涙を溢してしまった。
雨が降っている日には、
傘で顔を隠し、泣きながら家路を急いだ。

かみさんの死から1年4か月が経った頃。
こんな俺だって、「
いつかは涙も涸れるだろう…」と思っていた。

だが、いまだに「
いつか」は訪れない。
俺はいまだに泣いている。

元来、俺は「
泣き虫」ではないはずだ。
平成2年から一緒にいたはずなのに、
かみさんが俺の涙を見たのは、平成22年5月15日が初めてだ。

20年も一緒にいたにも関わらず、
俺はかみさんの前で泣いたことがない。
かみさんの前だけではない。
16歳の時に父親が死んだ時に泣いて以来、俺は一度も泣いたことはなかった。

そんな俺なのに、
かみさんが亡くなってからは涙もろくなってしまった。
今でも突然、涙が噴き出してしまう。

かみさんの仏前で泣いている。
幸せだった頃に想いを馳せて泣いている。
かみさんを守れなかった罪悪感で泣いている。
かみさんの無念を想って泣いている。

そういう時は、
自分がなぜ泣いているのか分かっている。
だが、
訳もなく泣いてしまうことも少なくない。

天井を見上げ、
ボンヤリしていると涙が溢れてくる。
テレビを見ていて涙が出てくる時もある。
シャワーを浴びながら泣きじゃくる時もある。

いずれにしても、
いまだに涙は涸れない。
なんだか分からないが、
俺はいつだって悲しいんだ。

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ときおり想うことがある。
かみさんは寂しかったんじゃないだろう
か。

かみさんは専業主婦だった。
日中、ひとりぼっちだったのだ。

時には友人たちとランチに行っていたが、そんなことは週に一回程
度だった。

基本的にはひとりぼっちで過ごすこと。
それは、とても寂
しいことだったのかもしれない。

だからだろう。
金曜日になると、
かみさんは浮かれていたし、楽しそうだった。
土日が近づいてきた
からだ。

専業主婦にとって、平日と休日との間に区別はないと思う
人もいるだろう。
事実、俺もそう思っていた時期がある。

だが、か
みさんにとって、週末は特別な時間だったようだ。
ひとりぼっちで
はなくなることが嬉しかったんだろう。

・・・

平日の俺は忙しかっ
た。
入社してから最初の2年を除き、忙しい部署ばかりに配属され
て、ほぼ毎日が残業だったからだ。
そのおかげで、
充分以上の収入を得ることができたし、昇進だって速かった。

しかし…
かみさんは、それを喜んでいたのだろうか。
そんな疑問が、ときおり俺の頭をよぎる。

その疑問に対する答えを求め、俺はかつてのか
みさんの表情や、かみさんとの間に交わされた会話を思い出そうとする。
だが、あれから数年が経ってしまったせいか、とこ
ろどころの記憶が抜け落ちている。

そうだ。
もはや、かみさんの気
持ちを確認する術がないのだ。
もはや、かみさんの想いを知ること
はできないのだ。

だから俺は、自分の内面に問い掛ける。

すると…
かみさんは俺の昇進なんか望んでいなかったような気がする。
かみ
さんは贅沢な暮らしなんて望んでいなかったような気がする。

彼女はたぶん、もっと二人の時間が欲しいなぁ…と思っていたような気がするんだ。
もっと二人で一緒にいたいなぁ…と思っていたよ
うな気がするんだ。

だから俺は、自分が「良い旦那」ではなかったよう
な気がする。

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まるで判で押したかのようだ。
毎日、同じことを繰り返している。

朝が来れば目が覚める。
目覚めの爽快感はない。

身体がダルい。
心が重い。

それでも俺は起床して、かみさんに手を合わせる。

バルコニーに出てタバコを吸う。
俺は深いタメ息をつく。

かみさんにお供えをしたら、スーツに着替えて出勤する。

会社に着いたら仕事に忙殺される。
あっという間に時間が経って、キリの良いところで仕事を終える。

俺は帰路に就く。
ウィスキーを買って、自宅に着くと、真っ先に仏壇の前に座り、再びかみさんに手を合わせる。

シャワーを浴びたら飯を食い、歯を磨く。
そして、部屋の灯りをすべて消す。

ほぼ真っ暗な部屋の中、テレビの光だけを頼りにウィスキーを飲む。
ダブルで3杯も飲めば、意識は朦朧としてくる。
泥酔したら、睡眠薬を飲んで床に就く。

眠りに落ちる寸前だけは、解放感を覚えることができる。
この感覚が永久に続けばいいな…と思う。

かりそめの解放感なのかもしれないが、俺が欲しいのは、この解放感だけだ。

・・・

しかし…
朝は再びやってくる。
目覚めた瞬間、あの解放感は消えている。

また同じ1日が始まってしまった。
また同じ1日の繰り返しだ。

変化もないし、起伏もない。
こんな日々が、いつまで続くんだろう…と思うと、気が遠くなる。

10月25日の木曜日の早朝。
バルコニーでタバコを吸っていたときのことだった。

俺はようやく気づいたのだ。
いくら足掻いてみても、俺は決して「外部」に出ることはできないのだと知ったのだ。
自分の意志や努力だけでは、どうしようもないこともあるのだと知ったのだ

ガツンと頭を殴られたような衝撃だった。
この閉塞感がタマラナイ…と思った。
それでも生きなければならないことが恐ろしい…と思った。

だが…
次の瞬間、俺は悟ったのだ。
諦めていないから苦しいことを悟ったのだ。

そうだ。
諦めてしまえばいい。
すべてをあるがままに受け入れてしまえばいい。

どんなに哀しかろうと、どんなに寂しかろうと、すべてを受け入れてしまえばいい。
どんなに苦しかろうと、どんなに辛かろうと、どんなに痛かろうと、すべてを受け入れてしまえばいい。

受け入れることは諦めることだ。
そして、諦めることは絶望することと同義なのかもしれない。

だが、それでいい。
諦めてしまえば楽になる。
絶望してしまえば楽になる…かもしれないと思ったんだ。


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