年末年始をかみさんの実家で過ごすのは、
かみさんの生前からの、俺とかみさんの習慣だ。
かみさんと俺にとって、一年で最も楽しいイベントのひとつだった。

この習慣は、かみさんが亡くなった後も変えていない。
俺は毎年、かみさんのお位牌を連れて、かみさんの実家がある北海道にやって来る。

だがやはり、かみさんがいた頃とはまったく違う。
隣にかみさんがいない。
かみさんの実家に着いても、かみさんが俺を待っていてくれるわけでもない。

かみさんがいた頃は楽しかったはずのイベントが、ただの惰性と化してしまった。
乱暴な言い方をすれば、
かみさんのいないかみさんの実家に来ることが、虚しくもあり、面倒でもあり、滑稽でもある。

・・・

12月26日の夜。
年末年始をかみさんの実家で過ごさせてもらうため、俺は北海道にやって来た。
「新千歳空港」から快速に乗り、「札幌」を経由して「琴似」まで。

かみさんが亡くなって以来、電車の窓から見える北海道の風景は、
美しいとも、楽しいとも感じることのできない、無機質な世界になってしまった。
そのことは、このブログの過去の記事でも触れた。

だが、今回は、夜10時過ぎに快速に乗ったため、電車の窓外は真っ暗闇。
見える物といえば、街灯や車のヘッドライトくらい。
おかげで、無機質な世界と化してしまった風景を見ずに済んだ。

そのことは、わずかばかり、心の救いになった。

・・・

多少の安堵を感じつつ、電車に乗っていると、「桑園」という駅を通過した。
そこで目に入った風景が、俺の心を抉った。
「心の救い」や「安堵感」は、一瞬にして吹き飛んだ。

駅のホームに一組の男女がいた。
恐らく夫婦だろう。
二人は顔を見合わせ、何かを話しながら、満面の笑みを浮かべていた。

その笑みを見た瞬間、俺は感じた。
「そうか…。かみさんは死んじゃったんだな…。もう、かみさんには会えないんだな…」
「俺はもう二度と、あんな笑顔にはなれないんだろうな…」

・・・

周囲の人々の表情やしぐさを目にしただけで、かみさんを喪った悲しみに打ちひしがれる。
まったく困ったものだ。
神経過敏にも程がある。

そうは思うのだが、
周囲のあらゆる風景を目にするたび、かみさんが亡くなったという現実が胸に迫ってくる。

こんな風に生きていくのは、本当に辛いことだ。


にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
←いつもありがとうございます。ポチっとクリックお願いします。
にほんブログ村