いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2019年03月

かみさんがいなくなってから。
土日や祭日、
俺には会話をする相手がいない。
平日の起床後や帰宅後も同様だ。

かみさんが元気だった頃。
家の中は、あんなにも賑やかだったのに、今では静まり返っている。
心なしか、空気も冷たくて、淀んでいるような気がする。

そんな俺を心配してか、時折お義母さんや義弟くんたちが電話をくれたりもするのだが、それも毎週というわけではない。
俺の方から電話をしてもいいし、実際に電話をすることもあるのだが、あまり甘えすぎるのは良くないと思って控えている。

メル友さんやブロ友さんたちがメールをくれて、それに返信したりもする。
だが、それは「会話」
と呼ぶにふさわしくはないだろう。

誰とも話せない。
そんな時間が続くと、心と身体が潰れていくような感覚に襲われる。
まるで、大きな重力場に落ちてしまったみたいだ。

人間は誰しも独りでは生きられない…
なんて言葉を聞いたことがある。
多分この言葉は、
真実を突いているんだろう。

誰とも会話をしない時間が続く。
すると、
自分が人間ではない「何物か」になっていくような気がする。
人間としての外形が崩れ、自分が溶けていくような気がする。

この感覚に耐えられない。
壊れてしまいそうだ。

・・・

かみさんが亡くなってから「ひとりごと」が増えた。
つぶやく言葉は、いつも同じだ。

還りたいな…

かみさんがいた頃に還りたい…という意味ではない。
そんなことができないことは、俺の理性が知っている。

俺が還りたいのは「魂のふるさと」だ。
死んだら誰もが還っていくはずの場所だ。

そこにはきっと、
かみさんがいる。

還りたいな…という言葉の裏には「死にたいな…」
という気持ちが隠れている。

だが…
その死は決して陰惨なものではない。
安らかで、穏やかで、やわらかさに包まれている。

いずれは俺も死ぬはずだ。

その瞬間。
俺はきっと、「光」を見るんだ


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3月29日の金曜日の未明のこと。
俺は夢を見ていた。

俺の隣には、かみさんがいた。
夢の中のかみさんは、とてもリアルだった。

存在感があった。
質感があった。
体温があった。

かみさんと俺は、顔を見合わせて、二人で一緒に笑っていた。
あんなにも幸せな気持ちになれたのは、本当に久しぶりだった。

・・

俺たち二人は、どこかのマンションの一室にいた。
新しい洗濯機を買いたくて、俺たちは家電量販店(?)から大量の洗濯機を取り寄せた。

一つひとつの洗濯機を「お試し」で使ってみる。
そして、気に入った洗濯機を購入する。
そういうシステムになっているらしい。

ここまで書いて思ったのだが、やはり夢のストーリーというのはムチャクチャだ。
だが、俺が見た夢が、いかに荒唐無稽だったのかを語りたいわけではない。

語りたいのは、俺の全身を満たしてくれた幸福感だ。
たとえ夢であったとしても、かみさんが俺の横で笑っていたことが、俺を大きな幸せで包んでくれたのだ。

・・・

たくさんの洗濯機のうち、どれを買ったらいいんだろうか。
かみさんと俺は、洗濯機を一つずつ使ってみた。
かみさんと俺は水浸しになりながら、「お気に入り」の洗濯機を探し続けた。

なかなか「お気に入り」が見つからない。
だんだんとイライラしてきそうなものだが、俺たち二人は楽しそうに笑っていた。

・・・

しょせんは夢にすぎない…と言われてしまうに違いない。
確かにそのとおりだ。

だが…
たとえ夢の中であろうとも、あの幸福感だけは本物だ。

脳が見せた幻覚にすぎない…と言われてしまうに違いない。
確かにそのとおりだ。

だが…
幻覚の中でしか幸福感を得られない奴だっているんだ。

そうだ。
やっぱり俺は、
かみさんと一緒がいい。


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伴侶もいるし、子どもだっている。
家庭という最も大切なモノを持っている人は、みんなとってもパワフルだ。

俗っぽい欲望をたくさん抱えている。
それを隠そうともしない。

その欲望を満たすためなら、周囲の人々を自分の踏み台にしてしまうことも厭わない。
自分の欲望を満たすのは、大切な家族の幸せのためなんだ…と言われたら、そのとおりかもしれないとは思う。

だが、自らの欲望のために他人を道具にするのは、本来、非難されるべきことなのだ。

・・・

中には人を愛したことのない者もいる。
家庭を大切に想う人々を嘲笑い、見下す者もいる。

家族に対する愛情を知らない。
愛しているのは自分自身だけだ。

自分の欲望さえ満たされればいい。
世界で最も大切な自分のためなら、他人を踏み台にすることも厭わない。
そんな下世話な連中もいるのだ。

肥大化した自己愛と権力への意志を覆い隠し、腹の底では人々を嘲笑っている。
ああいうギラギラした連中が、自分に対する周囲の人々からの迎合と忖度とを求めているのだ。

・・・

道具にされた人々が哭いている。
踏み台にされた人々が啼いている。
利用された人々が泣いている。

俺も「隙だらけ」だ。
俺も「生きる屍」だ。

かみさんが亡くなった瞬間。
俺は確かに死んだんだ。

俺みたいな奴は道具にされて、踏み台にされて、誰かに利用されるだろう。

いや。
すでに俺は、自分のあずかり知らぬところで誰かの餌食にされている。

それが分かっているからこそ…
俺はこんなにも自暴自棄なのだ。

餌食にされたらブチ切れてしまえばいい。
踏み台にされたら自棄(ヤケ)になるのが当然だ。

しかし…
踏み台にすぎない俺にも義務感と責任感が残されてしまっている。

自分のためにはならないことで、俺は自分の心身を擦り減らしている。


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それは確か、「あの日」からだったと記憶している。
かみさんが癌だと診断された日だ。

あの日から、
俺たち夫婦は同じ想いを抱いていた。
自分たち二人だけが、
世間から「取り残されてしまった…」という感覚だ。

空間と時間のいずれもが、かみさんと俺を置き去りにして遠のいていった。

・・・

空間はアナログのようでいて、実はデジタルだ。
滑らかなようでいて、実は所々に境界線があるのだ。

かみさんが癌だと診断されたとき、俺たち夫婦は境界線の向こう側に排除されてしまった。

怖かった。
悲しかった。
寂しかった。

だが、かみさんと俺は一緒だった。
排除されてしまったけれど、かみさんには俺がいて、俺にはかみさんがいてくれた。

想う相手がいた。
支えなければならない相手がいた。

相手に対する想いが、
生きる力を与えてくれた。

・・・

時間は過去から未来へと勝手に流れていく。
そこに違和感を覚えたことはなかった。
かみさんも俺も、
流れに乗っていたからだ。

だが、
かみさんが癌だと診断された瞬間から、俺たち夫婦は時間の流れに取り残されてしまった。

世間では、
普通に時間が流れている。
それなのに、
かみさんと俺の時間だけが静止してしまった。

怖かった。
悲しかった。
寂しかった。

それでも俺たちは、笑顔を忘れなかった。
今ここに、かみさんがいる。

未来を想像すれば絶望せざるを得ない。
だが、「今ここ」
にはかみさんがいる。

それがどれほど幸せなことなのか。
俺はその幸せを噛みしめつつ、かみさんと一緒にいられる一瞬一瞬を愛おしんだ。

・・・

かみさんが死んだ。
俺たち夫婦の闘いは終わった。

それでも俺は、
いまだに取り残されている。
空間は遠ざかり、
時間には乗り遅れてしまった。

この「取り残された」
ような感覚が気持ち悪いのだ。

怖いのだ。
悲しいのだ。
寂しいのだ。

ひとりぼっちで取り残されるのは、本当に辛い。

だからこそ想うのだ。
一緒に死ねば良かったな…と想うのだ。
  

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ワーク・ライフ・バランスという言葉が流行しているらしい。
仕事も私生活も大切にしましょう…という思想の表れなんだろう。

かみさんが元気だったころ。
まだワーク・ライフ・バランスなんて言葉は無かった。

だが、俺は「ワーク」と「ライフ」のバランスには相当に気を配ってきたつもりだ。
残業の多い部署ばかりに配属されてはいたが、休める日には、かみさんの声に耳を傾けて、かみさんの望みどおりの休日を過ごし、家族サービスに努めてきたつもりだ。

会社に入って3年目のこと。
俺は当時の上司に宣言したことがある。

俺は「仕事」のために「休む」のではない。
かみさんと楽しい「休日」を過ごすために稼がなきゃならないから「仕事」を頑張るんだ。
俺の中の優先順位は、「仕事」なんかより「私生活」のほうが上なんだ。

そのとき上司から言われた。

将来、管理職を目指すなら、「私生活」よりも「仕事」を優先しろ。

それでも俺は、かみさんと過ごす「休日」を大切にしてきた。
キツい「平日」を乗り越えるには、「週末」までガマンすればいい…と自分に言い聞かせる必要があった。
しんどい「平日」を乗り切るためには、「週末」までの我慢だからね…というかみさんの言葉が必要だった。

そうだ。
俺が耐えてこられたのは、かみさんとの楽しい「休日」があったからだ。

・・・

かみさんが亡くなって数年後。
ときおりワーク・ライフ・バランスだとか、「働き方改革」という言葉を耳にするようになった。
政府や企業がどれほど本気なのかは知らないが、スローガンとしては悪くない。

しかし…
かみさんのいない俺にとって、ワーク・ライフ・バランスとは何なんだ?
たった一人の家族を亡くした俺にとって、ワーク・ライフ・バランスとは何なんだ?

かつてはかみさんがいた。
だからこそ、どんなに「平日」が辛くても、「休日」までのガマンだ…と思って堪えてきた。
大きな山を越えたなら、そこには平坦な道が広がっていると思って耐えてきた。

だが今は…
いったい何を糧に「毎日」を乗り越えたらいいんだろう。

俺には何もない。
何にもないんだ。

大きな山を越えたと思っても、その先にはさらに大きな山が控えている。
これではいくら何でもキツすぎる。

かみさんのいない今。
俺は「毎日」が辛くてタマラナイのだ。


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