先日、「復職をめぐって (2)」というタイトルでブログを書いた。
その中で、俺は次のように書いた。

> 朝目覚めた瞬間の、何とも表現しようのない喪失感。
> 「ああ、そうか…。かみさんは、もういないんだっけ…」
> この気分に襲われると、身体が動かなくなる。
> この感覚は、判で押したように、毎朝俺を襲う。

「何とも表現しようのない」と書いたが、何とか表現してみたい。
もし少しでも表現できたら、その感覚から少しは自由になれるような気もするのだ。

・・・

かみさんが亡くなった日の翌日から、毎朝この気分に襲われる。
朝だけではない。
昼寝から覚めた瞬間も同様だ。
とにかく、目覚めた瞬間、必ずこのどす黒い気分に襲われる。

「喪失感」?
そうかもしれない。
「ああ、そうだっけ…。もう、かみさんはいないんだっけ…」
そう感じた瞬間、大きな寂しさ、大きな悲しみが襲ってくる。

だが、それだけじゃない。
「喪失感」という一言では、しっくりこないのだ。

「絶望感」?
そうかもしれない。
「また今日も、かみさんのいない一日が始まってしまったのか…」
「また生き延びてしまったのか…。眠っている間に死にたかったのに…」
そんな気持ちが綯い交ぜになったような気分だ。

これらの感覚を味わうと、身動きができなくなる。
大きな悲しみ、大きな寂しさ。
こうした感覚を味わい尽くし、
少しは身動きができるまでには、多少の時間が掛る。

・・・

毎日が生き地獄だ。
この感覚に襲われるたび、俺は死にたくなる。
消えてしまいたくなる。

この感覚を毎日味わいつつ生きていくのは、本当に地獄だ。
生きていることが苦しくて、辛い。

だが、死ねない。
それならば生きていかざるを得ない。

余生は地獄、それでも生きていかざるを得ない人間も、この世にはいるってことだ。


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