いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2019年04月

この世で一番大事なのは自分自身だ…という奴らがいる。
俺はそんな奴らが大っ嫌いだ。


だが、
そういう連中は少数派なんじゃないだろうか。
たいていの人々は、
自分自身よりも大切な「何か」を持っている。

その「何か」とは、
伴侶であったり、子どもであったりするのだろう。

自分の命を賭してでも守りたいものがある。
この世界の中に、
自分自身を投げ出してでも守りたい人がいる。

人間にとって、
こんなに幸せなことはない。

・・・

かみさんが元気だった頃。
俺の一番大切なものは、かみさんだった。

だが、
かみさんは死んでしまった。
俺は自分の一番大事なものを「
喪った」のだ。

今の俺にとって、最も大切なものは何だろうか。
オマエの一番大事なものは何だ?と聞かれたら、俺はどう答えるんだろうか。

迷うまでもない。
かみさんだ、
と答えるだろう。

そうだ。
俺にとって、
かみさんは今でも世界で一番大切な人だ。
この世に存在する誰よりも、かみさんの方が大事なんだ。

かみさんの尊厳、もしくは俺のかみさんへの想い。
それらと「
この世」の誰かの命とを天秤にかけたとしたら、俺は躊躇なく、かみさんの尊厳を選ぶ。
どちらか一方を選択しなければならないとしたら、俺は間違いなく、かみさんへの想いを選ぶ。

そうだ。
俺にも大切なものがある。

すべてを奪われて、
崩れてしまった俺だけど、それでも守りたいものがあるんだ。
大切に想っているものがあるんだ。

そうだ。
俺はかみさんを「
喪った」。
だが俺は、かみさんを「失った」わけではないのだ。

俺にも大切なものがある。
俺にも愛する人がいる。

その人は死んじゃったけど、俺が大事に想っていることに変わりはない。

そんなふうに想うことのできる人がいる。
それはとても幸せなことなのかもしれない。

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毎日、自分の余生に思いを馳せる。
俺の未来がどんなものになるのかを想像する。

本来、「未来」という言葉は、希望に満ちている。
だが、俺の未来は、「未来」と呼べるような明るいものではないし、希望なんて欠片もない。
ここでいう「俺の未来」というのは、単に、俺が死ぬまでの時間という程度の意味だ。

俺の未来は、かみさんのいない余生であり、独りぼっちの余生だ。

楽しい余生ではないだろう。
面白くも嬉しくもない、唾棄すべき余生が待っているだろう。

そんな未来を想像すると、ウンザリしてしまう。
いったい俺は、何のために生きているんだろう...という疑問に囚われてしまう。

結論は単純だ。
死ねないから生きているにすぎない。

面白くもないし、楽しくもないし、嬉しくもない。
希望もなければ、目標もない。
そんな余生しか待っていないことを、あらかじめ知ってしまっているのも辛いことだ。

だから...
早く幕を閉じよう。
そして全てを終わりにしよう。

その先には、ようやく「未来」と呼ぶべきものが見えてくるはずだ。

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かみさんが亡くなってから。
俺はずっと「ひとりぼっち」で暮らしてきた。

年に数回、義母や2人の義弟たちに会える以外、俺には共に過ごすことのできる家族がいない。
休日なんて、一日中、誰とも話すことはできず、声を発する機会もない。

面白くもない、クソみたいな毎日だ。

だが、面白くもない…なんて感じるようになったのは、ごく最近(2年前くらい)のことだ。
クソみたいな毎日だ…なんて思えるようになったのは、多少の余裕が生まれてきたからなのかもしれない。

かみさんが亡くなってから当初の数年間。
俺には余裕が全くなかった。

あまりにも悲しかった。
心に大きな空洞が開いてしまった。
身体の半分をザックリと裂かれてしまったようだった。

哭いてばかりいた
叫んでばかりいた。
時には呆然としていた。

面白くもない…なんて感じている余裕はなかったのだ。

しかし、今の俺は「面白くもない、クソみたいな毎日だ」と感じながら生きている。
そんな自分に気づくとき、枯渇していたはずのエネルギーが、多少は戻ってきたのかもしれない…と思う。

・・・

俺は未来に想いを馳せる。
この面白くもない、クソみたいな毎日は、いったいいつまで続くんだろうか。

俺の人生は、すでに晩年に差し掛かっていると言っていい。
平均寿命まで生きたとしても、あと30年程度に過ぎない。
30年しかないのなら、耐え抜くことができるかもしれない…と思う

だが、次の瞬間、俺は冷静になる。

俺はかみさんと20年間、一緒に暮らしてきた。
たったの20年だ。
それより10年以上も長いのか…


長すぎるのだ。
あまりにも長すぎるのだ。

そして…
残りの30年間を想像し、気が遠くなってしまうのだ。


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現在4月26日の午前6時37分。
この記事を通勤電車の中で書いている。
定時で退社して羽田空港に向かい、かみさんの実家(北海道)に行く予定だ。

この記事がアップされる27日の午前0時。
先日のように飛行機が欠航にならないかぎり、俺は札幌の空の下にいるだろう。

かみさんの生前。
俺たち夫婦は、毎年のゴールデンウィークをかみさんの実家で過ごしてきた。

かみさんと俺、義母や2人の義弟たちとで他愛のない会話に興じた。
みんなで温泉に行ったり、北海道のグルメを満喫したりした。
かみさんと二人で知らない街を散策した。

本当に幸せだった。

・・・

清々しい空気の中。
かみさんと並んで北海道の街を歩いた。

あの空気が忘れられない。
あのときの穏やかで、静かな幸福感が忘れられない。

何か特別なことをしていたわけではない。
涼しくて、適度に乾燥した気持ちの良い空気の中を、かみさんと一緒にブラブラと歩いていただけだ。

んな他愛のないことだけど、あの日々は、かみさんと俺との幸せの象徴なのだ。
あの記憶の中に、かみさんと俺との20年間の幸せが凝縮しているような気がするのだ。

・・・

今年のゴールデンウィークは10連休。
俺は自宅にこもり、ウィスキーでも飲みながら、仕事をして過ごすつもりだった。
だが、3月の終わりごろ、義母や義弟たちが熱心に誘ってくれたので、俺は北海道に行くことにした。

北海道に行って周囲を見渡せば、幸せだったころの痕跡が目に入ることもあるだろう。
しかし、あの幸福感が俺を満たしてくれることはない。

それらの痕跡は、失われた日々の残滓にすぎない。
俺の中の喪失感を刺激するだけなのだ。

ひとりぼっちで10日間を過ごすよりはマシだろう。
しかし、わざわざ切なくなるためだけに北海道に行くような気がして、自分が滑稽に見えてしまうのだ。


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今日は平成31年の4月26日だ。
4月26日は、かみさんが癌だと診断された日だ。

あの日以来、4月26日は、俺にとって決して忘れることのできない日付になった。
それはそうだろう。
かみさんと俺が、地獄の井戸の底を覗いた日なのだ。

毎年4月26日には、フラッシュバックに苦しめられる。
かみさんが亡くなってから、この日を迎えるたびに、血の気が引くような感覚に襲われる。
あの日のことが鮮明に思い出され、俺は震えてしまうのだ。

・・・

あの日、俺は恐怖と不安に打ちのめされた。
頭をガツンとぶん殴られたような衝撃を受けた。

かみさんを喪ってしまうかもしれない。
俺の最愛の人が死んでしまうかもしれない。
たった一人の家族を亡くしてしまうかもしれない。
あと数ヵ月後には、かみさんはこの世にいないかもしれない。

まだ確定診断が出されたわけでもないのに、最悪の事態ばかりが頭を掠める。
気が狂いそうだった。
あの時、既に「予期悲嘆」が始まっていたのだろう。

生まれてから、あれほどの恐怖と不安を味わったことは一度もない。
その後の闘病生活において、それ以上の恐怖と不安に襲われることになるのだが…

・・・

だが俺は、自分の恐怖や不安を抑圧しなければならない。
俺が動揺していたら、かみさんを不安にさせてしまう。

俺がかみさんを守ってあげなくてはならない。
俺がかみさんを抱きしめてあげなくてはならない。
大丈夫。俺がついてるから…と伝えてあげなくてはならない。

俺がかみさんを守るんだ。
俺は自分の心に鞭を打ち、恐怖と不安を抑圧した。

だが、「隠した」だけであって、「消した」わけではない。
時折、恐怖と不安が顔を出そうとする。
それでも俺は、必死で抑圧し続けた。

・・・

ひとつ、今でも気掛かりなことがある。

あの日、かみさんはどんな想いだったのだろう。
自分が癌だと診断されて、かみさんはどんな気持ちだったのだろう。

あの日、かみさんは気丈に振舞っていた。
まるで何事も無かったかのように、テレビのバラエティ番組を視て笑っていた。

だが、かみさんの内心が穏やかだったはずはないと思うのだ。
きっと怖かっただろう。きっと不安だっただろう。

かみさんがそんな想いをしていたと思うと、胸が痛い。
かみさんの気持ちを想像するだけで、涙が噴き出してしまう。
どんなに辛かったことだろう。どんなに怖かったことだろう。

かみさんが可哀想だ。

・・・

4月26日。
かみさんと俺が地獄を覗いた日。

この日はフラッシュバックに震える日であるとともに、
俺は生涯、かみさんを忘れない…と誓う日でもあるのだ。

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