いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2019年01月

どうせ死ねないのなら、少しは軽やかに生きてみたい…と思っている。
かみさんの後を追えないのなら、せめて心静かに余生を送りたい…と思っている。

苦痛で崩れてしまいそうなのに、それでも「普通の人」として生きること。
それは「やせ我慢」の連続であり、本当に苦しいことなのだ。

これは「生き地獄」だ。

心が思いどおりにならない。
身体も思いどおりにならない。

全身が痛いんだ。
心臓のあたりの違和感がハンパじゃないんだ。
空腹なのに、飯を食う気力も体力もないんだ。

頭の中がモヤモヤしているんだ。
心の真ん中がザワザワしているんだ。
不安とイライラ感とで破裂しそうだなんだ。

光が眩しくて鬱陶しいんだ。
音がうるさくてウザったいんだ。
他人の気配が疎ましいんだ。

少しは心身を鎮めてやりたい…と思う。
だから俺は、自宅に帰るなり酒を飲む。

酔いが回るにつれて、次第に神経の昂りは治まっていく。
しかし、それと反比例するかのように、肉体の苦痛は増していく。

酒を飲もうと飲まなかろうと、生きていることが苦しい…ってことに変わりはないということだ。

・・・

死ななくてもいいや…と思う。
どうせヘタレの俺が死ねるはずもない。

だが、消えたいとは思う。
死ななくてもいいから、意識が消滅してしまえばいい…と思う。

そうすれば、何も見ないで済むし、何も聞かないで済むだろう。
何も思わないで済むし、何も感じないで済むだろう。

たぶん消滅した後にこそ、永遠の安息が待っている。


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1月28日の月曜日。
俺は体調不良で会社を休んでしまった。

風邪を引いたわけではない。
ましてやインフルエンザでもない。

原因は「鬱(うつ)」だ。
鬱なんかで会社を休んだのは、本当に久しぶりだった。

・・・

一昨年の4月以降、俺は会社で「元気な明るい課長さん」を演じてきた。
哀しんでいる表情は誰にも見せないし、心の中に燻っている想いを誰かに語って聞かせることもない。
その振る舞いは功を奏し、俺の部下たちは、誰もが俺を「立ち直った人」だと信じて疑わない。

だが…
自宅でひとりになると、「本当の俺」が姿を見せる。

かみさんの仏前で咽び泣いてしまうこともある。
訳の分からない不安感で、いたたまれなくなってしまうこともある。
ひとりぼっちに耐えられず、酒に溺れてしまうことだってある。

しかし…
誰も「本当の俺」を知らない。

周囲の人々にとって、俺は「普通の人」だ。
心の底には希死念慮が潜んでいる…なんて、誰も気づいていないだろう。

そうだ。
たとえ表向きだけであろうとも、俺は普通に暮らしていけるはずだ。
自宅でひとりぼっちになったとき以外、俺は元気に明るく振る舞うことができるだろう。

だが…
そんな自分の振る舞いに、俺自身が騙されてしまった。
俺自身が自分を「立ち直った人」だと思い込んでしまったらしいのだ。

どうやら普通に暮らしていけそうだ。
もう抗鬱剤も精神安定剤も飲む必要はない。
俺は今年の1月以降、抗鬱剤と精神安定剤の服用を止めてしまった。

当初は薬を止めても影響はなかった。
やっぱり俺は、「抑鬱状態(死別反応)」から立ち直ったんだ…と思っていた。

それなのに…
それは突然やってきた。

1月26日の土曜日のこと。
朝目覚めると、俺は自分が深い鬱状態に落ちていることに気づいた。

飯を食う気力もない。
風呂に入る気力もない。
そもそも身動きすることができない。

これって鬱だよな…とは思った。
だが、それらの症状の原因が、抗鬱剤や精神安定剤の服用を止めたことにあるとは気づかなかった。

その症状は数日間続いた。
結局28日の月曜日は、休暇を取ることになってしまった。

月曜日の夜には薬の服用を再開し、なんとか「かりそめ」の日常を取り戻すことができるようになった。

・・・

突然休暇を取った場合、翌日に出勤すれば、部下たちは俺に休んだ理由を聞く。
課長、昨日はどうしたんですか?

そのとき俺は、答えに窮してしまう。
実はね、俺は鬱なんだよ…とは言えない。
ましてや、かみさんが死んじゃってから、俺はずっと鬱が治ってなくて、今でも心療内科に通ってるんだよ…なんて言えない。

そんなことを言ったとしても、誰も俺を信じないだろう。
だって俺は、「元気な明るい課長さん」を演じてきたのだから。
だって俺は、「立ち直った人」のフリをしてきたのだから。

一昨年の4月から、俺はずっと「普通の人」の仮面を被ってきた。
それは、日常生活を送る上では便利なことだ。
しかし、こんなときには困るのだ。

俺は鬱なんだよ…と言っても誰も信じてはくれない。
またまたぁ~
変な冗談を言わないでくださいよ~と返ってくる。

仕方のないことだとは思う。
だって俺自身が2年近くも「立ち直った人」のフリをしてきたのだから。

だが…
本当のことを誰にも言えないということは、想像していた以上に辛いことなんだな…ということを痛感させられたのだ。


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本来、鬱(うつ)というものは、慢性的で、いつでも気分が塞ぎ込んでいる状態を指すんじゃないかと思う。
眠っている間以外、いつでも気分が落ちている。
それが典型的な鬱なんだろう。

かみさんが亡くなって1か月後。
俺は心療内科で「抑鬱状態(死別反応)」と診断されて、抗鬱剤と精神安定剤、睡眠導入剤を処方された。

だが、当時の俺は、
いつでも鬱状態だったわけではない。
他人の見ている前では確かに鬱状態で、
ろくに会話もできないくらいに塞ぎ込んでいた。
しかし、
誰も見ていないときの俺は、いつでも泣き叫んでいたのだ。

そうだ。
俺は号泣し、慟哭していたのだ。

泣き叫ぶには、
激しい悲しみが必要だ。
感情の激しい起伏があった証なのだ。

そのような状態を「抑鬱」と呼ぶのが正しいんだろうか。
「死別反応」
という表現が間違っているとは思わない。
だが、「鬱」
と呼ぶにはふさわしくないような、あまりにも大きな感情の波があったのだ。

・・・

俺は今、毎日「
明るく元気な課長さん」を演じている。
部下たちは、
俺がいまだに抗鬱剤や精神安定剤を飲んでいると知ったら驚くだろう。

そうだ。
俺は立ち直ったフリができるのだ。
少なくとも、
慢性的な鬱状態ではないのだ。

慢性的な鬱ならば
、演技なんかできるはずがない。

・・・

だが。
鬱は時々やってくる。
何の予兆も前触れもなく、
それは突然襲ってくる。

すると俺は、動けなくなってしまうんだ。

気分はどこまでも落ちていく。
落ちているくせに、
腹の底から不安感が噴き出してくる。

あまりにも不安で、
居たたまれなくなる。
身体は鉛みたいに重たくなって、
身動きする気力もない。

かみさんにお供えをする以外、
何にもできなくなってしまうのだ。

そこから逃避するためには、
酔いつぶれて眠ってしまうしかない。
かみさんのいない現実から目を背け、眠りの中に逃げ込むしかない。
目覚めれば、
また鬱がやってくるかもしれないが、それも酒でごまかすしかない。

俺は酒と眠りで鬱をやりすごし、夜が来るのを待っている。
夜になったら睡眠薬を飲んで寝てしまう。

こんなふうに、俺は「
だましだまし」生きている。
これ以外、突然の鬱に対処する術(
すべ)を知らないのだ。

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自分の心が溶けていく。
自分の肉体が崩れていく。

痛い。苦しい。
つらい。
気が狂いそうだ。

俺は自分の溶解に抗う。
だが、
それさえも苦しい。
むしろ抵抗しないで崩れてしまったほうが楽かもしれない。

寄り添う人はおらず、支え合う人もおらず、触れ合う人もいないんだ。
愛する人はおらず、
守りたい人もおらず、大切な人もいないんだ。

そんな俺だ。
崩れてしまっても構わないはずだ。

だが、
俺は必死で抵抗を繰り返す。
つらくても、苦しくても、
俺は抵抗する。

いったい何のために抵抗するんだろう?
いったい誰のために抗うんだろう?

たぶん誰のためにでもない。
たぶん何のためにでもない。

これは人間の生存本能だ。
俺の中に組み込まれた本能が、俺の想いとは裏腹に、俺を守ろうとするんだ。

そんな本能が疎ましい。
溶けてしまえば楽になれるはずなのに。
崩れてしまえば楽になれるはずなのに。

俺は本能を乗り越えたい。
溶けてしまいたい。
崩れてしまいたい。

俺は消滅してしまいたいんだ。
生きてることが辛いんだ。

死んでしまえば哀しむこともないし、苦しむこともないだろう。

そうだ。
俺は死にたいんだ。
俺はもう疲れたんだ。


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かみさんと一緒に暮らしていた20年間。
俺はかなりの社交的な人間だった。

かみさんの死によって失われてしまったが、あの頃の俺は、いつでも大勢の人たちに囲まれて笑っていた。

毒親に虐待されて育ち、自尊心を破壊され、人付き合いが苦手だったはずなのに、俺もずいぶんと変わったものだなぁ…と関心したりもしたものだ。

これはすべて、かみさんのおかげだ。

かみさんはすべてを受け容れていた。
かみさんは世界を愛していた。

かみさんは物怖じしなかった。
かみさんはサバサバしていた。

かみさんは自信に満ち溢れていた。
かみさんは何事にも前向きだった。

そうだ。
かみさんは無敵だったのだ。

俺の目は、濁ったフィルターで覆われていた。
そんな俺に、かみさんがフィルターを外してみることを勧めてくれた。

俺は自分のフィルターを外してみた。
そして、かみさんの目を通して世界を眺めてみた。
俺はその瞬間、かみさんが見ているものと同じ光景を見たのだ。

俺は思った。
世界はそんなに悪くない…と思った。

その後しばらくが経ち、次第に俺は新たな光景に慣れていった。

俺は思った。
世界はとても美しい…と思ったのだ。

・・・

かみさんのことを一言で表現するのは難しい。

愉快なかみさん、おしゃべりなかみさん、元気なかみさん…
優しいかみさん、気の利くかみさん、包容力のあるかみさん…
甘えん坊のかみさん、妹みたいなかみさん、まるで娘のようなかみさん…

いずれも彼女の「一面」を示しているが、かみさんの「全体像」を表現できる一言は見つからなかった。

しかし…
俺はかみさんのすべてを表すことのできる言葉を見つけたのだ。

1月24日の木曜日。
早朝7時前の地下鉄に乗り、俺は会社に向かっていた。
ボンヤリとしつつ、俺はかみさんに想いを馳せていた。

そしてある瞬間、かみさんのすべてを表現できる言葉を思いついたのだ。
それは「無敵のかみさん」という言葉だった。

そうだ。
俺の最愛の女性は「無敵」だ。
そう想ったら、とっても嬉しかった。

嬉しかった理由は自分でも判然としない。
ひょっとすると、自分の最愛の人が「無敵」であることが誇らしかったのかもしれない。


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