いつか迎えに来てくれる日まで

数年前の6月27日、たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが「複雑性悲嘆」に喘ぎつつ、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。

2019年06月

かみさんが元気だったころ。
俺は「ひとり飲み」
なんてしたことはない。

ひとりで居酒屋に入るなんて嫌だった。
ひとりっきりで飲みたいなんて思ったこともない。

酒を飲む機会と言えば、自宅で晩酌するほかは、会社の同僚
たちと飲みに行くか、休日にかみさんと二人で飲みに行くだけだった。

ちなみに一番楽しかったのは、
金曜や土曜の夜にかみさんと二人で飲むことだった。
築地の寿司屋や有楽町の串焼き屋、銀座の中華料理や豊洲の焼肉屋なんかでかみさんと一緒に飲むのが一番好きだった。

・・・

俺が「ひとり飲み」をするようになったのは、
かみさんが亡くなってからだ。

かみさんの49日法要の直前。
かみさんのお位牌を買うために仏具店に行った。

仏具店は浅草に近い。
浅草には、有名な「神谷バー」がある。

かみさんは、俺と二人で「神谷バー」で飲むのが好きだった

俺は仏具店で位牌を受け取ったあと、「
容ちゃんを神谷バーに連れて行ってあげたいな…」と想った。

かみさんが亡くなった直後のことだ。
いつでも、
どこでも涙が噴き出してしまう。
そんな状況でありながら、
俺はかみさんの位牌を胸に抱き、うつむいて涙を隠しながら「神谷バー」に向かった。

俺が「
ひとり飲み」をしたのは、この日が初めてだ。
涙を堪えつつ、
それでも涙が溢れた。

もう二度と、
容ちゃんと一緒に飲むことはできないんだ。
その現実が悲しくて、
寂しくて、切なくて、やるせなかった。

・・・

あの日以来、すっかり「
ひとり飲み」が板についてしまった。

だが、俺は「ひとり」
ではないのかもしれない。
飲みに行くときは、
かみさんのお位牌も一緒だし、遺骨ペンダントも肌身離さず身につけている。

もしそれらがなくても、
かみさんは俺の傍にいるのかもしれないし、ひょっとしたら、かみさんは俺の「中」にいるのかもしれない。

だとしたら、「
ひとり飲み」だけど「ひとり」じゃないのかもしれない。

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4月から俺の部下になったOさんという女性がいる。
部下とは言っても俺より年上なので、俺もそれなりに敬意を払っている。

Oさんは沈黙が苦手なタイプらしく、いつでも何かをしゃべっている。
また、自分の話だけを聞いてもらいたいらしく、他の人たちの話を遮ってしまう。

たぶん悪気はないのだろうが、どこか無神経で鈍感だ。

俺の部下のうち、40歳代以上の年配者は、Oさんのことを相手にしていないように見受けられる。
一方、30歳代の部下たちは、Oさんの話に付き合わされて、多少ウンザリしているそうだ。

つい先日のこと。
俺とOさんは、たまたま一緒にエレベーターが来るのを待っていた。

沈黙に耐えられないOさんは、その日の気温や湿度についてまくし立てていた。
俺は調子を合わせていたが、天気の話だけでは場が持つはずもない。
そのうち会話が途切れてしまった。

そのまま沈黙していてもいいのだが、Oさんは気まずそうにモジモジしている。
気を遣わせるのはかわいそうだと思い、俺が適当な話題を探していたときのことだ。

突然、Oさんが言った。
なんで課長は結婚指輪を着けてるんですか?
奥さん、亡くなったんですよね。

Oさんはニコニコ笑っていた。

Oさんに悪意はない。
4月以降のOさんの言動を見る限り、彼女は何も考えていないだけだ。
沈黙に耐えられず、その場の隙間を埋めたくて、無理やり捻り出したのが結婚指輪の話題だったのだろう。

そうだ。
Oさんに悪意はない。
それは分かっている。

だが…
俺の部下たちがOさんをウザいと思っている訳も理解できたような気がした。

Oさんの言葉を額面通りに受け取れば…
Oさんは「かみさんを亡くした俺が、なぜ結婚指輪を外さないのかを知りたかった」ということだ。

それは余計なお世話というものだろう。
そもそも人の内面に土足で踏み込んでくるのは不愉快だ。

それでも俺が正直に答えたら、Oさんはどんな反応をしたんだろうか。
かみさんは死んじゃったけど、俺はかみさんと離婚したつもりはない。
だから結婚指輪は外さない。
そう答えたら、Oさんはどんな言葉を返してきたんだろうか。
俺は考え込んでしまった。

しかし、考えても詮無いことだろう。
Oさんは何にも考えていないのだ。
脊髄反射でしゃべっているだけなのだ。
そんな人の行動を予測するなんで不可能だ。

Oさんが「なんで課長は結婚指輪を着けてるんですか?」と聞いたとき、
俺が沈黙をもって応えたのは言うまでもない。


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昨日、「祥月命日をめぐって(4)」というタイトルでブログを書いた。
あの記事に書こうとしたのだが、書きそびれてしまったこと
がある。
それは祥月命日の前日のことだ。

6月26日の水曜日。
は久しぶりに熟睡することができた。
ここ最近、毎朝4時とか5時
には目が覚めていたのだが、26日は6時まで眠ることができたのだ。

熟睡できたのだから、体調が良くてもいいはずだ。
しかし、
心身の状態は芳しくない。

かみさんの命日を迎えるにあたり、
どうやら俺は、少しばかり動揺していたのかもしれない。

・・・

9
年前の6月26日。
かみさんと俺は、普通に会話をしていた。
翌朝
には、かみさんが死んでしまうなんて、俺は想像もしていなかった

近い将来、かみさんがいなくなってしまうかもしれない…という
恐怖と悲嘆が、俺の中にあったことは事実だ。
しかし、それでも俺
は奇跡が起こることを信じていた。

それなのに…
翌日の午前6時5
2分。
俺は最愛の人を喪ってしまった。

あの残酷な体験は、
俺の深いところに暗い影を落とし、大きな傷を刻み込んだ。

それ以来、毎年6月26日を迎え
るたびに、俺の心身は9年前に戻ってしまう。
まるで、再びかみさ
んの死を見届けなければならないかのように、俺は身構えてしまうのだ。

これはフラッシュバックとは違う。
死別の再体験だ。

かみさんがもうすぐ死んでしまう。
明日の朝には、
かみさんがいなくなってしまう。

9年も前のことなのに…
かみさんの死は、「今 ここ」にあるのだ。

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今日は6月27日だ。
今年もまた、かみさんの祥月命日がやって来た。

かみさんが亡くなってから9年が経つ。

9年前のあの日。
俺は泣かなかった。

早々に荷物をまとめ、病院から出ていかなければならなかったためだろうか。
それとも弔問客の対応に追われていたからだろうか。
あるいは心が麻痺していたためだろうか。

確かに麻痺はしていたかもしれない。
だが、あの日の感覚は今でもハッキリ覚えている。

全身から血の気が引いた。
半身をザックリ削ぎ落されたみたいだった。
心にポッカリ穴が開いたようだった。

周囲の世界がリアリティを失い、俺から遠ざかっていった。
まるで自分の魂が身体から抜け出してしまったかのようだった。

あの日はかみさんの遺体に添い寝した。

翌日の朝になり、俺はかみさんの遺体を見つめた。
かみさんは笑顔だった

その笑顔を見て、俺はようやく泣くことができたのだ。

・・・

6月22日の土曜日。
例年どおり、菩提寺で法要を行った。

今年も義母や2人の義弟たちが、わざわざ北海道から上京してくれて、俺と一緒にかみさんに手を合わせてくれた。
法事が終わり、みんなで会食をしてから帰宅した。

俺の自宅のリビングには、かみさんの写真がたくさん飾ってある
義母はそれらの写真を一枚ずつ丁寧に見つめ、そして涙を流していた。

9年も経ったんだ。
もはや悲しみを共有できる相手はいないだろうと思っていた。

しかし…
義母も俺と同じ気持ちなのかもしれない…と感じた。

・・

菩提寺のご住職が俺に聞いた。
この9年間はどうでした?

俺は答えた。
あっという間の9年間でした…

これは正直な感想だ。
9年間は、あっという間に過ぎ去ってしまった。

時間の流れが速いという意味ではない。
俺の主観的な時間はゆっくり流れている

それなら何故”あっという間”なのか。
おそらく、この9年間がカラッポだったからだ。

この9年間、蓄積された思い出も記憶もない。
何の高揚もなく、何の刺激もなく、のっぺりとした時間が続いていた。

ただ一つだけ…
変わったことがある。

かみさんが亡くなってからの数年間、俺は自分がかみさんの後を追うように死ぬだろうと思っていた。
何の根拠もないのに、俺はすぐに死ぬと確信していたのだ。

だが、今は違う。
たぶん俺は、簡単には死ねないような気がしている。

早く死にたい…という気持ちに変わりはない。
しかし、それでも俺は、自分がいつまでも死ねないような気がしているのだ。


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死んだ人には、もう会えない。
この世で会えないのは当然として、あの世なんてモノもありはしない。

いつか会えることだけを希望にして生きてきた。
だが、その希望が叶えられることはない。

未来には絶望だけが待っている。
死後には「無」だけが待っている。

俺は永久にかみさんを喪ってしまったんだ。

ときおり俺は、そんな考えに取りつかれてしまう。
すると、頭をガツンと殴られたような衝撃を受ける。
かみさんが息を引き取った瞬間の、あの絶望感を再び味わうことになる。

あの世でかみさんと再会すること。
それは俺のたった一つの望みだ。
しかし、会えないのなら、俺にはもう何にもない。

あの世があるという確証はない。
故人の魂が生きているという実感もない。

だが…
その逆も然りであって、あの世がないという証拠もないし、魂なんて存在しないという確信もない。

いずれが正しいのか。
俺は普段、曖昧にしている。
かみさんが亡くなった直後の数年間は、あの世と魂を求めて彷徨ってきたけれど、今では答えを出すことを保留している。

探しても見つからないからだ。
求めても掴めないからだ。

そうだ。
俺は確信を得ることを諦めてしまった…のかもしれない。

しかし…
それでも魂がないとは言い切れない。
あの世がないとも言い切れない。

それらは恐らく知るものではないのだ…と思う。
かいまみるものであり、感じるものなのだ…と思う。

ときおり俺も感じることがある。
かみさんが俺の「中」にいる…
そんな気がすることがある。

あの感覚があるからこそ…
俺はギリギリのところで踏みとどまっている。


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